KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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英雄の裏切り

 

 

 

 

 

 現在

 

 ユニオン

 首都D.C.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライリーさん、あなたはアドリアン・セルバンデスの担当官である以前に、中央情報局における南方大陸方面の責任者だった。」

 

「ああ、そうだとも。」

 

「こうは考えませんでしたか?…アルバロの権力をアドリアンに世襲させるより、海軍のトップに継承させた方が良いのではないか、と。」

 

「………タマンダーレ、いや、セントルイスには特殊な才能があった。彼女には人の本質を見抜くチカラがあったんだよ。私は彼女を信頼していたし、その彼女は海軍のトップよりアドリアン・セルバンデスを推した。」

 

「中央情報局の南方大陸責任者が、いちKAN-SENの言う事を鵜呑みにしたんですか?」

 

「君は何か誤解しているが、セントルイスは勘でそう言ったわけじゃない。彼女の見立てには根拠があったんだ。…アドリアンは自らの意思で大統領になったわけじゃない。ある日突然天から神の声が降ってきて、父の跡を継ぐ事になっただけだ。ところが海軍の司令官、アルマンド・ホセ・ウガルテ提督は話が違った。」

 

 

 ライリー老人はそこまで記者に語ると、手元のエスプレッソを一口含んでひと息をつく。

 記者の頭は疑問符でいっぱいだった。

 あのアドリアン・セルバンデスを選ばなければならないほど、ウガルテ提督は極悪非道な人物だったのだろうか、と。

 

 

「…ウガルテ提督の夢はインビエルノを限りなく"ニュートラル"な状態にする事だった。ユニオンからも北方連合からも距離を取り、なによりもインビエルノ国民の利益を念頭に置いた政治をやるつもりだったのだろう。」

 

「そんな提督よりセルバンデスを選んだのですか!?」

 

「君、我々の立場を忘れてはいかんよ。いくら我がユニオンであっても、一度に対処できるのは北方連合で手いっぱいだ。重桜は取り戻したが、東煌は南北に、鉄血は東西に分断されていた。そんな状況で我々の裏庭に"ニュートラル"な政治的空白地帯だって?冗談じゃない!」

 

「………」

 

「アドリアン・セルバンデスは我々のイエスマンだった。奴の父アルバロと同様にな。奴のおかげで南方大陸の共産勢力を抑え込めていたし、ユニオンの企業はインビエルノの農園や鉱山を好き放題にできた。アルバロ以前のインビエルノで共産党が人気だったのは偶然なんかじゃない。」

 

「………しかし、それなら何故あなた方はセルバンデスに選挙を強いたのです?ウガルテ提督がお話通りの人物なら国民の人気も高かった事でしょう。いつまでもセルバンデスの下にいるとは思えない。」

 

「セルバンデスは独裁者、つまり投票を集計する側だ。共産主義者の言葉を使いたくはないが、"選挙では投票する側ではなく、集計する側が決定する"。つまり彼はいつでも選挙結果を改竄できた。我々は独裁体制の保全についてはあまり心配していなかったよ。」

 

「では尚更です。何故結果の見え透いている選挙を、セルバンデスにやらせたのです?」

 

「………我々の懸念事項はズバリ、ウガルテ提督だった。セントルイスからもたらされた情報を信じるならば、ウガルテはクーデターの機会を伺っているはずだった。セルバンデスに危機感を持たせるには、この選挙が効果的に機能するだろうと踏んでいたんだ。」

 

「………結果は…」

 

「そう、ご存知の通り。ウガルテは選挙に出馬した。前々からウガルテを疑っていたセルバンデスは、これを自分に対する明確な宣戦布告だと捉えた。」

 

「………」

 

「…だが、まあ、あんな事になるとは。我々はまだアドリアンの事をよく把握しない内から、奴が父親譲りの強権的な独裁者となる事を予見していたし、その当て推量は7割正しかった。だから選挙と最初から改竄するつもりだろうと踏んでいたんだ。…奴が大真面目に普通選挙をやると発表した時は驚いたよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大戦終結の20年後

 インビエルノ

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 タマンダーレには特技がある。

 彼女曰く、『人を見る目』には自信があるらしい。

 ただし、その特技には脚注がつく。

 彼女は単に勘や当て推量に頼って人間を評価するのではなく、寧ろそれはプロファイリングに近い人間観察が成せる技であった。

 

 英語と同じように、私はその特技を彼女から学んでいた。

 対象の仕草、嗜好、反応、癖などを注意深く観察し、それが発する言葉に耳を傾ける事で、相手がどういう人間であり、そしてこちらに対してどういう感情を抱いているか分かるようになる。

 

 この特技をタマンダーレから学んだおかげで、私は海軍連中に対して早い段階から警戒心を抱くことができた。

 無論、私の秘書を務めるタマンダーレの警告もあったが、例えそれがなくとも私は脅威に気づくことができたであろう。

 海軍のウガルテ提督は間違いなく、私を正統な後継者とは見ていなかった。

 良く言えば叔父のような、悪く言えば少々圧するかのような物言いの中には、私への侮蔑と自身の欲望が垣間見える。

 

 ウガルテは恐らく父の事も良く思ってはいなかった。

 盲目的なユニオン従属への批判を、口には出さないが態度で示していたのだ。

 おまけに最近は市井に顔を出すようになり、笑顔で住民達と対話しているとの報告も上がっている。

 いつの日にか、ウガルテは私にとって代わる気なのではないだろうか?

 

 

 その疑念が確信に変わったのはこの日の午後。

 タマンダーレのオイスター・ロックフェラーを平らげて上機嫌で帰っていく陸軍中将と入れ違いに入ってきた、秘密警察長官の言葉を聞いた時だった。

 

 

 

「ウガルテは『13家族』の内5家族と面会しています。恐らくは選挙活動への下準備かと。」

 

 

 秘密警察の長官、『ウゴ・オンディビエラ』は私がタマンダーレのお世話を受けていた頃からの友人だ。

 父と私がユニオンのイエスマンなら、ウゴは我々のイエスマンだった。

 この偏執的なまでの反共産主義者は、元々はいち工場の長として腕を振るっていた。

 しかし、南方大陸初の共産政権が誕生したその日、工場は国有化され、彼は絶望を味わう事になる。

 労働者達は共産政権に靡き、彼と彼の妻を囲んでリンチを始めた。

 彼らは非労働階級への私刑が共産党への忠誠心を示すと思い込んでいたのだ。

 

 リンチの結果ウゴの妻は亡くなり、ウゴは共産主義への底なしの憎悪から、共産主義者たちの言うところの"反動的な"テロ活動へと走り始める。

 私の父が彼をスカウトしたのは、ちょうどその頃で、父はクーデターの準備を進める傍らウゴと連携して共産政権に効果的に打撃を与えていった。

 やがて革命家を銃殺すると、父は秘密警察を創設してウゴをそのトップに据えた。

 革命家を自らの手にかけてなおウゴの復讐心が燃え尽きることはなく、彼は秘密警察のトップに就いてからも共産主義者をまるで猟犬のように駆り立ててきたのだ。

 

 

 タマンダーレから授かった能力を持ってしても、ウゴは私にとって信頼できる人物に変わりがなかった。

 私が気づいたようにウゴもウガルテの真意に気づいており、共産主義者に対して"歩み寄り"の姿勢を見せようとする提督を忌み嫌っていた。

 だからこそ私は寝返る可能性を否定できたし、信頼している。

 

 

 

「それは……誠に好ましくない。13家族は体制への有力な支持者です。失いたくはありません。」

 

「大統領、もしご認可いただければ、あの英雄気取りのクソを私の部下達に始末させます。明日の朝には魚の餌ですよ。」

 

「魅力的な選択肢ですが、目立ち過ぎです。あの国民共でさえ、我々の所業である事を見抜くでしょう。提督にはクーデターの際の功績があります。国民からの人気もある。それをあからさまなやり方で排除したとなれば、国内の政情不安は大きく加速する…我々では抑えが効かなくなるかもしれません。」

 

「奴が共産勢力と手を握っていた証拠を作れば…」

 

「話があまりにも不自然ですし、海軍のトップに共産主義者の汚名を被せれば、ユニオンは我々の監督責任を問わざるを得ません。」

 

「………クソッ…」

 

「提督は選挙に出馬するつもりでしょう。()()()()()()()()()()()()()()に出馬するのです。何か担保があるはずだ…でなければこんな冒険はしてこない。」

 

「…分かりました、探りを入れてみます。」

 

 

 

 ウゴが帰った後、私は自身の執務室に戻って椅子に座り、大きく息を吐く。

 顔を両手で覆うと、まるで表情をマッサージするように揉んでみた。

 13家族とはインビエルノの農地の80%を所有する富裕地主達のこと。

 当然選挙には大きな力を持つし、提督はもう手を打っている。

 自身の状況が益々不利になっているのを感じて、私は精神的な疲れを感じた。

 

 いつの間にかすぐ傍に控えていたタマンダーレが、机の上に淹れたてのコーヒーを置いてくれた。

 

 

「アドリアン、大丈夫?」

 

「……提督は我々の敵に回りました。今回の選挙で最有力候補です。これで票の改竄は難しくなる。」

 

「…今からでも遅くはないから、13家族を訪ねましょう。」

 

「先を越されています。」

 

「それでも、あなたは彼らの下へ行くべきよ。何もしないよりかは、できることを一つでもいいからやっておくべき。…後悔なら後からいくらでもできるわ。」

 

 

 そう言われて、私は初めてタマンダーレの方を見る。

 彼女は青を基調とした私服に身を包み、もう既に訪問への準備を済ませていた。

 スラリとしたモデルのような体型にも関わらず大きく主張する胸を、前面に押し出すかのような衣装。

 されど決して下品なわけではなく、大人の女性としての気品に満ち溢れたその姿は、きっと見る者全てを魅了する事だろう。

 自身の魅力を十分に理解し、その魅力を押し出すかのような服装には、私も自身の立場を忘れずにはいられない。

 あまりの衝撃にポカンとしている私に、タマンダーレが笑みを向ける。

 

 

「さぁ行きましょう、()()()()()?あなたは私をファーストレディとして扱ってくれるかしら?」

 

「………よ、喜んで………もしあなたさえ良ければ」

 

「うふふふふ♪…もう、ムードが台無しよ?あなたは大丈夫。もっと自信を持って、私のアドリアン♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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