ユニオン
首都D.C
ホワイトハウス
私は陸軍の制服に身を固め、ユニオンの儀仗隊の列の間を通ったところだった。
見事なまでに整えられた服装に、一糸乱れぬ統率、そして大国の名に相応しい軍楽隊。
それら全てに感銘を受けていると、彼らの奥からスーツを着込んだ1人の男と1人の淑女が現れる。
私はもちろん、その両名をよく知っていた。
「…ああ、これは。お会いできて光栄です、大統領閣下。」
「こちらこそお会いできて光栄だ、大統領。」
現職のスプルース大統領は大戦中にユニオンの主力KAN-SEN部隊を率いた海軍軍人としても名高い。
彼は太平洋方面で、今彼の隣にいるKAN-SENと共に重桜の海軍と戦ったのだ。
そのKAN-SENとは、かのエンタープライズである。
彼女は今、凛々しさを体現したような立派な軍服に身を包んで我々を出迎えてくれている。
それが意味するところは、我々は正式な来客として扱われているという事だろう。
エンタープライズと同じように現役時代の服装に身を包んだタマンダーレは彼女とも旧知の仲のようだったが、この場でその関係を表に出すような真似をする女性ではない。
彼女たちが視線を合わせて頷き合うという芸当をこなしている間に、私は大戦の英雄にして超大国の大統領の大きな手と握手する。
途端に周囲にいた報道関係者のけたたましさを伴う写真撮影が始まり、きっとそのうちの一枚は幾つかの新聞の紙面に載る事だろう。
そうこうしていると、スプルース大統領は私を記者たちのひしめく一室へと案内して下さった。
予め決められていた手筈の通り、私はここでユニオン国民へのメッセージを読み上げるのだ。
…そう、"ユニオンに支援された健全な資本主義国家の元首"として。
「………我が国とユニオンの協力関係は、何があろうと断たれる事があってはなりません!共産主義者はかつてインビエルノにその強力な毒牙を突き立てました!私の父、アルバロ・セルバンデスは祖国を共産主義の脅威から守るために最善を尽くし、私も父の考えから逸脱するつもりはありません!…インビエルノ国民は先の普通選挙で私を選んでくれました。それはきっと、国民自身が共産主義の脅威を感じていることの証左でもあるのです。そして我が祖国を共産主義者から守るためには、あなた方ユニオンの皆様の協力が不可欠です。我が国にはあなた方の望む物を提供する用意があります。それは我々の友好関係を鑑みれば当然の共有利益であると見做しているからです。…ユニオン国民の皆様、どうか我が祖国の防衛にご助力いただきたい!共に共産主義者を敵とする者として!どうかよろしくお願いしたい!」
記者たちの大多数は拍手で持ってこの陳腐な演説を受け入れてくれた。
もっとも、この文書自体ライリーさんに事前に提出して添削を受けたものだったのだが。
彼曰く、私の原案は"謙虚が過ぎた"らしい。
ユニオンは北方連合と違って、友好国を単なる衛星国のようには扱わない。
あくまで対等な立場として、ヒトの心を持って接する。
普通に考えればこれほど滑稽な話はないのだが、民主主義国家ではこのような文句が非常によくウケるらしい。
であるならば、この決まりきったテンプレートを使わない手はないだろう。
本心のことを言えば、インビエルノがどうなろうが私にはどうでもよかった。
スプルース大統領が私への武器輸出許可証へサインする代わりに、大統領の政府に税金を払うユニオンの大企業はそれらを上回る利益をインビエルノの鉱山や農園から得ている。
私なぞはパペットに過ぎない。
パペットが巨大な岩を動かすことなんてできはしないんだ。
だからパペットとして相応しい役割を演じよう。
それがきっと、私とタマンダーレの"今"を守るにベストな選択なのだから。
記者たちの前で声明を出し、一通りの質問に答え、次いで大手新聞各社のインタビューに対応し終わった頃にはすっかりと日は暮れていた。
これぞ身に余る光栄というべきか、予めユニオン大統領との晩餐に参加させてもらうことになっていた私は大統領の応接室に通される。
スプルース大統領はまさに模範的な海軍将校といえる人物で、わざわざ傀儡に過ぎない人物のためにその好みを前もって調べまでしてくれたらしい。
応接室のテーブルの上には豪勢なプライム・リブを初めとして、私が愛してやまないメニューが広がっていた。
少し奇妙に思ったのは、その晩餐に参加するのがスプルース大統領にエンタープライズ、それに私とタマンダーレという形式であったことだ。
こういった晩餐は通常政権の閣僚を伴って行うものだと思っていたのだが。
こんな状態で大統領と何者かを面会させたままにするなんて、シークレットサービスが知ったら卒倒しそうなものだが…しかし大統領のすぐ傍にはあのエンタープライズが控えているともなれば彼らも納得せざるを得ないか。
少し変わった形式ではあったが、我々は他愛もない会話をしながら晩餐会を楽しんでいた。
「…失礼、少し変わった形式なのは許して欲しい。海軍軍人から大統領に上り詰めた者同士、"差し"で話がしたくてね。」
「は…はぁ……」
タマンダーレが作るものに勝るとも劣らない味付けのプライム・リプを食べていた時、スプルース大統領がそう切り出した。
私は咄嗟にナイフとフォークを置いたのだが、大統領が軽く首を振る。
"そんなに緊張しなくていい"
それは無理というものだろう。
大統領は先程"海軍軍人から上り詰めた者同士"などと仰ってくださったが、私の方は上り詰めた覚えなどない。
昔の職人のように、父親の跡を継いだだけ。
対してスプルース大統領は大戦でユニオンを勝利に導いた"本物中の本物"だ。
同列に扱われる方が恥ずかしい。
大統領は既に高齢だったが、その覇気というものは未だに衰えていなかった。
傍に控えるエンタープライズは、まさに彼にとって相応しい伴侶と言えるかもしれない。
ただそう考えると、私自身はタマンダーレに対して気負う部分がある。
彼女もまた、先の大戦での功労者に違いない。
ユニオン海軍から送られた数々の勲章がそれを顕著に示している。
だというのに、彼女が立つのは取るに足らない傀儡大統領の傍なのだ。
こんな考えを大統領の前で顔に出すほど軽率な真似はしていないはずだが、タマンダーレはテーブルの下からそっと手を私の手に重ねてくれた。
まるで"自信を持って"と言わんばかりに。
自己嫌悪に駆られていた私は、それが彼女への嫌味になりかねない事に思い当たって幾分自分が恥ずかしくなる。
ああ本当に、私はなんて最低な男なんだ。
「おっと、シャンパンが切れてしまった。…セントルイス、追加のシャンパンを持って来るのを手伝ってくれないか?」
「うっふふふ、エンタープライズ?今の私は"タマンダーレ"よ?」
「ああそうだった、すまない。指揮官、少し席を外させてもらう。」
「今の私は"レイ"だったはずだぞ?」
「あはははっ!…ああ、そうだったなレイ。少し待っていてくれ。」
エンタープライズがタマンダーレと共にシャンパンを取りに行くと、応接室には大統領と私だけが残される。
ドアが閉まる音が部屋に響くと、スプルース大統領はそれを待ち構えていたように口を開いた。
「……大戦の時から彼女はとても気が利く。」
「…シャンパン、ですか?」
「いいや、そうじゃない。…ちょうど君と話をしたかったんだ。今度こそ"差し"でね。」
「………」
大統領はそう言って私にウインクする。
私としては未だに"何が何やら"の状態だったが、この異色な晩餐会からして大統領が嘘をついているわけではなさそうだ。
私と"差し"だって?
こんな…取るに足らない存在と、世界一の超大国の大統領が?
彼の真意のほどはまるでわからない。
「私がこんな形の晩餐会にした本当の理由は、君に警告するためだ。」
「警告?」
「ああ。…一つ聞いておきたい。君は現段階で何か…問題に思っていることはあるかな?」
おお、なるほど。
これでこの異様な晩餐会の真意が少し見えてきた。
私は試されているに違いない。
南方大陸に置いた傀儡政権を担う人間が、ちゃんと使い物になるかどうか。
流石に私も、これに関して"問題なし"と手放しに言えるほど冒険的でも自信家でもない。
「…お力添えをいただけたお陰で、国内の共産分子は衰退傾向にあります。父が暗殺されてから苦労させられましたが、ようやく連中は黙らせられそうです。…本当にありがとうございます。」
「いや、気にするな。…では国内の安定は手に入れたとして、どこに問題があると思う?」
「我々の隣国、プラタの王政です。彼らは向こう見ずな戦争に向かおうとしています。例の諸島を巡ってロイヤルと事を構える気です。」
「その情報は我々も知っているが…君に関係ある話とは思えないな」
「先程述べました通り、国内の共産分子は衰退傾向にあります。彼らは数を減らしている。何割かはこちらの軍事作戦によって。でも残念ながら、それが全てではない。」
「…というと?」
「恐らく連中の何割かはプラタに逃げ込んでいるのでしょう。奴らは国境沿いでの活動経験もありますから、プラタへの密入国は可能です。そしてプラタの共産分子共は国王がロイヤルとの戦争に踏み切るのを今か今かと待っている。」
「なぜ?」
「プラタの国軍がロイヤル相手に勝てるわけがないからです!国王は財政難に苦しむロイヤルが、遠く離れた諸島の問題に強行対処してくることはないだろうとタカを括っていますが、とんでもない間違いだ!…国王は国内の反発を逸らすためにロイヤルとの諸島問題を槍玉に上げ過ぎた。もはや彼は暴走する民意に答えなければならない立場に自分を追い込んでいる。その戦争に負けたなら、行き着く先は」
「革命か。なるほど、よく分かった。」
「…ご期待に添えましたでしょうか?」
「ああ。君にこの警告をするだけの資格がある人間だと言う事を、確信できてよかったよ。」
大統領の態度はどうにも腑に落ちないものがある。
警告とはこの話ではなかったのだろうか?
先程私が述べた問題は、そう遠くない内に待ち受ける危機になるだろう。
私がそう感じているのだから、大戦の英雄が感じていないわけがない。
それでもそれよりも重大な警告とは、いったい何なんだ?
彼はグラスに残っていたシャンパンを飲み干すと、真剣そうな顔をしてこちらの瞳を覗き込んだ。
そしてその顔から放たれた言葉は、私の予想を全く裏切っていた。
「………こんな事を言うのは、"スプルース大統領"として好ましくない行為だろう。だが私は海の男だ。
「はい………」
「…ジャック・ライリーをあまり信用するな。」
「!?」
あまりに唐突な、予想外の言葉に私は驚きを隠せない。
大統領は私の困惑具合を見て取るのに難くなかったはずだ。
だから彼は言葉を続ける。
「奴は大戦中に私の部下だった。最初は優秀な奴だと思ったよ。でもある時失敗して、大切な存在を沈めてしまった。」
「それって…」
「私は奴に言ったんだ。"自分をあまり追い詰めるな、こんなことは誰にだって起こり得る"と。だが奴は自分自身を許せず、怒りが奴の人格を歪めてしまった。」
「………」
「以来、奴は情報局に入ってから何かに取り憑かれたように仕事をするようになった。"大戦で死んだ大切な存在のため"…そんな事を言ってたが、本音は恐らく違う。奴はイカれてるし、配下の者を駒か何かとしか思っちゃいない。」
つい最近の、タマンダーレの言葉が頭をよぎる。
あの時はあまり気に留めていなかったが、改めて、それもユニオンの大統領から言われたとなれば気に留めない方に無理があろう。
私は唖然としたが、大統領は言葉を止めなかった。
「…奴がいなくても、君は1人でも十分にやっていける。さっきの話で確信を持てた。勿論、私は"スプルース大統領"としても君を支援する。…ライリーは南方大陸方面を統括している立場だから、私ですら手を出しにくい。だがら君には自分で自分を守ってもらうしかない。」
「……ええ、ええ、すいません」
「謝らなければならないのはこちらかもしれない。…ともかく、君は明日ラングレーに向かうだろう。奴は恐らく"楔"を打ち込んでくる。だが私の言葉をどうか忘れないで欲しい。」
何がどうなっているのかまるでわからないが、それでも私は頷いた。
なんとなく、それがタマンダーレと私にとって最も重要であるような気がしたからだ。
そんな私に、大統領は微笑みかける。
「セントルイス…タマンダーレは良いKAN-SENだ。彼女が君を支え続けてくれる。だから君も彼女も守れ。手が足りない時は私ができる限り手を貸そう。……ラングレーでは、くれぐれも気を付けるんだぞ?」