最悪の独裁者
『選挙を実施してくれ』
国際電話越しに聞こえるユニオン中央情報局担当官の声を聞いて、私は白目を剥いた。
信じられん。
私が政権を引き継いでまだ2週間と経っていないというのに、そんな無理難題を押し付けてくるというのか。
「ライリーさん、失礼を承知で申し上げますが、とても正気とは思えません。」
『私が正気だろうが狂っていようが、やってもらうしかない。…それとも君が強化したがっている陸軍への援助を諦めるのなら話は別だが』
「何故こうも急にそんな話になるのです?」
『………ユニオンは民主主義国家だ。国民は正当性のない独裁政権に税金を注ぎ込むのを嫌がる。だから選挙で政権の正統性を示してもらわなければならないんだ。』
「こちらの国民共はあなた方のそれほど賢明な連中ではありません。また共産政権が樹立されるようなことがあれば、あなた方の不利益では?」
『そうならないように、共産勢力以外の候補のみで選挙を実施してくれ。』
「なっ…」
『気持ちは分かるが、これは試験だと思って欲しい。私だって君の方がまだやりやすいとは思っている。だが下院がそう要求してきた以上、私の権限ではどうにもならないんだ。……それではよろしく頼む。』
電話はそこで切られ、私は思わず受話器を電話機に叩きつける。
「畜生め!そりゃあ、アンタらはどう転ぼうが失うものなんてないからな!クソッ!」
「お願いだから落ち着いて、アドリアン。…逆に考えてみて?この選挙で政権の正統性を示せれば、中央情報局は大手を振ってあなたを支援できるわ。」
「それは…………」
「方法はあるはずよ。一緒に考えましょう。」
タマンダーレの言葉のおかげで、私は幾分か落ち着きを取り戻すことができた。
だが中央情報局の要求に応えられるかは別問題だ。
私はまだ若過ぎる。
国民…それも、父を慕っていた国民の目にさえ、私は頼りなく映ることだろう。
18年前の事、私の父アルバロ・セルバンデスは軍事クーデターを実行した。
世界大戦の僅か2年後、共産主義のペストが南方大陸に侵入してインビエルノの王政に終止符を打ち、挙句ユニオンの裏庭に共産主義国家を立ち上げたからだ。
一介の海軍軍人であった父が民主的に選ばれた政権を打倒するには、勿論独力のみではあまりにも不十分であった。
にも関わらず父がクーデターを成功させられたのは、ユニオンの後ろ盾あってのことである。
ちょうどその頃重桜を巡って北方連合と戦火を交えていたユニオンにとって、父のクーデターは渡りに船であり、彼らは父に強力な援護を送り込んだのだ。
それが彼女、タマンダーレだった。
領土のほとんどを海と接するインビエルノの海軍は、南方大陸でも有数の力を持っていた。
父は海軍で主導権を握ると、ユニオンから派遣されたKAN-SENと共に共産政権の武装勢力を片っ端から潰して回ったのだ。
やがては陸軍も海軍に合流し、南方大陸初の共産主義政権は簡単に崩れ去っていった。
ユニオンは南方大陸で再び共産政権が誕生しないよう、父にKAN-SENを"貸与"し続けることにした。
父は苛烈な支配者で、国内の共産分子をあまりにも残酷な方法で取り締まり続けた。
父直轄の秘密警察が創設され、ユニオンの諜報機関で教育を受けた隊員達が猟犬のように共産分子を摘発するようになり、それは今でも続いている。
それどころか、父は自身にとって都合の悪い人物もことごとく共産分子の汚名を被せて処刑した。
そうして自身の権力を強化していく傍らで、ユニオンとの関係は密接に強化されていたのだ。
少なくとも強力な海軍を持つ同盟者がいれば、南方大陸の共産化問題を父に任せ、ユニオン自身は大陸方面での対立に集中できたからだ。
さて。
めでたく国の支配者となった父だが、貸与されたKAN-SENについては、当初あくまで純粋な兵器として扱っていた。
父が愛したのはあくまで母1人であり、他のどんな美女も美しいKAN-SENも、その眼中にはなかったのだ。
クーデターの半年後、私の母は交通事故で亡くなってしまった。
それが父を悍ましい恐怖政治へと駆り立てたという見方もある。
両親の間には私という1人息子がいた。
事態がある程度片付いて、ユニオンからやってきたKAN-SENに抑止力以外の使い道が無くなってくると、父は彼女に新たな命令を下した。
私の面倒を見るように、と。
KAN-SENはそれ1人で小国の海軍に相当するチカラを持つと言われる。
そんな人物が日がな一日ついて回れば、大事な1人息子が不埒な共産分子による暗殺や誘拐の危険に晒される事はないと思ったのかもしれない。
しかし、まだ幼かった私は母の喪失感から立ち直れていなかったし、それほどの"戦士"なら乳母のような扱いに怒りを覚える事だろうと思い詰めた。
私は父の見ていないところで言うも恐ろしい嫌がらせを受ける事になるのだろうと。
ところがやってきたのは、それが本当に周りの大人達が言う"KAN-SEN"という存在だとは思えないような女性だった。
「ハロー♪私はラッキー・ルーと呼ばれたセントルイ……じゃなかった、タマンダーレ。あなたのお名前を教えてくれるかしら?」
「………アドリアン」
「うふふふ、よろしくねアドリアン。今日からは私があなたのお世話をするわ。…お母さんの代わりにはなれないけれど…一生懸命頑張るから…どうかよろしくね、アドリアン」
父が暴力的な政治権力を奮っている間に、私は彼女からとても心温まるようなお世話を受けて、ついでに様々な教育も受けた。
思えば父は最初から権力を世襲させるつもりだったのだろう。
私はいわゆる親の七光りもあって、簡単に海軍のエリートコースへと進学した。
父はあまり陸軍を信用していなかったから、まずは権力を世襲させる予定の1人息子に海軍の人脈を作らせたかったのだろう。
海軍で3年勤務した後、私はユニオンの情報機関に送られる事になった。
ユニオンは世界中で共産分子の活動を抑圧するために、各国の反共産政権の軍人達を集めて連中の目論見を効果的に阻止する方法を教えて回っていたのだ。
ユニオンでの教育では、タマンダーレに教わった英語が驚くほど役に立った。
彼女仕込みの英語を使えこなせたおかげで、私は夢見る革命家の理想を打ち砕くのに最も効果的な方法を効率よく体得できたのだ。
おかげで私は他の反共産主義者達よりもいい成績で卒業できそうだったのだが、結局は残念なことに私の次級者が首席になることになった。
教官がエコ贔屓をしたわけではない。
ユニオンの諜報機関は相手が独裁者の息子だろうが王族の皇太子だろうが公平に扱った。
私が首席を取れなかったのは、父が共産主義者に暗殺され、国に帰らなければならなくなったからだ。
父の愛車はパンツァーファウストの直撃を受けて木っ端微塵になった。
運転手は即死だったが父はまだ生きていて…しかし私が帰国した時には亡くなっていたが…あと寸刻しかない余命を、私への遺言のために使い果たしたのだ。
曰く、「お前が私の跡を継げ。タマンダーレが秘書を勤める。」と。
それがもう2週間前のこと。
父を爆殺したクソテロリスト共を追いかけ回す為にこの2週間を費やし、相手が少年兵だろうと容赦はしなかった。
おかげでドップリと疲れたのだが、中央情報局のおかげでまだ休めそうにはない。
ユニオンから慌ただしく帰ったと思えば独裁者になり、独裁者になったと思えば選挙をやれと言われる。
しかし中央情報局の要求とあれば飲むしかあるまい。
それにタマンダーレが言ったように、その苦労に見合う利益もあるはずだ。
「選挙結果を改竄しよう。それが手っ取り早い。」
「アドリアン!」
私の安直な考えに、タマンダーレが抗議を含んだ声を上げる。
「…気持ちは分かるけれど、あなたはお父さんの後継者であると同時に国の正統な指導者であることを国民自身に認めさせるべきよ。」
「父はこの15年間、秘密警察を使って真夜中に国民のドアを叩かせていた。連中は気が気でなくて夜も眠れなかったはずだ…その息子に票を入れるとは思えない。」
「なら、アドリアン。あなたはお父さんとは違うということを示せばいいだけじゃないかしら?」
「違う?…ふふふ、"違う"だって?私が…父とは違う?………タマンダーレさん、お言葉だが私は父と何も変わらないし変われない。私は統治機構をそっくりそのまま受け継いだんだ。何も変わらず、あの統治機構を
タマンダーレが不意に近いてきて、私を抱き抱える。
私は突然の暴挙に訳も分からず戸惑うが、1年間のユニオン生活で忘れかけていた事を思い出した。
何かと自棄を起こす私に、彼女は抱擁という手段で打って出る。
暖かい、抱擁という手段で。
「タマンダーレさん…」
「いいから、何度でも言うけれど落ち着いて。あなたはお父さんとは違うヒトになれるはず。その努力をしていないだけ。…さっきも言ったように私も手伝ってあげるから、そんなこと言わないで?」
「………すいません」
「謝る必要はないわ。その為に私はここにいるんだもの。」
「分かりました。選挙結果の改竄は…最終手段です。たしかにこれからの事を考えると、あの愚民共自身に私を選んだという意識があった方がいい。」
「こら、アドリアン!人の事をそんなふうに言ってはダメ。思わぬ時に、言葉に出てしまうわ。………ねえ、アドリアン。こんな時に言うのも…少しおかしいのだけれど…」
「…?」
「あなたに贈り物を用意しているの。」
タマンダーレはそういうと、私を解放して自らのバッグへと向かう。
そこへ至ると何かゴソゴソとバッグの中を弄って、小さめの木箱を取り出してきた。
彼女は笑顔でそれを持ってくると、私の目の前で蓋を開けて見せる。
そこにあったのはニッケルフィニッシュの自動拳銃で、高級感のあるクラロウォルナットのグリップが眩いばかりのボディとは対照的な落ち着きある気品を加えていた。
「………これは…45口径ですか?」
「ええ…お父さんは残念だったけど……ねえ、アドリアン。」
「……?」
「私は…タマンダーレはずっとあなたの側にいるわ。もし私の姿が見えなくても、これを持って、どうか私の事を思い出して。そうすれば…きっと自棄を起こさずに冷静でいられるでしょう?」
「………」
タマンダーレから拳銃を受け取る。
ずっしりとした拳銃は、手に取ると思ったよりも大きく感じた。
「……ありがとうございます、タマンダーレさん」
「うふふ。どういたしまして、アドリアン。それじゃあ、選挙の準備について話し合いましょう?」
タマンダーレが言った通り、彼女の指揮官にしてこの国の"大統領"は父とは違う方へと変わっていく。
ただし、それはより陰湿で、冷酷というように。