KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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東のマリオネット

 

 

 

 プラタ

 首都

 王宮前の広場

 

 

 

 

 

 

 

 ピエールと呼ばれる青年は、大戦が終わって20年経った現在でもなお口髭を蓄えるという習慣を生きながらえさせてきた国王に向き合っている。

 青年の背後にはG3小銃を持った銃殺隊がいて、タバコを吸ったり雑談したりしながら命令が下されるのを待っていた。

 彼は国王がこの期に及んでも毅然たる態度をとっていた事に尊敬の念を抱く事はない。

 そんな事はあり得ないし、ただ単に腹立たしいと思っている。

 

 ピエールは国王を立たせて、目隠しをした。

 そうして彼から離れていき、銃殺隊に喫煙や雑談をやめさせる。

 どこか余裕さえ感じられる国王に、ゲリラの面々がライフルの銃口を向けるとピエールは声を張り上げた。

 

 

「撃てッ!」

 

 

 カチャンッ!

 

 

 ライフルは全部で10挺、その全てが国王の心臓を捉えてていたのだが、肝心の弾丸は1発も出てこない。

 普通の捕虜なら緊張のあまり失禁していてもおかしくないところ、この腹の立つ国王陛下はニヤリと笑みを浮かべやがった。

 ピエールは尚のこと腹が立って、縛られている国王の目隠しを取る。

 

 

「クソッ!このジジイめっ!何を隠してやがる、言ってみろ!」

 

「何も隠しちゃおらんよ、若造。」

 

「嘘つけ!お前のためにここに向かってきていた近衛3個師団の精鋭が踵を返して北部に向かったんだ!お前の命令でな!お前は北部に何かを隠してる!」

 

「その通り。そしてそれが貴様の想像の及ばないようなものだからこそ、コミンテルンは私の処刑を禁じている。」

 

「ッ!?」

 

「さぞかし歯痒かろう?…ふふっ…ふははははっ、あはははははははッ!!!」

 

 

 声高らかに笑い声を上げる国王を、ピエールはホルスターに差すP5拳銃の台尻で殴りつける。

 国王は少し呻き声を上げたが、しばらくするとあの腹の立つ歪んだ笑みを浮かべてまた笑い始めた。

 こうなったら笑うこともできなくしてやろうと拳銃を振り上げた時、今ではもう聞きなれた女の声に止められる。

 見れば、UZIを携えるアマンダが彼の下へ向かってきていた。

 

 

「ピエール!何をしたって無駄だ、そいつは諦めな。」

 

「諦める?何を言ってるんだアマンダ!コイツは旧時代の象徴なんだぞ?処刑しなけりゃ、革命の成功を内外にアピールできない!」

 

「そりゃそうだけど、今は時期が悪すぎる。ただでさえ戦争に負けたっていうのに、内乱に外国軍まで雪崩れ込んできて民衆は大混乱!こんな時こそ首都を制圧した私達が事態を収拾しなきゃ」

 

「だから、なんなんだ?」

 

 

 そこまで会話して、アマンダは初めてこの青年の素顔を垣間見た気がした。

 それは彼女のこの青年に対する第一印象を覆すにはあまりに十分で、そして文字通りひっくり返してしまう。

 今までアマンダは、この革命はプラタ国王の失政から民衆を救い出すために行われている事業だと思っていた。

 しかしピエールの"素顔"を垣間見た限り、少なくとも彼がそう思っているとは感じられない。

 

 

「なんなんだって…アンタ、民衆をなんだと思って」

 

「あんな奴らほっとけばいい。連中は我々の考えなんてまるで分かってないんだよ、アマンダ。国を救うためにはこの国に後ろ盾が必要だ。幸運な事に、我々はもうまもなくコミンテルンの協力を得られそうなんだぞ。」

 

「………」

 

「この中年国王を吐かせればコミンテルンからの我々の評価も上がる。そうすればコミンテルンは更に協力してくれるようになるだろう。国家の立て直しはそれからでも良い、まずは"名乗りを挙げろ"だ!」

 

「アンタが名乗ってる間にも大勢の民衆が苦しむ事になる!それに、まずはセルバンデスの陸軍に対処しないと…」

 

「国王を処刑すれば奴らも目標を喪失する。ユニオンの後押しを受けられないだろ」

 

「ふふふっ、全っ然分かってない!セルバンデスの狙いはこの革命を潰してプラタさえも管理下に置いてしまう事!国王を殺したって止まりはしない!…止まるわけがない!」

 

「それは…」

 

「それにアンタはコミンテルンを信じ過ぎてる!アイツらだって所詮自分の利益が最優先さ!この国の国民のことなんて歯牙にも掛けないよ!」

 

「ならどうやってユニオンとセルバンデスに対抗する!?コミンテルンが必要なのは、北方連合がユニオンに対抗できる唯一の勢力だからだ!」

 

「首都を手放せばいい!国内に散って、ユニオンの傀儡どもに消耗戦を仕掛ければ勝機はある!」

 

「バカな!」

 

「ユニオンも北方連合も東煌にかかりきりでこの大陸なんかに構ってられない!ユニオンが国王を救助せずにセルバンデスの陸軍を使ったのがいい証拠さ!アイツらはこの大陸を都合の良い傀儡に任せておきたい、ユニオンにとってそれはセルバンデス、北方連合にとってはアンタなんだよ!」

 

「………ふざけるな…ふざけるな!祖国から逃げ出した分際で!」

 

 

 ピエールがなりふり構わず声を荒げたことで、アマンダは絶対に踏んではいけない地雷を踏み抜いたことに気付かされる。

 これまでの行いの中で、自身がコミンテルンの操り人形と成りかけている事を否応なく自覚させられてきたに違いない。

 それを覆い隠してきたからこそ、アマンダの発言はまさに"図星"であり、決して触れられたくは無かったのだ。

 しかし、だからこそアマンダもここで引き下がるわけにはいかなかった。

 彼の苦悩を知っているからこそ、行き着く先も知っている。

 …このままでは、正にアドリアン・セルバンデスと変わらない。

 彼女の言葉は真心から繰り出されてはいたものの、しかし地雷を踏んだ後とあっては後の祭りだった。

 

 

「どうか思い出して、ピエール!アンタは何のために革命に身を投じたの!?」

 

「お前のような女には分からないような崇高な使命のためだよ、このクソ女!」

 

「ふははっ!ははははははっ!」

 

 

 いがみ合う2人のゲリラを見て、国王が再び笑い声を挙げる。

 ピエールは今度はもっと強く殴りつけたが、驚くべき事にこの中年男性はうめきもしなかった。

 代わりに血の混じった痰を吐き捨てながらピエールを真っ直ぐ捉えてこう言った。

 

 

「……お前らは皆死ぬ。せいぜい今のうちに革命の成果とやらを味わっておれば良い。」

 

「アンタが何を企んでるか知らないけど、楽観はしない方がいいんじゃない?…セルバンデスはきっとアンタを殺す気でしょうから。」

 

「あはははっ!あんなユニオンの傀儡など!…今に見ておれ。ユニオンは引き下がり、今度はあのパペット人形君が頭を垂れる事になる。…ふむ。さすればあのユニオン女をいただくかな。あの女は本当に良い尻をしておる!がはははははっ!」

 

 

 アマンダは心の底からこの国王に気味の悪さを覚えた。

 この中年はただ単に何かしらの担保があるという以上に、もはや根拠の許す範囲を超えた自信を持っているように見える。

 それは狂気と呼んでも差し支えのないものであり、彼のいうユニオン女に支えられたセルバンデスとその軍隊が次々にプラタ国内を制圧しつつある現状に照らし合わせれば滑稽ですらあった。

 

 

「もういい!このジジイは地下牢にでも放り込んでおけ!」

 

 

 ピエールが我慢の限界と言わんばかりに喚いて、プラタ・ゲリラの1人が国王を引っ立てていく。

 狂った国王が連行されていくのを見送ったピエールは、苛立ちを隠そうともせずに再びアマンダと対峙した。

 

 

「………もうしばらくしたら、君らはこの国を出てくれ。」

 

「は?……何を言ってるんだい?」

 

「出ていってくれ!勿論約束は守る!アンタらのインビエルノでの活動は後援しよう!だから!この国から!出ていってくれ!」

 

「…………」

 

「利用するだけ利用して、国を追い出すなんて思われても仕方ない。…でも、これもコミンテルンの指示なんだ。どうか従ってくれ。」

 

「イカれてるの、ピエール?…あの国王と何も変わらない!しっかり現実を見て!」

 

「ちゃんと見てる」

 

「見てない!現実を見てないどころか、アンタは自分を見失ってる!私たちをインビエルノに帰す以前に、未だに国内の収拾さえついていないのに」

 

「国内のことはこちらで対処できる!()()()に指図される覚えはないッ!!!」

 

 

 "外国人"。

 アマンダの心を折るには、この言葉だけで十分だった。

 彼女は明らかに肩を落として俯いてしまう。

 今まで仲間だと思っていたのに、彼らはそうでは無かったらしい。

 

 バババーンッ!

 

 突如銃声が響いて、アマンダは咄嗟に身構える。

 何事かとその方向を見ると、プラタ・ゲリラの銃殺隊が国王のスタッフ達………それも王に仕えた政治家や軍人などではなく、給仕や理髪師といった人間を銃殺していた。

 アマンダは呆気に取られ、本音が口から出ていく。

 

 

「………あれが、アンタやコミンテルンが唱える理想だってわけだね?」

 

「…そういうことだな。納得いかないのは承知した。だが、こちらもこちらでやるべきことがある。………今までの功績があるから、せっつきはしないけど、できるだけ早く立ち退いてくれ…頼む。」

 

 

 ピエールはそれだけ言ってアマンダの下を去っていく。

 残されたアマンダは失意のあまりその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 

 亡き夫の理想を理解したつもりだった。

 共産主義は万民を救い、圧政からの解放をもたらすのだと。

 ところがどうだろう。

 突きつけられた現実はあまりに非情なものだった。

 共産主義の総本山を司る連中は、銃殺隊が何の罪もない一般人にまで銃口を向ける事を良しとしたのだ。

 アマンダには、それとあのセルバンデス政権との違いが微塵も見いだせない。

 

 

 彼女はまるで騙されたような気分になってはいたが、しかしやがては立ち上がり、プラタの王党派との戦いで幾分が人数が減ってしまった仲間たちの下へと向かい始める。

 こんな体験でさえ、彼女の意思を完全に阻むことはできなかったらしい。

 

 セルバンデスが盲信する独裁政治も、コミンテルンが理想と掲げる共産主義革命も、南方大陸の民衆には何らの安定をもたらさない物だと、アマンダは身を持ってしまった。

 それならやる事は一つしかない。

 自らの手で、理想を産み出すのだ。

 


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