KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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テロリストの逃避行

 

 

 

 

 

 インビエルノ

 首都市内

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元々、アマンダは秘密警察に夫を焼き殺された復讐のために共産主義ゲリラの活動に合流した。

 彼女は今でも胸を張って言えるが、夫は社会主義の理想を持ってはいてもその理想のためにアルバロを殺そうとはしていない。

 だが秘密警察は共産主義者を無条件に殺す事を念頭に置いて任務を遂行していた。

 アルバロにとっては、共産主義者であること自体が犯罪だったのだ。

 

 復讐に燃えた彼女は明確に奴とその息子に敵対心を示すためのゲリラ活動に参加したのだが、今のところめぼしい戦果を挙げられていないどころかやられっ放しの状態である。

 国境沿いでは陸軍のP47に追い回され、都市部での計画も秘密警察のせいで何らの進展は見られなかった。

 しかし、それでも彼女にとって、この首都での活動は実りあるものだった。

 

 

 一つはプラタ共産党の連中と連絡を取ることができたこと。

 南方大陸に人民のための政府を作り上げるという共通の目的が、この結束を可能にした。

 インビエルノ共産党の残党とプラタの共産武闘組織はあらゆる面で綿密な協力関係を築くことに合意したのだ。

 

 そしてもう一つ、これは彼女自身の価値観に関して、だった。

 前述の通り、彼女は夫の復讐のために武力闘争に加わった。

 だがしかし、首都での滞在はその目的意識に多少の変化を与えたのだ。

 それは独裁者への更なる憎悪でも、その背後にいるユニオンへの憎悪でもない。

 

 

 彼女は新しい潜伏先であるスラム街で、その陰惨な実態を目の当たりにした。

 夫は元々高等学校の教師をしていたから、彼女は中産階級の生活しか実感していなかったのだ。

 だから夫が熱を上げていた共産主義活動に関しては、特に理解を示したわけではない。

 しかしスラム街にいる痩せこけた栄養失調の赤子を見た彼女は、その光景に衝撃を受けた。

 亡き夫ととは子供を作る事ができなかったが、それでも新婚生活を始める前に将来的な話をしたことは何度かある。

 当然赤子の話も出てきたし、彼女はいつの日にか夫と子供の3人で幸せな家庭を築くことを夢見ていた。

 ただ、その夢というのも、中産階級出身者としての彼女の価値観に沿った"夢"だった。

 目の前にあるこの国の"現実"というものを見てしまった時、彼女はそこで初めて、夫が熱中していたあのよく分からない政治思想の主張を理解したのだ。

 

 

 

 アルバロ時代にも勿論スラム街はあった。

 原因は明白であろう。

 この国の主力産業たる地下資源の採掘や広大な農地はユニオンの企業に押さえられ、海軍と独裁者がユニオンの利益を保証していたのだから。

 しかしながらアルバロは、スラムの住人をまだ『人間』として扱っていた。

 彼は最貧層の人間が自暴自棄になって破滅的な破壊活動に走ることを予防するために、最低限の"施し"をする事を怠らなかったのだ。

 定期的に、ごくわずかではあるものの食料の配給が行われ、海軍には満足な教育を受けていない最貧層出身者のための採用制度が設けられていた。

 

 ところがアドリアンが政権を引き継いだ今ではこれすらも見られない。

 奴は最貧層の人間だけでなく、この国の国民全てを人間として見ていなかった。

 配給は遮断され、海軍の採用制度は書き換えられた。

 それどころか今では海軍を全力で潰そうと頑張っている最中である。

 そして、そんな彼はこのような仕打ちをすればこそスラム街の人間からは深い恨みを買っていると自覚しているし、それ故に弾圧を強める一方であった。

 スラム街は定期的な"臨検"に晒されて、秘密警察は夜毎家族単位でスタジアムに連れ去っていき、その後スタジアムからは銃声が聞こえるのだ。

 

 

 彼女にとって、もはや革命は復讐の手段の枠を超えて救済の手段へと昇華しつつあった。

 この国の国民の惨状を思えばこそ、夫が成し遂げられなかったものを引き継ぐ事に大きな意義を見出せたのだ。

 しかしながら、だからこそ、国民のためとは言いながら国民の現状を理解できていない提督隷下の軍人が合流してきた時には言いようのない歯痒さを感じた。

 この日、海兵隊の曹長が彼女のいる共産ゲリラの潜伏先で無謀な蜂起の計画を得意げに話した時、アマンダはその歯痒さを言葉に変えた。

 

 

 

 

「違う!アンタ達は何も分かっちゃいない!この国の国民はアドリアンの苛烈な抑圧に疲弊してる!今蜂起したって誰も着いてこないよ!」

 

「いや、お前こそ間違っている!ユニオンの傀儡政府を倒すには提督が反旗を翻した今しかないんだ!国民だってそれを理解しているはずだ!彼らは愚か者ではない!」

 

「アドリアンの秘密警察は毎晩夜中に国民の家のドアを叩いて引き摺り出して、スタジアムに連れ去ってから重機関銃で処刑するんだ!愚か者じゃなくても二の足を踏むさ!」

 

「国民を愚弄するのも大概にしろ、日和見主義者め!国民は必ず立ち上がる!私達にはそれを支えるという崇高な使命がある!」

 

 

 曹長の思い込みを聞けばこそ、アマンダの歯痒さは度を増していく。

 数週間前まで彼女は曹長と同じ期待を国民に対して抱いていた。

 あの農村地帯で陸軍の戦闘機から隠れていた時、農民達が共産主義者に同調しなかった事は彼女にとってはその期待に対する裏切りだったのだ。

 しかしスラム街の住人と共に生活した今だからこそ彼女は理解できる。

 あの農民達は"腰抜け"だったわけではない。

 13家族はアドリアンや秘密警察と親しい関係にあるのだ。

 どれだけ生活が悲惨でも、生きたまま溶剤に沈められるよりはマシだと思う他なかったのだろう。

 

 

「アドリアン・セルバンデスがこの国のトップにいる限り、国民に開かれた道は2つしかない!自由か、死か!」

 

「彼らにとっては自分自身で終わる問題ではないの!秘密警察は共産主義活動に携った者の家族まで纏めて処刑する!…個人的に参加したくても家族を人質に取られてはッ…」

 

 

 

 彼女にとってはもっと悪い事に、共産主義ゲリラの他のメンツの多くも海兵隊員達に同調していた。

 ある若手のゲリラなど、彼女を日和見主義と断定して銃を向けさえしたのだ。

 彼らは言う。

「チャンスは今しかない」と。

 それでも彼女は自分の主張を曲げるわけにはいかなかった。

「これはチャンスなどではない」と。

 

 

 

「………わかった、わかった、アマンダだったか?…この日和見主義者め。もういい、お前は参加しなくても良い。我々と共に蜂起に参加する者は共に来い。」

 

「俺はいくぞ!」

 

「俺だって!」

 

「私も参加するわ!」

 

 

 捨て台詞を吐いて彼女に背を向ける曹長の後には、ゲリラのメンバーの多くが続いていく。

 彼女はその光景を恨めしげに見ながらも、彼女と共に残ったメンバー達と次にすべき行動について考えをまとめていた。

 "日和見主義者"はインビエルノ共産党の残党の残党と化したメンバー達に向き直って、まとめ終わった考えを述べる。

 

 

「………この国の共産主義活動はもう終わりだ。あいつらは皆んな熱に浮かれちまってる。…アタシはプラタに行く。」

 

「プラタに行って、どうするんだ?」

 

「プラタ共産党の活動に合流するのさ。あそこはこの国よりかは革命の見込みがあるからね。」

 

「インビエルノを捨てるのか!?」

 

「それは違う。プラタで革命を成功させれば、アタシ達は海軍よりも大きなバックアップを得られるハズだよ。…内側からやってダメなら、外側からやるしかない。着いてきたくないなら着いてこなくて良い。今からあの曹長の背中を追っても間に合うさ。ここで小市民の生活に戻っても良い。…でももし来るんなら、アタシはアンタ達を犬死させない。」

 

 

 

 残党の残党はあと数人しか残っていなかった。

 しかし、それでもその数人の残党は全てアマンダについていくことを選んだのだ。

 彼らはアマンダの方へ寄り、そのうちの1人がこう言った。

 

 

「分かった、アマンダ。アンタを信じよう。…海兵隊連中のやり方よりは現実味がありそうだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市内は静まり返って、通りには人っ子1人いない。

 曹長は優良装備の海兵隊員達とありったけの武器をかき集めた多くの共産主義ゲリラを率いて、彼らのアジトから外に出る。

 M1928サブマシンガンを手に通りへと進んでいくが、やはり戒厳令のせいか市民達と出会うこともなかった。

 

 しかしもうまもなく、市民達も我々に加わる事になるだろう。

 長い抑圧を終わらせて、国民が真の自由を得るという目標に、曹長はこれ以上なく胸を熱くしている。

 だからこそ拡声器で呼びかけたにも関わらず誰の反応も得られなかった事に多少なりとも動揺した。

 

 

「我々はインビエルノ海兵隊だ!インビエルノの市民達!暴君を倒す時がきた!共に立ち上がり、あの憎きアドリアン・セルバンデスとユニオン女を引きずり下ろそう!」

 

 

 通りには電子音を纏った曹長の声が虚しく響くばかりで、そこからは誰も反応を返さない。

 あの日和見主義者(アマンダ)が言うように、国民は独裁者の抑圧に萎縮してしまっているのかもしれない…だが曹長の信じる限りでは、国民はその恐怖を克服できるはずだった。

 

 

「諸君!インビエルノの親愛なる国民諸君!アドリアン・セルバンデスの圧政に怯えるのはよく分かる!だが、臆するな!武器を取れ!今この瞬間にも我が海軍の最新鋭戦艦がかの独裁者の艦隊を…」

 

 

 海兵隊の曹長は、インビエルノ首都にいる民衆を焚き付けるための台詞をよく考えてからこの蜂起計画に臨んでいた。

 しかしながらその長台詞を全て読まない内に、曹長は呼びかけをやめてしまう。

 理由は明白であろう、直径7.62ミリの銃弾が彼の喉に突き刺さり、気管や声帯を破壊して首筋の側から飛び出ていったからだ。

 

 曹長はその場に崩れ落ち、その亡骸が地に転がる頃には、彼を狙撃した陸軍部隊が通りの物陰から姿を現し、呆然とする海兵隊員や共産ゲリラを機関銃や自動小銃で掃射し始めた。

 海兵隊も共産ゲリラ達も慌てて応戦を始めると共に、次級者が曹長の拡声器を拾って市民への呼びかけを続ける。

 海軍が思い描く理想も、あの独裁者が招いている現状も、そして提督がこの反乱に込めた想いも。

 

 しかしそのいずれも、誰もいない通りの無機質な岩壁に虚しく響くだけだった。

 最後には陸軍のM47パットン戦車が通りにやってきて、数の少なくなった海兵隊や共産ゲリラに最後の引導を渡すために主砲を向け始める。

 90ミリ戦車砲M36の強力な榴弾が目標以外にまで被害を及ぼしても一切の免責を約束されている戦車長は、散り散りになりつつある反乱者達に照準が向くと迷う事なく射撃号令を出す。

 

 

 海兵隊が期待した民衆の蜂起は一向に始まることはなく、それはM47戦車の砲弾によって何人かの市民が巻き添えになって尚、変わることもなかった。

 

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