KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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ついカッとなってやってしまった、反省はしない(しろ


プロローグ

 

 

 

 

 

 

『肉は切り取っても良いが、血を流してはならない。』

 

 ---『ヴェニスの商人』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニオン

 首都

 D.C.

 

 

 

 

 

 

 

 ユニオンという世界有数の超大国の首都ではこの日、いつもと変わらない景色が繰り広げられていた。

 街頭を行き交う様々な人々、忙しなく往来する車、鳴り響くスマートフォンの着信音に、空を舞う鳥の鳴き声まで。

 あまりにありふれた日常の、あまりにありふれた街頭のカフェで、その若い記者は取材相手とのやりとりに苦労していた。

 

 こんな事になるなら、社宅の応接室を予約しておけば良かった。

 街頭のカフェは思ったよりも雑踏が煩くて、相手の話もよく聞き取れない。

 取材相手には何度も同じ内容を繰り返させてしまった。

 自らの先見性の無さを呪いつつも、記者はメモとペンを両手に粘っている。

 幸いな事に、年老いた取材相手は自身の話を聞きたがっている誰かを楽しみに待っていたようで、記者が何度聞き返しても嫌な顔一つしなかった。

 彼は3杯目のエスプレッソを飲み干していたし、時間はタップリとあるとでも言いたげな態度を取ってくれている。

 記者はまだ最初のカプチーノさえ3口ほどしか口をつけていなかったが、相手の機嫌がいい内に聞き出せるだけの事を聞き出すまでカプチーノは冷めたままにしておく事だろう。

 老人はよく話してくれたが、しかし、記者の求める話題にはまだ先っぽすら触れていない。

 

 

 

 

 

 

「アズールレーンとレッドアクシスによる世界大戦は、結局のところアズールレーンの勝利で終わった。NY港では摩天楼から紙吹雪が降り注ぐ中戦勝パレードが行われたが、我々は戦争の勝利を祝っている場合ではなかった。鉄血と重桜が無条件降伏する以前から危機は始まっていた…大統領は気付いてすらいなかったが、北方連合のコミュニスト共は大陸の地図上に衛生国を拵える下準備を済ませていたんだ。」

 

 

 その男はそこまで話し終えると、葉巻を咥えて深く息を吸う。

 コーヒーの向こう側にいる記者を眺めながらタップリと有毒な煙を体内に取り込むと、今度は葉巻を置いて吸う時と同じようにゆっくりと煙を吐き出した。

 記者は煙たそうな顔を隠すことができなかった。

 

 

「あなたは現役時代、大陸方面ではなく南方の担当だった。北方連合による赤化戦略とは直接の関係はないはずでは?」

 

「いいや、そうでもない。北方連合のアカ共は、大陸の赤化には限界があることを始める前から知っていた。鉄血公国は東西に分割されたが、せいぜいその東側までが関の山だと承知していたのだ。だから別の方向からのアプローチを行った。その方向は多岐に渡るが…我々の方面はそういったモノのウチの一つだった。」

 

「つまり…南方大陸方面は北方連合にとって第二前線となったわけですね?」

 

「その通り。そしてその初撃は連中にとって順調なモノだった。南方大陸の王政国家『インビエルノ』では共産主義者が選挙に勝利し、大陸ではじめての共産主義政権を樹立した。隣国の『プラタ』でも共産分子の活動が見受けられた以上、我々もただ黙って見ているわけにはいかなかったんだ。」

 

「だからあなた方は南方大陸の親ユニオン勢力を支援し始めた。」

 

「その通り。…君はその事を私に聞きにきたのかい?」

 

「…ええ。ですが、正確には違います。私が知りたいのは、あなた方が南方大陸諸国の親ユニオン勢力…言ってしまえば"独裁者"を支援するために送り込んだKAN-SENについてです。」

 

「ふはははっ!実に歯に衣着せぬ言い方だね。まあいい、そういう若者は大好きだ。…私にその話を尋ねるのだから、大方、そのKAN-SENとは"彼女"の事だろう。」

 

「はい。世界大戦で重桜の奇襲攻撃を生き延びて艦歴を重ね、戦後は南方大陸最悪の独裁者…『アドリアン・セルバンテス』の下に送り込まれた"幸運艦"………彼女のことは何と呼ぶべきです?」

 

「………我々が彼女を送り込んだ当時、インビエルノ"大統領"の地位にいたのはアドリアンの父親だったが、『アルバロ・セルバンテス』もまたアドリアンとは違った意味での暴君だった。我々は彼らとユニオンの間に関連性がないように見えるよう立ち回ろうと努力していた。アルバロにKAN-SENを与えたとなれば北方連合は黙っていないし、カリブ海の問題もあったから我々は少なくとも形の上ではアルバロに何らの支援もしていないように見せなければならなかった。……だから彼女には新しい名前を与えたんだ。そう…『タマンダーレ』という名前を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界大戦終結から20年後

 南方大陸

 インビエルノ共和国

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニオン陸軍式の制服を着込んだ男が、宮殿の窓から夜景を眺めている。

 肩と胸に盛大な勲章を身につけて、派手な装飾が施された軍服を着る男は、しかしその華麗な軍服が見合うほどの身長ではない。

 悪魔か何かと取引して、身長と引き換えに大量の勲章を手に入れたように見えなくもないだろう。

 

 男は手元に葉巻を持っていたが、手持ちぶたさにそれを弄り回すばかりで一向に吸おうとはしない。

 彼の傍には古めかしい固定電話器があり、彼の眺める夜景の奥では炎によって赤く染まる空が見えた。

 男は空の方を見ながら、ただただ黙って葉巻を弄び続けている。

 

 やがては彼は意を決したように葉巻を咥えると、古びたライターを取り出した。

 それは父親の形見で、いつも肌身離さず持っているモノだ。

 少し錆の目立つ、古いユニオン製オイルライターのフタを開けた時、ついに固定電話器がけたたましい呼び出し音を奏でる。

 

 

 ジリリリリリッ!

 

 

「私だ。」

 

 

 男はすぐさま受話器を片手にとって、短く話し、そして電話をかけてきた相手の声に耳を傾ける。

 そうしながらもライターを懐にしまい込んで、葉巻を咥えるのをやめた。

 受話器から聞こえる相手の声に時折頷いていた彼は、状況を把握したとばかりに口を開く。

 

 

「………ああ、ああ、中尉、よく分かった。それで、ゲリラは何人捕まえた?」

 

 しばらくの沈黙、中尉の…何かを弁明するかのような報告に、男は再び頷いた。

 

「……そうか。少年兵か。…で、何人なんだ?……12人?……そうか、可哀想に。」

 

 

 多分の同情を含んだ声色で、男は中尉に返答する。

 しかし次の瞬間には、声色から同情は消え去っていた。

 

 

射殺しろ。……ああ、全員だ。………中尉、中尉、中尉!…よく聞くんだ。君は自分の幸運に感謝すべきだ。ウゴならこんなに優しくはしない。最初に報告をした相手が私で、君は本当に幸運だった。」

 

 

 今度は説得するような口調に変えて、男は中尉に語り続ける。

 

 

「君が射殺命令の実行を躊躇った瞬間に、ウゴの奴は君を反体制分子と看做したかもしれない。アイツは少しやり過ぎるが、私は違う。君も我が陸軍の同胞として認識している。だからどうかよく考えて欲しい。その少年兵達は君と君の部下に銃を向けた。例え何百年前のオンボロ火打ち銃であったとしても、君らを殺そうとしたんだ。10年後、君が大尉になっている頃にはその少年は何を持っていると思う?それはマウザー銃かもしれないしマシンガンかもしれない。…気持ちは分かるが、慈悲をかけてやる必要はない。それに君には奥さんがいるだろう。…言いたくはないが、幸せな新婚生活を続けたいなら…彼らを犠牲にする他ない。………ああ、ああ、勿論だ。それでは後は任せる。」

 

 

 

 男は深いため息を吐く。

 全てはあのクソッタレ共産主義者共のせい。

 自分は何も悪くはないし、アイツら自身の自業自得だ。

 そう思い込めるようになるまで、かなりの時間がかかった。

 

 

 泣いても悔やんでも仕方がない。

 男はそう思って振り返る。

 そして振り返った先に思ってもみなかった人物を認めた彼は、仰天のあまり普段あまり変えることのない表情を驚きのそれに変えた。

 

 

「……タマンダーレさん!…も、もういらっしゃるとは。」

 

 

 そこには1人の美女がいた。

 男よりもよほど高い身長に、気品ある物腰、それに…所謂"大人の余裕"を漂わせた女性が、プライムリブを盛った皿を両手に持ち、心配そうな顔で彼を見つめている。

 

 男は少し気まずい気持ちになって顔を顰める。

 彼女を見るに、先程の電話はしっかりと聞かれていたに違いない。

 男は彼女が、"この手の問題"に口を出さない事を知っていたし、それを有り難くも思っていた。

 けれど、やはりあんな内容を聞かれれば…それも親しい相手に聞かれるのは気の引けるものがある。

 

 しかし、やがては彼女の方が先に口を開いて、男の心配事を否定した。

 

 

「………食事の時くらい、軍服を脱いで欲しいわ。…あと、その呼び方はもうやめて?」

 

「…た、タマンダーレさん………なんというか…こう、しっくりこなくて。」

 

「ううん、そういう事じゃないの。アドリアン、あなたはもう私の"指揮官くん"になったのよ?…"タマンダーレ"が呼びにくいなら昔のように"ルイーズ"って呼んでも構わないけど…"さん"は付けないで?」

 

「すいません、慣れなくて」

 

「こら、敬語はやめなさい。…うふふ、こういうところはお父さんにそっくりね。」

 

 

 彼女の笑顔を見て、男は少しホッとした気持ちになる。

 ホッとすると腹も空くようで、男は彼女との夕食の時間である事を思い出す。

 彼女がプライムリブの皿をテーブルに置くと、既にテーブルに据え置かれてたサラダやパンと合わさって、見事なディナーが完成した。

 

 

「………母が亡くなってから、私はあなたに育てられた。勿論敬意も持っていま…いる。だからどうしても慣れないんで…慣れないんだ。」

 

「うふふふふふ!もう!…分かったわ。それじゃあ、しばらくは元の通りでいいから、早く新しい環境に慣れて、アドリアン?」

 

 

 彼女の笑顔を見るたびに、男は何か心を温められるような感覚を味わう。

 それは彼が自身が立ち振る舞わなければならない立場を演ずるにあたる上では格別の癒しであった。

 

 

 彼の立場…つまりは彼の敵の言うところの"冷酷非道な独裁者"として振る舞うにあたって、彼自身がそれを愉快に思っているということは、断じてあり得ない。

 彼にとってそれはある悪名高いユダヤ人商人の役回りのように不快で敬遠したい立場であった。

 にも関わらず、彼はその立場を演じなければならなかった。

 それは彼の出自と、歴史と、ユニオンと北方連合のパワー・オブ・バランスに起因する。

 

 恐らくは女性の方もその辺を理解しているのであろう。

 それに彼女には彼女の使命があった。

 ユニオンは彼女に南方大陸でのバカンスを命じたわけではなく、この"冷酷非道な独裁者"の敵にあたる連中が、ユニオン政府にとっても許し難い敵であったと言った方がいいだろう。

 故に彼女はこの冷酷非道な男を助けなければならなかったし、しかし彼女は生涯をかけて支えるつもりであった。

 だからこそこの男がまだ年端のいかない少年兵達の銃殺刑を命令したところで、彼女にそれを非難するつもりはない。

 

 しかし、それでも晩餐の席で男に対してこう言ったのは、彼女の気遣いの成せる技だったのかもしれない。

 

 

 

「………アドリアン。あなた、無理をしてないかしら?」

 

「いいえ、全く。そんなことはありませんよ。夜はよく眠れますし、目覚めもいい。体調は万全。それに…毎晩素敵な女性とディナーを楽しめる。」

 

「…本当に?」

 

 

 少し悲しげな彼女の顔が、男の心に刃物を突き立てる。

 それはせっかく述べた世辞の言葉が通用しなかったからではない。

 彼の知る限り、彼女は昔から人間観察というものを得意としていた。

 だから自分が押し隠している感情を、いつの日にか探り当てられるとは考えていたものの、いざその時となると、何か後めたい隠し事をしているかのような罪悪感に襲われたからだ。

 

 

「アドリアン。あなたがさっき言った通り、私は小さな頃からあなたのお世話をしているわ。だから、あなたの事はよく分かる。」

 

「………」

 

「あなたを非難したいわけじゃないの。さっきの命令だって、真意は理解しているわ。けれど、それで思い詰めてしまってはダメ。そうなる前に、私に話して欲しいの。」

 

「………タマンダーレさん、『ヴェニスの商人』を読んだことは?」

 

「ええ、あるわ。」

 

「シャイロックは誰からも嫌われる役回りでしょう。…でも、私は借金を取り立てなければならないのです。父がもう金を貸してしまったのですから。血を流さずに肉を剥ぎ取るには、私は一体どうすればいいんです?…残念ながら、そんな事はできないんですよ。」

 

「あなただけの責任じゃないわ……ほら、こっちにいらっしゃい。」

 

 

 タマンダーレと呼ばれた女性は、この独裁者のあまりに遠回しな表現さえも理解して、彼を抱擁した。

 豊富な艦歴に裏付けされた彼女の優しさが独裁者を包み込み、冷酷非道な男は溜まっていたものを放出し始める。

 嗚咽混じりの啼泣を受け止めながら、タマンダーレはそれでも男の後頭部を優しく撫でていた。

 

 

 タマンダーレ…少し色の褪せた蒼い毛髪が特徴的な彼女は、南方大陸に派遣される前、違う名前で呼ばれていた。

 セントルイス級軽巡洋艦一番艦。

 その名も『セントルイス』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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