「あんたがセルバンデス?…あたしはフェニックス、そう、鳳凰のフェニックスだ。よろしくな!」
「………うぅ…ブルックリン級…ボイシ……よろしく…」
「私はアドリアン・セルバンデス、インビエルノの大統領です。どうぞよろしくお願いします。」
挨拶を交わした事で、赤毛の方がフェニックス、変わった緑色の方がボイシというKAN-SENである事がわかった。
ペンシルバニアの片田舎で酪農に従事する3人ともがブルックリン級で、つまりはタマンダーレの義理の姉妹というわけだ。
私は3人それぞれと握手をする。
タマンダーレが私をここに連れてきた理由も分かったし、だからこそ少し嬉しくも思った。
彼女は昔のこともしっかりと覚えてくれていて、そして私を思ってここに連れてきてくれたのだろう。
きっと笑みが溢れていた私に、タマンダーレが話しかける。
「さぁ。憧れの牧場にやってきたわね、アドリアン!あっちには線路も…」
「本当にありがとう、タマンダーレ!このサイズが最も理想的だ…あぁ…こんな牧場に来てみたかったんだ!」
「…!?…アドリアン!?」
私は普段こんな事はしないのだが、この時ばかりは喜びのあまりタマンダーレに自分から抱きついた。
突然の行動に彼女は少しだけ困惑していたが、やがて彼女の方も私を抱きしめてくれる。
「うふふ、あなたがこんなに喜んでくれるなんて…とても嬉しいわ。…フェニックス、アドリアンに牧場を案内してあげてくれない?」
「任せな!」
タマンダーレがブルックリンやボイシと共に積もる話をしている間に、私はフェニックスの案内で牧場観光を楽しんだ。
そればかりか、自分の手で牛乳を絞ったり、藁束を運んだり、臭いのキツい牛糞を掃除したり…着替えを持ってきておいて良かった…時々通りかかる列車を眺めながら牛の世話をした。
前もって泊まりがけになるとは聞いていたから準備はしていたが、しかし、それでもここまで汗をかくとは思っていなかった。
それでも決して不愉快な気分ではない。
私は国家元首としては眉を顰められるほど牧場での作業に没頭し、気づいた時には日が暮れかけていた。
思えば、就任以来大統領としての自分を忘れたのはいつぶりであろうか?
こんなに素の自分を曝け出して楽しんだのは?
いつもいつも私は自分からパペットに成り果てて、笑うべき時に笑い、怒るべき時に怒り、泣くべき時に泣くよう徹してきた。
本当の"アドリアン・セルバンデス"として、パペットの手繰り糸を断ち切って楽しめたのは………ああ、本当にいつぶりなんだろう。
「アドリア〜ン!夕ご飯の時間よ、戻ってきて!」
地平線の向こうに消え行かんとする太陽を眺めながら牛を引いていると、家の方からタマンダーレがそう言って私を呼ぶ。
私は牛を引いていない方の腕をあげて返事をし、フェニックスと共に牛を牛舎に戻して家へと戻る。
家に戻って風呂を浴び…もちろん、紳士たる私は一番最後に浴びた…着替えてからリビングに戻ると、そこには具沢山のシチューや焼き立てのパン、鮮やかなサラダに七面鳥料理が並んでいる。
そしてテーブルの中央には大きなアップルパイまであった。
タマンダーレとボイシがエプロンをしているところから見て、彼女達が作ってくれたに違いない。
やがてフェニックスとブルックリンもリビングにやってきて、テーブルを囲む椅子に座った。
私も促されたとおりに席に座ると、タマンダーレが祈りの言葉を捧げて、それから夕食会が始まる。
目の前の豪勢な夕食にありがたみを感じながら口にすると、その暖かくて美味しい味に目が潤んできた。
「…あれ!…ご、ごめんなさい!ボイシ…胡椒を入れすぎちゃった?」
「いや、いえ、いいえ、違うんです、すいません」
「安心して、ボイシ。アドリアンはあなたの料理が美味しすぎて感動してるだけよ?」
「えっ?………美味しい?」
「はい、とても。こんなに暖かな味は………タマンダーレ…セントルイスも料理を作ってくれますが、彼女のそれともまた違って…なんというか…暖かくて…」
タマンダーレの手料理は私を支え続けてくれた。
でもボイシの料理もまた、彼女と同じ特有の"暖かさ"を感じられる代物だ。
なんというか、言葉では伝えづらい。
あの牧場で得られた牛乳の濃厚な味わいか、それとも暖かで素朴な環境か、或いは一日中汗を流して働いたおかげなのかはわからないが、どうにも私にとってこのシチューは特別なように感じたのだ。
本当に暖かくて、それも懐かしい…
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…………………
「アドリアン、こっちにいらっしゃい?」
「はい、母さん。今日のご飯は何?」
「今日はシチューを作ったわ…ママの得意料理よ」
「よかった、あのシチューは大好きなんだ。」
「うふふふ!そんなに喜んでくれるなんて、ママも嬉しいわ。…あなた!もうそろそろ仕事を切り上げたら?」
「んん、ああ、ちょっと待ってくれ。今、大事な連絡をしてるところなんだ。」
「…
「なぁに、その内もっと忙しくなる。ただ…よし。今日はもうこれで終わりにしよう。待たせたな。」
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シチューを口へ運ぶスプーンをぴたりと止めて、私はその場で動きを止める。
頭の中のどこか片隅に置いていた記憶…それも封印した箱のフタが、何かの拍子に開いてしまったかのような、そんな感覚。
それがシチューのせいなのか、それとも今日一日の経験のせいなのか、私自身にも到底わからない。
けれども何故か忘れ去ろうとしていた記憶のフタが、たしかに一瞬だけ開いたのだ。
どうして忘れ去ろうとしていたんだ?
あんなに美しい記憶だというのに。
何故私はあんなに大切なものを火に焚べようとしていたのか。
「どうしたの、アドリアン?」
タマンダーレの声に、私は我に帰る。
口の数センチ前で止めていたスプーンを口の中に運び、シチューをゆっくりと味わいながら"何でもない"という仕草をやってみせた。
彼女は少し不思議そうな顔をしたが、結局は表情をまた微笑みに戻して食事に戻る。
私も私で、とりあえずあの記憶は元の位置に戻すことにした。
ただし間違っても火に焚べないよう、注意書きをして。
そんな事を考えているうちに、突如としてフェニックスがスプーンを置いた。
今度は何事かと彼女の方を見ると、彼女自身は目を瞑り、とても残念そうな顔をしている。
何がそんなに残念なのか尋ねようとした矢先に、彼女自らがその理由を話し始めた。
「…あと数日でこのシチューも食い納めかぁ…」
「だ、大丈夫だよ、フェニックス!ボイシ、向こうでもシチューを作るから!」
「いや…やっぱり、この家で食べるシチューが一番だ。替えなんてないよ。」
「いったい…どうしたんです?」
私にとっては話がまるで見えてこない。
"食い納め"とはどういう事だろう?
口調からすると、彼女達はあと数日でどこか遠くに行く様子だった。
恥ずかしながら、私は"当事者"でありながらフェニックスが再び口を開いて初めて、彼女達の行き先に思い当たったのだった。
「海軍から再招集がかかった。あたしとボイシは来週出頭する。」
「なんだって?いったいどこに……」
「南方大陸のプラタっていう国らしい…向こうじゃお隣さんだな。」
寂しさを含んだフェニックスのウィンクに、私は自分のスプーン落としそうになる。
たしかに、プラタがユニオンからKAN-SENを得ようとする兆候は認められていた。
海軍を潰す前にプラタの大使と会った時にもその話は出ている。
しかし、このタイミングで…プラタでの共産主義革命すら見えてきているこのタイミングで彼女達をわざわざプラタに引き渡す意義が分からない。
愕然とする私の態度に気がついたのか、横からブルックリンが割って入る。
「…ユニオンはあなたの国やプラタ以外にも多くの"同盟国"を抱えています。一度約束した以上は、履行しなければ2度と信用されなくなる。」
「まさか!そんなもの、どうにでもなりますよ!…分かりません、何故大統領は」
「あっははは!アンタ、本当に"良い人"なんだな!今日出会ったばかりのKAN-SENをこんなに心配してくれるなんて!」
"良い人"?
ふざけるな、私は善人なんかじゃない!
私が君たちを案ずるのは自身のためだ!
君らがそう遠くない将来に起きるロイヤルとの衝突で沈んでしまったり、或いはその後の革命の最中に共産主義者共の手に渡ってしまったら。
タマンダーレはあと何回、"大切な家族"を失うことになる?
そうは言いつつも、自分では自身がこの出会ったばかりの2人の少女を案じている事に気づいていた。
人のことを…タマンダーレ以外の人物の事を案じるなんて、何年ぶりになる?
人のために涙を流すのは?
気づけば私は両の目から涙を流している。
久々に"本来の自分"として振る舞ったからだろうか?
本当に今日は…何かがおかしい。
そんな私を見つめながら、フェニックスは再びスプーンを手に取りシチューを食べ続ける。
「心配してくれるのは嬉しいけど、招集がかかった以上は行かないとな。」
「はぁ…この家も少し寂しくなりますね。」
「だ、大丈夫だよ、向こうに行って落ち着いたら、また帰ってくるから!」
「2人ともどうか無事でいて?」
4人のKAN-SEN達が互いにそんな事を言い合っている間、私はこれは自分のせいなのではないかという思いに取り憑かれ始める。
根拠は特にないが、なんとなく、そんな気がした。
しかし、きっと俯いていたであろう私に、またしても彼女が抱擁をしてくれたのはその時だった。
タマンダーレはいつも通り私を抱き寄せて、耳元でこう言う。
「自分を責めないで、アドリアン。あなたはこのけんに無関係なんだから。」
タマンダーレには悪いと思うのだが、今度ばかりは彼女の発言をもってしても、この考えを拭い去ることはできなかった。