インビエルノ首都
市場
木を隠すなら何処がいい?
それなら勿論森の中。
陸軍航空隊のP47戦闘機は丁寧な仕事をしたが、あの野営地にいた危険分子を全員排除できたわけではなかった。
現に共産ゲリラの一員であるアマンダは首都に身を潜めて、未だに息を吸ったり吐いたりしている。
警備塔の下でどうにか空襲をやり過ごしたアマンダは、そのあとほうほうの体でそこから這いずり出て、この国で最も人口の多い首都へとやってきた。
先の格言に沿って、独裁体制下のインビエルノでは隠れ共産主義者達の本部はあくまで首都に設けられていたからだ。
人が多ければ隠れ場所は尚更多いのだから。
それに、元はといえばインビエルノの共産主義が発祥したのも首都であった。
短命に終わった共産政権を打ち立てた男は、元々は首都で富裕層達の主治医をしていたのだから。
高血糖値に悩まされた富裕層が彼の病院を尋ねる間、通りの一本向こう側では乳幼児が栄養失調に苦しんでいた。
彼はその現実に耐えられなかったのだろう。
残念なことに、こういった光景はアルバロ時代を経た今も尚変わっていない。
インビエルノ共産党の残党達はアルバロの死後、農村部の貧しい農民達を味方につけようとした。
彼らの生産する農作物はユニオンの大企業に安く買い叩かれ、収益は13家族などの大地主や大統領の政府に吸い上げられていたからだ。
だが存外農民達は保守的…いや、アマンダに言わせれば"立ち上がる気のない腰抜け共"だったのである。
P47に殺されたリーダーは、「今までアルバロの恐怖政治体制に縛られていただけで、いずれ彼らも我々に加わる」なんて言っていた。
"アンタのアテは大外れだったな"……彼女はそう思いながら、今日の密会のために市場を通り抜けているところだ。
密会相手は隣国プラタの共産党員だ。
プラタでは未だに古臭い封建主義体制が幅を利かせていて、国王は国民の不満をどこか外側へ向けられないかと腐心している。
彼はインビエルノの独裁体制にそれを求めて体制への批判を繰り返しているが、アルバロやその息子は何らの反応もしていない。
恐らくは、セルバンデス父子は国内の共産主義者狩りに夢中だからだろう。
アルバロは陸軍をあまり信用していなかったから、大規模な山狩りというものをしたことがなかった。
彼の関心は、専ら都市部だったのだ。
アマンダ達が活動の中心を農村部に移した一因でもあるが、アドリアンが跡をついでからは陸軍の大規模掃討作戦が相次いでいる。
指導者層を含む多くの犠牲を強いられた結果、インビエルノ共産党の残党達は再び活動の中心を都市部へと移そうとしていた。
そして掃討作戦で失ったもの…その多くは武器や弾薬であった…を取り戻すためにも、隣国の同志達の手を借りようというのである。
プラタ国王の宣伝工作は限界を迎えつつあり、プラタ共産党は勢いづいていた。
国王の背後から戦力を送り込めば、古臭い体制は崩れ去るかもしれない。
隣国で共産主義政権を獲得できれば、次はインビエルノの解放というわけだ。
それにしても。
アドリアンが政権を掌握してから、街の警官の数は目に見えて増えている。
特にあの馬鹿馬鹿しい"普通選挙"が終わってからは特に。
海軍連中はしくじったようで、アドリアンは連中の目的に感づいたに違いない。
先ほどもM24軽戦車1両とM41軽戦車2両が市場の近くにあるナショナルスタジアムへと向かっていた。
物々しい雰囲気の中、彼女はこの南方大陸に照りつける紫外線から素肌を守るために周囲の女性がそうしているのと同じように、ベールで頭の大半を隠している。
あの共産党リーダーの側にいたのだから、オンディビエラの秘密警察に顔が割れていてもおかしくはない。
だからこの習慣はありがたいし、しかしそれでも彼女は下を向いて歩いている。
無用なリスクは犯すものじゃない。
だが、それでも警官の警笛が耳をつんざいた時、彼女は一瞬固まってしまった。
「そこから動くな!止まれ!」
まさか、バレた?
そう思った彼女は警笛の鳴った方を見る。
すると、スタジアムの方から1人の青年が市場の方へと逃げてくるのが見えた。
3人の巡査と1人の巡査部長がクラッグ・ヨルゲンセン銃を手に彼を追いかけている。
「止まれ!止まるんだ!止まらなければ撃つ!」
「いやだ!やめてくれ!俺が何をしたってんだ!」
やがて巡査の1人が立ち止まって膝をつき、ライフル銃を構えて1発発砲する。
銃弾は青年の肩を捉え、彼は路上に雑巾のように転がった。
4人の警官は彼の側まで駆け寄ってくると、"よくも走らせやがって"とばかりに足蹴をくらわせた。
アマンダは青年をよく注視する。
穴だらけのシャツ、擦り切れたズボン。
そして靴を履いていない両足。
恐らくはスラム街にいる貧困層の出身者だろう。
巡査部長は一通りの暴行を終えると、彼の傍に立って文章を取り出した。
「被告人チュチョ・ビジャルレアル!貴様には共産主義活動に関与した疑いが掛けられている!」
「や、やめろ!俺は共産主義者じゃない!」
「長官の命令により、共産主義活動を行う者は厳罰に処せられる!よって!」
巡査の1人がライフル銃を青年の後頭部に突きつけた。
青年はもはやなりふり構っていられない。
「何故なんだ!俺は共産主義者じゃない、信じて___」
「撃てッ!」
ライフル銃の凄まじい銃声が、市場全体にこだました。
7.62ミリの銃弾に頭を砕かれた青年は"青年だったもの"になり、巡査部長がその死体を踏みつけて、周囲にいた野次馬達に宣言する。
「見ての通りだ!この国を蝕む共産主義者は1人残らず処刑する!もしこの中に共産主義者がいるのであれば、そう遠くない日に我々が手を下すだろう!覚悟しておけ!」
アマンダは警官達に悟られないように、静かにその場から立ち去った。
だが足取りは怒りのあまり早足になっていく。
彼女の知る限り、インビエルノ共産党の残党はまだ都市部での再活動を開始していない。
"何が共産主義者だ"
"何が疑いだ"
あの青年は共産主義者どころか政治思想さえ知りもしない。
単に濡れ衣を着せられたに過ぎないし、そして恐らくはそれを承知の上で殺された。
アドリアン・セルバンデス、アルバロ以上のクソ野郎!
いつか絶対に代償を払わせてやる!
彼女はそう思いながら、さらに足取りを早めた。
…………………………………
大統領宮殿
「貴国は国内に共産主義者の活動拠点をいくつも抱えており、その上我が王の神聖なる土地への侵入を許している!」
「はぁ」
「貴国の体制による摘発は不十分であり、我が国の損失は計り知れない!」
「はぁ」
「賠償は要求しないが、今後も貴国の対応に何らの変化も見られず共産主義者の薄汚れた手が貴国から我が王室に及ぶような事があれば相応しい措置を取る用意がある!」
「はぁ」
「………以上が、国王陛下からのメッセージになります。」
「大使殿」
「はい」
「
「ああ、これは。お気遣いありがとうございます。」
対面のプラタの駐インビエルノ大使はそういってこちらに感謝の意を表した。
私といえば席に座り、この日の少し遅めな朝食を食べているところ。
例によってタマンダーレが焼き上げてくれたユニオン産バターたっぷりのマフィンに、カリフォルニアから空輸したイチゴとブラウンシュガーを使った彼女お手製のジャムを塗って食べていた。
対面の席に座る大使殿の目の前にも白いプレートがあり、まもなくタマンダーレが追加のマフィンを焼き上げて持ってきてくれる事だろう。
「……申し訳ありません、大統領。このような内容をお伝えするというのに…このようなお気遣いまでいただいて…」
「いえいえ、大使殿。先ほどの文章は"定型文"だ。そうですね?」
「ええ、まったくその通りです。我々はあなた方を本当に非難したいわけでも、ましてや攻撃したいわけでもない。ただ…情けないことに、国内情勢はもう限界です。国民には捌け口を与えませんと。」
「心中お察し致します。父からも伺っていましたので、私も気にしておりません。ユニオンの中央情報局からも指示がありましたから。」
「お父上はお気の毒でした。…しかし、良い御子息を持たれましたな。あなたのような話の分かる指導者は中々いない。…まあ、それにしても"このこと"が市井にでも知られればお笑い草ですな。」
大使の言葉に、私はつい吹き出しそうになる。
彼の言う通り本当にお笑い草だ。
プラタ国王は国内の不満を外側に向けさせるために我々を非難しているが、この行為は国王の独断ではなくユニオン中央情報局の許可の下行われている施策である。
この時代にあっても絶対王政を掲げる国王にとって共産主義は不倶戴天の敵であり、とても存在を許せるものではない。
敵の敵は味方、つまりそういうことで中央情報局と私と国王は表向きは関係ないフリをしているものの、裏では密接な協力関係にある。
だから先ほど大使が述べた長口上もある種の宣伝に過ぎないことも知っているし、私がこれから大使にしようとしている"お願い事"も承諾されると見込んでいた。
「アドリアン、お客様の分が出来たわ」
「ありがとう、タマンダーレ。」
「あら!ようやくその呼び方に慣れてきたのね?うっふふふ!嬉しいわ!…さて、大使様。どうぞお召し上がりになってください。」
「ああ!これはこれは!…いやぁ、しかしなんともお美しい…KAN-SENが海の女神と呼ばれる理由も分かりますな。」
「KAN-SENといえば、プラタ海軍も軽巡級KAN-SENの導入を進めるようですね?」
「はい。既にユニオンからの承諾は得ております。最近は共産主義者の活動が活発化しておりますが、良い抑止力になるかと。」
「だと良いのですが、噂によると国王陛下は例の諸島を巡ってロイヤルと事を構える予定だとか…」
「……実を言うと、残念ながらその噂話は否定できません。あなた方に不満の矛先を向け続けるのにも限界があります。国民は国王に行動を求めている。特に新領土の獲得となれば、国民の離反を防げますからな。」
「あまりそちらの内政に口出しはしたくはありませんが、もう少し熟慮を重ねるべきでしょう。いくらロイヤルの海軍力が低下の傾向にあるといっても、彼らは旧列強…それもその筆頭です。」
「その点に関しては私も同意見ですが…陛下は最近そこまで追い詰められているのです。」
「………もし貴国とロイヤルが事を構えても、我々は中立を保持します。あなた方を攻撃しないが、支援もできない。恐らくユニオンもその立場でしょう。申し訳ない。」
「いえ、背後からの攻撃の心配がないだけありがたい限りですよ。」
「その代わり、今後我が国でどのような内乱が起きても…プラタ海軍には不介入を貫いていただきたい。」
「!………例の話は本当でしたか!…たしかに中央情報局から情報は寄せられておりましたが…」
「不介入の指示もあった、そうですね?」
「ええ、はい。」
「
威圧を込めたつもりはなかったが、大使は少し身を後ろに逸らしたように見えた。
恐らくはタマンダーレが私の肩に両手を乗せて、意味ありげな笑みを大使に向けたからだろう。
私は今回自分の海軍を潰すことにした。
新任のKAN-SENが来るにしろ、戦力は多少なりとも低下するし隙は生まれてくる。
プラタ海軍が行動を起こせば簡単に戦果を挙げられるだろう。
だがユニオンは南方大陸で無用な国際紛争が起きて、共産勢力が増長する隙が生まれる事を歓迎しない。
ベラスコ中将は陸軍強化のためにラプタの脅威を述べていたが、そもそも現体制でインビエルノとプラタの間に戦争などありえないのだ。
だからこそラプタ政府に不介入の指示を出したし、ユニオンの指示に背けばどうなるか…それはタマンダーレの笑顔が指し示している。
"
やがて朝食を終えて、大使を宮殿から送り出す。
私は改めてタマンダーレにお礼を言って、早速執務室に入って仕事を始めた。
さて、と。
新戦力を手配し、陸軍を強化し、背後を固めてユニオンの許可を得た。
残る仕事は………
その時、遠くから…正確には、建造中止となった市内のナショナル・スタジアムの方から…機関銃の連射音がかすかに聞こえた気がした。
……ああ、良かった。
最後の問題も片付いたに違いない。