KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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ビスケットとホットサンド

 

 

 

 

 

 真っ暗な暗闇の中、突如として派手な火の手が上がる。

 次いで、まだあどけない少女の悲鳴が響き渡ると、セントルイス達は初めて敵の詳細な位置を悟ることができた。

 彼女と妹のヘレナ、そしてホノルルは格好の標的となった炎上艦の姿を認めたのだ。

 ヘレナが一歩前に出ると、火だるまになりながらも沈んではいない敵KAN-SENに対して射撃を継続する。

 セントルイスはそんな彼女に警告を発した。

 

 

「ヘレナ!周囲によく注意して!まだ他に敵がいるはずよ!」

 

「でも、姉さん!あの子を早く"楽"にしてあげないと!」

 

 

 ヘレナの優しさか、それとも敵への憎悪か。

 彼女はセントルイスの警告に耳を貸さず、引き続き砲撃を続行する。

 ところが、しばらくすると今度は彼女自身から派手な水柱が上がった。

 

 

「ヘ…ヘレナ!?ヘレナアアアッ!!!」

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 …………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ヘレナッ!」

 

「タマンダーレッ、頼むから離して!死ぬ!窒息して死ぬ!」

 

「……!、あっ!」

 

 私は瀬戸際に立っていた。

 彼女が起き上がるのがあと10分でも遅かったら、歴史は変わっていただろう。

 ガバッと起き上がった彼女は、そこで初めてインビエルノ現大統領を殺害しかけていることに気がついた。

 彼女はあまりに強く抱きしめていた私を慌てて解放して、背中をさすり私の呼吸を手伝う。

 

 

「本当にごめんなさい、アドリアン!こんなつもりじゃなかったの!」

 

「ゲホッ、ゲホッ、いや、大丈夫。大丈夫なんだけど…やはり次からは寝る場所を別々にしませんか?…その…何というか…」

 

「そうね…ごめんなさい…あなたにとっては迷惑かもしれないわね…」

 

 

 シュンとするタマンダーレを見て、私の心は罪悪感で溢れかえりそうになる。

 彼女はただ自らの疑心で潰れそうになった男をどうにか支えようとしてくれたに過ぎない。

 子供っぽくて仕方のない話だが、彼女と睡眠を共にしたこの数日間は、私に精神的な安定を与えてくれていた。

 おかげで彼女に対してあまりにも酷い疑心を抱くことはもうなさそうだし、気分は晴々としている。

 そもそも彼女がうなされたのも戦争の後遺症であって、彼女自身の責任ではない。

 

 

「いいえ!やっぱりこれからも一緒に寝てください!」

 

「…!………うっふふふ!アドリアン!一国の大統領が言うセリフじゃないわよ?…でも、そう言ってくれると嬉しいわ。気分はどう?ちゃんと休めた?」

 

「うん、おかげさまで。」

 

「なら良かったわ…ところで今日の朝ごはんは」

 

 

 タマンダーレがそこまで言ったところで、ベッド横のサイドテーブルから電話のベルがけたたましくなり始める。 

 私はため息を吐きながら、ベッドから起き上がって受話器を手に取った。

 

 もしこの電話がなければ、私はタマンダーレにバターたっぷりのブリオッシュとクロワッサンの朝食を頼むつもりだった。

 言うまでもないが、原材料は全てユニオンから取り寄せられている。

 それに彼女の技術が加われば、美味しくないはずはない。

 そして毎日の朝食は私にとって格別な楽しみだったし、大切なスタートでもあった。

 

 "クソみたいな要件で私に電話したなら、タダではおかんぞ"

 そう思いながら受話器を耳に当てた私は、今日はタマンダーレの朝食を味わえないことを悟ってしまう。

 

 

「私だ………ウゴ、それは本当ですか?…すぐに戒厳令を。1時間以内に首都を閉鎖し、宮殿の警戒レベルを最大にしてください。それからベラスコ中将に連絡を取って…」

 

 

 私は受話器を肩にかけ、着ていたパジャマを脱ぎ始める。

 タマンダーレの目の前でやるべきことではないかもしれないが、私は早急に着替える必要があったのだ。

 彼女もそれを察してくれたようで、いつのまにか私の軍服を手に着替えを手伝ってくれている。

 大戦の功労者が成せる技なのか、彼女の方は早くも着替え終わっていた。

 

 

「ええ、ええ。よろしくお願いします。…クソ、連中がこうも早く痺れを切らすとは。」

 

 

 私が受話器を置いたときには、既にネクタイを締めるだけになっていた。

 その最後の作業を行なっていると、タマンダーレが私の腰にホルスターを取り付けながら問いかけてくる。

 

 

「海軍が動いたのね?」

 

「ええ。提督はまだ拘禁中でしたが、海軍隷下の海兵隊が施設を強襲して彼を連れ去った。連中はもう後戻りできない…これは我々への宣戦布告だ。」

 

「そう…安心して、アドリアン。あなたには私が付いている。必ず勝利を掴み取ってくるわ。」

 

「………」

 

「そんな顔しないで。…はい、ギュ〜ッ♪」

 

 

 タマンダーレが私を彼女自身に向き合わせ、例によって抱き抱える。

 幼い頃より馴染みのある、彼女の優美な香りは私に安心感を与えた。

 ここから先はもう迷えない。

 彼女を失いたくないのなら、私がしっかりと状況を把握しないと。

 

 自然と肩に力が入っていたのか、彼女は私を離した後、その両手を私の両肩に手を置いてこう言った。

 

 

「緊張しないで?いつも通りのあなたなら大丈夫よ?…私の"ラッキー"もあなたにお裾分けできたはずだから。」

 

「…ありがとう、タマンダーレ」

 

「どういたしまして。…こんな時のためにビスケットを焼いてあるの。本当は焼き立てを食べさせてあげたかったけれど……日持ちはするし、たくさん作ってあるから数日間は朝食に困らないわ。」

 

 

 そういうと、タマンダーレは寝室から執務室を抜けてキッチンに私を連れて行き、その冷蔵庫の中身を見せる。

 その中にはトレイに入ったユニオン式ビスケットが詰め込まれていた。

 こんな時に朝食の心配なんてしてる場合じゃないが、それでも彼女の気遣いに私は泣きそうになってしまう。

 

 

「ありがとう…本当に、ありがとう」

 

「うふふふふ♪…それじゃあ、私は行ってくるわね?寂しくても、そのビスケットや45口径で私を思い出して。…私はいつでもあなたの側にいるわ、それを忘れないで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍司令部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから言ったんだ、黙って選挙に本腰を入れてくれってな!アンタが捕らえられてるせいでこっちは攻撃に移れなかった!」

 

「私のことは構うなと伝えたはずだ、大佐!千載一遇のチャンスを失った!あの程度の妨害工作で!………すまない…君らが私の事を思ってくれたのは嬉しく思う。だが…たった1人の為に国を左右する決断を誤るとは」

 

「アンタ、ボケてんのか?海軍の人事を弄ったのはアンタ自身だ。それでなくともアンタは上から下まで海軍中に慕われてる。恨んでるのは左遷した将校ぐらいだ。その総大将が不在で戦を始められっかってんだ!」

 

 

 

 海軍司令部の執務室では、海兵隊によって救助されたばかりの提督と、強襲を直接指揮した大佐が言い争いを繰り広げている。

 提督は大佐を責めているが、その責句には無理があると自分でも認めざるを得ない。

 大佐などという一流の高級将校が作戦に直接参加する時点で、提督はあまりにも人望を集め過ぎていた。

 

 

「…分かった、分かった…すまない、大佐…私の誤算が原因だ。アドリアン・セルバンデス…奴がここまでやるとは」

 

「アンタの期待してた民衆の蜂起は先手を打たれて潰された。奴は何家族もの人間をスタジアムに集めて処刑したんだ…とんだ濡れ衣を着せてな。あれじゃ民衆が立ち上がれるわけもねえ。」

 

「いや、まだ間に合うかもしれん。我々が蜂起をすれば、まだ勝機はある。」

 

「どうだか…」

 

「とにかくやるしかないんだ。国民が奴に完全に制圧されないうちに行動をするしかない。君もそれを感じ取って、こんな行動に出たんじゃないか?」

 

「……んああ、国民がアドリアンの恐怖に怯え切る前に手を打たねえとな。」

 

「君が拘禁施設を襲撃した事で、奴は我々と事を構える理由を手に入れた。奴に勝ち目があるとすれば、こちらの船が出港する前に陸軍に撃沈させること。」

 

「ハッ!そんなに上手くやらせるかよ!」

 

「その通り。計画に従い、全艦隊を出港させろ。君は今度こそ『コクレーン』に戻り、連絡があるまで外洋で待機するのだ。」

 

「アイアイサー!…アンタはどうすんだ?」

 

「………大佐、これは最後の機会だ。インビエルノの国民達が本物の自由を手に入れて、永きにわたるユニオンの呪縛から解き放たれる最後の機会。それを念頭に、考えて欲しい。」

 

「おい!まさかアンタここに残るつもりか!?陸軍連中は間違いなくここを目指してくるぞ!?」

 

「だから最後と言ったんだ。今ははっきりと分かるが、アドリアンは"甘ちゃん"じゃない。我々が負けた場合、恐らく奴は海軍を完全に解体してしまうだろう。国民達が自由になる機会は永遠に失われる。」

 

「アンタなぁ!」

 

「大佐!私がここで死んでも、それは犬死などではない!残りの将校達にも私の意思を伝えるつもりだ!…なぁに、海兵隊一個大隊を手元に残しておく。簡単にやられはせんよ。」

 

「俺の話を聞いてなかったのか?総大将抜きでどうやって」

 

「君が率いるんだ、大佐。今度こそ選択を誤るな。海軍航空隊、海兵隊の各指揮官には予め命令を下してある。私はここから全般の指揮を取るが、連絡が途絶した場合、陸軍の手の届かない場所にいる君が引き継ぐのが理想的なんだ。……すまないが…分かってくれ。」

 

「………」

 

 

 

 高潔な海軍軍人であるスアレス大佐は少し俯いて、制帽を深く被り直す。

 そして姿勢を正してから提督に再び向き合った時には、その瞳から迷いは消えていた。

 彼は持ち得る中で最大の敬意を払いながら、提督の目を見据えた。

 

 

「…アンタみたいな男の下で働けて良かった。」

 

「いや、私こそ君のような部下を持てて幸せ者だ。」

 

「どうか簡単にはくだばらねえでくれよ?…この国には、アンタのような国民の痛みの分かる人間が必要だってのに…」

 

「………」

 

「アンタはいつも贅沢を嫌った。アドリアンのクソ野郎はデカチチ女の焼き立てブリオッシュを毎朝頬張ってるのに、海軍の総司令官のアンタが毎朝食べてんのは安物のマラケッタと来たもんだ。最後くらい、なんか良いモンでも食ってくれ。」

 

「ああ、これは…ありがとう、スアレス。」

 

 

 スアレスが提督に渡した紙袋の中に入っていたのはホットサンド。

 そういえば朝食もまだ食べていなかった。

 提督は妻を亡くして久しく、朝から温かな物を食べる事自体何年振りかわからない。

 

 

「…過ぎた贅沢は身を滅ぼす。アドリアンには存分に()()()()もらおう。」

 

 

 提督はそういって、大佐の好意にかぶりついた。

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