ユニオン
バージニア州
ラングレー
反ユニオン的な思想の持ち主たちと、
だが私の目で見る限りは、何らの変哲もないオフィスビルでしかない。
ウゴ・オンディビエラが重刑務所の死刑囚とタッグを組んで運営している秘密警察の本部に比べれば、床に血の痕がついていないだけまだ清潔とすら呼べた。
呻き声は聞こえないし、拷問のための音は鳴りを潜めている。
電話の呼び出し音が少々耳障りではあったものの、総じて言うなれば秘密警察本部よりよほど快適で文明の力が及んでいた。
だがしかし、当たり前だが、この組織の実態を考えるに恐らくオフィスと要注意人物の監禁施設は分けられているはずだ。
オイゲンのアザを私も見た。
彼女がこのオフィスビルにいたとは考え辛いが、中央情報局が彼女のような存在に言葉で綴れないような真似をしているのは明らかだろう。
まあ、今はそんなものどうだって良い。
大統領の警告を受けた以上、私が今注力すべきは目の前を歩く中央情報局南方大陸担当官が何を仕掛けてくるか、である。
私が今どうにか平静を保っていられるのはすぐ傍をタマンダーレが歩いてくれているからだ。
彼女がいなければ今頃私はその場に立ち尽くして震えていることだろう。
「…首都ではいったいどんなマジックを使ったんだ?大統領は君の希望する戦車の供与許可証にサインした。来月にはM48戦車と旧式のM46戦車が君の陸軍に配備されるだろう。」
「有難い限りです。隣国の政情不安定は危機的で、我々はその対処に追われることになるでしょうから。」
「…なるほどな。やはり君は
彼はそんな事を言いながら私とタマンダーレを自らのオフィスに招き入れる。
そこには机の上の書類の束に向かい合うプラチナブロンドの女性秘書がいて、その容姿は淡麗ではあったものの、インビエルノ大統領のために敬意を示すつもりはないようだった。
プラチナブロンドは我々がライリーさんのオフィスに入るや否や、そのドアを閉めて、それ以降はまた彼女自身のデスクワークに戻っていく。
そして私がライリーさんに指し示された通りにタマンダーレと共にソファに座ると、彼はため息をついて話し始めた。
「…ルートヴィヒはキチンと始末してくれと言ったはずだが?」
「そ、それは」
「この子じゃないわ。私が言ったのよ、ライリー。」
「ほう。…私の指示が雑だと言ったが、アレはどういうことかね?」
「この子はあなたの指示通りルートヴィヒを殺そうとした。でも、あなたは茫然自失となるオイゲンの替えを用意はできないでしょう?…あのままでは、きっとあの娘は使い物にならなくなっていたわ。」
「………なるほど。
「ええ、そうよ」
ライリーさんがペンを取り出して、それを見事なまでの手捌きで弄り始める。
ペンは彼の中指と人差し指の間で華麗にクルクルと回っていき、最期には手に握られた。
ピタッと止まったペンの動きは、まるで彼の決断が決まった事を意味している。
さあ、吉と出るか凶とでるか。
「………まあ、いい。良い状況判断だった。これで余計なコストを支払わずに済む。だがアイツらは"カゴの中の鳥"にしておけ。下手に外で囀かれたら困る。」
「ええ、分かっています、ライリーさん。」
「よし。さて、君の直近の課題はプラタで予想される共産主義革命だ。だが大統領や我々は別方面での戦いを強いられるかもしれない。」
「別方面?」
「ああ。君は知らなくて当然だが、一昨日情報局の別の部署がある情報をキャッチした。東煌人民政府が内部粛清を始めたらしい。…留学で習っただろう?連中が内部の粛清を始める時は…」
「戦争を始める予兆…」
「よくできました、その通りだ。」
彼はそう言いながら断りなく煙草を取り出して火をつけた。
タマンダーレが少し顔を顰めるも、ライリーさんはまるで気にも留めていない。
私は彼の喫煙を止めたかったが、しかしここは彼のオフィスだし、タマンダーレは大統領との会食の時と同じように私の手に自らの手を重ねてその意思を伝えてくれた。
情けない話だが、彼の喫煙なんぞに口を挟むべきではない。
「ここに来る前、君は大統領から警告を受けた事だろう。…あまり私を信用するな、とね。」
言葉が喉で詰まり、私は目線を自然に右往左往させてしまう。
長年情報局で務めているような人物でそんな真似をした以上、私の考えなど読まれて当然だった。
彼は軽く笑うと、私の考えていた事を目の前で言ってみせる。
「こう思ってるな?…イエスというべきか、ノーというべきか。まあ、信じたくないなら信じないで構わない。だが、私から言える事があるとすれば、君は我々と安全保障省のいざこざに巻き込まれているに過ぎない。」
「安全保障省が?」
「そうだ。連中はサイロに入っている大陸弾道弾の"お守り"をするだけでは飽き足らなくなって、我々の庭にまで足を踏み入れようとしている。残念なことに奴らは大統領をも取り込もうとしている。」
「…あー…それは……何と言いますか…」
「もし奴らが私の分限に口出しできるようになったら、タマンダーレは更迭される。」
「なんだって!?」
私は衝撃のあまりその場で立ち上がってしまう。
すぐにタマンダーレが私の肩に両手を置き、落ち着かせるとともにソファに座るよう促してくれた。
おかげで幾分落ち着けたが、心臓はまだバクバクとなっている。
私にとって今のライリーさんの発言は、それほどまでに衝撃的だった。
「今言った通りだ。連中はタマンダーレを君の担当から外したがっているし、私自身もそう要求された。」
「…何故です?」
「どこを通ったか知らないが、安全保障省は君が
「クソ!…今からでも遅くない、やはりルートヴィヒ夫妻は」
「アドリアン!しっかりして!」
「………た、タマンダーレ」
「ライリー、今の話は本当?もしそうなら、大統領は何故アドリアンにあんな警告をしたの?…安全保障省が私を更迭するつもりなら、あなたではなく私を攻撃したはずよ?」
「良い着眼だ。安全保障省はKAN-SENを信用していない。連中の言うには兵器として存在するものが自我を持つこと自体が危険らしい。だからアドリアンの担当を自分達の都合の良いように変えたがっている。先も言ったが、信じたくなければ信じなくても良い。ただ、証拠の文章はここにある。」
「………何てこった」
信じたくはなかったが、証拠はライリーさんの言う事が真実である事を指し示していた。
安全保障省は本当に大統領に対してタマンダーレの更迭を具申していた。
大統領は具申を却下していたが、もしかすると考えを変える可能性も否定はできない。
「………タマンダーレの更迭を防ぐ方法は?」
私はまだ落ち着かない心臓の鼓動を感じながら、絞り出すようにライリーさんに問いかける。
我はペンをしまい、組んだ両手の上に顎を乗せながら口を開く。
「………今はとにかくルートヴィヒ夫妻の監視を徹底しろ。気を抜くな。我々が協力し合えば、安全保障省の介入を防げるはずだ。」
「………」
「そのうちに連中は東煌の問題で南方大陸の独裁者どころじゃなくなる。そしたら君とタマンダーレの関係も維持できるだろう。…我々は"一心同体"だ。くれぐれもそれを忘れないでほしい。」
…………………………………
ライリーは傀儡と
あのバカどもが何を考えようとライリー自身の手の内で踊っているに過ぎないというのに、なんとまあ悠長なことか。
そんな軽蔑の眼差しを存分に向けていると、プラチナブロンドの秘書が彼の傍に立つ。
「追って始末させますか?」
「バカいえ。アレでも20年近くかけて育て上げた諜報資産だ。まだ役に立ってもらわないと困る。」
「ですがあの様子を見るに、もう限界では?」
ライリーはゆっくりとプラチナブロンドの方に顔を向けた。
この秘書は本当に優秀で、使い勝手も良い。
セントルイスも同じくらい勝手の良い存在なら良かったのだが。
まあ、今更高望みをしても無駄というものだろう。
「限界などというものはない。必要ならガルバー二電流でも何でも使って動かすさ。…それに、あのバカどもは限界どころか良い兆候を示してる。」
「と言うと?」
「アドリアンもタマンダーレも、おそらく共依存の状態に陥っている。互いがいなければ正気すら保てない。…タマンダーレの更迭について触れた時の奴の反応を見ただろう。」
「はい。ですから、心配しています。アドリアンはタマンダーレに何かあれば簡単に"壊れます"。」
「そのために"オクロジャック"を潜伏させているのだよ、マーガレット。」
ライリーはそう言って、もはや視界から消えつつある2人組を眺めながら物思いに耽る。
大統領は本当に余計なマネをしてくれた。
今回の話をあの2人が完全に鵜呑みにするとはライリー自身も思っていないし、セントルイスは深入りし過ぎて任務よりもアドリアンを優先する兆候が見られている。
だがそのセントルイスも、流石にライリーが仕込んでいた"楔"には気づいていないようだった。
大統領も、アドリアンも、セントルイスもまるで分かっちゃいない。
私が本当にセントルイス1人だけをあの"純粋培養"の独裁者の監視にあたらせているとでも?
今回は首輪をつけなかったわけじゃない、つける必要がなかったのだ。
なんたって、首輪はもうすでに…かなり昔につけられていたのだから。