気合を入れてサクラバクシンオーは走り出す。100メートル、200メートルと全力で駆け抜け、早くも600メートル地点のカラーコーンを風でなぎ倒す。
「バックシン! バックシン……!!」
わずかにペースが落ちる。無理もない。600メートル全力疾走しただけでも異常なことだ。サクラバクシンオーは歯を食いしばって、全身で呼吸をするようにしてそれでも走り続ける。
「バクシンオー!!」
ふと背後から絶叫とも思える声が響く。足は止めぬままに振り向くと、大地が揺れそうなほどの勢いで疾走するトレーナーがいた。ウマ娘よりもはるかに遅いとはいえ人間の身でありながら600メートルを駆け抜けるその姿はどのように映るだろうか。
「俺だってやれるんだ!! お前ができないはずがない!! 走れ!! 走ってくれバクシンオー!!」
地鳴りでさえ響きそうなその迫力にサクラバクシンオーは大きく目を見開く。そしてぎゅっと目をつむった。
サクラバクシンオーが次に目を開けた時には、いつもレースの終盤で見せる真剣な表情の彼女がまっすぐに前を――1400メートルのゴール地点を見つめていた。
サクラバクシンオーは1400メートルを走りきる。タイムこそ計測していないが彼女がゴール地点で息を切らして立ち止まる姿からして全力を出したのだろう。
「うおおおおっ!! やりましたよトレーナーさん!!」
サクラバクシンオーが笑みを浮かべて振り返ると、トレーナーはまだ走り続けている。トレーナーは苦し気な表情だがペースは落とさない。
サクラバクシンオーがすっかり息を整え終わったころにようやくトレーナーも1400メートルを走り終えた。地面に倒れ伏し、全身で酸素を取り入れている。いつぞやにツインターボがやって見せたような走り方だったが、こっちは感動できない。
「ナイスランでした!!」
バクシンオーが倒れたままのトレーナーに手を差し出す。
「ありがとう……明日は筋肉痛だな」
トレーナーは彼女のしなやかな手を握り返すと、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「バクシンオー、約束してくれ。このトレーニングをした日は絶対に自主練をしないって」
「どうしてですか!?」
てっきり鍛えて鍛えて鍛えまくるといわれると思っていたバクシンオーは困惑したように問う。
「脚に負担をかけすぎる。レースで勝つために脚を壊すなんて論外だ」
「むむむ……」
納得できないような様子だったが、しぶしぶといった様子でバクシンオーは首を縦に振った。
「わかりました! トレーナーさんを信じましょう!!」
満面の笑みでバクシンオーがうなづいた。