ユニオン
バージニア州
「はぁ…最小限にしてって、言ったはずよね?」
オイゲンは何か面白くないことが現在進行形で起きていると言わんばかりの態度を取る。
理由は簡単、面白くないことが現在進行形で起きているからだ。
一昨日釘を刺したばかりなのに、この戦友会会長様と来たら三日後にはそれを破ってやがる。
夕暮れ時を狙いすまし、オイゲンの下にヨアヒムが帰った頃合いを見計らったのだから尚更タチが悪かった。
「ごめんなさい、オイゲン。けれど、どうしてもヨアヒム君の協力が必要なの。」
「あ、あの、はじめまして。ヨアヒムと申します。母がお世話になっているようで…」
「私がお世話してるのよ、私がっ!」
「でも、この人のおかげで僕らはここにいるんだろう?」
「ッ!…ああもう!アンタがそれで良いなら好きになさい!…知らないんだから!」
母親の内心を汲み取れぬほど、この若者は愚鈍ではなかった。
しかしそれでも自身の"夢"に手を貸し…或いはそれどころか両親の命を助けた相手に恩返しをしたいと思うほどには道徳を弁えているようだ。
彼の態度にはティルピッツも感激せざるを得ない。
オイゲンも口ではああ言っているものの、ティルピッツへの恩義から、致し方なしと感じているに違いなかった。
もしそうでないなら、そもそも家から追い出されていただろう。
たしかにこの2人は戦友会の助けがあってこその今があるのだが、それを差し引いたとしても、この2人…特に無関係に留め置くつもりだったヨアヒムには大きな負荷とリスクを負わせてしまっている。
しかしそれを請け負ってくれた彼に感謝の念を感じながら、ティルピッツは口を開いた。
「………ヨアヒム君、ご協力どうもありがとう。あなたには感謝してもしきれないわ。…実を言うとね、私達は何年も前からある人物を追っている。オイゲンがあなたにライリーの事を調べさせたのは、2つの理由があるのだけれど…これがその内の一つよ。」
「もう一つは?」
「調べろって言っておいてアレだけれど、ティルピッツの要件に比べれば大した事ないわ。今は彼女に集中して、ヨアヒム。」
「わかったよ、母さん……それで、その人物っていうのは…もしかしてマーガレットのことかい?」
「……
ティルピッツの返答に、ヨアヒムは少し不思議な顔をする。
その反応はティルピッツにとっても自然なものだと認めざるを得ないが、彼女はこの答えの理由をゆっくりと語り始めた。
「まだ確信が持てないの、ヨアヒム。とにかく、今はソイツの過去を洗う必要がある。行動パターンが読めれば」
「次にどこへ向かうかもわかる。」
「ええ、さすがは情報局員ね。まだ仮説にしか過ぎないけれど、私はソイツとマーガレットが同一人物だと仮説を立ててる。あなたの集めてくれた情報の結論次第では…少なくともその行動目的の一致は立証されるかもしれない」
「なるほど」
「サディアの協力者に過去の情報を洗い直してもらった。…こんな話を聞くのは辛いかもしれないけれど、あなたのお父さんを"猟兵グループ"に売ったのはライリーではなくプラタの国王だった。」
「…なんだって?」
「国王は大戦の復讐に燃える中東某国から、あなたのお父さんやその仲間たちを売る見返りに原子炉の開発協力を得ていたの。」
「待ってくれ、プラタが某国から核開発技術の提供を受けていたなら…時系列的に、ロイヤルとの戦争までに一定の成果を上げていてもおかしくない。」
「ええ、そうね。でも国王にとってあの戦争は始まるのが早過ぎた。北方連合は核開発情報を得つつも、とりあえずは南方大陸に足掛かりを作ろうと躍起になってそれどころじゃなかったの。つまりは…」
「ロイヤルとの戦争の後、プラタの核は宙吊りになってしまった。」
「その通り。私はライリーがその情報を握っていたと思ってる。だから…」
「…なるほど、そういうことか!」
ヨアヒムは何かに打たれたかのように突如として立ち上がって、中央情報局の資料室で調べ上げた情報のメモ書きを手に戻ってくる。
彼はその中の1ページをティルピッツに示して、少々興奮気味に話し始めた。
「見てくれ!…マーガレットはあの戦争の終結直後にプラタに飛んでる。だが、ライリーはそこに同伴していなかった。ただの事務員には、混乱を極める国家の只中は荷が重すぎる。」
「たしかに不自然ね。」
「それに、記録によればマーガレットはライリーに自らの派遣を志願したそうだ。……僕の思うに、プラタの核開発情報を握ってたのはライリーじゃない。」
「………
「アンタ達、馬鹿じゃないの?」
突然として、真剣な様子のティルピッツとヨアヒムに冷やかしの声が浴びせられた。
見ればオイゲンがいつのまにかビールを片手に顔を赤く染めている。
どうやらティルピッツと息子が話し込んでいる間に抜け駆けで"乾杯"してしまったらしい。
「オイゲン!あなたには悪かったと思っているけれど、今は…」
「まだ気づかないの、ティルピッツ?…よく考えてみなさいよ。」
恐らくオイゲンが既に飲み干したビール瓶の数は一本や二本ではないだろう。
彼女は着ているTシャツを大きくはだけさせて、その豊かな白い胸に大きな存在感を示す小さなホクロが見えるほどだった。
ヨアヒムは思わずそんな母親から目を逸らしたし、ティルピッツは困惑したが、当のオイゲン自身は殊更に真剣な様子である。
「これでようやく分かったわ、ティルピッツ。マーガレットは戦友会が追ってる奴と同一人物よ、間違いないわ。」
「どうしてそう思う?」
「…この前話したばかりじゃない!世の中にはね、お酒を飲むと頭が冴える人もいるの。」
現役時代よろしくサングラスを掛けて決めポーズを取るオイゲン。
ティルピッツは頭を抱えてため息をついたが、オイゲンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「…冗談よ。…恐らくマーガレットはライリーを唆して、ハンスにあの取引を持ちかけた。ライリーはあの件で大きな評価を得たわ。」
「母さん達を全員確保したから?」
「はぁ。分かってないわね、ヨアヒム。違う違う、私達はオマケみたいなモンよ。…ライリー、いやマーガレットが本当に欲しかったのは私達じゃない。………それはきっと、鉄血が開発したばかりの新兵器の方だった。」
「「!?」」
「…その通り。滅びゆく鉄血の核兵器のプロトタイプ、戦争と革命で宙に浮いてしまったプラタの原子炉。マーガレットが絡んでいるのは、いずれも核技術…それも、
「マーガレットはライリーを操って、それを回収していた?…一体何のために?」
「はぁ…まだ分からないの、ティルピッツ!だから言ったでしょう?マーガレットが"アイツ"で間違いないって!」
ティルピッツはハッとして、思わず立ち上がる。
ヨアヒムは何が何やらだったが、それは彼の年齢では致し方のないことだった。
寧ろそれは、あの時代、大海原を舞台に戦った戦士達でなければ、きっと知ることのない事実であるゆえに。
「もしマーガレットが"アイツ"なら、人類の進化は求めていても滅亡自体は望んでいなかったはず…或いは今も望んでいない。」
「不安定な核はガスの満ちた火薬庫同然。だからそれが人類自身を滅ぼす前に取り除く必要があった…なるほど、辻褄は合う。」
「要するに、まんまと利用されたのよ。ハンスもライリーもセルバンデスも…そして、
…………………………………
中東のどこか
女は腰の衛星電話に着信が入っている事を確認すると、それを手に取って耳に近づける。
会話の相手は迂闊にも確認を取らずにいきなり内容を話し始めたが、彼女には相手が単純なミスをするはずもないと分かっていた。
そう"育て上げたのだから"。
『君を嗅ぎ回ってる連中がいる。』
「ええ、そうでしょうね。報告ご苦労様。…それだけのためにわざわざ電話をくれたの?」
『……なあ、一体…いつになったら解放してくれるんだ?……もう十分だろう?』
「あら?おかしな事を言うのね。あなたはとっくの昔に解放したはずよ?」
『なら………何故まだ私は彼女の下に行けないんだ!?』
「それも伝えたはず。あなたには2つもの方法を与えたのよ?…その気になればいつでもできるでしょうに、そうはしないのは未だに罪悪感なんて感じているから………はははッ、もう手遅れなのにね。」
『…………』
「それに、あなただって楽しんでたじゃない。それは否定できないはずよ?」