インビエルノ共和国
プラタとの国境
「葉巻、残ってねえか?」
南方大陸最悪の独裁者がユニオン生まれのKAN-SENに慰められていた時、インビエルノとプラタの国境地帯では追い込まれた共産ゲリラのリーダーが隣にいる女にそう問いかけた。
「…アンタ、仮にもリーダーなんだったら状況を考えて。今から夜襲を仕掛けんのよ?アンタの葉巻の火で見つかって、せっかくかき集めた武器弾薬が燃えカスになってもいいならご自由に。」
「ほらな、アマンダ。そういうところだ。お前の心配は武器弾薬、俺たちやお前自身の心配なんざ微塵もしちゃいねえ。もっと人の心を持とうぜ。」
「人の心?そんなもん、とうの昔にアルバロのクソ野郎に燃やされちまったよ。…旦那と一緒にね。」
「そう怒るなよ、アマンダ。旦那さんは本当に気の毒だった。だが、お前はその仇を取るためだけにここにいる訳じゃねえはずだ。よく思い出せ、自分がここにいる理由を。」
「ああ、そうだね。私がここにいんのは、アルバロが築いたモノを全部ぶっ壊すためさ。アイツにパンツァーファウストをぶち込んだところで、すぐにあのクソ息子がユニオンから戻ってきて跡を引き継いだんじゃ意味がない!」
「アマンダ!…北方連合の連中の言う事を鵜呑みにするな。アイツらも俺たちの事を駒としか見ちゃいねえ。俺が言いたいのは、この組織の理念だ。『全ての人々により良い自由を』。お前の旦那だって、それを望んでいたはずだ。」
「しっ!…攻撃まであと3分。もう説教はいいから、皆んなに弾を込めさせな。今日の攻撃をキめないと、アタシ達はいよいよ終わりだよ。」
アマンダと呼ばれた女はベレー帽を被り直すと、手にするM1921サブマシンガンのコッキングレバーを引いて初弾を装填する。
ゲリラのリーダーもため息混じりに彼女に倣い、手元のMKMSの弾を込めた。
彼らの眼前にはインビエルノ陸軍の小規模な野営地があって、10人ほどの歩兵が肩にクラッグ・ヨルゲンセン銃を背負って兵舎の彼方此方を行ったり来たりしている様子が見て取れる。
彼らはとても共産ゲリラに対する敵愾心に溢れているとは言えないような態度で、野営地の外に対して何らの注意も向けていない様子が見て取れた。
唯一注意しなければならないのは警備塔の上にある口径6mmの重機関銃くらいで、こちら側に機関銃はないがより軽便な短機関銃がある。
アマンダはサブマシンガンの照準を、こちらに背を向けている兵士の身体に合わせた。
そして攻撃開始の合図でもあるスナイパーの第一射が響き渡ると、彼女も銃の引金をひく。
複数の45口径弾を浴びた陸軍兵士はその場に倒れ込み、引き続いて他の何人かの兵士も倒れ込む。
それを見てとったアマンダは立ち上がり、共産ゲリラのメンバー達に声を張り上げる。
「行くぞ!祖国に自由と平等を!」
共産ゲリラは警戒心のない敵の小部隊に対し、人数と装備では劣っていたものの、士気に関してはゲリラの方が旺盛であった。
それゆえに何人かの犠牲を支払いはしたものの、ついにこの日、インビエルノの独裁体制に対して久々の勝利を得ることができたのだ。
彼女達を追い詰める為に派遣された独裁者の部隊は逆に彼女達の奇襲攻撃を受ける事になり、何らの警戒体制もとっていなかった彼らに最初から勝ち目なぞなかった。
共産ゲリラは陸軍部隊を殲滅した跡、早速野営地を漁り始めた。
どこの世界でもそうだが、装備に劣るゲリラが正規軍の装備を鹵獲するのは極々自然な成り行きである。
アマンダはこれまで何度も陸軍から装備を鹵獲してきたが、その日は何か違和感を感じた。
「………おかしい。コイツら旧式のボルトアクションライフルしか持ってない。これだけ人数がいれば、何人かの士官はサブマシンガンで武装してるはずなのに。」
「お前もそう思うか…どうも"臭え"な。そもそも、この襲撃自体が怪しすぎる。こんなにすんなり行くとは………」
共産ゲリラのリーダーがアマンダに同調した時、上空から何か響くような轟音が聞こえてきた。
アマンダはその場に凍りつき、共産ゲリラのリーダーも空を見上げる。
「おい…おい!アマンダ!今の音聞いたか!?」
「まさか…ハメられた!?クソ!皆んな逃げて!戦闘機が来る!空襲だ!」
彼女が警告し終わる前に、空から地上に対して夥しい数の機銃弾が振り撒かれる。
何人ものゲリラがその犠牲になり、アマンダはなりふり構わず警備塔の下へと飛び込んだ。
視界の端にはこちらへの銃撃を終えて旋回する戦闘機…ユニオン製のP47戦闘機の姿を捉えることができる。
どうやらあのクソッタレ独裁者の息子も父親に負けず劣らずのクソッタレらしい。
再進入を行う戦闘機から再び機銃弾掃射を受けながら、彼女は塔の下で蹲り、両手で頭を抱えて力の限り叫び続けた。
「クソッタレ」と。
……………………
2日後
大統領宮殿
タマンダーレと共に昼飯のオイスター・ロックフェラーを食べていた時、陸軍の将官が興奮気味にやって来た。
将官は恐らく私を喜ばせるに十分な報告を持って来たが故に急いだと思われるが、それ故に大切な物事をすっかり忘れていたに違いない。
独裁者が昼飯を摂っている最中に突撃するのは、あまりに危険な冒険であると言う事を。
「あっ………お食事中とは…申し訳ありません。」
「構わない、要件を言ってくれ。」
これが財務省や内務省の官僚なら、良くて更迭、悪くて処刑の可能性さえあり得た。
処分を命じる私自身が言うのだから違いない。
それは私が昼食を邪魔されたというあまりにも情けないような理由で怒りを覚えたわけではなく、それほど冷酷な人間であるということを知らしめる為だ。
しかし、今回私は彼を特別扱いした。
タマンダーレと共に囲んでいるテーブルの空いている席に将官を促すと、彼の行為を咎めるどころか褒め称えさえする。
「ベラスコ中将、よほどお急ぎだったのでしょうから…私は怒ったりしませんよ」
「これは…お気遣いありがとうございます、大統領」
「お気になさらず。ところでご昼食はお済みですかな?」
「いえ、まだ。今まで司令部におりましたので。」
「なるほど、中将ほど仕事熱心な方はこの国に必要だ。…タマンダーレさん、どうか彼にもコレを。」
「だ、大統領、そんな…とんでもない!」
「構いませんよ。あなたはよく尽くしてくださっている。彼女のユニオン料理は味が良いんです。是非ともご賞味いただきたい。…それとも牡蠣は苦手ですか?」
「そ、それではありがたくいただきます。」
タマンダーレが私の意図を察して厨房に向かい、アイリスから空輸させた希少な牡蠣を調理している間に、私は陸軍中将に本来の要件を思い出させる事にした。
「……それで、ご報告とは何の件についてです?」
「ああ!これは私としたことが!…2日前の作戦で殲滅した共産ゲリラの部隊ですが、その内の1人が旧インビエルノ共産党のリーダーであるという照合を取ることができました。」
「それは素晴らしい。確かですか?」
「間違いありません。奴は前大統領に共産党を非合法化させられた後ゲリラ闘争を始めましたが、ついに年貢の納め時が来たわけですな。」
「共産主義者にしては勿体ないほどの最期ですね。いやあ、しかしよくやってくれました。やはり
私は陸軍の将官が内心の警戒を緩め、次に要求を突き出そうとしている様子を容易に見てとった。
それは将官が感情を顔に出したからではなく…後々で詳しく書く事になるだろうが…タマンダーレから授かったある種の能力によって、である。
だから私はこの陸軍将官をより喜ばせる為に、独裁者に要求をすると言う危険な冒険の行程を取り除いてやる事にした。
「………あれほど難しい要求を良くもこなしてくれたものです。陸軍内の海軍迎合派をゲリラへの餌に使え、というのですから。」
「大統領、その件に関しましては寧ろ私の方こそ感謝しております。連中は陸軍の統率を乱しておりました。しかし陸海軍の統合参謀長が海軍軍人である以上、追い出すわけにもいかなかったのです。大統領の作戦認可があったからこそ、我々は統率を取り戻せました。」
「なるほど、あなた方は本当に素晴らしい。…私の要求に応えていただいたのです。あなた方の要求にも応えましょう。」
中将はクリスマスを迎えた子供のように、その表情に喜びを浮かべた。
彼がもう少し用心深い人間なら左右に罠が張り巡らされている事に気づいたかもしれない。
ただ、彼はこれまでの扱いから、自分はこの独裁者に気に入られていると判断してしまったようだ。
通常そのような判断は身の危険を招きかねないが、私は中将に危険を加えるつもりはない。
「では、大統領!是非とも我が陸軍の装備を更新していただきたいのです!…誠に失礼ながら、お父上は陸軍を信用してくださらず、我々は歩兵銃の更新すらままなっておりません!我々の隣にはプラタという強大な陸軍国があります!いくら海軍力の優位があったとしても、海軍のみでは…!」
「
陸軍中将は感情を思いっきり表情に出してしまう。
"しまった!"
私の少し冷たい対応に、中将は自身の失態を疑ったのだろう。
もちろん、それは杞憂でしかない。
「………そんな事なら、もう手配済みです。ユニオン陸軍は装備の更新を進めるそうですから、我々に旧式装備を供与してもらえるそうです。」
「!…本当ですか!?」
「申し訳ない、さすがに新式装備は手に入りませんでした。」
「いえいえいえ!とんでもない!大統領のお話を伺うに、我々もようやく自動小銃を手にできる!耐用年数を過ぎたボルトアクションライフルに比べればまさしく天の恵みです!」
私にはこの陸軍中将が大変可愛らしく思えてきた。
可愛げのない海軍連中に比べて、この陸軍司令官は実に"分かりやすい"。
興奮気味に喜ぶ中将に、私は自身の要求を重ねる事にする。
まあ、この喜びようなら、要求をするまでもないかもしれないが。
「…ただ、供与には条件があります。来週実施される選挙で、私が改めて大統領に選ばれる事。」
「お任せください!陸軍は全力で大統領をご支援いたします!」
「それはありがたい…頼もしい限りです、中将。」
「アドリアン、料理ができたわ」
「ああ!ありがとうございます、タマンダーレさん。…さあ、中将、お召し上がりになってください。彼女の牡蠣料理は絶品ですよ。いえいえ、お気になさらず、さあさあ。」
中将にオイスター・ロックフェラーを勧めながら、私は内心一息吐いていた。
これで最初の問題はクリア。
共産勢力を除いた各勢力の内、少なくとも陸軍は私のバックについてくれる事だろう。
ここまで読んでくださった方は色々と疑問に思っている事だろう。
"海軍軍人なのに、なぜ陸軍の制服を着てるんだ?"
"父親も自分も海軍出身なのに、何故陸軍に肩入れをしているんだ?"
答えは単純明快。
私は実のところ、海軍こそ全く信用していなかったのだ。