KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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心理的依拠の変更届

 

 

 

 

 

 私は45口径を片手に、タマンダーレと対峙している。

 彼女と出会って十数年になるが、普段は感謝と愛情を感じている彼女にここまで苦々しい感情を覚えたのはコレが初めてだった。

 

 

「なんて事を!畜生!なんて事をしてくれたんだ、タマンダーレ!」

 

「落ち着いて、アドリアン!」

 

「あなただけは私を裏切らないと信じていたのに!クソッ!台無しだ!」

 

「私はあなたを裏切っていないし、裏切りもしない。お願いだから話を聞いて!」

 

「自分が何をしたか分かってるのか!?…クソ!もう終わりだ、お終いだ!ライリーの部下に殺される!中央情報局の暗殺部隊が相手なら、陸軍なんて何の役にも立たない!畜生!」

 

「落ち着きなさい!」

 

 

 結局のところ、タマンダーレはパニックを起こす私をいつも通りの方法で落ち着かせた。

 あの温かな抱擁は錯乱に近い状態でも効果があるようで、私は自然と呼吸を整える事ができる。

 鼻腔から入る彼女の匂いが、私の心に安息を齎すと、私はようやっと落ち着きを取り戻すことができた。

 

 

「………何故なんだ、タマンダーレ。何であんな事…」

 

「大丈夫、心配いらないわ。」

 

「大丈夫なものか!ライリーさんの指示に逆行する行いだ!我々は彼の不信感を買ってしまった!あの少佐とKAN-SENは知らなくて良いことまで知ってしまったんだ、何であんなこと!」

 

「ライリーは私の方から説得するわ!彼も同意せざるを得ないハズ!」

 

「バカな!中央情報局の秘密情報を握ってるような存在を生かしておくと言うとでも!?ライリーさんは」

 

「いい加減に気づいて、アドリアン!ライリーはあなたのことなんか考えてないのよ!?」

 

「!?」

 

 

 もはや半泣きに近い私を抱えながら、タマンダーレはそう言った。

 しかし私としては予想外の言葉だったから、驚きのあまり彼女の顔を覗き込む。

 こちらの瞳には若干の不信感が含まれていたに違いない。

 だから彼女は私の瞳をじっと見下げて、何かを諭すようにゆっくりと話し始める。

 

 

「………()()()()()()()よ、アドリアン。ライリーが何と言おうと、この国の大統領はあなた。彼女達の処遇にしても、ライリーではなくあなたが決めるべき案件よ?」

 

「彼は私のスポンサーです。それも絶対的なスポンサーだ。逆らうわけには」

 

「いいえ、()()()スポンサーよ?なんでも彼の言う通りにする必要はない。…アドリアン、どうか私を信じて。ライリーは納得させるし、こうした方が私達のためにも、彼女達の為にもなる。」

 

「………」

 

 

 彼女は私を抱えたまま、近くの椅子を引き出し、その上に座る。

 私といえば12歳くらいに何かヤケを起こした時よくそうやられたように、彼女の柔らかな太ももの上に座らされた。

 青春時代は勉強机とタマンダーレの間を行ったり来たりして過ごしたっけ。

 おかげで背丈はまるで伸びていない。

 今でも彼女は私を背後から包み込めるし、そして落ち着かせる事もできる。

 気づけばタマンダーレは私の45口径をホルスターに戻していたし、先ほどまでの恐慌状態に近い感情は消え失せていた。

 そして幼き頃からの習慣は、私の口調をその時代の口調に合わせて変えてしまう。

 

 まるで何か催眠術にかかったようだった。

 何故か知らないが、もういい歳こいた成人男性だというのに…いや、だからこそかもしれない…彼女の腿の上に乗ると紐で縛っていたものが解けていくように、不思議と内心を吐露してしまう。

 頭はぼうっとして、どこか心地よい。

 まるで焼きついた機銃の銃身を、氷水に突っ込んだかのよう。

 彼女との会話は、あの"当時"と同じように、穏やかなモノになっていく。

 

 

「…どうして、そこまで拘るんですか?彼女達を殺してしまえば、それで全て解決するのに…」

 

「アドリアン、KAN-SENの替えは効かないわ。…ライリーはね、あなたが思っているほど完璧な人間ではない。結局、あの人も色んな良いところはあるけれど、悪いところもあるの。」

 

「………」

 

「…ライリーはきっと、あなたがこの内紛で失う海軍戦力の代わりとして、彼女を"派遣"ではなく"配属"したの。でもライリーは愚かにも、その為に彼女の復讐心を利用した。」

 

「………」

 

「復讐を果たした後の人間がどうなるか、知っているかしら?呆然として、何もやる気が起きなくて、この世の全てが嫌になってしまう。」

 

「…どうして分かるの?」

 

「…私もかつて大戦で姉妹を失った時、復讐に溺れてしまったから。コロンバンガラの後、暴言を吐きながら敵のKAN-SENや艦艇を探し回っては自分から戦いを仕掛けるようになっていた………けれど、殺しても殺しても、気持ちは全く晴れなかったの。」

 

「………」

 

「"間違い"にやっと気づいたのは、戦争が終わって、占領軍として重桜に入った時。遂に重桜海軍を倒したのに、達成感や喜びは現れなかった。…感じたのは虚しさだけ。」

 

「虚しさ?」

 

「ええ。私が重桜に入った時、そこはかつて東洋一と呼ばれた国家ではなくなっていたわ。多くの人々が家を、家族を、子供達まで失って………そして、それをやったのは私なんだって、思い知らされた。」

 

()()()()()()、それはあなたのせいじゃ」

 

「分かってる。けれど、戦争を理由に復讐に没頭していたのは事実だもの。重桜にはその後、復員作戦が始まるまで何度か寄港して、そのたびにできる限りの復興を手伝ったわ。…あの戦争で初めて達成感を得たのは、本当を言うとその時よ。」

 

「………それじゃあ、ユージーンに復讐を思いとどまらせたのは…」

 

「戦争が終わった後、私には新しい目標ができた。だから精神を病むこともなかった。…けれど、オイゲンは?彼女が少佐を殺してしまったら、次はどんな目標を与えれば良いの?」

 

「………」

 

「ライリーはあなたが思っているよりずぅっと杜撰なヒトよ?彼は自分の配下のことを手駒としか見ていない。…だから、こんなことは言いたくないけれど…」

 

 

 タマンダーレが私を立ち上がらせて、自身も立ち上がる。

 彼女は私を向かい合わせると、先ほどよりもずっと強く抱擁した。

 そして何かを訴え出るように、何か強固な意思を含めて、口を開く。

 

 

「……ライリーより私を頼って、アドリアン。あなたは私にとって大切な"家族"…それも、もうあなた一人しかいないの。私はあなたを失いたくないけれど、ライリーはあなたを駒としか見ていない。」

 

「………でも」

 

「ええ、分かってる。逆らえと言ってるわけじゃないの。でもどうか…選択に迷う場面があるのなら、私を信じてくれないかしら?」

 

「………………分かりました、でもこのことはどうか…」

 

「うっふふふ♪私がライリーに話すわけないでしょう?…嬉しいわ、アドリアン。これであなたは強力な戦力を失わずに済むし、その戦力はあなたに忠義を感じるはずよ?…それじゃあ、行きましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大統領執務室

 

 

 

 

 

 

 

「ハンス・ルートヴィヒ少佐?」

 

「…はい。」

 

「改めて確認したいのですが、あなたは新設されるインビエルノ沿岸警備隊の初代長官になる…よろしいでしょうか?」

 

「…本当にいいんですか?」

 

「本当にいいか聞いてるのはこちらなのですが?」

 

「それは分かりますが…私は一介のいち指揮官です。そんな組織を指揮する…それも外国の軍事組織を任せてもらうなど…身に余るかと」

 

「いい加減覚悟を決めたら、ハンス?…言うまでもないけれど、ハンスさえよければ私はこの国に留まるわ。"プリンツ・ユージーン"として、ね。」

 

「ユージーンはご覧の通り同意しています。後はあなた次第だ、少佐。それに脅すわけじゃないが、ウゴの組織が国内で"猟兵グループ"の活動を確認した。…今また密林に隠れるのは得策とは言えません。」

 

「………うっ………」

 

「ハンスッ!」

 

「…ッ、分かった、分かった、待ってくれ、オイゲン………コホン、分かりました、大統領閣下。私、ハンス・ルートヴィヒは大統領閣下に忠誠を誓います。」

 

「ようこそ、ハンス・ルートヴィヒ"大佐"。陸軍部隊が海軍基地を制圧したら、あなたはいよいよ将官になる。…もうしばらくお待ちください。なんたって、海軍基地を制圧しないと、海軍将官用の制服が手に入りませんのでね。」

 

「あは、あはは」

 

 

 

 苦笑いを浮かべるルートヴィヒに、ユージーンが抱きついた。

 ほんの数時間前まで片方が片方を殺そうとしていたとは到底思えない仲睦まじさには脱帽するほかない。

 しかしながら、これでタマンダーレの言う通り、ユージーンは否が応でも私に忠誠を示さなければならなくなるだろう。

 夫と共に良い暮らしをしたいのなら、私を裏切るわけにはいかないからだ。

 そう考えると改めてタマンダーレはよくやってくれたとみるべきだろう。

 彼女には感謝しても感謝しきれない。

 そんな私の内心を知ってか知らずか、ユージーンはハンスを一通りハグすると、今度は私の方にやってきてこちらにもハグをした。

 

 

「アンタ、あのクソ野郎なんかより全然信頼できそうね。」

 

「ご注意を、そう見せてるだけかもしれない」

 

「本当に注意すべき人間は"自分に気をつけろ"なんて言わないもの。正直、真実を知った時、私はアンタに殺されるのかと思ってた。…あまりに知りすぎたから。」

 

「………まぁね、でも彼女がアドバイスをくれたんです。」

 

 

 私が笑顔でこちらを見るタマンダーレの方を指さす。

 一瞬、節度のない恋人に絡まれる息子を見ている怒り心頭な過保護な母親の笑みに見えなくもなかったが、きっと気のせいだろう。

 ユージーンはそれでも私に抱きつきながら言葉を続ける。

 

 

「まっ、それでもアンタには感謝ね。本当にありがとう。…私達は忠義を尽くすわ。アンタが裏切らない限りは。」

 

「それは頼もしい。…ほら、もうそろそろルートヴィヒ大佐の下へ戻ってください。挙式の事でも話し合えばよろしい。それではまた。」

 

 

 

 大佐とユージーンの背中を見送っていると、今度はいつも通りに私の両肩に重量物が乗っかった。

 背後から温かさと良い香りを感じて、私は深呼吸をする。

 

 …ともあれ問題は片付いた…それもベストな方向で。

 あとはハンス・ルートヴィヒ大佐の昇進のために必要な制服を、確保するだけだった。

 

 

 

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