KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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平和への備え
マザーコンプレックス


 

 

 

 

 現在

 ユニオン

 バージニア州

 ラングレー

 

 

 

 

 

 

 

 

 首都からこちらに帰ってきたのは、結局のところ夜中になってしまった。

 とはいえ、やらなければいけないことは多い。

 今日の帰宅は随分と遅い時間になりそうだが、しかし国家全体の安全がかかる仕事を放置できるほどの胆力は彼になかった。

 

 

 尋問室では顎髭を盛大に伸ばした中東系の男がこちらを待っているハズだ。

 名前は"アリー・ハルマーン"。

 三ヶ月前、中東某国のユニオン大使館に自爆車両で突っ込んだ"敬虔な男達"に、プラスチック爆弾タップリのベストを供給した疑いをかけられている。

 

 ヨアヒム・ルートヴィヒは洗面所に立ち寄って、眠気を覚ますためにも顔を一度洗う。

 自分が子供の頃、母親のアザを見て自分はそんな事をする人間になりたくはないと思っていた。

 だからこそ"やり方"には拘ってきたし…そのせいで理解されない部分も多いが…成果は一つずつ積み上がっている。

 

 首都で初めて顔を見た、あの得意げな老人のようなやり方は絶大な効果をもたらすかもしれない。

 実際のところ、冷戦後に再編成された北方連()の工作員達をはじめ多くの機関は未だに彼と似た方法で諜報資産を動かしている。

 だからこそ旧時代の遺物として一蹴するわけにもいかないが、しかし、彼にとってそれは禁忌でもあった。

 …それにしても、自分からこんな道を選ぶなんて。

 

 

 鏡越しに自分の顔を嘲笑い、彼は資料を手に尋問室へ向かう。

 尋問対象は少しでも自分を"固い"人物だと思わせるために胸を張っているようだったが、その顔は不安で彩られている。

 無理もない。

 自分が何故ここにいるのか理解していれば、誰でもそういう顔をする。

 中央情報局中東方面担当官であるヨアヒム・ルートヴィヒは、ラップトップ2つと書類一式を持って尋問室に入った。

 

 

 

「…やあ、待たせてすまないね。自己紹介から始めておこう。私はヨアヒム・ルートヴィヒ。君の名前は?」

 

「…………」

 

「なるほど、賢い手だ。君はアリー・ハルマーン。相手が誰であろうと金さえあれば武器を売る…そういうタイプの武器商人だ。アイリスあたりの人権団体が君を見つければ人気者になれそうだ。」

 

「………」

 

 

 アリー・ハルマーンは口を閉ざしたまま。

 尋問はまるで進みそうにもないが、だからといってやめるわけにもいかない。

 この場合、効果があるのは切り口を変えること。

 そしてもちろんのこと、それはヨアヒムにとっても想定内だった。

 

 

「………ハルマーン家は6人兄弟だったね。正直少し羨ましい。私の母は若い頃に受けた実験のせいで私1人の他に子供を産めなかった。兄弟のいる幼少期に憧れがある。」

 

「………」

 

「まぁ、ともかく。君があのテロリストどもに武器を売ったのは、そのご兄弟のうちの1人が"猟兵グループ"に殺されたからだろう。…連中は冷戦が終わった今もやり方を変えていない。私の父も"よく世話になった"そうだが。」

 

「………」

 

「君の上2人の兄は早世した。つまり君は一家の実質的な長男だった。当然ご両親の面倒は君が見たし、君は我々に捕まる直前まで母親の健康状態を気にして電話をしていた。まぁ、逆にいえば我々はその電話から君の位置を割り出したわけだが。」

 

「………」

 

「…この2つのラップトップには、今現在中東の上空を飛んでいる2機の無人機の映像がそれぞれに映っている。どうかよく見て欲しい。」

 

 

 ヨアヒムはそう言って、持ち寄った2つのラップトップを開いて中身をアリー・ハルマーンに見せた。

 その時初めてハルマーンは表情を硬化させる。

 次いで何かヨアヒムには分からない言葉で怒鳴り散らしたが、彼にとってはそれだけで十分だった。

 

 

「…そう。武器商人の君なら分かるだろうが、こっちは攻撃型無人機の映像だ。こっちは偵察型無人機。両方とも同じ対象を映してるな…君のご両親の家だ。」

 

「クソ野郎!くたばりやがれ!」

 

「知っての通りユニオンの攻撃型無人機なら、こんな家すぐに吹き飛ばせる。」

 

「それで脅したつもりか!ふざけるな、この!クソッタレ!」

 

「………君の怒りはよく分かる。私の両親もこの手の脅しにはウンザリしていたらしい。…君が怒りを抱いてる理由は、きっと弟さんの復讐だけが原因じゃないはずだ。」

 

「はぁ?……」

 

「君が爆弾を売った組織…そのテロ組織は裏切り者を許さない。君が何か喋ったと知れば、君のご両親は酷い殺され方をする。…それも、攻撃型無人機で吹き飛ばされた方がマシと思えるくらいに酷いやり方で。」

 

「………」

 

「だから君はご両親を助けたくても助けられない。…でもまだチャンスはある。こっちの偵察型無人機の映像を見てくれ。」

 

 

 ヨアヒムはそういうと、偵察型無人機のラップトップを操作して、この武器商人の家をフェードアウトさせる。

 そのあと無人機が撮影対象を変えてある特定の位置をズームすると、そこには砂漠の上で待機する存在がいた。

 ユニオンが誇るUH60ヘリコプターがローターを回転させながら接地していて、その周囲ではフル装備の男達が無線機からの指示を待っている。

 ハルマーンは決して頭の悪い人間ではなく、男達が両親の家を襲撃するためにそこにいるわけではないと直ぐに分かった。

 それなら無人機のミサイルでカタがつく。

 

 

「君が我々を協力するなら、ご両親をテロ組織の手の届かない所に移送する用意がある。」

 

「…信じられるか…そもそもアンタらは、俺の家族を助けて何になる?」

 

「もしそれが好みだと言うのなら、我々は君をうんと痛めつけるし自白剤も投与する。でも我々が欲しいのは、痛みから逃れようと必死な人間の言葉や、ヤク中が話す言葉よりも確度の高い情報だ。我々が君の家族を保護するということは、言い方は悪いが嘘をつけないように人質に取っているようなものだ。…ただ、これだけは信じて欲しい。君が嘘さえつかなければ、我々は人質に手出ししない…無用に人質を痛ぶっても何にもならないからな。」

 

「………」

 

「どちらにせよ、ご両親の運命は君次第だ。…かつて、母の知人は彼女にこう言ったらしい。『復讐は虚しいだけ』と。弟さんは残念だったが、このままでは遅かれ早かれご両親まで失うだろう。…どうか私にこのボタンを押させないでくれ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリー・ハルマーンから必要な情報を取ったあと、ヨアヒムはその情報を整理して、精査させるために解析部に引き渡すとようやく帰途についた。

 自ら車を運転して、いつも通りの道を通り、そして家に着いたのは日付が変わる少し前のこと。

 最近はこんな生活が多いな、そう思いながら自宅の玄関を開ける。

 

 

「ただいま」

 

「あら、遅かったじゃない。もしかしてデートでもしてたの?」

 

「まだ起きてたの、母さん。」

 

「あなたが心配なのよ。ハムでも焼こうかしら?」

 

「いや、夕飯はもう済ませたよ。」

 

「そう………今日はあの"クソ野郎"から話を聞いてたんでしょう?」

 

「ああ。おかげで帰るのがこの時間になってしまったけどね。…あれくらいの話なら、母さんから教えてくれても良かったじゃないか。」

 

「ふふふっ、私があの"クソ野郎"にあなたを会わせて話を聞かせたのには理由があるのよ。でもその様子なら、まだ教えない方が良いわね。…今日は疲れたでしょう?こっちにいらっしゃい、子熊ちゃん?」

 

 

 ヨアヒムは盛大にため息を吐いて、暗い部屋の中ソファに寝そべってテレビを見ている母親の下へ向かう。

 オイゲン"母さん"はTシャツにパンティというあまりにも無防備な格好で、故にヨアヒムは視線の向け先に困ってしまった。

 彼のために座り直してソファのスペースを空けた彼女の瑞々しい柔肌は、本当に自分の母親が疑わしくなるほどに若さを保っている。

 しかし、いつも通りに彼女の腿に後頭部を任せてソファに寝転がると、外面は若々しくても内面は成熟しているのだと改めて認識させられた。

 

 

「………ところでヨアヒム?あなたの書斎でこんな写真を見つけたのだけれど…」

 

「あっ!それはっ!」

 

「何これ?私があそこで拘束されてた時の写真じゃない。…ふっはあああぁぁぁ………母さん悲しいわ。よりによって我が子が本当にこんな変態だったなんて。」

 

「ちちちち、違うんだ!それは資料として!」

 

「ふふふふふ♪…私が魅力的なのは分かるけど、動揺しすぎよ子熊ちゃん。そういうところはハンスそっくり。…だからあなたに諜報の仕事なんて向いてないって言ったのに。」

 

「…それとこれとは別だよ。」

 

「そうよね。母親の拘束着写真目当てに入ったのよね?」

 

「違うってばあ!」

 

「あっははは!…あまり揶揄うのもかわいそうだし………"クソ野郎"からはどこまで聞き出したの?」

 

「母さんが父さんと大統領宮殿に迎えられたところまで。彼は母さんが誤解してるって言ってた。母さんが感謝すべきはセルバンデスではなくタマンダーレ…セントルイスの方なんだって。」

 

「あら、彼女の口添えがあったことは知っているわ。それでも()()()()感謝すべきはアドリアンの方よ?」

 

「………どういうこと?」

 

「彼の天蓋付きのベッドがなければ、あなたきっと産まれてない」

 

「生々しいからやめて!?」

 

「うふふふふっ!…まぁ、それでもやっぱりアドリアンにも感謝しないとね。彼もまたあの"クソ野郎"の手駒にされた、ただの1人の人間に過ぎなかった。」

 

「母さんと父さんが結婚した直後に、セルバンデスはセントルイスと一緒にユニオンへ向かったと言ってた。そこから先は母さんでも話してくれるだろうって言ってたけど。」

 

「…ええ、良いわよ。まぁ、最後まで話す前にまたあの"クソ野郎"のところへ行ってもらうでしょうけど。」

 

「彼が外遊に誘われたのは、もしかして」

 

「はい、ストップ。今日はもう遅いから、さっさとお風呂に入ってきなさい。…明日は休みなんでしょうから、ゆっくりと話してあげるわ。」

 

「………分かった」

 

「それじゃ、今日も"ママ"が添い寝してあげるわね、私の子熊ちゃん♪」

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