インビエルノ陸軍航空隊は主要な航空基地を国内に2つ抱えているが、その装備は片方に偏重して配置されている。
その片方とは海岸沿いにある飛行場で、陸軍航空隊はその殆どの戦力をそこに配置していた。
理由は単純で、前大統領に信頼されていなかった陸軍の航空隊は生き残りのためにその存在意義を航空戦力による沿岸防備という形でアピールしたからだ。
これは海軍航空隊の爆撃隊がその方向へ進路を取っている今も依然として変わっておらず、海軍航空隊の爆撃隊を率いる隊長は陸軍航空基地のエプロンに並ぶB-10爆撃機を容易に見つける事ができた。
しかし、彼らが陸軍の爆撃機に向かって近づいていくに連れ、連中の方からいくつもの閃光が彼らの方へと点滅する。
続いて爆発音と衝撃に襲われると、彼らは陸軍の高射砲の射程範囲に入った事を知った。
陸軍連中の戦力強化は本当のようで、海軍航空隊のB-25に搭乗する隊長は激しい振動を感じる。
顔中を脂汗で満たした副機長も、心配そうな顔つきで彼の方を見ていた。
「畜生っ、たぶん…90ミリだ。陸軍の高射砲は強力だぞ!」
「引き返しますか?」
「バカ言え!コレを逃したらもう2度と陸軍の航空隊は叩けん。全機、私に続け!あの独裁者に目に物見せてやろう!」
90ミリ高射砲の砲撃に加え、今度は28ミリ対空砲や重機関銃の射撃まで加わってくる。
だがそれでも海軍爆撃隊は進路を変更せずにそのままの陸軍航空基地へと迫っていった。
不意急襲的な出撃が功を奏したのか、陸軍連中は格納庫から迎撃機を出すこともままなっていない。
連中のP47戦闘機は2機のみが搬出中の状態で、恐らく爆撃隊の到着までに飛び上がることはないだろう。
対空部隊以外は提督の言った通りだ。
彼はこちらが迅速に動きさえすれば、今まで共産ゲリラの掃討戦以外に実戦経験のない連中に勝ち目などないことを知っていた。
ここで陸軍の航空隊の、それも爆撃機を破壊できれば海軍艦艇に対する脅威は大幅に減り、海軍の心配事はあのデカチチ女だけになる。
いくらKAN-SENとはいえ、それよりも遥かに多くの艦艇や戦艦『コクレーン』、それに比較的健在な状態で残るであろう海軍航空隊で同時に相手すれば撃破は可能と見積もられる。
KAN-SENさえ沈めてることができれば。
後は陸軍の補給線を艦艇の砲撃や航空隊の爆撃で潰してしまえば、連中は少数とはいえ高い練度を誇る海兵隊の餌食になるはずだ。
高射砲部隊の抵抗の激しさは飛行場に近づくに連れて増して行き、機体への至近弾も多くなっていく。
そして遂には、爆撃隊を構成するB-25の内の1機から火の手が上がった。
『こちら6番機!対空機関砲の命中弾を複数受けた!右エンジンから出火!繰り返す、右エンジンから』
6番機機長の悲痛な報告の最中、隊長から見て右手にいた6番機の右エンジンが空中で爆発を起こす。
エンジンの派手な爆発は、あろう事かパイロットと乗員のいるコックピットごと巻き込んでしまった。
6番機からの通信は糸が切れた様にプツリと途絶え、彼らはコックピットから黒鉛を上げたまま墜落していく。
「おい!おい!6番機!生存者は!?おい!脱出しろ!」
「隊長、彼らはもう無理です!それより前方を!」
副機長の警告に前方を向くと、敵の格納庫から何両かの車両が飛び出してくるのが見える。
陸軍航空隊は戦意を喪失していても対空部隊は戦意旺盛なようで、連中はM16対空自走砲や大型トラックに載せた王政時代の旧式対空砲まで使うつもりらしい。
対空砲火はいよいよ勢いを増していき、機長は目標の方向を直視することすら難しくなっていた。
更には、その間にも編隊を構成する各機から報告が飛び込んでくる。
『クソ!こちら2番機!胴体に被弾!』
『7番機!機長がやられました!』
『メーデー!メーデー!11番機!90ミリの至近弾を食らった!墜落する!』
「隊長、これ以上の接近は危険です!高度を取りましょう!」
「ダメだ、陸軍のB-10を逃せば連中に『コクレーン』への攻撃手段を持たせ続けることになる!なんとしてもここでケリをつけろ!」
尚も激しさを増す対空砲火の中、隊長は自らの機体をより危険な方向へと向かわせ続ける。
少しでも爆撃効果を高めるために高度を下げていくと、砲弾の破片が機長のすぐ目の前の風防に突き刺さった。
幸いにも貫通こそしなかったものの、副機長は顔から血の気が引いていくのを感じる。
そして同時に、こんな状況でも目標の達成に執念を燃やす機長に大きな敬意を抱いた。
「もうすぐ投下ポイントだ、爆撃手に指示を出せ!」
「は、はい!」
隊長の命令で、副機長は爆撃手に投下の準備をさせる。
爆撃手は額から夥しい量の脂汗を滴らせながらも、早くも爆撃照準器を覗き込んでいた。
数の減った爆撃隊は隊長機を先頭に、陸軍の格納庫を眼科に捉えている。
高精度なノルデン照準器で狙いをつけた爆撃手は、レティクルの中に陸軍のB-10と格納庫を捉えると迷うことなく投下ボタンを押す。
B-25の爆弾槽からは高性能爆薬が充填された航空爆弾が次々に投下され、彼らの狙い通り陸軍の格納庫を破壊していった。
「うおっしゃあああ!ざまぁみやがれ陸軍連中め!」
「独裁者の腰巾着してたツケが回ったなぁ!」
「おい、落ち着け、帰投までが任務だ!」
興奮するクルーを嗜めつつ、隊長は自身のB-25を急加速させる。
目標である爆撃機と格納庫の機能を損傷させこそしたものの、陸軍対空部隊の攻撃は止んでいないし、自隊の損害も予想よりかなり大きい。
しかし爆撃を終えて軽くなった機体は容易に安全な高度まで上昇できたし、離脱に関しては進入ほどの苦労はなかった。
敵の対空砲の射程外に逃れ、尚且つ追撃がないことを確認すると、隊長はそこでやっと胸を撫で下ろした。
「………皆、よくやってくれた。損害は大きなものだったが、それを上回る戦果だ。これで艦艇部隊は上空の心配をせずに任務を遂行できる。」
「まだ我々も戦えますよ。機体を修理して、燃料と弾薬さえ再補給できればね。基地にいる護衛戦闘機部隊は無傷ですし、陸軍航空隊に対しては完全に優位です。」
「ああ、それは間違いない。制空権は我々の手中にあると見ていい。少なくとも陸軍はこれで切り札を失った。…さて、それでは基地に帰投しよう。」
海軍爆撃隊の生き残り達は自身の所属する基地へと踵を返していった。
確かに手痛い損害は受けたが、副機長の言う通りまだ戦えなくなったわけではない。
あのユニオンの傀儡を引き摺り下ろすまで、隊長自身も何度だって出撃するつもりだった………
………自身の基地が燃えていることを知るまでは。
やっとの思いで基地に近づいた時、爆撃隊の隊長は自分の目が信じられなくなった。
出撃前まで美しいまでに整備されていた海軍航空隊基地の面影はそこにはなく、そこにあるのは瓦礫の山と化した格納庫、エプロンに散らばる戦闘機の残骸、穴だらけの滑走路、それに近辺の洋上に浮かぶ…撃破された軽巡洋艦1隻と駆逐艦3隻の残骸だけだ。
目の前の光景がまるで信じられない隊長は、震える手で無線機を操作して海軍航空隊基地に呼びかける。
「ネスト、ネスト、こちらボマー2-5、誰か生きているか?応答せよ。」
『……………』
「た、隊長、これは一体…」
「わ、分からん…」
「陸軍の航空隊でしょうか?」
「バカいえ!我々が今粉微塵にしてきたばかりだぞ!それに連中の航空機の残骸は一機たりとも見当たらん…ウチの対空部隊が機能しないわけもない!」
海軍艦艇部隊はこの航空基地の為に軍艦を4隻派遣して防衛に当たらせていた。
しかし隊長の見る限り砲を上空に向けている艦艇は一隻もなく、全て水平線上にいる何かを攻撃していた様に見える。
ただ一方的に海軍艦艇部隊を蹂躙し、飛行場を瓦礫の山に変えるだけの能力のある戦力………
そんな戦力があの独裁者の手元にあるとすれば、それは…………
その時、隊長は眼下に広がる大海原から閃光が瞬くのを捉える。
しかしそれは一瞬のことで、すぐに直径127ミリの砲弾が隊長の砲へと真っ直ぐ飛んでいき、隊長機のコックピットを吹き飛ばした。
爆撃隊の生き残り達がそれに気づく頃には、既に2機目が餌食になっていたし、彼らは絶望の縁に立たされたことを理解する。
陸軍航空基地への爆撃で、彼らは消耗し、弾薬も数少ない。
KANSENに対抗する手段など、とうの昔に失われていた。
…………………………………
「アドリアン、任務完了よ」
『ああっ!ありがとう、タマンダーレ!怪我は!?何か体調不良は!?おかしなところはない!?』
「うっふふふ!もう!アドリアンったら!」
タマンダーレはボロボロの状態で基地に帰投してきた爆撃隊をはたき落とした後、次の目標地点に向かいながら"指揮官くん"への報告を行う。
彼女にとっては自らの司令官というよりは息子に近い感覚を持っている相手が、あまりに感情を表に出していた事に、タマンダーレは少しだけ嬉しく思った。
ただ、それでも、アドリアンのやり方に疑問を呈せずにはいられなかったが。
「………ねえ、アドリアン。陸軍の格納庫を犠牲にしなくても、私に任せてくれれば海軍航空隊基地を制圧することはできたはずよ?」
『艦艇に対する航空機の脅威を教えてくれたのはあなただ、タマンダーレ。私はあなたを不必要に危険な状況に晒したくない。正直、あの数の艦艇と衝突させるという事自体ハラハラしていた…でももう大丈夫。これで海軍機を心配しなくていい。』
「………」
『それに、あの陸軍航空隊基地にあったのは全て旧式機です。我々の陸軍はユニオンから新たに航空機を受領した。次はあなたの手を借りずに攻撃させる。』
「うまくいけばいいけど…」
『私の手腕が頼りないのは分かるが』
「いいえ、そうじゃないわ。ねえ、アドリアン。少し心配しすぎよ。私はそう簡単に沈むつもりもないわ。」
『………それは分かるが、やはりこちらの指示には従ってほしい。今のところは上手くいっているし、損害と言えるものも微々たるものだ。…どうか作戦通りに動いて欲しい。』
「…ええ、分かったわ。あなたを信じましょう。」
口ではそんなやり取りをしつつも、タマンダーレは頭の中で、ある仮説について考えていた。
アドリアン・セルバンデスをユニオンの傀儡という呪縛から解き放つ方法。
その条件の一つが、疑念から確証に変わりつつあった。