KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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ヴァチカン・チャンネル

 

 

 

 

 共和制サディア

 ヴァチカン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 24時間前までユニオンにいた彼女は、今ではサディアにいる。

 彼女がフィヨルドで助けた後援者達の支援がなければ、ティルピッツはここまでしっかりしていられなかっただろう。

 パンユニオン航空欧州路線のファーストクラス席が、戦友会幹事として多忙な日々を送るティルピッツに極上の癒しを与えた。

 ヴェネトが生きていた頃はまだここまで多忙ではなかった分、あの頃が懐かしく思えてくる。

 今ではかの大戦を生き延びた仲間も随分と少なくなってしまった。

 まだ今より人数の多かった時は電話一本で多くの情報が集まったし、或いは彼女達を訪ねることが楽しみでもあったのだ。

 

 

 KANSENは歳を取らない。

 だか死なないわけじゃない。

 彼女達は若いまま、衰弱して死に至る。

 或いは事故で、或いは病気で。

 ティルピッツは長生きし過ぎて、正直もう葬式に参加するのにもウンザリとしている。

 "今度葬式に参加する時は、どうか私が埋葬される側でありますように"

 そんな願いを何度も浮かべてはみたものの、結局運命は今の今まで彼女を送る側に立たせてきた。

 

 

「…ふん………でもまぁ…もう、そろそろ頃合いじゃないかしら。」

 

 

 彼女はそんな独り言を呟きながらも金髪のウィッグを撫でてみる。

 ヴェネトがこの仮装を初めて見た時、あの笑い上戸は腹を抱えて笑っていた。

 

 

『ティルピッツ、あなた!"フィヨルドの亡霊"呼ばわりが気に食わないからって、ビスマルクになってどうするのです!?』

 

 

 "そこまで私は姉さんに似ているだろうか?"

 ヴェネトの様子にそう思わされたのは何年前のことだろう。

 ふと思い立った彼女は、街角で足を止め、ショーウィンドウに映る自身の姿を眺めてみた。

 そこにいたのは到底ビスマルクとは似ても似つかない女性だった。

 

 写っているのは、かの大戦で中央政権と戦いながらもロイヤルとの戦いを率いていた知的で冷徹なKANSENではなかった。

 ティルピッツから見るに、それは海軍を率いるにはあまりに意志と自己肯定感の弱い、物憂げな感じの女である。

 ビスマルクには堂々たる威厳の中に仲間への想いやりを抱えていたが、ティルピッツの方はどちらかと言うと、仲間への想いの方が先走っているように見えた。

 

 

「ふっ…私は姉さんとは違うわ…今更何を……」

 

 

 ヴェネトとの仕事の初期段階で、生き残っていたサディア艦の多くの経歴を偽装して脱出させることができた。

 アズールレーンは鉄血公国の最期にご執心であり、サディアなぞには目を向けていなかったことと、何よりサディア自身がファシスト政権崩壊に伴う内戦に陥っていたことが原因だった。

 

 やがて赤軍がベルリンに迫り、ついにはオーデルナイセを超えた辺りで、ティルピッツはルール違反と知りながら…つまりはせっかく立ち上げたばかりの戦友会が重大なリスクを負うと知りながらもビスマルクへの連絡を行った。

 姉はせっかくアークロイヤルの魔の手から生き延びた。

 その恩人たるU-556は既に亡くなっていたものの、ティルピッツは姉の"訃報"を二度と耳にしたくはなかったのだ。

 

 

 ところが、ビスマルクはティルピッツの内心を知ってか知らずかいつも通り…そう、赤軍の魔の手が直ぐ近くに迫り、総統地下壕で人間不信に陥った指導者のすぐ側にいて尚、()()()()()()ビスマルクとしてティルピッツを叱責したのだった。

 

 "あなたの勝手な行動でヴェネトの苦労が水の泡になる"

 "組織の高官としての自覚を持ちなさい"

 "いい?組織をまとめ上げる者であるなら、常に心しなさい。あなたの行動に人生を左右される人間が大勢いる事を"

 

 

 それは叱責であると同時に遺言でもあった。

 あれ以降、ティルピッツはビスマルクの声を聞くこともできず、会うことさえ叶わなかったのだ。

 とはいえ、キールの件はあまりに慎重になり過ぎたと言わざるを得ない。

 あと数日手が早ければ………

 

 

 

 

 オイゲンの言う通り、過去を嘆いても仕方ない。

 姉の言葉を思い出し、若干目頭に熱を覚えつつもティルピッツは目的地である教会へと向かう。

 失敗ならここに来るまでに目一杯やってきた。

 後悔に使う時間があるのなら、今は未来のために使おう。

 

 

 教会は古い作りのもので、しかしながら流石はヴァチカンというべきか厳かな雰囲気は見事と言う他ない。

 すれ違う修道士達と軽い会釈を交わしながらも、彼女は教会の中へと進み入り、懺悔室へと向かう。

 しかしそれは罪を告白するためでも、ましてやカトリックに改宗するためでもない。

 

 

 会合相手は懺悔室の前で待っていた。

 伝統的なシスターの衣装を着て、ティルピッツを認めるなり彼女に問いかける。

 

 

「…"罪の告白をお望みですか?"」

 

「"ええ。どうかお導きを"」

 

「"分かりました。今日はどちらからいらっしゃったのです?"」

 

「"グラーツから"」

 

「"遠いところをようこそおいでくださいました。それでは中へ"」

 

 

 

 懺悔室に入ると、ティルピッツはウィッグを脱いで汗を拭う。

 こうも暑いと蒸れてしまって仕方ない。

 凍えるフィヨルドでの記憶は、未だに彼女を支配していた。

 

 

「……それで?ユニオンから電話を受けた時は驚いたわ。まさか"会長様"が直々にいらっしゃるなんて。」

 

「あなたもまだまだ元気そうね、ザラ。」

 

 

 戦友会が最初に国外に逃亡させたKANSEN、それがザラだった。

 彼女達がロイヤルのウォースパイトと砲火を交えた時点で、ヴェネトは祖国の敗戦を予感していた。

 重傷を負ったものの夜戦の闇に紛れて辛くも脱出したザラは"パトリシア"という偽名を与えられ、怪我が完治しアズールレーンがシチリアに上陸した後に、当時エウロパ大陸で唯一の中立ファシスト国家へと脱出させられたのだった。

 

 やがて冷戦が始まると、西と東の二つに分かれたアズールレーンは急速に戦犯狩りへの意欲を失い、ことサディアの沈没艦の真偽などどうでも良くなったらしい。

 "パトリシア"は何らの妨害もなくサディアに帰国し、その後は念の為にこの教会に匿われた。

 彼女は自身は生き延びたあの戦いで犠牲になった妹への祈りを捧げるうちにこの教会が気に入ったらしく、以降もこうやってここにいる。

 

 

 

「ええ、お陰様で。」

 

「対応が早くて助かったわ。」

 

「当然じゃない。ヴェネトの身の潔白を証明しなきゃいけないんだから。」

 

「いや、ヴェネトを疑ったわけでは…」

 

「本当に?…まぁ、でも、疑われてもおかしくはないわ。ハンス・ルートヴィヒの脱出に手を貸したのはサディア教会、その教会とヴェネトの関係を考えれば…情報がヴェネトから抜けていたと考えてもおかしくはない。」

 

「…ヴェネトは潔白だったのね?」

 

「ええ。タシュケントからの情報を洗い直してみたの。」

 

 

 タシュケントはセバストポリでの活躍以降、北方連合としての"同志"として認められた。

 しかし、そんな彼女でも元同胞達がアズールレーンの理不尽な追及の憂き目に遭うのを見ていられなかったらしい。

 大戦後海軍を退役した後も、かの英雄勲章をぶら下げるタシュケントはどこにでも立ち入ることができた。

 戦友会は大戦後にタシュケントから鉄のカーテンの向こう側の情報を得られたお陰で、救うKANSENの数を大幅に増やすことに成功している。

 もっとも、タシュケントの立場を危うくさせないと言う意味でも、アズールレーン側への情報共有は行われなかったが。

 

 

「北方連合の情報資料がヴェネトの裏切りを否定しているわ。例の悪名高い"猟兵グループ"にルートヴィヒの情報を売ったのは別の勢力よ?」

 

「それって…」

 

プラタ国王。…少なくとも、大戦後に教会と取引した国王じゃなく、ロイヤルとの戦争を引き起こした方の国王ね。」

 

「何故彼はそんなことを?」

 

「…プラタの王政が代替わりしたのは大戦終結から10年後の話。若い新国王はユニオンの干渉がどうしても我慢ならなかった。だからある計画を立てたの。あのロイヤルとの無謀な戦争も、全てはその計画のために準備されていたわ。」

 

「………」

 

「一つは国内のナショナリズムを育成すること。これは単純ね。この国王がインビエルノに対する"口撃"を加えてたのもこれが原因。…そしてもう一つの計画はある兵器を製造することだった。」

 

「ある…兵器?」

 

「新国王が即位した頃、中東某国はようやく独立を安定させたけれど、その周囲には複数の敵対国がいた。彼らは焦るあまり、アイリスに大金を払ってある物を建設させた。…このニュースはあなたも知っているでしょう?」

 

「まさか…まさか、原子炉か?」

 

「ご名答。新国王は某国にルートヴィヒを売った。いえ、ルートヴィヒだけじゃない。彼は前任の国王がプラタに受け入れた旧鉄血軍人達を1人残らず"猟兵グループ"に売っていたのよ。…原子炉の技術を見返りにね。」

 

「全ては…ユニオンに対抗するために…」

 

「そう。通常戦力での戦いではKANSENを多数保有するユニオンに敵わないことぐらい、あの国王も把握していたのね。ところが研究がかなり進んだ段階で、国王はナショナリズムを抑えられなくなってしまった。…北方連合は支援していた共産ゲリラからこの情報を得ていたわ。」

 

「北方連合がどうするつもりだったにしろ、その後の共産革命のせいで兵器化を前提とした原子炉が宙ぶらりんになったわけね?」

 

「その通りよ。あの時ユニオンの大統領がインビエルノに大量の戦車を送ったのは地域覇権なんかのためじゃないのではないかしら?」

 

 

 ここまで話を聞いたティルピッツの頭の中で、何かが繋がりつつあった。

 オイゲンによれば、かのライリーという情報局員がインビエルノ大統領を操っていた。

 そうすると、その男がプラタ国王の野望を知っていないとは思えない。

 どうやって情報を掴んだかは調べる必要があるだろうが………もしや?

 

 

「ありがとう、ザラ!全てが繋がったかもしれない!」

 

「急にどうしたの?…ま、まあ、お役に立てたのなら光栄だけど…」

 

「また今度連絡をくれ。食事でもしよう。」

 

 

 ティルピッツはそう言い残して教会を後にする。

 彼女は再びユニオンに向かうつもりだった。


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