「ええ勿論、ユニオンと我々はあなた方の利益を保証できますよ。共産主義者のシンパを押さえつける事なら、私の右に出るものはいないでしょう。」
「それは分かるんだが、提督の話では農作物の売却価格を引き上げれるかもしれないという事だった。ユニオン以外の選択肢も、あながち悪くないかもしれない。」
「ははは、お言葉ですがトルタハーダさん。あなた方の生産なされる膨大な数のバナナを消費できる国がいくつあります?ユニオンの市場には"安定"という他にはない魅力があります。ここ10年間で農作物が値崩れを起こしたことがありましたか?」
「加えて、ユニオンとの独占的取引はユニオン企業の利権をこの国に留めておくという事にもなります。もし外的な共産勢力が浸透したとして最悪の事態が生じても、ユニオンは企業の権益保護のために軍を動員するでしょう。…そちらにとっては大きな利益と言えるはずです。」
「………」
私の言葉にタマンダーレが補足を加えてくれたおかげで、眼前のデップリと肥えた農場主は考えを改めたようだ。
特に、インビエルノにおけるユニオンの象徴とも言えるタマンダーレが、軍事介入の可能性を示唆したのは大きい。
彼女がユニオンのKAN-SENである事は、特に富裕層に対しては公然の秘密であり、そのKAN-SENがユニオンの軍事動員を示唆するという事は、それを頼りにしていいという事なのだから。
世界一の超大国の後ろ盾は、どんな歴戦の提督の言葉でも容易に打ちまかしてしまう事だろう。
私はこのあまりに短絡的な思考に走りかけた農場主が二度と心変わりをしないよう、念を押す。
「トルタハーダさん、目先の利益だけ見ても仕方ありません。聡明なあなたなら、提督が出まかせを言っているに過ぎない事をご理解いただけるはずだ。長期的に見れば、ユニオンこそ我が国のパートナーに相応しいのです。」
「………なるほど。しかし、一つ伺ってもいいかね?」
「なんでしょう?」
「君は提督と上手くいってはいないのかな?…提督がこんな話をしたのは私だけじゃない。我々13家族は互いに密に連携を取っているが、少なくとも提督はその内のいくつかに既にこういった話をしているそうだ。」
「………」
「もし君と提督の間にこれほどの認識の誤差があるのなら、その関係は良いとは言えないようだが…」
「父もよく提督とは衝突していました。お互い国の事を想う者同士、すれ違う事もあったのでしょう。今回も同じような事だろうとは思います。…まぁ、季節の挨拶のようなものですよ。」
「がははっ!なら良いんだがね。人間老いてくると自分の考えを美化したがるが、提督もその口かもしれん。危うく騙されるところだったがね。」
「ははは、提督も本気でおっしゃっているわけではないでしょう。…それでは我々はこの辺で失礼します。」
「投票の件は任せておいてくれ。我々はあなたを支持する。」
農場主との会談を済ませて、私は大統領専用車両の後部座席に乗り込んだ。
すぐ隣にタマンダーレが座ると、私は彼女の優美な香りに安堵感を感じる。
幼い頃から隣にいてくれたこの国最強の戦力は、私にとってはファーストレディというよりは母親代わりと言える存在だ。
KAN-SENは歳を取らないらしい。
彼女は南方大陸特有の強い日差しのせいで毛髪の色素に若干の影響を受けこそはしたものの、その白い柔肌は初めて出会った時と同じ張りを保っている。
幼い私にとっては大きな存在だった彼女は、やがて私と同じくらいの年頃になり、その背丈を越える事はついにできなかったものの、今では見た目で言えば私の方が老けて見えるはずだ。
それでも、彼女の中身は外観以上に成熟していると言えるだろう。
初めて会った日の彼女は、"大人びた女性"だった。
余裕ある物腰に魅惑的な言動、物静かな雰囲気の中にユーモアと明るい笑顔を持ち合わせていた。
それが今ではより成熟し、"大人びた"ではなく、"大人の"…それも頼れるオトナの女性のそれへと変化している。
選挙に多大な影響力を持つ有力者と会談する時に、彼女のような女性が隣にいてくれると
本当に安心できるものがあるのだ。
彼女がいなければ、私はあの農場主に冗談の一つさえ言えなかった事だろう。
そんな事を考えながらタマンダーレを方を見ていると、彼女は少し頬を緩ませてこちらに微笑みかけてくる。
「どうしたの、アドリアン?私の私服がそんなに珍しい?」
「…ああ、いや…ありがとうございます、タマンダーレさん。あなたが居てくださるだけで、私にとっては本当に大きな助けなんです。」
「あら。いつのまにそんなお世辞を身につけるようになったのかしら?…ついこの前まで一緒にお風呂に入っていたと思ったのだけれど。」
私が目のやり場に困るようなナイスバディの女性と入浴していたのもかなり昔の話だ。
彼女のおかげで1人で入浴するようになるのも早かった覚えがある。
いくら幼いとはいえ、あのダイナマイトボディは刺激が強すぎたのだ。
何か気恥ずかしくなって目線を逸らすと、前方のバックミラーが目に入る。
運転手と助手席の護衛はウゴの秘密警察が派遣した精鋭だが、2人とも下唇を噛み締めている様子が見てとれた。
まあ、そりゃあこんなモデル級美女とご入浴なんて、人生で一度でもあればそれこそ"ラッキー・ルー"かもしれない。
「…お世辞などではありません。あなたがそばにいるだけで、ユニオンの後ろ盾を感じられるんですから。」
「気にしないで、アドリアン。それも私が国から授かった任務なんだから。…さて、今日はあと何件訪問する予定だったかしら?」
「あと3件です。13家族の面々が現実的な連中で良かった。」
「ええ、そうね。…でも、少し引っかかるとは思わない?」
「………私もそう感じていたところです。いくらウガルテ提督が夢想家だとしても、あの程度の説得では13家族に会う意味もない。私が後からやってきて一枚一枚剥ぐことが分かっているタイルを、何故敷き詰めたのか…時間稼ぎでしょうか?」
「だとしたら何のための時間稼ぎかしら?そもそも提督が選挙に勝ちたいのなら、あの13家族の過半数はなんとしても取りたいところでしょう。…それなのに、まるで本腰を入れているようには見えないわ。」
「中央情報局の言う通り、共産勢力の代表達は選挙から締め出しています。ウゴによるとまだ揮発されていない隠れ共産主義者も大勢いるそうですが、彼らは投票をボイコットするでしょう。連中は頭数にすら入れてませんから、著名な有権者として数を期待するなら…やはり海軍でしょう。」
「それでも票が足りない事は提督もわかっているはず。陸軍は既にあなたが抑えているし、13家族をアテにしないのなら提督の勝機はほとんどないわ。」
「………どうにも不気味ですね。ウゴには探りを入れさせていますが、どうにも気にかかる。彼が何か掴んでいると良いのですが…」
残りの訪問を済ませて大統領宮殿に戻ったときには、もうすっかりと日は暮れていた。
タマンダーレがエプロンを着て夕食を作ってくれている間に、私は残りのちょっとした職務を片付けてコーヒー休憩を取る。
2人で夕食を済ませたら、まずは彼女からご入浴いただき、その後私はようやく軍服を脱ぐことができるだろう。
年季の入ったこの軍服は父親のお下がりで、さすがは親子というべきか制服は殆ど私の身体によくフィットしている。
お下がりの軍服にお下がりの権力、か。
私は自分自身で人生を切り開くことなんてことを、一度も考えた事はない。
全ては敷かれたレールの上をきちんと走り切るためだけに訓練されてきたのだ。
ところがレールを敷いていた父は突然亡くなり、今では中央情報局のレールの上を走っている。
仮に私からマリオネットの手繰り糸が伸びていても、誰も不思議には思うまい。
だがその地位を投げ出したり、変えたいと思う事もなかった。
これも幼い頃から受けた訓練のせいかもしれないが、こうなった以上はその役を演じきるつもりでいる。
仮に全てを投げ出して自由になったとして、何になる?
国民の何割かは喜ぶだろうし、提督はこの国を好き放題にできるだろう。
でも私にとっては何にもならない。
せいぜい共産ゲリラに囚われて、革命の名の下に断罪されるのがオチなのは目に見えている。
だから私は投げ出すつもりもないし、変わろうとも思わない。
さて。
それはそうとして、提督の頭の内はどうなっているのだろう。
まさか提督も全てを投げ出したくなったのだろうか?
或いは彼の間接からもマリオネットの糸が伸びているとか?
だとしたら傀儡師は一体どこのどいつだというのだろう?
中央情報局?
私を追い出してあの共産ファシストを据えるメリットはないだろう。
北方連合?
ウゴはいい加減な仕事はしない。
連中が浸透してきたら1時間以内に分かるはずだ。
まさかとは思うが、その昔我々人類を脅かしたセイレーンのような存在が提督の脳みそを乗っ取っているとか?
…いいSF小説が書けそうだ。
ともかく、私としては順当に打てる手を打っていたし、今のところ綻びもない。
それがとんでもない勘違いであった事を思い知らされたのは1時間後のこと。
真っ青な顔のウゴが、タマンダーレと2人きりの夕食会に突撃してきた時だった。