インビエルノ
大統領宮殿
「………ええ、ええ、しかしながらライリーさん。共産主義者が守りを固めてしまう前に首都を陥落させるべきではありませんか?…プラタ陸軍にはゲリラの側に立った連中もいる。時間が経てば経つほどコチラの不利です」
『君にはそれを差し引いても十分な戦力を引き渡したはずだ。現に陸軍は順調にプラタ守備隊を分断しているんだろう?』
「まだ戦局はご報告していないはずですが…?」
『……タマンダーレから報告を受けている。君の報告を待たずとも、常に最新の情報は得ているから安心したまえ。』
「なるほど、お気遣いありがとうございます。…しかし、お伺いしたいのですが何故そこまでして首都の奪取を後回しにする必要があるのですか?」
『共産主義者は既に首都に入ったが、国王の死亡は確認できていない。分からないか?国王が生きていれば、君への権力移譲の邪魔になる。…私は君を買っているんだ、アドリアン。君は南方大陸を共産主義の魔の手から守るに最適な人間だ。だからあの頑固で旧時代的な国王は排除されなければならん。そして、それは』
「共産主義者の手によって、でなければユニオンの威信に関わる…よくわかりました。重ね重ねありがとうございます。」
『理解してもらえたようで何よりだ。それではよろしく頼む。』
受話器を置いて、電話機の向こうで傍受用のスピーカーを切っているタマンダーレの方を見る。
私は呆れ顔になり、少し肩をそびやかして見せた。
「君が傍受していることを知ったら、彼はどんな顔をするかな?」
「アドリアン…私はライリーに何の報告も上げていないわ。」
「だろうと思ったよ。つまるところ、こちら側には彼の内偵がいる。それも上層部の中に。」
「…………私が言いたい事は分かってくれていると思うけれど…」
「ああ。スパイ狩りはこのゴタゴタが片付いてからにする。今はプラタが最優先。」
「内偵が潜り込んでいるにしろ、現時点ではあなたの障害にはなり得ない。」
「だから、そんなことより作戦を進めないと。元帥はもう待っていてくれてるかな?」
私とタマンダーレは執務室を出て我らが食卓へと向かう。
正直内偵をそのままにするのはどうにも癪に触る事項ではあるものの、そちらに構ってプラタの進捗に粗相があれば元も子もない。
何事も順序というものがあるし、今はライリーへの恭順を示さねばならぬ時だ。
だから内偵の件はひとまず傍に置いて、私はベラスコ元帥の待つ食卓へと向かう。
「ああ!これは大統領!お招きいただき…」
「そのままで結構です。どうぞお召し上がりください。」
立ち上がろうとする元帥を止めながら、私は自分の席へと座る。
この恰幅の良い元帥は以前食したオイスターロックフェラーにどハマりしたようで、やがてはボイシが彼の目の前に出来立てのそれを置くと喜色の笑みを浮かべた。
同じくテーブルを囲むルートヴィヒはオイゲンに、私はタマンダーレにそれぞれの食事を運ばれると、この日の昼食が始まった。
「残念ですが、ウゴは来れないそうです。ですが、まぁ…今日共有すべき情報は、どちらかというと元帥へ向けられるものでして。」
「と、仰いますと?」
「現在首都に向けている機甲部隊を北部に転進させてください。」
「御言葉ですが、大統領」
「分かりますが、しかし…これはユニオン側からの要請です。私だってこのまま首都を攻め落としたいのは山々ですが…"シュリーフェンプランの焼き直し"だけはご勘弁願いたい。」
「………仕方ありません。確かに、政治を軍事的側面に追随させるのは愚か者のやることです。ユニオンの要請なら致し方ないでしょう。」
「大統領、専門外の私が言うのもなんですが…プラタ国王を保護したとなれば大統領は共産主義勢力の制圧という理由の上に王政の保護という大義名分をかけることができます。この際、ユニオン側の意向は無視しても良いのでは?」
私はタマンダーレの炒麺を突いている銀のフォークをピタリと止める。
ああ、ああ、ハンス・ルートヴィヒ君。
アンタはこの件に関してはまさしく"専門外"だな。
自覚があるなら口を閉じていてほしいのだが。
そうは思いつつも、彼の隣で同じく食事をしているオイゲンの機嫌を損ねたくないし、何かを察したタマンダーレは私の隣からこちらを見ている。
ボイシは………ああ、凄く美味しそうにシチューを食べてる本当に可愛なぁボイシはぁどうか永遠にそのままでいてくれボイシ。
「ルートヴィヒ長官の具申には感謝しますが、ユニオンのメンツに泥を塗るわけにはいきませんよ。国王から我々に救援要請を出したわけじゃないのだから、こちらが"共産革命に怯えて勝手に出兵した"という建前を守るべきです。」
「ハンス、アンタは何も知らないんだから口をつぐんで頂戴。」
オイゲンが私の言いたいことを代弁してくれたので、私は再び炒麺を口にする。
元帥がオイスターの虜になったように、最近は私もユニオン風東煌料理にどハマりしてしまった。
とはいえコレが銀の食器を使って食べるようなものでもない事は承知しているが。
元帥からすれば、私はさぞ滑稽に見えるに違いない。
私はその滑稽な食事を続けながらも、キチンとモノを飲み込んで食器を置くという大陸式テーブルマナーを努めて守りながら元帥に話しかける。
「問題は我々の陸軍の状態です。現時点では目立った損耗もありませんが、ユニオン側の意向に従うなら北部に転進した後、防備を固めてプラタ陸軍反体制派と合流した反乱軍と対峙する事になる。元帥、あなたの陸軍は耐えられますか?」
「まず失敗はあり得ません。首都には"お誂え向き"のプランを用意してあります。ゲリラと敗残兵の混合隊では太刀打ちできませんよ。しかし問題となるのは王党派です。彼らのうちのいくつかの部隊は我々に合流していますが、残りの連中の中には我々さえ敵視している部隊もいる。」
「彼らの装備は?」
「細部は分かりませんが、少なくとも3個師団が我々を外敵と見做しているようです。」
共産主義革命が起これば、プラタ陸軍王党派の連中は1人残らず我々と共に首都奪回を目指すだろうと思っていただけに、私は少しばかり衝撃を受けた。
首都を掌握するほど強力なゲリラと、この日に備えて準備を整えてやってきた外国軍の両方を相手にしようとしている馬鹿どもが3個師団もいるらしい。
「連中は今どこに?」
「首都に向かっていたようですが、陥落してからの動向は分かっていません。国王が処刑されたと思って戦意を喪失したのかもしれませんな。」
「だといいんですがね。」
「お食事中失礼します!」
食事室のドアをノックしてから若い伝令兵がやってきて、ベラスコ元帥の耳元で何やら囁いて、書類を手渡してから退出した。
元帥は最初笑いながらその書類を見ていたが、しかしよく読み込んでいるうちに、段々とその表情は険しくなる。
「どうされました、元帥?」
「………プラタ陸軍の王党派3個師団は北部への転進を行っているようです。」
「何だって!?」
「だ、大統領、これは偶然ですか?」
元帥の受け取った報告の内容を聞き、私も気味が悪くなる。
北部に部隊を向けろというユニオンからの要請が入った同時期に、プラタの王党派が回れ右をして北部に向かいやがったのだ。
炒麺が急に喉を通らなくなったので、私は元帥に次の指示をだす。
「申し訳ありませんが、元帥。急いで首都行きの部隊を北部に向かわせてください。ユニオン側が何を考えているにしろ、彼らの望みはその3個師団を撃滅させる事でしょう。」
「かしこまりました。では、私はこれで。」
既にしっかりとオイスターロックフェラーを食べ終わっていた元帥は席を立って少々急足で退出していく。
私は言いようのない気味の悪さを覚えながらも炒麺をフォークの先でこねくり回していた。
我々との同盟を拒むような王党派なら、首都を諦めろなどという命令に従うのは恐らく国王自身の命令によるものだろう。
つまるところ、国王は北部に何かを隠している公算が高い。
ユニオン、いやライリーはその3個師団を止めろと命じたに等しいのだから、そこに何があるのか当然知っているはずだ。
それを隠しているというところが、どうにも引っかかって仕方がない。
兎にも角にも、今は言われた通りにやるしかないだろう。
首都の防備を固めたところで、どうせ共産主義者に勝ち目はない。
我々はそのために、アイリスの企業から"農薬"を仕入れていたのだから。