プラタ
首都
王宮内
国王は気味の悪い男だったが、家具のセンスについては褒めてやらねばならまい。
遥々アイリスから取り寄せられたマットレスは、独裁体制下の中産階級層が使っているそれに比べれば言葉を絶するほどの快適性をもたらした。
しかしながら、それでもアマンダがよく休めたと感じられないのには理由がある。
ピエールからの"絶縁宣言"を受けた後、彼女を待ち受けたのはプラタ・ゲリラのメンバーたちからの冷たい視線と態度だった。
インビエルノから彼女に着いてきた者たちの中には、プラタ・ゲリラの態度に憤る者もいた。
それが当然の反応だということをアマンダは理解しているし、寧ろ他のメンバーから見るとアマンダはあまりに冷静が過ぎるように見えるだろう。
実際、アマンダは憤ってなどいなかったし、ピエールの要請には従うつもりだった。
だから彼女は王室のマットレスに何の未練も感じずに、しかしどこか心在らずな目をテレビに向けている。
…かなり履き古した軍用ブーツの紐を締めながら。
テレビの中では、アイリス国営放送の特派員が先日プラタの北部で起きた戦闘について報じている。
燃え上がる多数のレオパルド戦車を背景に、意気揚々と行進するインビエルノ陸軍の戦車隊。
華美な階級章をつけた戦車隊指揮官がインタビューに応えていて、それによると彼らは"国王を裏切って暴徒化したプラタ陸軍戦車部隊を、地域の治安維持のために捕捉・撃破した"らしい。
アイリス人でさえ質問の声音に疑問符を含むようなプロガバンダにはアマンダもつい鼻先で笑ってしまう。
戦車隊指揮官は特派員の質問には大して答えずに、ひたすらにインビエルノがプラタに介入したことの正当性……曰く、混乱した地域秩序の回復……を繰り返し、挙句の果てには"首都で共産主義を隠れ蓑に好き放題している連中"を抑えねばならないとまで語った。
アマンダはあと少しで拍手をするところだった。
流石セルバンデス、ユニオンの飼い犬。
末端の将校にまでキッチリと"教育"を行き届かせているのは見事としか言いようがない。
あの将校は共産主義陣営との対決を匂わせるような発言すらしなかった。
セルバンデスは国内で"共産主義者"相手にあれだけの殺戮を行なっているのに、現に革命が唱えられるプラタで共産陣営との正面切った対決を避ける理由は、ユニオンの意向以外に説明がつかない。
今のところ、ユニオンの大統領は南方大陸での政情不安について「早急に安定を望む」とコメントするに留めている。
つまるところ、大統領閣下はこの地域の問題をセルバンデス政権に委託した。
だから連中は最新鋭の戦車隊を持っているし、それのおかげでプラタ陸軍のレオパルド戦車を粉砕できたのだ。
「……まあ…でも、最新の戦車にだって弱点はある…」
画面の中に映る、統率の取れたインビエルノ陸軍戦車隊の脅威を自覚させないための自己暗示をかけているかのように、アマンダはポツリとそう呟いた。
本来ならあんな正規の戦車隊相手に戦争をしたがるほど、アマンダは無鉄砲でも戦闘狂でもない。
きっと無自覚の内に顔に浮かんでいるであろう恐怖と焦燥の表情は誰にも見せたくなかったが、"爺さん"相手には少々遅かった。
「………リーダーがそんな顔するもんじゃない。部下に臆病が憑っちまう。」
「"爺さん"、アンタの伴侶は教えなかったのかい?…女性の着替え中に、勝手に部屋に入るもんじゃないって。」
「ほほほっ!教わったとも教わったとも…今じゃあのビンタさえ恋しいが。」
「私も部屋に入るなり顔を真っ赤にして出て行く夫が恋しいよ…でも、彼は戻って来ない。私達にできることは………」
「より良い未来を築くことだけ…そうじゃな。」
「…で、何のようなんだい?まさか覗きに来ただけじゃないだろう?」
「………インビエルノに残った少数の仲間たちから連絡があった。昔組織が使っていた回線に連絡があったと。」
「つまり、提督のクーデター未遂の後に放棄した回線から?」
「いいや。もっと昔のアルバロ時代の回線じゃ。」
アマンダは靴紐を縛る手をピタリと止める。
アルバロ時代に遺棄された回線に着信があった?
現時点で彼女達に連絡を取ろうとしそうな相手をいくつか思い浮かべてみる。
だがどう考えてみても、思い浮かぶのはあの"クソ野郎共"…つまりはウゴ・オンディビエラの秘密警察くらいしかいない。
コミンテルンが首都を抑えたピエールの代わりを探すはずはないし、セルバンデスの強烈な弾圧の下で新しい反政府組織ができることも考えづらい。
それにわざわざ古い回線を使ってくるあたり、やはり罠と考えるのは順当だろう。
つまるところ、電話の先で待っているのはサディア製の仕立ての良いスーツに身を包んだ秘密警察長官である可能性が高い。
「…返事はしないで。無視しよう。」
「いや、電話の相手は返答を要求していない。別の回線に連絡を入れてほしいらしい。」
「別の回線に?」
「ああ…しかし……やはりこれも罠じゃないかね?」
爺さんの懸念をよそに、アマンダはマットレスに腰掛けて現状をよく整理することにした。
秘密警察側の罠である可能性はどこまでも捨てることはできないにしろ、しかしその可能性の隙間から光が溢れ出ているようにも見える。
いくら連中でも、インビエルノの残党派がプラタ・ゲリラから冷遇を受けていることまで把握しているとは思えない。
そこまで詳細に情報を掴んでいたなら、ピエールは首都を掌握できなかったはずだ。
いくら強力な戦車師団を潰すためとはいえ…更にはそれがユニオンからのなんらかの政治的意図を含んだ命令であったとしても…奴らがゲリラの内部分裂を知っていれば首都への進軍を強行したはずである。
更に言えば、秘密警察のキャパシティはインビエルノでの取り締まりに加えてプラタの新たな占領地での活動を加味すれば、その限界に近づいていることは火を見るより明らかだろう。
そんな連中が、わざわざアルバロ時代の古い回線を引っ張り出してきて、遠い首都にいることが分かっているアマンダ達の現在位置を割り出すことだけの為にこれだけの手間をかけるとは思えない。
罠を仕掛けるなら仕掛けるで、その効果も考慮したはずである。
遠い昔にすでに暴露している事が分かっている回線に、ゲリラが応答する期待を抱くほどあの冷徹なウゴ・オンディビエラが純情なはずもない。
「分からない。…電話の相手は誰?」
「なんでも、大統領宮殿の給仕らしい。あのユニオン女に命を助けられて、その代わりに言伝を頼まれたそうだが…」
「待って。ユニオン女?…あの大統領のファーストレディの?」
「ああ、恐らくな。」
インビエルノの一般国民がそうであるなら、インビエルノのゲリラ達はタマンダーレの事を嫌うのも当然であろう。
あの女はユニオン傀儡政権の象徴。
言うなれば斃すべき"敵"である。
しかし、それだけにアマンダにはどうにも気にかかった。
「気に留める必要はないと思うぞ、アマンダ。給仕のことも、どうせあの女が気紛れにやった事だろう。」
「…………彼女はアドリアン・セルバンデスのファーストレディ…つまりは、あの男の病的な偏執具合も熟知してるはず。…気紛れでやったにしては背負うリスクが多すぎないかしら?」
「待て、アマンダ。あの女を信じるのか?」
「落ち着いて、まだ信じるとは言ってない。けど…相手から応答用の連絡先は?」
「まさかアマンダ」
「いいから教えて。」
"爺さん"はいかにも渋々と言った感じでアマンダに紙切れを渡した。
アマンダはそこに書かれている番号を見て、疑念を確信に変える。
そこにあったのは衛星電話の番号で、アマンダの知る限り有名なアイリス企業の回線だった。
アイリスは世界が2つに分かれて尚、資本主義陣営と共産主義陣営のどちらにも属さない独自の態度を取っていた。
安全保障上はユニオンと歩調を合わせているものの、それ以外は全くもって協力関係にすらないように思える。
先の大戦でアズールレーンがヴィシアのKANSENに対してやった事を忘れてはいないのだろう。
されどユニオンはエウロパ大陸において共産陣営に対抗するために拵えた安全保障上の枠組みにアイリスを留まらせるためにも、その独自路線を黙認しているのが現状だ。
相手が何者にしろ、送られたのはそのアイリスの衛星電話の番号である。
当然、後進国の秘密警察…つまりはウゴ・オンディビエラの手の届く範囲の外側にある番号だし、ユニオンの諜報機関でさえ傍受には細心の注意を払わなければならない代物だ。
通話の傍受が原因で政治的事件が起ころうものならアイリスは猛反発するだろうし、ユニオンは緊張高まる東煌でのゴタゴタに手一杯…余計な問題を起こしたがるはずもない。
………勿論、ユニオンから派遣されたあのファーストレディならそれくらい知っているはずだ。
アマンダは立ち上がり、部屋の外へと向かう。
彼女達は今日首都を出る予定だが、衛星電話の一本借用したところで文句を言われる筋合いもない。
"爺さん"はアマンダを止めるべくあらゆる語句を試したが、決心した彼女を止めることはできそうもなく、最後には彼の方が折れた。
"期待はせず、あくまで慎重に"
そう自分に言い聞かせると、アマンダは衛星電話を手に取った。