大戦終結直後
重桜
瓦礫の山の中を、ユニオン海軍女性士官の制服に身を包んだ1人の女性が歩んでいる。
手には大きなカバンを持ち、その中に大量の缶詰や菓子を入れて。
この国に初めてやってきた時、彼女は義理の姉に向けてこう言った。
「ざまあない、ようやく連中に相応しい土地になったわね。」
でも彼女は今、かつて自身がそう評した"連中"のために食糧を運んでいて、その表情には嫌悪も憎悪も見られない。
今彼女の顔から読み取れるものがあるとすれば、それは後悔と懺悔であろう。
自身がこの国の人々に対して行なってきたあらゆる行為において、彼女はその感情を持っていた。
しかし、無論それは謝罪を伴う表現を許されるものではない。
彼女が彼らの家族を殺したように、彼らもまた、彼女の家族をその手にかけた。
それが戦争であり、ユニオンが彼女達に与えた使命なのだから。
戦場から遠く離れた銃後の人々の家に焼夷弾を投下する爆撃機の支援をしたからといって、それは罪と呼べるものではない。
総力戦とは国家の全てを戦争の炎に注ぎ込んでしまうものなのだ。
そこには善人も悪人もなく、最後に残るのは勝者と敗者のみ。
そして勝者が歴史の筆を手に取って自らを善人として描写し、敗者に悪人の汚名を被せて葬り去るのだ。
大抵の場合、敗者の国民は勝者の隷属に囚われるのが常である。
ユニオンと重桜の戦争もその例に違わなかったが、しかし勝者たるユニオンは戦争の規模から考えれば余程の猶予を示した。
それはもちろん、重桜と海を隔てた向こう側にある強大な敵を見越しての計算が手伝ったこともある。
しかしながらユニオンの対重桜統治政策は、重桜から多くを奪いながらも同時に多くを与えたことは否定できないだろう。
瓦礫の山の中を歩くKANSEN、セントルイスにユニオン海軍司令部が与えた指令もそういった政策のうちの一つだった。
海の向こう側で北方連合の恐るべき共産主義者たちが南進の機会を伺うべく東煌に傀儡政権を打ち立てている間に、ユニオンは東側の防壁として重桜を機能させなければならなかったのだ。
それも可能な限り早急に、そして"協力的な重桜国民"を育て上げながら。
それに、例え注意深い人々がユニオンの本心を見透かしていたとしても、彼らが日々の暮らしを凌いでいくためにもユニオンから差し伸べられる手を拒むことはできなかったことだろう。
壮麗な見た目のKANSENなら、戦闘服に身を包んだ歩兵よりかは威圧的には見えないし近寄りやすい。
兵器たる彼女達は1人で歩兵数十人分のパワーを期待できる上、まだ反重桜感情の多い兵士たちをその国民のために働かせるという"屈辱的な"経験から回避させることができた。
現にこのスプルース少将の提案により、ユニオン進駐軍の兵士が派遣先で犯罪を起こすことも完全にとは言えないものの減少し、軍の規律を維持する事にも効果を挙げている。
KANSENはまさしく都合よく扱われたわけだが、少なくとも、セントルイスが反発したのは最初の内だけだった。
そう、最初こそセントルイスはクラ湾での事もありこの命令に反発した。
「どうして私たちが」
「いったい何のために」
「あいつらなんて、この瓦礫の山に住まわせておけば良いのに」
でも、そんな彼女を復讐心という呪いから解放したのはこの国の惨状と、ある重桜KANSENとの出会いだった。
そして彼女は今、そのKANSENの下へと向かっている。
彼女の宿営地からそこまでは、大した距離もない。
しかし彼女が徒歩を選ぶのは単純に距離のみの問題ではなかった。
穴だらけの道路を進む彼女に、やがてはどこからかあどけない声がかけられる。
「ぎ、ぎぶみーちょこれーと!」
突然の声にセントルイスが振り向くと、何人かの子供達が彼女の下へと駆け寄ってきた。
その表情からするに、戦時中重桜軍部が振り撒いていた『ユニオンの鬼畜KANSEN』なる宣伝が正しいかどうか半信半疑に違いない。
彼女はその疑いをできるだけ払拭できるように明るい笑みを取り繕った。
「あら…可愛い子供達ね。ほら、こちらにいらっしゃい?」
まだ練習中の重桜語が十分に機能するとは思っていなかったが、しかし意図は伝わったようだ。
彼女がその場にしゃがみ込んでバッグを開けると、子供達は恐怖混じりの表情を歓喜のそれに変えてセントルイスに駆け寄ってくる。
セントルイスはそんな子供達に持ち得るだけの菓子を配り始めた。
目的地に着く頃には、バッグの中身は半分まで減っていた。
そこは半壊した民家で、その前には1組の老夫婦と1人の重桜KANSENがいる。
セントルイスが到着した時、彼らは重々しいコンクリートの残骸をネコ車に運び込んでいるところだった。
「三笠さんっ!あんまり無理しなさんなっ!アンタもお歳でしょう!?」
「何のこれしき!これでも我は元重桜艦隊の旗艦、軽んじられてはこま」
グギリッ
「いっだああああああッ!!!」
「ああっ、ミカサッ!」
あまりに大きな残骸を持ち上げようとしていたばかりにその負荷に耐えられなくなった三笠の腰が、派手な悲鳴を上げたようだった。
三笠はコンクリートを放り出して、両手を腰に当ててのたうち回っている。
そんな彼女の様子を見て取ったセントルイスは大慌てで彼女の下へ駆け寄って行った。
「ぐあああっ!」
「もうっ!どうしてこんな無茶するの!…ほら、肩を貸してあげるから…」
「ぐぬぬ、セントルイスか。すまぬ。」
どうにか三笠を抱え上げると、セントルイスは彼女を半壊の民家の縁側まで運び、この高名なKANSENを座らせる。
三笠は申し訳なさと苦悶を足して2で割ったような顔をしながら、彼女に謝意を表した。
民家の半壊から逃れた大時計が音を鳴らし、時刻が正午になったことを伝える。
老夫婦も作業の手を止めて、彼女達の下へとやってきた。
「来てくだすってありがとうございます、ユニオンのKANSENさん。大したモノは出せませんが、時間も時間ですしどうか休んでください。」
「いいえ、どうかお気になさらず。大したお力にはなれませんが…そうだ、どうかコレを受け取ってください。軍の余剰品で申し訳ありませんが…」
「いえいえいえ、こうも毎度こんなものをいただくなんて申し訳ない!ただでさえお手伝いいただいているんですから!」
「お願いします、どうか受け取ってください。私にできるのは…コレくらいしか…」
「……ああ…本当に申し訳ない…町内の皆さんとでいただきます。本当にありがとう。」
老夫婦はセントルイスの持ってきた食糧を受け取って、大時計と同じく難を逃れた台所へと向かっていく。
その間にもセントルイスは三笠の腰をさすっていた。
「もう!…あんな無理をしなくたって………はぁ…私が遅れたからね…ごめんなさい。」
「ふふっ、お主が何をしていたかは知っておる。…本当にありがとう、お主は…私がやるよりもずっと多くの人々を救っているのだから。」
「………そんな事ないわ。私は…」
セントルイスはそう言って俯いてしまった。
復讐に焦がれ、怒りに任せて敵を狩り立てた。
それが何を相手にしていても、目的が何であろうと、憎しみをぶつけられれば何でもよかった。
ところがどうだろう。
いざ敵を倒してみると、心の内には虚しさしか残らない。
それが余計に腹立たしく、彼女の怒りと悲しみを増幅させていた。
どれだけ敵を倒しても、そして重桜海軍という強大な組織を潰しても、彼女のヘレナは永久に帰ってこないのだから。
そしてその過程で、妹を喪った自分と同じ境遇の人間を自身の手で作り続けてきたという事実が、彼女の精神に暗い影を落としていたのだ。
「前にも言ったであろう。お主が気に病む必要はない…いや、気に病むべきではない。」
「…ええ、分かってる…分かってるわ。」
俯くセントルイスの肩に、今度は三笠が手をかけた。
「…お主の
「!?…どうしてそれをッ」
「お主の目を見ていれば、何を考えているかは分かる。…まったく、これではお主の妹も浮かばれまい。」
「…私はもう役目を果たしたわ。ヘレナもホノルルも、きっと"向こう"で待っていてくれる。だから…」
「……………少し昔の話をしよう。私が帝政時代の北方連合との戦いに身を投じていた時の話だ。」
三笠はようやく腰の痛みが引いたのか、軽く伸びをしてみせる。
そしてかつての栄光を思い出すかのように、少し目を瞑って語り始めた。
重桜が東洋に輝ける大国として名を挙げた、"あの時代"の事を。
「ロイヤルもユニオンも、あの戦争では我々に勝ち目はないと見ていた。当然だ、相手はあの北方連合。だが我が重桜艦隊と陸軍は勝利を手にした…いや、手にしてしまった。」
「………」
「国民はついに大国に打ち勝って、自身も列強の一員に名を連ねたと躍起になったんだ。…と、同時に少々傲慢にもなった。あの戦争、ユニオンとロイヤルの支援がなければ到底勝ち得ることはできなかった。だが、国民はそれを忘れた。」
「………」
「時代が進むにつれて、国民はやがて自信過剰になり始めた。"生存圏"を求める民族の切望は日増しに膨れ上がっていって………」
「でも、あなたが私に言ったように…それはあなたが気に病むべきことではないと思うわ。」
「いいや、もうちと上手くはできたかもしれん。」
「どうして?…今回の開戦は重桜軍部の暴走が原因でしょう?」
「ふふっ……いいや、暴走したのは軍部などではない。
「国民が…?」
「うむ。たしかに軍部は政党政治を終わらせたし、新聞ラジオは全体主義を煽り立てた。…が、いずれにしても国民の支持がなければ戦争を始めるに至らなかったであろう。」
「………」
「国民は熱に浮かれてしまったのだ。我らKANSENはその熱を冷ましてやらねばならなかったのに、赤城や加賀達…私の後輩達は寧ろその熱を加速させてしまった。だから私も再び重桜艦隊の旗艦として復帰したが…ちと遅すぎたな。」
「………」
「分かるか?…戦争の責任、特に総力戦の責任は特定の個人や団体に求められるものではない。だから私やお主が気負う必要は…いや、気負うべきではないのだ。」
「…でも」
「気持ちは分かる。時として感情は理性を蝕んでしまう。先の話がまさにそれであろう。だからといって、自ら命を絶ってしまうのは…愚か者のする事だ。」
「……なら、どうすればいいの?この虚しさを晴らすには…」
「今のままで良い、セントルイス。お主は本当に良くやっている。そのうちに心は快方に向かうだろう。そうしたら国に帰って、気が向いた時にでもこの年寄りとのお茶にでも付き合いに来てくれ。」
「………」
「…理性がそれを許さずとも、感情が贖罪を訴えるなら…なすべきことは自害ではない。
「向き合う?」
「ああ…辛いかもしれぬが、耐えねばならぬ。だから私もこうして瓦礫を片付けている。…これは私が本分を果たせなかった償いとしてやっているのではない…自分のために、やっているんだ。」
そう言って目の前の瓦礫の山に顔を向けた三笠の表情に、セントルイスは彼女なりの決意を見出した。
たしかにそれは険しく辛い道のりかもしれない。
この手の罪の意識は理性に何らの作用もできないが、感情にはその代わりと言わんばかりにありとあらゆる攻撃を行えるのだから。
感情における贖罪を行いたいのなら、この攻撃に耐え続けなければならない。
しかしいずれかはその痛みからも解放される日が、必ずやってくるはずなのだ。
「三笠さん、ユニオンのKANSENさん、お昼ご飯が出来ました。どうか召し上がってください。」
やがて老婦人が握り飯と味噌汁と漬物を持ってきた。
三笠は早くもいつもの気丈な表情に戻って老婦人の方を振り返っている。
セントルイスもそれに倣って、明るい笑みを浮かべた。
ユニオンの爆撃から生き残ったこの老夫婦の1人息子が戦死した重桜海軍の指揮官であったことを、セントルイスはジャック・ライリーの辞令でユニオンに戻った後に知る。