KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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マーガレット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インビエルノ

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んん………んんっ」

 

 

 ボイシはこの朝、怒りに満ちた様子の男の声に起こされる。

 それは決して彼女に向けられたものではなかったが、一見冷静さを保っているように感じられるその声音の内に確かな冷酷さを秘めていた。

 目を覚ました時、見慣れぬ天井には若干混乱したものの、やがて何があったのかを思い出したボイシは廊下から聞こえて来る声に誘われてドアへ向かう。

 そぉっとドアを開いてその向こうを見ると、1人の男の足元で1人の給仕が慈悲を請うていた。

 

 

 

「お許しを、どうかお許しを、大統領!」

 

「…ではご説明いただけますか?…私は、あなたに、彼女への給仕を命じた。ところがあなたは卑しくも彼女の食べ物に手をつけた。」

 

「それはっ…」

 

「あなたが持っていたプレートに載っている物は…全て私のものだ。彼女から盗むのは私から盗むに等しい。何故そんな真似をしたのです?」

 

「それはっ!…どうかお慈悲を大統領!わたしには育ち盛りの子供達が」

 

「理由になってない。」

 

 

 アドリアン・セルバンデスが給仕の言い分をシャットアウトした時、この哀れな給仕は口を半開きにして凍りついてしまった。

 大統領は側に控える衛兵の持つカービン銃を手に持って、初弾を薬室に送り込む。

 

 

「あなたのお子さんが…何ですか?それが……私や彼女にどう関係するのか…教えていただけますか?」

 

「………それは……その……」

 

「あなたのお子さんはあなた自身に"殺される"。ああ、可哀想に。実に…実に軽率な行いをしましたね。」

 

「…………どうか………ご慈悲を…」

 

「"ドウカゴジヒヲ!ドウカゴジヒヲ!"…裏切り者はいつもコレだ。私が慈悲を与えたところで、所詮は何とも思っちゃいない。それが国民という生き物だ。」

 

 

 アドリアンがカービン銃の銃口を給仕の頭に向ける。

 それを見たボイシは握っているドアノブにチカラを込めていく。

 ややもすると、もう間も無くアドリアンは給仕の頭を7.62ミリ弾で弾き飛ばしかねない。

 ボイシが勇気を振り絞ってドアを開けようとした時、聞き慣れた懐かしい声がアドリアンを止める。

 

 

「アドリアンッ!…もう!私がいないといつもそうなんだから!」

 

 

 セントルイス…タマンダーレがアドリアンに駆け寄って、彼の手からカービン銃を取り上げる。

 それを衛兵に手渡しながらも、泣き崩れる給仕に手を貸してどうにか立ち上がらせていた。

 ボイシはその際にタマンダーレが給仕のポケットに何かしらの缶詰を入れるのをしっかりと見て取る。

 

 

「た、タマンダーレ?」

 

「一体何があったの?」

 

「この盗っ人がボイシの朝食をくすねようとしたんだ。」

 

「そんなこと…なら、彼女には外回りの仕事を命じるわ。それで充分。あなたが手を汚す必要もない。」

 

「でも」

 

「お願い、アドリアン。私を信じて。」

 

「…………クソ、分かった。…ほら、芝刈りにでも行っちまえ!」

 

 

 

 アドリアンが衛兵に合図して、彼は給仕を手荒に連れて行く。

 残されたアドリアンは、タマンダーレの思わぬ介入に抗議の意を示した。

 

 

「何故止めたんだ、処刑すれば良かったのに。」

 

「あなたが人のことを信じられないのは分かるわ、アドリアン。けれど、私は信じられる…そうでしょう?」

 

「そうじゃない。奴は…あの女はボイシの食事に手をつけたんだ。…その、あの、えっと」

 

「ええ、そうね。ごめんなさい。あの夜のことがあったから不安だったのね。あなたの言う通り、最初からボイシも私達と生活させるべきだった。でも、医師の診察が終わるまでは難しかったわ。」

 

「だとしても…給仕なんて使うんじゃ無かった。秘密警察の衛兵を使うべきだったよ。」

 

 

 そんな会話をしながらもアドリアンとタマンダーレはボイシのいる部屋へと向かいはじめていた。

 彼女は何か悪いことをしている気分になって、急いでドアを閉める。

 そしてケージの中に入れられているハムスターのように、元いたベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 私はドアをノックして、声をかけてから部屋に立ち入った。

 ボイシはもうすでに起きていて、ベッドから半身を起こしている。

 彼女を"抑留"した後、私は格別の報酬を払って鉄血連邦の医師に検査をさせたのだが、彼女の体調には特に問題はなさそうだった。

 一般に名医と呼ばれている人の診察結果に文句をつけようというわけではないが、しかしこんな時は挨拶の定型文を用いるのが適切に思われる。

 

 

「………調子はどうかな、ボイシ?医師の診断では問題なかったそうだが…」

 

「うん、ボイシは大丈夫………本当にありがとう…」

 

「それは良かった。………申し訳ない、もっと具体的な事を伝えていたら、フェニックスもここにいたかもしれないのに。」

 

「…ううん、あなたは出来る限りの事をしてくれた。ライリーの監視があるなら、仕方ないよ。」

 

 

 彼女の言葉に、思わずハッとする。

 それはボイシも感じ取ったようで、彼女はあの男について語り始めた。

 

 

「牧場で話した通り、あなたはライリーの仲間だと思ってた。でも実際は違って…そもそも、ライリーだってあんな人じゃ…」

 

「たぶん、なんだが…ライリーはユニオンで私に毒を盛った。」

 

「!?」

 

「今ここで君とおしゃべりできているのは、彼が加減をしてたのと、タマンダーレがいてくれたおかげなんだ。」

 

「そんなことまで……セントルイスは、覚えてるよね?ライリーはこんな人じゃなかったって。」

 

「ええ、そうね。あの人はホノルルが沈んでから変わってしまった。」

 

「…マーガレットのことは覚えてる?」

 

「マーガ…レット…?」

 

 

 ボイシの発言に、タマンダーレは幾分しっくりとこないと言った反応をする。

 私も中央情報局でマーガレットという女性を見はしたが、それこそ詳しい話をタマンダーレから聞いたわけでもない。

 我々の様子を見てとったボイシは、我々がそんな反応をした理由に思い当たった。

 

 

「あっ、そっか!ごめん…あの頃セントルイスはスプルースの指揮下に入って重桜に行ってたんだった………」

 

「マーガレットって…今ライリーの秘書をしてる人?」

 

「うん…ホノルルが沈んだ後、ライリーはセントルイスを重桜に遠ざけた。すっかり落ち込んで、私たちも何かしてあげられないかと思ったんだけど…何をやってもダメで…」

 

「………」

 

「そんな時、あの女の人が来たの。当時の大統領からの特別人事で…スプルースはライリーのために大統領の指令が飛んだ事を不思議がってたけど、私たちは大統領がライリーの功績を認めて心配してくれてるんだって、喜んでた。」

 

 

 きっと私の見知ったライリーと、ボイシの記憶の中にあるライリーは全く違う。

 この中で両方のライリーを知り尽くしているのはきっとタマンダーレだけ。

 それでも、そのタマンダーレが初めてその話を聞いたような顔をしているあたり、彼女にとっても全く存じ得ない事だったのだろう。

 

 

「ライリーは急に元気を出して、またお仕事を頑張りはじめた。私達は勿論喜んだけど…その……ライリーは……」

 

「変わっていたのね?」

 

「うん、セントルイス。…ライリーは…なんだか冷たくなってて…最初は少しずつ、"おかしいな"って思ってたんだけど………最後には、ボイシと口もきいてくれなくなった。」

 

「そんなっ」

 

「スプルースが後からやってきて、"きっとライリーは君達を見るたびにホノルルの事を思い出して心を痛めてるから、君たちには悲しいかもしれないが、彼は他の部署に移転する。"って言ったの。ブルックリンもフェニックスも、勿論ボイシも悲しかったけど、ライリーのためならって………ライリーとはそれきりあってない。」

 

 

 ボイシの話を聞くに、少し気にかかる部分がある。

 マーガレットが何者かは知らないが、彼女はライリーの下へやってきて、彼を"復活させて"、そのあとライリーは情報局に移籍した。

 彼女は突然に、それも当時の大統領の指令でやってきたのだ。

 

 大戦でユニオンを率いた当時の大統領は、終戦間も無く心臓発作で亡くなっている。

 死人に過去の話を聞いても答えは返ってこないし、私が中央情報局で色々調べものをするわけにはいかない。

 ただボイシの情報から私自身に言えることがあるとすれば、マーガレットは決してただの秘書ではなく、それも注意を要する相手であるといったことぐらいか。

 

 私がそんな事を考えていると、背後のドアが勢いよく開かれる。

 

 

「だ、大統領!失礼します!」

 

「どうしました、ベラスコ元帥?慌てるのは分かりますがノックくらいは…」

 

「プラタ国王がロイヤルとの停戦に合意しました!」

 

「いつ!?」

 

「たった今です!」

 

 

 何てこった、こうしちゃいられない。

 私はM48戦車の車列を動かすために執務室へと足を進める。

 作戦図と向き合う頃には、マーガレットのことは頭のどこかに仕舞い込んでいた。

 

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