KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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バンクォーがそこにいた

 

 プラタ南方

 インビエルノ領海まであと少し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「発射しますか、艦長?」

 

「ダメだ。相手の武装もよく分かっていない。確実に仕留めれる距離に入るまで、攻撃はするな。」

 

 

 ロイヤル海軍原子力潜水艦は展開する2人のKANSENの内1人を沈めてから今の今まで不思議な色の髪の毛をしたKANSENを尾行するように命令されていた。

 先の大戦で、ロイヤルネイビーはKANSENのチカラを借りて鉄血公国に打ち勝った。

 それだけにKANSENへの警戒は強いものがあり、プラタ国王がユニオンから提供されたKANSENについて情報がない限りは特別の警戒が必要と考えたのだ。

 故にロイヤルネイビーは大きな戦力である原子力潜水艦をたった1人のKANSENのために割いている。

 

 

「なあ、聞いたか?…今回の艦隊に志願していたメイド隊のシェフィールドが、やられたらしい。」

 

「何だって!?あのシェフィーが!?」

 

「ああ。自分と同じ名前の42型駆逐艦を庇って対艦ミサイルの餌食になったそうだ。…だが肝心の駆逐艦も、そのあとミサイルで沈められた。」

 

「やりきれないな、あいつらには代償を払わせてやる。」

 

「諸君!ただ今本艦は敵艦を追跡中だ。静粛にしたまえ!」

 

 

 雑談を交わす兵士達を艦長が怒鳴りつける。

 艦長も艦長でこれまでの訓練でKANSENとの戦いを想定したものなど受けた事はなく、彼なりに緊張していた。

 たしかに1人は沈めたが、今追っている相手は何らの武器弾薬も使用していない。

 敵の探知能力は不明ながら、こちらを探知していて、罠に誘き入れている可能性も決してゼロではなかった。

 

 

「敵KANSENの減速を確認、あと少しでこちらの魚雷の射程内に入ります。」

 

「了解。…1番管、2番管注水開始!」

 

 

 敵のKANSENが何を考えているのかは分からないが、とにかく、インビエルノ領海の手前で速度を落としたのは事実だった。

 まさかあのKANSENもこれで原潜から逃げきれたとは思っていまい…そう思っているのなら僥倖だが。

 ただ単に逃げ出しただけか、或いは反転して戦うつもりかは艦長には分からなかったが、どちらにせよこのKANSENを仕留めるなら今がまさに好機である。

 

 魚雷は早くも発射準備を整えて、後は艦長の命令を待つのみだった。

 ところが艦長が命令を下す直前に、通信手が声を張り上げる。

 

 

「艦長!何者からか通信が入っています!」

 

「何だと?…繋げてくれ。」

 

『アロー、アロー?こちらはインビエルノ沿岸警備隊よ?聞こえてるかしら、ロイヤル海軍(ライミー)共?』

 

 

 妖艶な声音はまさにこの世の男達の心をくすぐるに違いなかったが、しかし用いられた言葉が全てを台無しにしている。

 インビエルノ海軍を名乗るこの不埒な女は、栄光あるロイヤルネイビーを蔑称で呼びやがった。

 しかしながら、艦長に与えられた任務はあくまで敵KANSENの追跡であり新たな交戦国を増やすことではない。

 応答すれば敵に位置を知らせることになる可能性はあっても、その領海に迫りつつある隣国からの呼びかけを無視するわけにはいかなかった。

 彼は苛立ちを覚えつつも無線機を手に取る。

 

 

 

「こちらはロイヤル海軍原子力潜水艦、現在プラタ海軍所属の敵KANSENを追跡中。」

 

『あら!応答するなんてライミーらしいわね。…あなた達は我が国の領海に接近中よ?こちらに航行の要請は通達されていないけど?』

 

「………我々はプラタ海軍の敵KANSENを撃沈する使命を追っている。その…明るい緑色の髪をしたKANSENだ。身柄を引き渡すなら、我々はここで引き返す。」

 

『あなた達とんでもない誤解をしているみたいね。このKANSENはもうすでにこちらの領海に足を踏み入れた。撃沈するか、適性分子として拿捕するかはこちら次第のはずよ?』

 

「!?」

 

 

 艦長は驚いて航海士の方を振り返る。

 すると航海士は額に汗を浮かべながらも黙って頷いた。

 あのKANSENは確かに、もうすでにインビエルノの領海に達している。

 そして勿論、"たまたま巡航していた艦艇が領海侵犯を犯した瞬間に対象を捉える"なんて事態は滅多に起きないことも、艦長は知っていた。

 

 

「貴艦の行動にはなんらかの意図が垣間見える。そのKANSENが再びプラタに与しない確約がない限り、我々は現地点から攻撃を行う。」

 

『あらあら我儘ねぇ、そんなところがまさにライミーって感じだわ。…いい事を教えてあげましょう。潜望鏡を覗いてみたら?』

 

 

 無線の指示に従い、艦長は潜望鏡を覗き込む。

 そして文字通り、その場で凍り尽くしてしまった。

 

 

「まっ…まさかっ!お前はっ!?」

 

「艦長、どうされたのですか?」

 

「悪魔だ!…畜生!悪魔がいやがるっ!」

 

 

 艦長が潜望鏡越しにみたもの。

 それはユニオンの核兵器実験標的になったはずのプリンツ・オイゲンそのものだった。

 彼女の禍々しい艤装はもう白黒写真の中でしか見ることはないと思っていたのに、実際は彼の覗く潜望鏡の中にいる。

 そのオーラに圧倒されていると、無線機からは再び彼女の声が聞こえた。

 

 

『約束してあげましょう。アンタ達がこのまま引き返せば"沈めない"と約束してあげる。でもそこから指一本でも動かせば、後は分かるわね?』

 

「艦長、どうされましたか?…撃ちますか?」

 

「ひ、引き返せ…」

 

「は?」

 

「引き返すんだ、馬鹿野郎!」

 

 

 艦長は顔を青くして、副長を怒鳴りつけるとその場に倒れ込んでしまう。

 彼が何を見たのか知りもしない副長は、直前まで艦長が覗き込んでいた潜望鏡を覗いた。

 すると、そこにいたはずの敵KANSENは既に消え去っている。

 

 

「…はぁ、こんなに長期間の演習はなかったからな。艦長も参ってしまわれたか。」

 

「無理もありませんよ。」

 

「そうだな。…しかし、目標は喪失、艦長は発狂…司令部にはなんて言えばいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボイシは重巡級KANSENのパワーという物を身をもって知った。

 彼女は今オイゲンに曳航され、高速で戦域から離脱している。

 オイゲンの艤装に大幅なアップデートが施されているにしても、それはボイシの想像の及ぶ範囲を軽く超えていた。

 

 

「あっはははッ!あのライミー共の反応聞いた?ロイヤルの原潜なんか相手にしてたら私だって敵わなかったのに!」

 

「ええぇ…」

 

「あら?ハッタリってのは強く貼っとくものよ?…まぁ、私もアンタほどの演技力はないけれど。」

 

「そ、そんな…ボイシは何も…」

 

「アドリアンはあなたに何の事前相談もなしに急に演技を始めたのよ?アンタはそれに難なく対応して、それどころか必要な情報も伝えた。…あんな酷い場所から逃げ出してそれだけの機転が効くんだから、才能はあるわ。」

 

「…………」

 

 

 ボイシは少し俯いて、それきり黙ってしまう。

 緊張状態から解放された今、ボイシの胸の内にあったのは安堵とも言えない複雑な感情だった。

 

 

「…ボイシ達は…ユニオンから見捨てられたのかな?」

 

「………」

 

「大統領もプラタの王様も、誰もボイシ達のことを助けてくれなかった。フェニックスはそのせいで…せっかく戦争を生き延びたのに…」

 

「はぁ…なんだ、そんなこと。」

 

「そんなことって!」

 

「アンタ、自分がどれだけ幸せ者か分からない?」

 

「…え?」

 

 

 オイゲンはボイシを曳航しながらも、その衣装の左肩を大きく露出させる。

 突然の暴挙にボイシは少し慌てたが、しかしその目に大きなアザの後を認めると、表情は急に深刻になった。

 もう一生涯取れることのないであろうアザは痛々しくオイゲンの白い柔肌に痕を残している。

 

 

「…その傷、どこで?」

 

アンタの国(ユニオン)。私は大戦の後中央情報局に捉えられて色んな実験に付き合わされた。」

 

「……うぅ…」

 

「…どうしたの?」

 

「その…怒ってないの?」

 

「勿論、怒っているわ♪…あ〜、いや、怒ってるなんてもんじゃ済まされない。…けど、アンタに怒ってるわけじゃないわ。」

 

「………」

 

「アンタもまた、あいつらに騙された大勢の内の1人でしかなかった。中央情報局も安全保障省も大差なく、あの手の輩はクソッタレよ。でも連中の手が下った中では、幸運な方だと思うべきよ。アドリアン・セルバンデスは確かに冷血非道なクソ野郎だけど、少なくとも()()()()()()()()()()クソ野郎。彼はライリーに手を下されるリスクを背負ってまで、アンタを助けたの。」

 

「…………アドリアン…あの子が…」

 

「ええ、そうよ。後でちゃんとお礼を言っておきなさいね。」

 

 

 オイゲンとボイシは、やがてインビエルノ沿岸警備隊の軽巡洋艦2隻と合流する。

 そのうちの一隻には1人の男が載っていて、ボイシに向かって笑顔を向けた。

 

 

「インビエルノへようこそ、ボイシ。私はハンス・ルートヴィヒだ。もう安心していい。」

 

「ハンス!ちゃんと報告書は書いたの?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って!」

 

「勿論だ、その点は抜かりない!その子はとりあえず安心だ。セルバンデスがロイヤル海軍との交戦を命じない限りはな。」

 

「…ルートヴィヒ、さん?…無線機を…貸して欲しいの。アドリアンにお礼を言いたくて…」

 

「気持ちは分かるが今は遠慮してくれ、ボイシ。どこにライリーのスパイが潜り込んでるか分からないし、セルバンデスは盗聴を恐れてる。」

 

「……うん…分かった…………ライリー、昔はあんな人じゃなかったのに…」

 

 

 ボイシはそう呟いて俯いた。

 少し興味の湧いたオイゲンは、彼女に発言の続きを促してみる。

 勿論、冷笑と皮肉を添えて。

 

 

「あのクソ野郎にはそんな時期があったの?…到底信じられないけれど。」

 

「うん、ライリーは元々こんな人じゃなかった。」

 

「ふぅん。いつからあの悪魔みたいになったわけ?」

 

「ホノルルが沈んでから…でも、その後すぐじゃない。あの女の人と会ってから…」

 

「女の人?…それって…」

 

「オイゲン、急いでくれ!カバーストーリーとの整合を取らなきゃならない!」

 

 

 ハンスがそう呼びかけて、オイゲンは仕方なくボイシを"連行"する準備をする。

 彼女はボイシに「ちょっとの間だから我慢して」と言いつつ、その頭に麻袋を被せた。

 どこか懐かしい干し草のような香りの中で、ボイシはライリーが変わってしまったあの頃のことを思い出す。

 

 

 そう、ライリーを変えてしまったのは、きっとあの女の人だ。

 ……………マーガレット

 

 

 

 

 

 

 

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