インビエルノ
大統領宮殿
「空港と港湾は確保できましたか?」
「はい、大統領。プラタの出入国は我々の手の内にあります。」
「首都に残った外国人は?」
「詳細は分かりませんが、企業や報道は全て首都から出払ったという確実な情報があります。…ゲリラが首都入りする前に逃げ出したようですな。まあ、あのアイリス人特派員みたいな連中がいるかもしれませんが。」
「大変結構です、元帥。しかしあのインタビューに応えたのはいただけませんね。」
「戦車隊長を処刑しますか?」
「………いや、進軍中の部隊の指揮官を銃殺するには罪状が軽すぎる。士気が下がりかねません。口頭注意にとどめても効果は見込めるかと。」
「分かりました、全部隊に通達します。」
「大統領、ご準備はよろしいですか?」
「ええ、ウゴ。外国の報道陣は待ってますか?」
「はい。ユニオンから3社、ロイヤルとアイリスの国営放送、鉄血に重桜の報道もいます。」
「なるほど目白押しだ。」
「緊張しなくても、あなたなら大丈夫よ。私が側にいることを忘れないで?」
「…ありがとう、タマンダーレ。」
私は記者会見室に向かいながら、制服の襟元を正した。
正直緊張していないでもないが、私のすぐ後ろにタマンダーレがいてくれるのでどうにか落ち着いていられる。
報道の前に立つなんて、一体いつぶりだろうか?
ああ、あの時だ。
タマンダーレと共にユニオンに向かったあの時以来。
インビエルノでは国民に向けてメッセージを話す必要は殆どなかった。
稀にあったとしても、カメラの前に立つなんて真似はせず、専ら音声のみを使用した。
インビエルノ国旗を画面一杯に映しながら、ただひたすらに文章を読み上げる私の声という構図はなんとも味気ないが…そもそも味気をつける必要がないのだ。
私が彼らに送りたいのはメッセージなどではない。
私が送りたいのは命令。
ただの、命令文だ。
国民にお願いをしたり、ユニオンの大統領のように談話をしたりしたいわけじゃない。
連中は秘密警察のノックを受けたくなかったら、口を閉じて私の指示に従えばそれで良いのだ。
だから…私はきっと本能的に、こういった会見を嫌っているのだろう。
ウゴが会見を行う記者達とあらかじめ行われるやりとりを調整して、すぐ側にタマンダーレがいてでさえ、私の気は重かった。
ただ、私はあくまでユニオン国民が支持できる独裁者でなければならない。
ユニオン国民がもし私が隣国に攻め入ってなんの説明もしないような男だと知ったら、その途端にスプルース大統領は火の粉をかぶることになる。
故に私はこの会見を避けることはできなかった。
会見室は中小国家の国家元首に見合うよう小じんまりとしている。
だから会見を行える人間を最小限にする事ができた。
私としては今や世界の関心はユニオンと北方連合が睨み合う東煌に向けられているだろうとタカを括っていただけに、ウゴから会見の要請が殺到しているという知らせを受けた時は驚いた。
ウゴが取り決めた7社ほどの報道はすでに部屋で待っているようで、私はため息をつきながらドアに手をかける。
その瞬間、背後からタマンダーレが私の両肩を掴んで自身と向き合わせた。
何のことはない、"いつもの"ハグだ。
「ギュ〜♪…ほら、少しは緊張が解けたんじゃないかしら?」
「ありがとう、タマンダーレ。…私は君がいてくれるだけで幸せだ。心配事なんてありはしない。」
「それなら良いけど…無理はしないで。会見で返答に困ったら、いつでも頼ってちょうだい?」
「…なら、お言葉に甘えよう」
彼女に頷いて見せてから、会見室のドアを開ける。
幾つかの記者に挨拶を済ませてから、私は本題に入った。
今日のこの会見における私の任務は、東煌におけるユニオン大統領の側面をしっかりと支えること。
彼らの"裏庭"をしっかりと管理する能力がある人物だと認めさせる事ができれば。
きっと私の"ささやかな願い事"を断るはずもない。
「…………我々の陸軍が国境を越えたのは、隣国での情勢不安が国内に波及する恐れがあったからです。少なくとも現時点で我々が掴んでいる情報によると、プラタ国王は首都を占拠する暴徒に殺害された模様です。正当な政権が機能していない以上、軍事力による介入が最も妥当であると判断しました。…何かご質問は?」
「すみません、ユニオンC社のキャメロンです!」
「どうぞ。」
「北部で大規模な戦闘があったとの報道がなされていますが、それについてのご説明をお願いします。」
「プラタ陸軍の部隊の一部が統制を失くして暴徒化したとの情報がありました。プラタ国民の安全並びに秩序回復の観点から、首都の奪回よりもそちらへの対処を優先する必要がありました。」
「なるほど、ありがとうございます。」
「すみません、ユニオンA社のジェームズです。首都を占拠する暴徒についてですが、今後はどのようなご対応をなされるおつもりですか?」
「既に彼らには勧告を出しております。こちらとしても実力行使はなるべく避けたいと考えていますが…残念ながら彼らの返答はあまりに不躾なものでした。機甲師団が北部から戻り次第、彼らを排除して秩序の回復に当たらせるつもりです。」
「ありがとうございます」
「………他に、何かご質問のある方はいらっしゃいますか?」
「「「……………」」」
「…それでは」
「すみません、大統領。一つよろしいですか?」
事前の打ち合わせ通りなら、記者会見はここで終わるはずだった。
ここまで万事順調、すべて取り決めてあった通り。
ところがきっちり事前の取り決めを守ったユニオン2社に対して、残りの1社の年配女記者が最後の幕引きに泥を塗りやがった。
私は勿論心底不快な思いをしたが、しかしそれを顔に出すわけにもいかない。
だから会見なんて嫌だったんだ。
「何でしょう?」
「大統領、プラタで首都を占拠しているのは共産主義勢力だという噂が流れています。…北部であなたの機甲師団と戦ったのは王党派の部隊だった、とも。」
「ただの噂話に過ぎない。とんだ中傷ですな。」
「そうでしょうか?…大統領、ご存知ないのかもしれませんが、ある人権団体がこの国での人権侵害を問題視しています。」
「人権侵害?」
「あなたは共産主義者だけでなく、無実の国民までもスタジアムで処刑している。」
「根も葉もない噂話だ。…それに私に対する中傷とも取れます。」
「噂話などではなく事実では?」
流石の私も良い加減に腹が立ってきた。
この年配の女記者はよほど死にたいらしい。
私が秘密警察を送り込むことすら想像できないのだろうか?
どうせ"真実の探究"とやらに取り憑かれたせいで会社でも煙たがられているに違いない。
そんな女を会見によこしたのだから、彼女の上司の元には立派な便箋に入った長々しい抗議文が飛ぶことだろう。
「アドリアン、落ち着いて?あの記者の言うことを真に受ける必要はないはずよ?」
「…あら?また彼女に頼るんですか?…タマンダーレ、ユニオンから派遣されたあなたの秘書艦にしてファーストレディ。…ユニオン政府はとても賢い方法を知っていますね。」
限界だ。
私1人ならともかく、タマンダーレにまでそんな口をきかれるなど我慢ならなかった。
この記者は今日中に始末させる。
だがその前に何としても、言っておかなければ気が済まない。
私はタマンダーレの制止を振り切って女記者へと向かっていく。
そして極めて至近距離に近づいてから、私を迎えるが如く立ち上がったこの年配女に囁き声でこう言った。
「…アンタはただのジャーナリストだ。」
「ええ、そうね。」
「私は軍人であり国家元首。つまり、この国と大陸において共産主義の脅威から国家を守る責任を負う。…分からんかね?…"目的は手段を正当化する"のだよ。」
「……そんなの、あなたにとってはただの建前でしょう?」
「なんだと?」
「あなたの望みは国家を守ることなんかじゃない。本当の望みを叶えるためにそう言っているだけ。でも、どんなに言い訳を重ねたところで背負う死は増えていくわ。ご協力には感謝するけれど…
「…!?」
「会見はここまでにします!皆様ありがとうございました!」
まるで私の脳内を見透かすような女記者の言葉に驚いた時、タマンダーレがやってきて無理やり会見を切り上げた。
廊下に出て、報道陣の誰もがいないことを確認すると、タマンダーレは部屋に入る時と同様に私を抱擁する。
「もう!あんな記者は放っておかないとダメじゃない、アドリアン!反応すればするだけ相手の思う壺よ!」
「………あ…ああ、ごめんよ、タマンダーレ。」
「…私の事を想ってくれたのね…とても嬉しいけれど、あなた自身を犠牲にするような真似はしないで。…お願いだから。」
「………ああ…」
そうは言いつつも、頭の中はあの女記者の事で一杯だった。
あの女は一体何者だ?
頭の中身を綺麗に見透かされただけ、その存在自体が気味の悪い物に感じる。
しばらくタマンダーレの胸で考え事をしているとウゴがやってきたので、私はタマンダーレが抱擁を解くのを待ってからウゴに指示を下す。
「あの女記者の身元を調べてください。それから、何人か人を送って今夜中に始末を。」
「それなのですが、大統領。」
「…どうしました?」
「先程ユニオンP社から連絡が来まして、今日来る予定だった記者はユニオン国内の空港で足止めを食らっているそうです。」
「なんだって!?」
P社の連絡の遅さにも驚くが、それよりももっと驚くべき事がある。
あの女は本当に…一体何者なんだろう?