暗殺未遂の3週間後
インビエルノ
首都
大統領宮殿前
M48戦車は、厳密にはもう最新鋭の戦車とは呼べなかった。
ユニオン陸軍はすでにM60戦車という次世代型の配備を進めていたし、主砲の90ミリ砲の火力は北方連合の新式戦車・T-62のそれには遠く及ばない。
それでもライリーがこの戦車を最新鋭と呼んだのは、その主砲が特別な大統領令によって105ミリ砲に換装されているからだろう。
換装されたのは主砲のみではなく、エンジンを含むパワーパックも同様だった。
彼らは議会が承認するギリギリの限度内で、まさに"最新鋭"の戦車を送ってくれたことになる。
これが何を意味するか、私は重々承知しているつもりだった。
我々が今まで装備してきたM4中戦車を全て更新するのに充分な数の新規取得戦車は、つまりは南方大陸で伝統的に強力な陸軍を保有してきたプラタへの対抗を指示されているに等しい。
そしてまもなく私は、その指示を実行しなければならなくなるだろう。
ここ数年間、プラタ国王は分別をなくしてしまったようだった。
彼は国民の不満を国境の外側へと押し出すために、無謀な"株式"を増刷したに等しい行為に走ってきた。
攻撃は我々インビエルノに対してのみならずユニオンやロイヤルにまで及び、その内ロイヤルとは戦争状態に陥っている。
つい3日前…ユニオンから新たに派遣された2人のKANSENが到着するやいなや、プラタ国王は彼女達にロイヤルと係争中の諸島に上陸する船団の護衛を命じた。
KANSEN達、つまりはフェニックスとボイシはこれで私の発言の意図を理解したことだろう。
彼女達はプラタの現状を知り、大統領がユニオンのメンツのために彼女達を犠牲にした事実に打ちのめされるかもしれない。
…いや、少なくともフェニックスはその意図を汲んですら任務を遂行する。
あの誇り高い戦士は、大統領の命令をユニオンに奉じる最後の機会だとすら捉えるかもしれなかった。
事実、2人のKANSENは船団の護衛を果たして、現在は諸島の周辺海域を警戒していた。
さて、対するロイヤルの反応だが、目立った動きは報じられていない。
ルートヴィヒもベラスコも同様の意見を示していたが、場合によってはロイヤルが戦争に踏み切らない可能性もある。
20年前ならともかく、現在この世界で戦争を始めるのは更に難しいことらしい。
特に、ロイヤルのように長年不況に悩まされている場合には。
かつて栄光を誇ったロイヤルネイビーはどこへやら。
あの大戦の後、ロイヤルは深刻なダメージを負って植民地の多くと強力な海軍を手放さなければならなくなった。
『冷戦は脅威だが、どうせ旧植民地は"こちら側"だしユニオンが常についている。
それならあんな金食い虫の海軍を縮小して何が悪い。
こっちはただでさえ財政難なんだぞ!』
我が国では銃殺刑で済む主張を、ロイヤルでは真剣に語り合わねばならない。
健全な民主主義社会のなんと難儀なことだろうか。
ルートヴィヒもベラスコも、ロイヤルの現首相を務める女性政治家がこの問題に強硬手段を持って臨むとは考えていなかった。
例え彼女が強硬手段を取ろうにも、議会と対立してまで押し通すとは思えないというのが彼らの見解だ。
あの女性政治家には、あんなちっぽけな諸島のためにそれまでの政治人生を投げ出したりはしないと。
私としても内心は彼らの考えに甘んじたかった。
そうすればフェニックスとボイシの安全は担保される。
ユニオンもユニオンで私に供与した以上は戦車を引き上げたりしないだろう。
全て平和裏に終わってくれればそれでよしだが、そうはならないと私は見ている。
ロイヤルがここで屈服するということは、ロイヤルネイビーの栄光の終焉を自ら宣言するようなものだ。
そんな事は、それこそロイヤル国民が許さないだろう。
プラタとの妥協は短期的に見れば議会との協調をもたらすだろうが、長期的に見ればそれこそ彼女の政治生命さえ終わらせてしまいかねない。
そして彼女はそんな類の過ちを犯すような指導者ではなかった。
今現在ロイヤルの動きが何も分かっていないのは彼らが手をこまねいているからではない。
恐らく、もう手は打ってある。
それをメディアがつかみ取れないということは、彼らも彼らで民主主義社会の顔をして徹底した情報統制を行なっているからだろう。
ユニオンとの関係が多少なりとも悪化したプラタ国王は装備の調達先をユニオンから別の国に切り替えた。
プラタ陸軍は旧式化したM26戦車の代わりに、分裂した鉄血公国の西側…つまりは鉄血連邦からレオパルド戦車を導入し、M1小銃をG3小銃に切り替えている。
戦闘機はアイリスから購入し、最新鋭の対艦ミサイルを配備しているとの情報もあった。
ユニオンは気まぐれで私に戦車や戦闘機をくれたわけではなく、私はもうまもなく、これらの装備でプラタ陸軍と戦わねばならなくなる。
内心ではロイヤルとプラタの衝突の回避を願っていたが、私は統治者として冷静に見た場合確実に起こり得る事態への対処を優先しなければならなかった。
だからこの日、ユニオンから送られたM48戦車の隊列行進を見ても心ここに在らずだったし、空を飛んでいくF5戦闘機も自分とは何らの関係がない存在に思えている。
「ほら、アドリアン。しっかりして?あなたの兵士たちが、あなたに対して敬礼しているのよ?」
どこかぼうっとしていた私を、傍にいるタマンダーレが現実に引き戻してくれた。
見ればM48戦車の車長ハッチから身を乗り出す戦車長達が私に向かって敬礼をしている。
私は少し慌てて敬礼を返し、戦車長達に満面の笑みを向けた。
"諸君らの忠国に感謝する、インビエルノと君らの未来に栄光あれ!"
そんな笑顔を彼らに向けて見せたが、腹の底ではそんなものクソ喰らえと思っていた…バレてないといいが。
「大統領、まだご気分が優れませんか?」
タマンダーレの反対側から、我々と同じくバルコニーから軍事パレードを眺めているウゴがこっそりと聞いてくる。
恐らくはボケっとしていた私の様子に不安を覚えたに違いない。
きっと恐らくは彼も、私の人間不信には気がついているはずだった。
だからこそ私がこの持病を再発させていないか心配に違いないし、あまり下手な返事をすれば返って彼の疑念を補強してしまう。
必死に何か上手い言葉を考えていると、隣からタマンダーレが助け舟を出してくれる。
「うふふふ!もう、アドリアンったら。まだ"あの夜"の事が忘れられないのね?」
「なっ!た、タマンダーレ!?」
「ああ…すいません、大統領。余計な心配をしてしまったようですね。私もあの忌々しい共産主義者共が台頭するまでは妻と本当に愛し合っていました。…何も不思議なことではありません。若い夫婦にはよくあることです。」
ウゴがそう言ってクスクスと笑う。
おお、何ということか。
彼のこんな笑顔は、初めて見たような気がする。
私もつい照れ恥ずかしくなって本心からの笑みをこぼしそうになったが、しかしすぐ眼下では陸軍の兵士たちが隊列を組んで行進していたので表情を引き締めなければならなかった。
王政時代のインビエルノ陸軍は鉄血公国の軍事顧問から教練を受けた。
その伝統は今でも残り、兵士達はM14小銃を背負ってユニオン式の装備に身を固めているまのの、行進形式はまさに旧鉄血公国を彷彿とさせる。
私はその隊列にも作り物の感謝の笑みを向けながら敬礼をした。
…………………………………
軍事パレードはプラタ国王に圧をかけるという目的があった。
国王はこれで背後の我々を気にしながら戦争をしなければならなくなる。
それはつまり国王は潜在的な2正面作戦に陥る事を意味していた。
彼は世界に冠たるロイヤルネイビーと戦いながらも背後の我々に対抗する戦力を手元に置いておかなければならない。
国王のただでさえ薄い勝算は、更に薄くなる。
どうしてプラタの勝算をすり減らす必要があるのか?
プラタに勝ってもらっちゃ困るからだ。
国王には亡命するなり処刑されるなりしてもらわなくちゃならない。
私がイメージしている中で、2人のKANSENを除外した計算で最も最悪な結末はプラタの軍事的勝利である。
国王は調子に乗る。
それだけならまだいい。
問題は調子に乗った国民が国王を祭り上げ、国王は更に調子に乗って更に武器兵器を買い漁り、ユニオンの鎖を完全に断ち切ってその軍事力をこちらに向けることだ。
大統領はユニオンのメンツがあるのでまだ表沙汰にはしていなかったが、ライリーの方はすでにプラタの国王を切り捨てていた。
曰く、『あの国王はもうどうにもならん』らしい。
つまりはそれに対する対策は、あの国王にはどういう形であれご退位いただいて、こちらの準備が整っている間に、国王の次に権力を握るであろう共産主義勢力をまだ混乱の収束のつかぬ内に叩き潰す、というものであった。
まあ、あれだ。
国王には負けてもらわぬと私にとってもユニオンにとっても困るのだ。
軍事パレードが終わって諸々の業務を終わらせると、私はタマンダーレとの夕食に臨む事にした。
今日はルートヴィヒ夫妻はテーブルにおらず、彼らは今日首都で一等いい店に出かけている。
あんな信用のならない店でよくもまあとは思うものの、ルートヴィヒ夫妻の命を狙うものなどそれこそいないだろう。
正式な役職として、彼らは"沿岸警備隊"の幹部でしかないのだ。
ユニオンはタマンダーレの提案に乗ったし、共産主義者は国内から出て行ったか或いは死滅した。
その上念のために秘密警察の護衛班が付き添っているのだから、もう彼らの心配はよそう。
それよりも。
私が今集中すべきは愛するタマンダーレとの食事の方だ。
私の提案で、私達は普段使うものより余程小さなテーブルで食事を取る事にした。
あの夜のことがあってから、私にとってタマンダーレはもう疑うことのない、確固たる信用を持てる相手だった。
それは彼女が"初めて"を捧げてくれたからだけではない。
彼女は………彼女は………
「………ねえ、アドリアン。私の事…恨んではいないの?」
「…なぜ?」
「あの夜に話したでしょう?…こんな事、いうのも嫌だけれど…私はあなたのお母さんの死の真相を…少なくとも、感づいていた。その上で、あなたにその事をずぅっと黙ってきたのよ?」
「…………」
そう。
最初にあの話を聞いた時は衝撃だったばかりか、怒りも湧いた。
でもその怒りは、タマンダーレに向けられたものではない。
彼女がその事を黙っていたのは私にとっては理解できる理由であったし、行動とも付合する。
「………君にはどうしようもなかった事だろう。」
「いいえ、止められたかもしれない。もし私が注意深くしていれば…」
「…もし、君が信用に足りない存在なら、私にはその事を一生話さなかったはずだ。それでも君は話してくれた。この…
「…………」
「…ありがとう、タマンダーレ。これで敵が誰なのかハッキリした。」
「アドリアンッ」
「まあまあ。私も決して愚か者ではないよ。すぐに行動に移るわけにはいかないというのも分かってる。だけど、信じるべき相手を知らずに物事を決めるのと、敵を識別した上で決めるのとではわけが違う。…それに、君がずっと私の側にいてくれることもよく分かった。」
「そう…………ずっと…ずっと、この事を話すか悩んでいたの。あなたに嫌われちゃうんじゃないかって…私はずっとそれを恐れていたから。」
「そんなことはあり得ない、約束するよ。…さて、食事にしよう。」
彼女は席を立って私の前に来ると、いつもの通りその大きな胸で私の頭を包み込んだ。
彼女の暖かさ、鼓動、香り。
柔らかさと心地よい重さは、今は亡き母親を思い出させる。
きっと、母は彼女に私を託したのだ。
…自身の運命を、知っていたから。
しばらくの抱擁の後、タマンダーレは夕食を持ってくるべくキッチンへと向かっていく。
残された私はというと、そんな彼女の背中を見送りながらこんなことを考えていた。
ライリーのせいで、タマンダーレは人生を利用された。
彼女が私に好意を向けてくれるのは嬉しいし、いつまでも彼女と共にいたい。
でもKANSENは歳を取らないものだ。
反対に私はドンドン歳を取る。
自分自身にとってはどれだけ愛しい人でも…いや、愛しい人だからこそ…私は彼女自身にも自らの人生を取り戻してほしいと望む。
私はプラタを平らげて、粛清と虐殺の血の海で不動な権力の宮殿を拵えるつもりだが…そこは決してタマンダーレに相応しくない。
いつの日にか、私が君をライリーから"自由"にする。
何があっても、絶対に。