何はともあれ、相手の目的が分かったのは大きな前進と言える。
再び中央情報局の資料保管庫に戻ったヨアヒムは、24時間ぶりに資料の束や数々のファイルと向かい合っていた。
マーガレットが何者であるにせよ、彼女は単身でプラタに向かい、そして不安定な状態にあった原子炉を歴史の闇の中に消してしまった。
到底1人では…それもただの事務員でこなせる所業ではない。
だからこの事務員がどうやって原子炉などという厄介な物体を消し去ったのか、それを調べる必要がある。
もしマーガレットがティルピッツの追う人物と同じ人物で、今も活動しているとすれば、その目的と手段は変わっていない公算が高い。
ライリーは革命勃発直後のプラタにアドリアン・セルバンデスの侵攻軍を向かわせた。
恐らくはこれもマーガレットの援護だろう。
マーガレットもライリーも、原子炉を共産主義者の手中に収めさせるようなマネだけは避けたかったに違いない。
だからこそ、タイミングにこだわったのだ。
アドリアンはマキャベリの格言に従って、早めの侵攻を行いたがっていた。
"どうせ避けられぬ戦争ならば先手を打つべし"
ライリーは「ユニオンのメンツ」なるものを持ってアドリアンの案を退けたが、それは恐らく攻撃が早すぎれば国王は原子炉を破壊するか隠匿し、遅過ぎれば共産主義者の手に渡る事を警戒してのことだろう。
他方コミンテルンは勿論のこと、手駒のゲリラ達に自身と同等の強大なチカラを与えようとはしなかったはずだ。
だからゲリラ達の注意をあくまで革命に向けさせ続ける事に注力したのだろう。
実際、ゲリラは効率的に首都を制圧して原子炉に対する国王の判断を行わせる時間さえ与えなかった。
軍の内、あくまで国王に忠誠を誓った部隊はその後も共産勢力と戦い続けたものの次第に劣勢となっていく。
そんな折に介入してきた侵攻軍は彼らにとっては今や歓迎されるべき存在だった。
ゲリラの方はといえば、彼らの戦力はインビエルノからやってきた"熟達している"戦闘員達に頼る事の大きかったのも事実だろう。
ただし、プラタ共産ゲリラのリーダーは次第に彼らを鬱陶しく思うようになっていったようだ。
当然だろう。
首都さえ落として国王を排除できれば、その時点で彼らは用済みなのだから。
さてはて。
兎にも角にもこの膨大な資料に手をつけなければ始まるまい。
彼はコーヒーを一口飲んでから、仕事に手をつけた。
…………………………………
プラタとロイヤルの講話の2日後
インビエルノ国境地帯
プラタ国境警備隊の兵士たちは物々しい戦車隊がこちらに向かってくる間に何度も中央との連絡を試みたものの、どうやら完全に通信を遮断されているらしく遂に連絡を取ることは叶わなかった。
何人かの士気旺盛な兵士たちは古い鉄血製の対戦車砲や野砲での抵抗を試みたが、彼らが105ミリ榴弾で吹き飛ばされた後はそれに続こうとする人員もいない。
よって残された彼らは今両手を頭の後ろで組んで、インビエルノのM36駆逐戦車の前に並んでいた。
M48戦車と、その補助を行うM47戦車は既に国境を食い破って国内に雪崩れ込んでいる。
後衛の戦車は幾分旧式ではあったものの、軽装の兵士たちの士気を頓挫させるには十分だった。
「落ち着きたまえ、緊張しなくていい。君らは首都の情報をどのくらい知っとるかね?」
インビエルノの情報将校は…恐らく自軍の損害が皆無であったことも手伝って…上機嫌に見える。
捕虜となったプラタ国境警備隊員達も国王に忠実な奴らは吹っ飛ばされていた以上、むざむざそれに歯向かうような態度を取ることもない。
彼らは腕を組んだままではあるものの、実に率直に将校の質問に答えた。
「わかりません、実のところ俺たちも何が何やらなんです。」
「知ってる限りでいい。君らはどこまで知ってる?」
「ロイヤルとの戦争に負けたこと、それから、その直後に国中で蜂起があったとか何とかって…」
「戦車隊がいないのはそのせいか?」
「ええ、そうです。…たぶん、俺たちだけじゃないと思いますが、他の警備隊も同じようなもんでしょう。」
「なるほどな。」
「あのぅ…こんな事聞くのもアレなんですが、俺たちどうなるんでしょう?」
「…どういう意味かね?」
「その…もしかして…このまま殺されたりとか…強制収容所に送られたりとか…」
「はははっ、まさか。大統領夫人から命令が下されておる。曰く、"不必要な捕虜の殺害、抑留は避けること"」
「ああ、そりゃあ良かった。」
「まったく、我ながらお互いに戦争とは思えんほど呑気なもんだ。…こっちとしちゃ君らを連行したり処刑して穴に埋めたり…手間が減るだけありがたいが。ただし、君達を野放しにできるわけじゃない。変な事を考えない限りは勾留されるだけさ。」
「なるほど。ところで、ちょっとお願いがあるんですが…」
「はははっ!早速か!…どうしたかね?」
「身体チェックが終わったんです、もう手を下ろしてもいいですか?…痺れてきちまって」
「あっはははははは!構わん、構わん!…この戦争もそう長くは続かんだろう。勾留先でゆっくりとしていたまえ。」
…………
インビエルノ
大統領宮殿
「機甲部隊は殆ど損害もなくプラタへ侵入いたしました。」
「………"殆ど"?」
「ええ。強いて言えば…何両か戦車の塗装が剥がれたとか。」
「ははははっ!了解した、それは確かに"損害"だな!…どうやら攻勢は順調のようですね、ベラスコ元帥。本当によくやってくれています。」
「大統領に可能な限り早い侵攻をご決断いただけたからです。」
「やるべき事をしたまでですよ。共産主義者共は既に首都に侵入した。連中が混乱を収拾する前に叩いてしまうのがベストなはずです。ライリーさんが何故あそこまで拘ったのかは分かりませんが…とにかくGoサインは出ましたから。」
「大統領のご婦人にも感謝を。今は一々捕虜の処刑をしている場合ではありませんから……」
私は笑顔のまま凍りついてしまい、その様子を見て取った元帥も同じように凍りついた。
捕虜だって?
そんなものに関する命令なんて、私は発したわけじゃないしタマンダーレから相談を受けたわけでもない。
無論、迅速な進撃が求められる現在、捕虜なんていない方がいい。
元帥は手間が省けると思っているようだがとんだ大間違いだ。
その手間は後になってから数倍にも傘増しされてやってくる。
なら、今すぐにズドンとやって解決してしまった方がいい。
その場の空気が凍りついたからか、タマンダーレが背後から私の手を握り、笑顔を向ける。
「ごめんなさい、アドリアン。でも、共産主義者達はきっと国王を処刑するわ。少なくとも、進んで投降したプラタの兵士達が私達に反感を持つとは思えない。」
「………だが」
「不安は分かるけれど…でも最初から極端な方法を取るのは良くないわ?」
タマンダーレはそっと私の耳に顔を近づける。
彼女の甘い香りが鼻を突いて、"私"をこの場に引き留めてくれた。
それがなければ、きっと私はすぐに"ダメ"になる。
彼女の香りはいつも私を落ち着かせるし、タマンダーレはきっと私の"扱い方"も熟知していた。
「……それに…それじゃあライリーと同じよ?ボイシも辛い思いをしてしまう。」
ボイシと国家、統治者としてならどちらを取るべきかは明らかだ。
ところが私は通常の統治者とは違う。
独裁者という、あまりにも"変則的な"統治者であり、それゆえに私は統治者としてのあるべき姿をいつでもかなぐり捨てる事ができる。
ただし、少々タマンダーレのやり方がズルくも思ってはいるが。
「……分かった。……元帥、捕虜が特に反抗しない限りは容易に殺害しないよう、私からも命じます。ただし抵抗するようなら容赦はしないように。」
「おおっ、これはありがたい。どうやらプラタの連絡網は寸断されているようですから、捕虜からの情報は極めて重要です。…この旨はしっかりと将兵に伝えます。」
「そうしてください。」
ライリーが何を求めているにせよ、タマンダーレを彼の呪縛から解き放つには今しばらく従うつもりだった。
残念だが、そうなった以上は徹底的にやらねばならない。
混乱を極めるプラタを平らげたら、私は彼の国をこの国と同じやり方で統治するつもりなのだ。
まぁ、どうせ赤の他人。
タマンダーレの自由の為なら、何万人だって殺してやろう。