KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

49 / 87
原産国表記

 

 

 

 

 

 

 タマンダーレの柔肌がうねりを伴って動き、私の目を覚まさせる。

 次いで彼女の吐息が頭上から降ってきて、鼻腔を彼女の香りが包んだ。

 そっと、優しく。

 温かな双丘が…私の頭を包み込む大きな彼女の"優しさ"は、しばらくの間まだ起き上がる気になれない私のために幾ばくかの時を与える。

 最後に軽い接吻を額に感じると、私はこの朝の幸福感を諦めた。

 

 

「………おはよう、タマンダーレ。」

 

「ええ。おはよう、アドリアン。…よく休めた?」

 

「うん、君のおかげで。」

 

 

 タマンダーレは下着姿で、私は彼女と共にベッドの中にいる。

 彼女の温かさを直に感じることができるなんて、私は本当に幸せ者だ。

 許されるのなら永遠にこうしていたいが、時間は私に制約を強いていた。

 

 

「…さて、今日も1日を始めましょう、アドリアン。朝は何がいい?」

 

「ビスケットかな。…君の作るビスケットは格別だ。」

 

「うっふふふ!分かったわ、それじゃ…起き上がりましょう。」

 

 

 

 

 タマンダーレと私は軽く着替えてから食事室に向かう。

 すでにエプロン姿のオイゲンとボイシがいて、更にはキッチリと制服を着込んだルートヴィヒもいる。

 まだこの時間はウゴもベラスコも出仕していないので、大抵の場合報告を持ってくるのは彼の仕事だった。

 

 

「おはようございます、大統領!」

 

「………」

 

 

 ルートヴィヒは未だに現役時代の癖が抜けないらしい。

 私を見るなりバチっと音を立てて気をつけ、そのまま右腕を真っ直ぐ掲げてそう言った。

 ボイシとタマンダーレは苦笑い、オイゲンが呆れたようにため息をつく。

 

 

「はぁ…ハ〜ン〜ス〜?」

 

「あっ!こ、これは申し訳ありません、大統領。」

 

「…お気になさらず…ただ……色々と大変でしょうが、どうか新しい環境に慣れてください。」

 

「はい、気をつけます。」

 

 

 オイゲンがハンスに2、3小言を言った後、彼女とボイシとタマンダーレは朝食の準備をしにキッチンへと向かっていった。

 後に残された我々は早速、朝の日課に移る。

 

 

「それで…今朝の報告は?」

 

「大統領、ベラスコ元帥の陸軍の侵攻は順調に推移しております。問題のプラタ軍部ですが、残念ながら内部分裂を起こしてしまったようです。」

 

「やはり、そうでしたか。共産ゲリラが易々と首都入りするはずです。」

 

「ゲリラは既に国王を処刑した公算が大きいでしょう。情報によると陸軍の王党派部隊が戦車と共に首都に向かったそうです。」

 

「なら、連中の"虎の子"がいない間に周囲から潰していくのが良さそうですね。…まあ、昼のオレンジチキンを食べ終わる頃には詳細が分かっているでしょう。」

 

「………オレンジ…チキン?」

 

「…ご存じありませんか?」

 

「はい」

 

「ユニオン風東煌料理は?」

 

「知りません」

 

「………何てこった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アドリアン・セルバンデスがルートヴィヒの報告を受けている間に、タマンダーレ…セントルイスとオイゲンとボイシはキッチンへと向かう。

 セントルイスは冷蔵庫から予め作っておいたビスケットの生地を取り出してオーブンへと入れる。

 オイゲンはコンロに火を入れて、ボイシはそのすぐ隣でレタスを切り始めた。

 

 

「さあて。今日は何を作るの?スクランブルエッグ?」

 

「ううん…スクランブルエッグは昨日作ったから…今日はスコッチエッグにしよう?」

 

「卵好きのハンスには有難いけど、連続した卵料理にあの大統領は納得するわけ?」

 

「アドリアンは"ボイシの料理なら何でも美味しい"って食べてくれるから………大丈夫だと思うよ?」

 

「ふぅん………」

 

 

 完全に納得できたわけではないが、オイゲン自身がスコッチエッグを作れるわけではないのでどちらにせよ同意せざるを得ないだろう。

 何せオイゲンは20年も中央情報局に拘束されていた。

 無論料理など許されず、元々キール時代もそんなに料理はしていなかったこともあって、彼女の料理のレパートリーは極々限られた物だ。

 ハンスが大統領夫妻と共に食事を許されてからというもの、オイゲンはセントルイスの料理のレパートリーの多さに驚かされている。

 故に最近、オイゲンはボイシやセントルイスから料理を教わっていた。

 アドリアンは妻やボイシの料理に文句をつけることがないことも手伝ってか、どうやらボイシ達は卵好きのハンスが喜ぶような料理をオイゲンに教えるように留意しているようだ。

 オイゲンにはそれが、嬉しくも少々気恥ずかしい。

 

 ボイシが簡単なサラダを作っている間に、オイゲンは恐らくスコッチエッグの材料になるであろう食材の数々を冷蔵庫から取り出しておくことにした。

 

 

「………ワーオ、何度見ても驚かされるわ…ここの冷蔵庫には。」

 

 

 巨大な冷蔵庫の中は殆ど満杯の状態であった。

 セントルイスが作り置きしているビスケットの生地に、ボイシお手製のジャム、菓子類もあるが、その他食品の内訳にも驚かされる。

 ターキーや牛肉からバターやチーズ、それに調味料に至るまで、居並ぶ一流品の全てはユニオンからの空輸で賄われていた。

 どうしても時間の制約を克服できない食品…例えば、野菜や果物、卵や牛乳といった者は大統領専用の農場から調達されている。

 アドリアン・セルバンデスはユニオンで毒殺未遂の憂き目にあってから更に神経質になっていき、これらの生鮮食品を調達するために巨額の国費を投じたのだ。

 

 農場はまず、その土から取り替えられている。

 現地の土壌は全て除去されて、代わりにユニオンから運ばれて来た土が深さ3メートルに渡って敷き詰められていた。

 その上に立つ鶏舎や牛舎、更には囲いから周囲に植えられた木々に至るまで、全てユニオンから運ばれている。

 鶏卵を産むブロイラーも牛乳を出すホルスタインも、はるばる海を渡ってやってきた。

 野菜や果実も言わずもがな。

 それを飼育し、或いは育てて収穫しているのはフロリダやテキサスから雇われて来たユニオン出身のスタッフ達で、秘密警察の入念な身分調査の下、農業従事者にしてはあまりに高額な報酬で業務に従事している。

 農場には彼らの為の宿舎は勿論、緊急時脱出用のM113装甲車、それにアサルトライフルを持った秘密警察官達が常に警備を行なっていた。

 そうして念入りに調達された食材も、この冷蔵庫にやってくるまでに強制収容所の囚人による何回かの無作為な"試食"を済ませてからやってくるのだ。

 

 オイゲンが現役の頃の鉄血の独裁者だって、ここまでイカれた真似はしていない。

 それに大統領閣下はこの莫大な出費を国民への重税で補っている。

 その上戦争までやろうというのだから…庶民層の生活は考えたくもない。

 

 

 とにかく、オイゲンは冷蔵庫から卵と挽肉、それに幾つかの調味料を取り出す。

 そうしてボイシの近くに持ってきて初めて、サラダを作り終えた彼女がぼうっとしてることに気がついた。

 

 

「ボイシ?アンタどうしたの?」

 

「!?………な、なんでも…ない…」

 

 

 しかし悲しげなボイシの表情を見るに、なんでもないわけがないことは明らかだ。

 オイゲンもつい、いつもの"悪い癖"が出てしまう。

 

 

「…言ってみなさいよ。それとも"ナチの亡霊"相手じゃ喋る気になれない?」

 

「そ!そんなわけじゃ!…あなたはもう仲間なんだし……そうじゃなくて………」

 

「………?」

 

「…あの子は……アドリアンは…きっと自分に嘘を吐いてる。本当はこんなやり方で食べ物を調達したいんじゃない………自分で育てたいんじゃないかな?」

 

「え?」

 

「牧場に来た時、あの子は本当に楽しそうだった…とても素敵な笑顔で………それに安心してた。…………でも…今はきっと、不安を感じてる。」

 

「…はぁ、無理もないわ。大統領はユニオンで毒殺未遂に遭った。誰だって疑心暗鬼になると思わない?」

 

「ううん、きっとそれだけじゃない。」

 

 

 ボイシがここまで言った時、セントルイスが両手に焼きたてのビスケットを持って戻ってきた。

 

 

「うん、ビスケットはこれでOK。…ボイシ?どうしたの?」

 

「……な!なんでもないよ!」

 

「………」

 

 

 慌てて体裁を取り繕うボイシを見て、セントルイスは少しだけ訝しむような顔をしたが、すぐにビスケットの乗ったプレートを置いてボイシにハグをする。

 

 

「ありがとう、ボイシ。あなたもあの子を心配してくれているのね?」

 

「………うん……ねえ、セントルイス?…あの子を…"自由に"してあげられないかな?」

 

 

 いくらなんでもこの発言は不味すぎる、そう直感したオイゲンは本能的に流し台の蛇口を捻ってしまう。

 流れ出る水の音にセントルイスが不思議そうな顔を向けると、オイゲンは"どうかしてる"とでも言いたげな態度を取った。

 

 

「秘密警察が盗聴してたらアンタ終わってるわよ!?」

 

「え?……あの人たちは味方じゃないの?」

 

「アドリアンにとってはそうかもしれないけど、"私達"にとってもそうとは限らない。用心することね。」

 

「…ボイシ、オイゲンの言う通り、軽率な発言をするわけにはいかないわ。…()()()は、私達だけの秘密にしないと。」

 

「うん、分かった、セントルイス…」

 

「ちょ、秘密?一体何の話?」

 

 

 困惑するオイゲンに、セントルイスが向き合った。

 どうやらボイシとセントルイスは前々から何かとんでもない計画を話し合っていたらしい。

 そこへ何の脈絡もなく巻き込まれそうなら、オイゲンの反応は当然と言えるだろう。

 

 

「あなたには初めて話すけれど、実を言うと私とボイシはある計画を話し合っているの。」

 

「け、計画?…やめて、もうハンスを危険に晒したくはない。」

 

「今のままではいずれあなた達にもライリーの手が回るわ。」

 

「なっ…アンタ、言ってたことが違うじゃない!」

 

「ごめんなさい、騙すつもりはなかったのだけど…でも、あなたならきっと分かっているはずよ。アドリアンに毒を盛ったのが誰で、その目的は何なのか。」

 

「………くっ!」

 

 

 セントルイスはきっと嘘を吐いているわけじゃないし、オイゲンは前々から薄々感じていたことを改めて突きつけられた事を苦々しく思う。

 たしかに、ライリーがアドリアンの"異常"に気づいて事に及んだのだとしたら…ハンスもオイゲンも、将来的に無事でいられる保証はない。

 

 

「こうなった以上、私たちも覚悟を決めないといけない。………私はアドリアンを"自由に"するわ。どうかあなたにも協力してほしいの、オイゲン。」

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。