KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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回帰不能点

 

 

 

 

 

 インビエルノ

 ラプタとの国境地帯

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は考えられる中でも最も最悪な状況にいた。

 何せ20年に渡って自分を追ってきた男たち…"猟兵グループ"…に捕らえられ、手足を縛られた状態で逃げ場のない小屋の中にいる。

 男たちは彼自身への憎悪を隠そうともしていなかったし、既に彼にさまざまな形で暴力を振るっていた。

 顔や身体に多くのアザを浮かべる彼に、男たちを率いているリーダーが問いかける。

 

 

「……ハンス・ルートヴィヒ少佐だな?」

 

「な、何の話だ!私は何もっ」

 

「ふん!」

 

 

 とぼけてみせたところで、やはりリーダーは彼に暴力を振るい続けるだけだった。

 古臭いMP28サブマシンガンの銃床で顔を殴られた彼は、ついに観念して自身こそが彼らの追う男であることを認める。

 

 

「…クソっ!そうだ!私はハンス・ルートヴィヒ!鉄血公国海軍少佐!認識番号N405792…」

 

「…08。少佐、お会いできて光栄だ。我々の同胞を殺戮した男がどんなツラをしているか、一度見てみたかった。」

 

「殺戮だと!?…ふざけるな!私は何も知らない!」

 

「また殴られたいか、少佐。大戦末期のキール港で、お前とその艦隊は我々の同胞をあろう事かコンテナに詰め込んで輸送した!」

 

「コンテナ…まさか、あのコンテナか!?知らなかった!本当だ!アレは国家保安部から依頼されただけで…!」

 

「白々しい!…俺のお袋はあのコンテナに詰められてそれきり帰ってこなかった。代償を払わせてやる!」

 

 

 リーダーが鉄血公国海軍少佐の額に、鉄血公国製のP38の銃口を押し当てる。

 まさか、こんな終わり方になるとは。

 歴戦の海軍軍人であるルートヴィヒ少佐も、今度ばかりは死を覚悟する。

 彼は目を瞑り、最後の祈りとばかりにある人物への想いを馳せた。

 

 "オイゲン、どうか無事でいてくれ…!"

 

 

 

 やがては銃声が少佐の耳をつんざいたが、それは目の前の男が持つ拳銃のそれではなかった。

 彼が恐る恐る目を開けると、リーダーの右胸は赤く染まっていて、リーダー自身は驚きの表情を浮かべている。

 一拍置いてリーダーが崩れ去ると、少佐から見てその背後に現れた男達が、ほかの"猟兵グループ"の隊員たちにサブマシンガンの射撃をくらわせた。

 いくら悪名高い"猟兵グループ"の隊員も突然の急襲にはなす術もなく、次々と銃弾に倒れていく。

 新たな小屋の支配者となった男達は、少佐の姿を認めるとすぐに拘束を解いて肩を貸し、そして彼を立たせた。

 

 

 つい先程まで受けていた扱いとはまるで正反対の扱いに、少佐は困惑する。

 男達は少佐をあくまで丁重に扱っているように見えるし、ユニオン式の装備に身を固める彼らは恐らくインビエルノ陸軍の連中であろう。

 男達が小屋を出て道路まで進むと、そこには1両の高級車が止まっていた。

 恰幅の良い将官がその傍に立っていて、少佐の姿を認めるとドアマンよろしく彼を後部座席へと誘った。

 

 

「はじめまして、ルートヴィヒ少佐。私はインビエルノ陸軍中将のベラスコです。…いやあ、良かった。間一髪であなたを失うところだった。」

 

「……ええ、どうも…私は…救出されたと見るべきですか?」

 

「…少佐、それはあなたの態度次第です。くれぐれも逃げ出そうなどと考えて我々を失望させないでいただきたい。」

 

 

 "その点は心配ありませんよ、中将"

 ハンス・ルートヴィヒ少佐はそう思った。

 先ほどまで縛られていたし、殴られていたし、おまけに底無しに疲れている。

 走って逃げても100mが良いところだろう。

 それ故、少佐はインビエルノ陸軍の連中に従うつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、それは良かった。僥倖だ。素晴らしい働きです、中将。………ええ、ええ、くれぐれもよろしくお願いします。」

 

「少佐を捕らえたのね、アドリアン?」

 

 

 電話を終えた私に、背後からタマンダーレが話しかける。

 私は気が気でなかった作戦が遂に成功した喜びのあまり、回れ右をして彼女に飛びついてしまった。

 

 

「ああ!よかった!よかった!これでユニオンから例の支援を受け取れます!ああ!本当に…素晴らしい!」

 

「うふふふふ、アドリアンは相変わらず甘えん坊ね…いつでも私の胸に戻ってきてくれても良いのよ?」

 

「おおっと、これはすいません…つい…」

 

「謝ることないわ。ほら、疲れてるでしょう?」

 

 

 彼女の大きな胸の柔らかさと良い香り、それに温かな柔肌が後頭部をさする心地良さ。

 こんな場面を誰かに見られたら目も当てられないが、しかしこの誘惑に私はもうしばらく打ち勝てそうにない。

 こうして彼女の存在を実感すると、今回の成功は格別に嬉しくも思える。

 しばらく彼女の温かさに癒されていると、タマンダーレはこちらに問いかけてきた。

 

 

「……ねえ、アドリアン?あなたがあの戦犯を捕らえた事で、中央情報局は何をしてくれるの?」

 

「中央情報局はあるKAN-SENを永年監禁していました。本来は15年前の核実験で標的艦として使用される予定だったそうですが、同時期に中央情報局はKAN-SENに対する尋問法を模索していました。そのKAN-SENが生き残ったのは、中央情報局の実験に適していたからに他なりません。」

 

「酷い話………」

 

「ええ。しかし、これで彼女も監禁施設から出てこれる。そうすれば…そうすれば私は………」

 

「…アドリアン、もしかしてあなた…私のために……」

 

「………タマンダーレさん、あなたを信頼していないわけじゃない。これは本当です。でも…私はあなたを失うかもしれない状況に投入したくはない。それに、この前言った通り、残念ながらあなた1人では荷が重すぎる。」

 

「………」

 

「すいません…あなたの実力を疑っていると思われても仕方ないですね…」

 

「…あなたは本当に優しい子なのね、アドリアン。私の事をちゃんと考えてくれていた…本当の本当に嬉しいわ。」

 

「………」

 

「でもね、アドリアン。そのKAN-SENがどんな子かは分からないけれど…きっと、彼女1人でも荷が重いのは事実。やっぱり私も頼らないといけない…そうでしょう?」

 

「………はい…」

 

「私なら大丈夫だから、せめてその子の援護を命じてちょうだい。…あなたは長い間監禁されてた可哀想なKAN-SENに過酷な命令を強いるような、酷い子ではないでしょう?」

 

「………」

 

 

 タマンダーレの言う通りなだけ、私には気が重くなるような事実だった。

 本心を言うと新任のKAN-SEN1人でやってもらいたい、タマンダーレには何があろうと私の側にいて欲しいのだが…しかし、海軍を無力化するとなると、タマンダーレ1人で相手にするのと同じくらい無理のある話になってしまう。

 こちらの手札はタマンダーレと新しいKAN-SENの2枚だけ。

 1枚ずつ出し惜しみすれば、たちまち両方の手札を失うことになるだろう。

 

 

「…すいません、タマンダーレさん。よろしくお願いします。」

 

「ええ、任せてアドリアン。」

 

 

 世界大戦で彼女達を率いた指揮官達はどんな想いで彼女達を送り出したのだろう?

 こんなに暖かくて素敵な女性を危険地帯…それもレッドアクシズの指揮官達は殊更に絶望的な状況にあった…に送り出す事をどう思ったのだろうか?

 

 もし父が生きていたら、私はきっと2時間くらいの説教を食らっていた事だろう。

 父にとってはタマンダーレも『コクレーン』と変わらない兵器でしかなかった。

 だから彼女への命令に何の躊躇もなかったはずだ。

 でも私はそうはいかない。

 何故なら彼女は私にとって格別の存在だからだ。

 

 

「………必ず…必ず、何があっても生きて帰ってきてください。最も優先度の高い目標は、あなたが生存して帰ってくる事です。海軍ならまた潰せる。だから…」

 

「!…………うっふふふ、ええ、ええ、分かっているわ、アドリアン………あなたはまだ"戻れそう"ね…よかった…

 

 

 彼女が一瞬驚きの表情を浮かべ、次いで頬を緩ませて小声で何かを言った。

 私にはよく聞き取れなかったが、彼女の安堵の表情を見るに、私が父よりも彼女を丁重に扱ったことが嬉しかったのかもしれない。

 

 

「さて、アドリアン。今日の夕ご飯はあなたの大好きなプライム・リブよ?」

 

「………!」

 

「…あら?オイスター・ロックフェラーの方が良かった?」

 

「いえ、いえ!ありがとうございます、タマンダーレさん!」

 

「もぅ!よそよそしいわ!いい加減、タマンダーレって呼んでくれてもいいじゃない。」

 

「あははは………ありがとう、タマンダーレ」

 

「うん、Good。それじゃ、私は夕ご飯の準備をしてくるわ。」

 

 

 タマンダーレが私から離れて回れ右をしてキッチンへと向かっていく。

 彼女が優美に歩んでいく後ろ姿を見送りながら、私は彼女を投入する上で万全の体制を構築するための準備に取り掛かる。

 

 私が敬愛してやまない鉄血の"ある宰相"には有能な軍人がいた。

 まだ新興国だった鉄血が当時の覇権国家と争うことになった際、さすがの宰相も不安に苛まれていたらしい。

 開戦の当日、作戦が気が気でなかった宰相はいつもの癖で葉巻を吸い始めた。

 傍には作戦の立案者たるその軍人が控えていて、宰相は軍人も同様の気分に違いないと葉巻を差し出したのだ。

 

 軍人は宰相から差し出されたケースを見て、葉巻の選り好みを始めた。

 その時宰相は初めて、この戦争で落ち着きを取り戻したという。

 曰く、「作戦を立てた人間が葉巻の選り好みをするほど冷静ならば、きっと大丈夫だ」と。

 

 結果として、宰相の考えは安直ではなかった。

 鉄血は覇権国家を撃ち破ったのだ。

 ここから分かることがあるとすれば、その作戦は実際に始める前にすでにカタがついていたということだろう。

 柔軟な思考や奇を衒うような発想で打ち勝つような手はあくまで2番手であり、最上の軍事作戦とは始める前から結果が分かっているほど、周到な準備の上に着実に組み上げられたものではなかろうか。

 

 

 顧みて、私が海軍に立ち向かうならどのような準備を進めなければならないか。

 新しいKAN-SENは強力な戦闘力を保障しているし、ユニオンの支援によって陸軍は急速に戦力を整えている。

 単純に考えるならば、軍事的勝利を得られるだけの条件は揃いつつあった。

 だが注意深く周囲を見渡すならば、どうにも気にかかる点がある。

 

 

 前回の選挙において、私の得票数は3割に過ぎないものだった。

 国民の多くは提督に同情したし、恐らく提督の狙いはそこであろう。

 クーデターとその体制維持にはどのような形であれ国民の支持が不可欠であり、だからこそ提督は選挙でわざと負けるような真似をしたのだ。

『国を憂うあまり冷酷な独裁者に貶された提督』

 単純思考の国民共はコロりと騙される。

 

 私は執務室のデスクに向かい、電話機の受話器を手に取った。

 そしてそのままある番号に電話を繋げる。

 幸いな事に、電話の相手はすぐに出た。

 

 

「………ああ、ウゴ。ルートヴィヒ少佐の件はご苦労様でした。よくやってくれましたよ、本当にありがとう。……ところで、あなたにはもう一つやってもらいたい事があります。我々は提督と戦う前に国民共を締め上げねばならない………ええ、はい。特に貧困層から何家族か抽出してください。連中にとって提督は迎合しやすい存在でしょうから。……ええ、ええ、そうです。…ああ、そうですね。例のスタジアムを使うのはどうでしょう?」

 

 


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