KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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糸の途切れたパペット達

 

 

 

 

 ボイシの焼いたパンケーキは厚みのある生地が噛むほどに溶けていくような…そして優しさの滲み出るような甘味が心を癒してくれるような、素敵なパンケーキだった。

 しかしながら私は渋い顔をしているに違いない。

 タマンダーレと共に起きた後この家の住人達と取ることになった、優しい甘さの朝食が私の後髪を引いてならない。

 できる事ならこのままこの家にいたい。

 できる事ならずっとここで牛の世話をしていたい。

 もしできるのなら、もし許されるのなら。

 でも残念なことに運命は私にそんな事を許しはしないだろう。

 私はこの休日を終えたのなら、直ちに"アドリアン・セルバンデス"から"インビエルノ大統領"に戻らなければならない。

 それが私の意思に沿っていようがいまいが。

 私はまるで夏休み明けを鬱陶しく思う児童のような想いを抱きながら、パンケーキを食べている。

 

 

「もう、アドリアン。そんな顔しないで?…これが最後の外遊ってわけじゃないはずよ?また連れてきてあげるから、どうか元気を出して?」

 

「思いの外楽しんでいただけたようで何よりです。私達はいつでもあなたを歓迎しますよ?」

 

「ありがとう…タマンダーレ、ブルックリン…はぁ…そうだ、こんな美味しい朝食だと言うのに私は…」

 

 

 止まりかけていた食指を再び動かして、私はパンケーキを平らげた。

 タマンダーレの言う通り、私はきっとまたここに来ることができるだろう。

 その時この家の住人達と再び再会できるように、できる限りのことはするつもりだった。

 ライリーさんは歓迎しないだろうが、パペットならパペットなりに、隣国に派遣される彼女達のためにできることはあるはずだ。

 

 

「………これから言う話は、どうか聞かなかったことにしてください。」

 

「アドリアン!?」

 

 

 パンケーキを平らげて、口の周りを拭いた後、私はそう切り出した。

 フェニックスはまだ口の端にクリームをつけていたし、ボイシは唇の上下にジャムが付いていて、ブルックリンはコーヒー片手にキョトンとしている。

 止めに入ったタマンダーレを右手で制しながらも、私はフェニックスとボイシの方にむかって言葉を続ける。

 

 

「…あなた方はプラタに派遣される。言っておきますが……はぁ……あなた方はきっと"歴史の変わる瞬間"に遭遇するハズです。」

 

「それって、一体…」

 

「申し訳ない、これ以上は言えません。でもどうか私を信じて欲しい。私の知り得る限りの、そして伝え得る限りの情報は残念ながらこれだけだ。でも…それでも、あなた方には生きていてもらいたい。」

 

「………」

 

「………」

 

「…"何か"は必ず起こります。スパゲティが有刺鉄線じゃないのと同じくらい確実にね。…もし…もしもその時に誰かの助けが必要になったら、私に連絡してください。」

 

「アドリアン、あなた…」

 

「…すまない、タマンダーレ。私ができることはこの程度なんだが…やっておかないと気が済まないんだ。」

 

 

 重大な"ルール違反"を犯しているのは分かっている。

 お世辞にも褒められたもんじゃない。

 ライリーさんが聞いたら、きっと顰めっ面をする…もしかすると、私の頭を吹き飛ばすために誰かを送るかも。

 

 それでも、私は彼女達のためにできる事をしたかった。

 彼女達には見えていないが、私には"ソレ"がハッキリと見えている。

 世界大戦でセイレーンや重桜海軍と戦い、数々の任務で活躍して生き延びた彼女達が辿るであろう運命を、私は知ってしまっていた。

 

 パペットは自分で喋ることができない。

 それは自分でも重々承知している。

 だからこれは"ルール違反"だし、求められている役割なんかじゃない。

 でもそれで彼女達を見殺しにするくらいなら、喜んで傀儡師に引きちぎられよう。

 

 

 手元のメモに私直通の秘密回線…それもユニオン側にさえ知られていない回線…の番号を書き留めて、手近にいるボイシに手渡す。

 彼女は少し戸惑ったが、やがては私のメモ書きを受け取ってくれた。

 書き留められた番号に目を通したボイシは、そのままそっと目を閉じて両手を胸に当てる。

 

 

「………ごめんなさい…ボイシ、悪い人が来るんだって、思ってた。」

 

「え?」

 

「だって、あなたはライリーと仲良しで…その…()()()()()()()()()()()()()()()()()()から…」

 

「ボイシ!…すいません、大統領。どうか忘れてください。」

 

 

 慌てた様子で割って入るブルックリン。

 タマンダーレの発言や、彼との直での対面から、冷たい感じの男だとは思っていた。

 だがしかし、ここまでよく思われているとなると、その認識自体正しくないのではないかと思ってくる。

 彼は一体何を隠している?

 何故ブルックリンは割って入った?

 彼女は今、何を隠したのだろうか?

 

 いつもの私…即ち"セルバンデス大統領"なら腰元の45口径に手が伸びていてもおかしくなかった。

 但し、今の私は"アドリアン・セルバンデス"だ。

 傀儡師の糸が切れているおかげか、冷静に状況を判断できる。

 ブルックリンの止め方は悪意を含んだそれではなかった。

 きっと彼女は私が知ると不味い事になると思ったに違いない。

 彼女は保身というよりは、私の身を案じたのだ。

 

 

「…あっ……ごめんなさい、ブルックリン」

 

「ボイシ、ライリーは確かに冷たい人になってしまいましたが………ああ……大統領、あなたは私の家族を思ってリスクを背負って下さった。ですから、私も………そうですね。…大統領、私がこれから言うことも、どうか聞かなかった事にしてください。」

 

「はい」

 

「………ライリーを信じすぎないこと。いいですね?」

 

 

 ユニオン大統領から全く同じ警告を受けただけあって、私にとっては衝撃だった。

 きっと詮索しても彼女はこれ以上語らない。

 それは鈍感な私にだって分かる。

 私が精一杯の警告を彼女達にしたように、彼女達もまた精一杯の警告をしてくれたのだろう。

 ただ、その中身はいったいなんなのだろうか?

 ユニオン大統領や、配下だったKANSEN達でさえ語らないその事実とは…

 

 

「…はぁ…ごめんなさい、アドリアン。名残惜しいけれど、そろそろここを出発しないといけないわ。」

 

「もうそんな時間か………皿洗いを済ませたら、すぐに行きます。」

 

「いいえ、大丈夫!お皿洗いはボイシ達に任せて!……あなたに会えてよかった…」

 

「私もお会いできて光栄でした、大統領。」

 

「"向こう"じゃよろしく頼むぜ!」

 

 

 時間とは本当に残酷なものだが、誰もそれに刃向かうことはできない。

 諦観と共に悲しみを乗り越えて、私は自ら傀儡師の系をその身に巻きつける。

 ただもう一時だけ…今日この日が終わり、全ての糸を巻きつけ終わるまでは、私は"アドリアン・セルバンデス"だ。

 

 牧場の住人達とハグをして、お礼を言い、私とタマンダーレは来た時と同じようにブルックリンのセダンに乗り込んだ。

 牛舎からは牛の鳴き声が聞こえて、殊の外私を引き止めているようにさえ思える。

 熱くなった目頭を堪えていると、もう走り出そうとしていたセダンに向けてボイシが走ってくるのが見えた。

 彼女は息を切らしながらセダンの後部座席の横までやってくると、抱えていた袋を私に手渡す。

 その袋の中にはいくつかの瓶が入っている。

 

 

 

「あのっ……これ、手作りのジャム…」

 

「ああ、これはこれは」

 

「セントルイスはよくビスケットを作ってくれるでしょう?…だから………」

 

「ありがとう、本当にありがとう!」

 

 

 ジャムを受け取り、ボイシにお礼を言うと、セダンは今度こそ空港に向けて走り出した。

 バックウィンドからは小さくなっていく牧場と、こちらに手を振り続けているボイシとフェニックスの姿が見えた。

 やがてそれが視認できなくなるまで、彼女達は手を振って送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空港に到着して、ここでブルックリンとも別れる事になる。

 私は彼女に再びお礼を言い、いつかまたお願いしますとか何とか言ってから別れ、タマンダーレと2人で旅客機のファーストクラスに乗り込んだ。

 飛行機はやがて重力に反して飛び上がり、私に独特の圧力を与える。

 そうして与えられた圧力は、私の中で溜め込んでいたモノを外に押し出してしまった。

 

 

「あらあら、泣かないの、アドリアン。さっきも言った通り、またここに戻ってこれるわ?」

 

「………ええ……ええ……ぐすっ…」

 

「あの牧場をそんなに気に入ってくれたのね。…ほら、もう泣き止んで?今夜は私をエスコートしてくれるんでしょう?」

 

「……ぐすっ…なんでそれを……ひぐっ…」

 

「うっふふふ!あなたポケットから予約券を落としてたわよ?…本当に嬉しいわ、アドリアン。私にとっては最高のサプライズよ。」

 

「………ひぐっ」

 

「仕方ないわね…はい、ギュ〜♪飛行機乗っている間、ずっとこうしてあげるから…どうか落ち着いてちょうだい?」

 

 

 

 タマンダーレに抱擁される私は、いつか戻って来れると信じることで自分を落ち着かせた。

 だが残念なことに、これは淡い期待だった。

 

 

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