KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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革命が成る時

 

 

 

 

 

 アドリアン・セルバンデスがタマンダーレの焼きたてビスケットにボイシのジャムを塗っている頃、大統領宮殿から追い出された給仕は自宅でようやく受話器を手に取った。

 今、彼女は宮殿を追い出される前にあのユニオン女からポケットに捩じ込まれた缶詰の内の一つを手に取って最後の躊躇を行っている。

 その缶詰にはある電話番号が記されていて、つまるところ、あのユニオン女はそこへ連絡を取り継いでほしいと考えているに違いない。

 

 ユニオン女が給仕に頼んだのは、電話先にある番号を伝えてほしいということだけ。

 それだけのことだったが、毎晩回って来る秘密警察のことを考えるとそれだけでも躊躇する理由にはなった。

 

 

 

 もしかすると、大それた内容でもないのかもしれない。

 ユニオン女が昔の友人を頼りたくなったとか…或いはあの冷酷な男に嫌気が差したとか…そんな単純な話である可能性は大いにある。

 ただ、理由はいかんであれ、秘密警察が盗聴しているという可能性を鑑みれば躊躇の余地は充分にあるだろう。

 給仕には3人の息子がいるが、その父親はもういない。

 アルバロはそんな彼女に宮殿での仕事を与えたが、その息子は彼女を容赦なく追い出したのだ。

 

 市井では…少なくとも、秘密警察の目の及ばぬところでは、あの女は不人気であった。

 彼女は国民の目には冷酷な独裁者のファーストレディであると同時に、ユニオン傀儡政権の尖兵にして象徴として捉えられている。

 給仕も良い印象は持っていなかったが、しかしあの場で彼女を助命し、外回りのキツい仕事になったとはいえ給与の変わらない職をあてがったのは彼女だ。

 今の時代、インビエルノでは一部を除いて職があるだけでも幸運な方だろう…それが大統領宮殿での仕事なら尚更に。

 

 

 給仕はようやっと躊躇を断ち切って、電話のダイヤルを回し始める。

 あのユニオン女が秘密警察と協力しているとはどうしても思えないし、それに一応の恩義もあった。

 だから一度だけ電話をかけるし、その後は忘れてしまおう。

 それがきっと、あのユニオン女のためにも、息子達のためにもなるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 プラタ

 首都

 王宮近郊

 

 

 

 

 

 

 

 

 アマンダのいる建物は、大通りと向き合っている。

 その大通りではプラタ陸軍王党派のレオパルド戦車が大勢の随伴歩兵を引き連れて彼女達のいる建物に向かいつつあった。

 先行していた徒歩兵部隊と装甲車は大方撃破できたが、残余の歩兵部隊とM59装甲車改造の自走砲はまだしっかり息をしていて、後続の戦車を援護している。

 

 装甲車の天板上にFK16野砲を搭載した自走砲が75ミリ砲弾を放ち、建物の2階にいたアマンダは榴弾の衝撃で吹き飛ばされた。

 幸いな事に重傷を負うことはなかったが、キーンという耳鳴りが決して無害とも思えない。

 耳鳴りはしばらくアマンダの耳を支配していたが、しばらくするとそれは若い男の声に取って代わられる。

 

 

「……アマンダ!……おい、アマンダ!」

 

「ピエール…?」

 

「大丈夫か!?」

 

「…あ、ああ、何とかね。…くそったれ、あの自走砲と戦車をどうにかしないと。アンタの部下は?」

 

 

 ピエールはラプタ共産党のリーダーでもあり、そして統一反政府ゲリラの首領でもある。

 丸眼鏡を掛けた知的な青年ではあったものの、もとは裕福な弁護士の家庭に生まれ育ったゆえに暴力の振るい方というものをイマイチ理解できていない。

 彼らはインビエルノからの合流組を得て初めて暴力の有効な使い方を知ったと言えよう。

 

 その青年はアマンダに「大丈夫か?」と尋ねた。

 "まったく、これだからボンボンは"

 榴弾の衝撃で頭から血を流しているアマンダは苦痛に顔を歪めつつそう思う。

 大丈夫なわけあるか!と怒鳴りたいところだが、今は敵の装甲兵力を排除しなければじきに「大丈夫か?」と聞いてくれる人間すら居なくなる。

 

 ピエールの部下達は今、火炎瓶を両手に正面のアマンダ達に気を取られている自走砲の側面から攻撃を仕掛けんとしているところだ。

 

 

「あの自走砲はもうすぐ片付くし、陸軍の合流組には対戦車ロケットを持ってきてもらってる!後少しだ!」

 

「………どうだか」

 

 

 アマンダはこちらに手を差し伸べるピエールの向こう側に、あろう事か他の建物の屋上から自走砲に攻撃を仕掛けんとしている彼の部下達の姿を認めた。

 あんなところにいては後続の戦車から丸見えだろう。

 そう思った矢先に、レオパルド戦車の強力な主砲がピエールの部下達を建物ごと吹き飛ばす。

 

 

「くそ!」

 

「だから言わんこっちゃない、最初から私を行かせてくれりゃ良かったんだ!」

 

 

 アマンダはそう言うと、火炎瓶を何本か腰のベルトに挟み込む。

 陸軍連中が対戦車火器を持ってくるまで待つのが定石かもしれないが、それでは間に合わないかも知れなかった。

 意を決した彼女は手近のUZIサブマシンガンを手に取ると、初段を薬室に叩き込んで周囲のゲリラ達に向かって声を張り上げる。

 

 

「私が側面に回る!他の皆はここから援護を!」

 

「おい、無茶だ、アマンダ!」

 

 

 ピエールの制止を聞かず、アマンダは直近の窓からUZIを一連射してから走り出す。

 ゲリラ達も呆気には取られながらも、建物の2階や3階から大通りに向けて小火器の射撃を始めた。

 王党派の徒歩兵部隊が何人か躓いたり倒れ込んだりしている間に、アマンダは急いで階段を駆け降りていく。

 ついに通りまで降りた彼女は、手前の自走砲とその周辺の歩兵が建物からの制圧射に気を取られていることを見てとった。

 

 そうして彼女は、姿勢をできる限り低くする。

 最初物陰から物陰へとゆっくりと…そしてもう

 間違うことのない距離に至ってから、初めて腰の火炎瓶を取り出して火をつけた。

 敵の歩兵が未だに建物の方を向いているのを確認した彼女は一気に身を起こして火炎瓶を自走砲に投げつける。

 簡易な自走砲の戦闘室に転がり込んだ火炎瓶はそこを火達磨にして、火炎が75ミリ榴弾に引火して派手な爆発を起こした。

 爆発は自走砲の周囲にいた歩兵を巻き込んで、ゲリラ達が占拠する建物からは歓声が湧く。

 

 

「よし、これであと1両!」

 

 

 彼女がそう呟いた時、レオパルド戦車の機関銃弾がその頭越しに飛んでいく。

 どうやら連中の砲手はしっかりと火炎瓶を投げつけるアマンダの事を捉えていたらしい。

 戦車の同軸機関銃は容赦なく弾丸を吐き出し続け、撃破された自走砲の陰に隠れるアマンダに制圧射を行ってきた。

 もう間も無くすれば、連中は105ミリ榴弾をぶち込んでくるはずだ。

 だからそこから動かねばならないが、同軸機関銃がそれを許さない。

 

 八方塞がりの彼女の耳に、ついに爆発音が轟いた。

 彼女は戦車の主砲が発射されたと思い、咄嗟に身を屈める。

 ところがいつまで経っても彼女は吹き飛ばされないので、恐る恐る自走砲の影から通りを伺うと、背後から火炎を立ち上らせるレオパルド戦車と、その側面から射撃を受けて倒れていく王党派兵士たちの姿が目に入った。

 やがて戦車を失った王党派兵士たちが両手を挙げると、弾頭を失ったパンツァーファウスト44やG3小銃を持つ反体制派兵士達が姿を表して、投降者の武装解除を始める。

 

 

「ふぅぅぅ……何てこったい、"無駄骨"だったね。」

 

 

 勝敗が決したことは誰の目にも明らかだった。

 彼女はUZIを投げ捨てると、胸元のポケットからタバコを取り出してそれを咥える。

 火をつけようとライターを取り出したが、それには彼女の肌の身代わりとなって何かの破片が突き刺さっていた。

 

 ライターは亡き夫の形見だった。

 彼女は悲しみとも嬉しさとも取れない表情をして、諦めたように立ち上がる。

 そして未だに轟々と燃える自走砲の残骸から火を取って、"勝利"の一口を味わった。

 そんな彼女に例のピエールが笑顔で駆け寄ってきたのはその時だ。

 

 

「やった!やったぞ、アマンダ!」

 

「落ち着きな。連中の戦車をたった1両黙らせただけさ。」

 

「そうじゃない!別働隊が王宮を制圧した!俺たちは勝ったんだ!」

 

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