KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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燔祭

 

 

 

 

 

 

 2週間後

 

 

 

 

 

 インビエルノ

 首都郊外

 ナショナル・スタジアム

 

 

 

 

 

 軍用トラックはその荷台から、ボロ切れのような服を見に纏った男から中産階級の御婦人までのおおよそ20名の人間を吐き出した。

 彼らをここまで監視していた秘密警察官はM1ライフル銃で持って彼らを追い立てて、スタジアムの壁際に並べ始める。

 それがスラム街の端で靴磨きをしている男でも、週末に流行りのカフェに出かけるような夫人でも、警察官は同列に扱った。

 彼は8発の30-06弾を速射できる強力な兵器の銃口を押し付けながら、あるいはその硬い銃床で殴りつけながら、連行されてきた人々を暴力的に誘導する。

 散々口汚い罵言雑踏を浴びせられてきた可哀想な人々は、今では全員が両手を後ろで拘束されて壁に頭を押し付けられていた。

 

 

 彼らの背後ではユニオン製のM1917重機関銃に250連発のベルトが装填されている。

 機関銃手は最初の1発をチャンバーに装填すると、胸ポケットからタバコを取り出し、それを咥えて火をつけた。

 本来火気厳禁の弾薬の側でタバコを吸い始める機関銃手に装填手は"信じられない"といった顔をしたが、すぐに肩をすくめて目の前の光景に集中する。

 ここから1人でも逃してしまえば、今度は彼が壁に向かって立たされることになる。

 

 機関銃手の方はといえば、タバコをふかしながら過去の回想に耽っていた。

 まだ世界大戦が始まる前、この国を治めていた国王は国威発揚を目的とするサディアのワールドカップに刺激されて、この国立競技場の設立を命じた。

 初心こそ立派な物だったが、統治という観点からすると不合格点以外何物も与えられない。

 目的が高尚な割には、その財源を獲得するための方策は杜撰そのもので、最終的には国内の経済を疲弊させて共産政権の樹立を見るにまで至ってしまったのだ。

 

 

 結局、建設は途中で放棄され、今では集団処刑場として使われている。

 サッカーボールや野球ボールを受け止めるはずだった壁は今では人体を貫いた血塗れの銃弾を受け止める為に使われ、人々が競技を楽しむ為に設けられたベンチの数々はずっと下を見て一向に顔を上げようとしない"容疑者"達によって埋められていた。

 

 

 

 アドリアン・セルバンデス現大統領がユニオンで毒に倒れてから、秘密警察の仕事は更に増えた。

 単純に処刑する人数が増えたばかりか、大統領は従来貧困層に絞っていた粛清の範囲を上流階級の人々にまで拡大したのだ。

 ユニオンから帰ってきたと思ったら、この冷徹な独裁者は更なる人間不信に苛まれてしまったようだった。

 まあ、無理もないか。

 聞くところによれば、大統領は例のユニオン女にプロポーズをした直後毒に倒れたという。

 そんな経験をすれば誰だって人間不信になる。

 

 "リリアン"…機関銃手の脳裏を、ふと愛しの妻の名がよぎる。

 彼の最愛の人にして、可愛い2人の娘の母親。

 彼女達は今、インビエルノ中産階級の最たる存在としての生涯を謳歌していることだろう。

 理由は単純明快、夫は秘密警察の職員なのだ。

 大勢の国民が毎晩ドアを叩くノックの音に怯える中、彼女達は夫のおかげで少しばかり肩の力を抜いた生活ができる。

 

 あの大統領が人間不信にしろ何にしろ、現状は彼にとって甚だ優位であった。

 人間誰しも一度優位を手にしたら、2度と手放しはしないだろう。

 だから彼も現状を変えようなんてこれっぽっちも思わない。

 今彼がやるべきことは大統領の指令に従うことで、一々彼の判断に疑問符を付けたり、ましてはそれを口にすることなど考えられないことだった。

 分別ある人間なら誰しも分かることだが、あの冷酷無比な独裁者に余計な意見を発するだけでどれだけのリスク…それも一切のリターンも望めない癖に極めて重大な損失を意味するリスク…がその背にのしかかることか。

 

 

 "共産主義者"は既に壁に並べられ、秘密警察の士官が"罪状"を読み上げる。

 一体この中の何人がその罪状の内容に沿うかなど、機関銃手にとっては余計な心配でしかない。

 だから彼は黙って照準をつけて、士官の号令に合わせて引き金を引いた。

 ただ、唯一心配に思ったのはこの死体の山を埋めるのにはいったいどれだけの労力がかかるのかということだったが、やがてはブルドーザーがやってきて、この死体の山も彼の心配事も無造作に埋めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食後

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忌々しい毒物のせいで、私の身体には後遺症が残った。

 左半身が引き攣るようになり、私は杖なしには立っていられなくなってしまったのだ。

 医師の診断では、この障害は時間とともに克服できるものらしい。

 しかしながら、その間感じる苦痛もまたライリーが私に差し向けた罰として考えると何かと癪に触る。

 

 

 ただ、この障害が私に齎したものは苦痛だけではなかった。

 私を介抱するために、タマンダーレが常にそばに居てくれる。

 周りの人間にとり、かつては「ユニオンの具現」でしかなかった彼女は、今では本物のファーストレディとしてそこにいてくれるのだ。

 この日も私は彼女の助けを受けながら自らのタスクと向き合った。

 

 

 

「トルタハーダ家の処刑はお待ちいただいた方がいいでしょう。彼は海軍支持の姿勢を真っ先に改めた人物です…他の13家族にどう見られるか」

 

「あの時提督の側に回ったのは4家だけです。何のことはない、13家族が9家族になるだけだ。何なら1家族以外全員殺してもいい。」

 

「農地を1家族だけに集中しては、その人間に特権を与えるだけです。増長しかねません。」

 

「ならそいつも殺せばいい。…ユニオン企業に農地を買い取らせれば良いのでは?」

 

「……大統領…」

 

 

 もう誰も信用できない。

 信用するわけにもいかない。

 ライリーは私に毒を盛る以前から、きっと私のことを見張っていた。

 つまりこの国にはネズミがいる。

 ライリーが飼い慣らした、愛用のネズミが。

 それは13家族かもしれないし、ベラスコかもしれないし、今目の前にいるウゴかもしれない。

 ただ絶対の自信を持って言えることは、タマンダーレは私を裏切らないということか。

 ああ、いや、それも分からない。

 もしかするとあの返事も偽装なのかもしれない。

 私を油断させて、懐に入り込む為の…

 よくよく考えれば、あの場で一番毒を盛りやすいのはタマンダーレじゃないのか?

 彼女は現場にいた。

 私は解毒剤のある病院に運び込まれた。

 なら…彼女は最初から私を裏切っていたのか?

 そんな、耐えられない。

 彼女に、彼女に裏切られるなんて

 

 

アドリアンッ!

 

 

 怒りを込めたタマンダーレの表情が、私の視界に入ってきて、そしてそれは私の根拠のない疑念を払拭して、同時に深い後悔と罪の意識を植え付けた。

 なんで…いったいどうして私は彼女を疑ってしまったんだろう?

 あんなに、いつもあんなに私の事を想ってくれている彼女に対して。

 それは非礼を通り越してまさに裏切りである。

 

 私はしばらく何も言うことができない。

 

 頭でそれを理解しているつもりだったが、それでも尚私の脳裏に住み着いた悪い虫が神経を圧迫し続けていた。

 

 

「………アドリアン、今日もう遅いわ。お休みしましょう。ウゴ、13家族の処遇についてはまだ少し待っていてくれない?この子はまだ執務に耐える状態じゃないわ。」

 

「そんな、ダメだっ、タマンダーレッ!それはッ!私はッ!失いたくないッ!」

 

「こんな時くらい私の意見を聞いて、アドリアン!あなた本当に手遅れになっちゃうわ!」

 

「ダメだ、ダメなんだ、タマンダーレ」

 

「いい?何度も言うけれどあなたは何も失わない!…でも、やっぱり言葉だけでは無理なのかもしれないわね…ウゴ、やっぱりこの子は明後日まで休ませるわ。…ごめんなさい」

 

「いえ。私も結論を急ぎ過ぎました。ユニオンでの大統領の経験を踏まえるに、タマンダーレさんの判断は妥当です。」

 

「………」

 

「大統領、あなたはユニオンから帰国してすぐに執務に戻られた。…お志は立派ですし、お気持ちもわかりますが、連中は私の方でしっかりと締め上げておきますので…どうかご安心ください」

 

「………すいません、ウゴ」

 

「はぁ…アドリアン、私についてきて。」

 

 

 

 タマンダーレに立たされて、私は肩を落としながら彼女についていく。

 部下の目の前で取り乱すという、とんでもない失態を晒してしまった。

 きっとタマンダーレからは真摯な説教を受けることだろう。

 もう誰を疑うべきかも完全に分からなくなって、不安定な自分を隠すこともできない私に呆れてしまったかもしれない。

 

 

 そんな事を考えていたから、彼女が私を自身の部屋まで招き入れ、ドアの鍵をしてから笑顔を向けた事には多少なりとも驚いた。

 

 

「…もう、アドリアンったら。」

 

「………ごめんなさい」

 

「そんな謝り方しないで。私とあなたの関係を忘れたの?」

 

「…………」

 

「私はもう"ルイーズ"じゃないわ。私はあなたのタマンダーレ。…とは言っても、あなたの考えも分からなくもない。」

 

「!………」

 

「食事に毒を盛られて、死にかけたのだもの。それに、たしかに私ならあなたの食事に簡単に毒を盛れたでしょうから…」

 

「そ、そんな!タマンダーレ、私は」

 

「ううん、それが良いと言ってるわけじゃないけれど、そう考えてしまうのも無理はないと言いたいだけ。だから…」

 

 

 彼女はそこで言葉を切って、私を彼女のベッドに座らせる。

 次いで彼女もまた私の傍に座ると、顔を赤らめて…少しばかりの恥じらいを伴う赤らめ方だった…目を瞑って私の顔へ彼女の顔を近付けた。

 そしてそのまま、彼女の柔らかな唇が私のそれに当たる。

 ちゅっ、という独特の音がして、次いで彼女の吐息が私の鼻先をくすぐった。

 

 

「…タマン、ダーレ?」

 

「あなたはきっとこう思っている。…私を頼ってばっかりで、私はあなたを頼る必要なんてないんだって…。でもそれは違う。私もまた、あなたを頼ってる。」

 

「………」

 

「でも、言葉を信じきれていないのは、きっとあなた自身に自信がないから。…だから、今日こそそれを分からせてあげるわ。」

 

 

 彼女はそう言って、あろうことか服を脱ぎ始める。

 白い柔肌に映える黒い下着を見て、私は恥ずかしくなりながらも、目を逸らすことは出来なかった。

 

 

「…うっふふふ!その様子だと、あの夜にあんな事がなかったら、あなたも()()()()()と思ってたんじゃないかしら?」

 

「い、いや、そんな…」

 

「そう?私はこうするつもりだったけれど?」

 

 

 全くもって想像もしていなかった事態だったから、私は何の行動も取れなかった。

 だから左半身に罪をなすりつけて、その夜は殆どを彼女に任せてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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