KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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百戦危うからずや

 

 

 

 

 

 

 

 

 毒ガス散布から2日後

 

 

 

 

 インビエルノ

 大統領宮殿

 記者会見室

 

 

 

 

 

 

 

「………我々としても誠に遺憾です。首都を占拠した暴徒は我々の戦車隊を止めるために、あのような人口密集地帯に毒ガスを運び込んでいました。威力は粗製の域を出ないようですが、相当量のガスを運び込んだものと推定されます。ガスは不運にも我々が狙った敵の防空施設の付近に集積されており、航空爆弾の至近弾により中身が溢れ出たものと考えられ、えー、今現在我が陸軍の化学部隊が懸命な救助作業を……」

 

 

 我ながら、とんでもないクソ野郎だ。

 私は敵の首都に毒ガスを投下した。

 勿論人道上許されるものではないし、戦争犯罪ですらある。

 これが真っ当な国なら私は縛り首。

 だがインビエルノは"マトモじゃない"。

 事実の上からペンキで嘘を塗りたくったとして、誰もそれを看破できないのがこの国だ。

 …インビエルノへようこそ。

 

 

「大統領、ユニオンA社のマケインです!救助部隊は暴徒側と交戦中ですか?」

 

「いいえ、現在のところ交戦の報告はありません。暴徒側の主犯格と思われるピエールと呼ばれる男も死亡が確認されました。どうやら投下された航空爆弾の付近にいたようです。」

 

 

 実際は顔が分からなくなるほどガスに晒されていただけだが。

 

 

「大統領、ロイヤル国営放送です!首都の除染にはどの程度かかりますか?」

 

「正直なところ、分かりません。粗製とはいえガスは充分な殺傷能力を持っていたようです。救助部隊からの報告では今のところ生存者の情報もありません。…最悪の場合、首都は放棄せざるを得ないでしょう。」

 

 

 生存者はいない。

 誰一人として生存させない。

 "救助部隊"は担架ではなく自動小銃を持って街に入った。

 つまりはそういうことだ。

 

 

「大統領!ユニオンC社です!今後の展望についてお伺いしても?」

 

「首都が重度の汚染に晒され、且つ政府機能が働いていない以上、我々はプラタ国民に対して秩序回復の責任を持つものと解釈しております。…重ねて、誠に遺憾ではありますが、我々はプラタ国民の人権と安寧のために必要なあらゆる手段を講じる用意があります。」

 

「具体的には、どのようになさるおつもりでしょうか?」

 

「食糧・医療支援を行うために、プラタ国内第二の都市に暫定政府機能を構築します。既に大規模な人道支援を専門とする軍の人材を派遣しており、必要資材もユニオンから届く予定であります。」

 

 

 ここでいう"人道支援"とは、プラタ国内にいる共産主義者を炙り出して特定の箇所に集めることを言う。

 つまりはインビエルノでいうところのスタジアムだ。

 その後彼らがどうなるかは…説明するまでもあるまい。

 

 

「………以上で記者会見を終わります。皆さんありがとうございました。」

 

 

 

 この前とは違い、会見は予定通りに終わった。

 あの女記者の正体は結局分からずじまいだったが、今はもうそんな事に構っていられない。

 毒ガス散布は私の独断だったし、本当の意味で秘密裏に終わらせるべき案件だった。

 

 そんな私の内心を知ってか知らずか、タマンダーレが私に寄ってくる。

 

 

「お疲れ様、アドリアン。」

 

「ありがとうタマンダーレ。こうも忙しいと疲れてしまうよ。」

 

「ええ………今回のことは、本当に残念だったわね。」

 

「………ああ、毒ガスのことかい?…確かに残念だ。連中は恥知らずにも化学兵器を使おうとしてたんだから。」

 

「ねえ…アドリアン?疑っているわけじゃないけれど…毒ガスの事はいつ知ったの?」

 

「陸軍航空隊の戦闘機が爆撃をしてからさ。私だって連中があんなマネをしたことを知っていたら作戦を中止させていたよ。」

 

「そう…」

 

「北部に転戦させていたせいで、機甲部隊と共に行動していた化学部隊の投入も遅れてしまった…あんな状況じゃあ生存者は絶望的だろう。」

 

「………自分を責めないで、アドリアン。」

 

「大丈夫だよ、そこはちゃんと分かっているから。…さてと。軍部との会議に出ないとならない。すぐに戻るよ。」

 

「ええ、いってらっしゃい。」

 

 

 タマンダーレがどこか不安げな様子を見せたような気がしたが、きっと気のせいだろうと思うことにした。

 彼女に勘付かれてないといいが…

 どちらにせよ、この作戦を知っている者は私とベラスコとウゴ、それにルートヴィヒしかいない。

 タマンダーレは私を疑う事はあっても確信までは持てないはずだ。

 

 とにかく、今は一刻を争う。

 順調にプラタを制圧できれば、スプルース大統領はライリーを介さずともこの大陸をコントロールできるようになる。

 タマンダーレはその時初めて任務から解放されて、ユニオンで新しい人生を始めることができるだろう。

 

 彼女は魅力的で、私にとってかけがえのない存在…それに間違いはない。

 けれど私は最愛の女性がいつまでも傀儡の鎖に縛られている姿を見たくはなかった。

 おまけにその傀儡は口に出すのも悍ましい方法でこの大陸を制圧しようとしている。

 タマンダーレ…いや、セントルイス級のネームシップたる彼女に、血塗られた独裁者のファーストレディなんて地位は決して相応しくない。

 私には彼女と共に暮らす事より、彼女が自由に暮らしていくことの方が大切に思えた。

 

 

 こうなった以上、早急にケリをつける必要がある。

 だから会議室に入ってウゴの報告を聞いた時、私はあまりに落胆してしまった。

 

 

「…ガス攻撃の評価・偵察を行った戦闘機からの写真です。」

 

「…………これは?」

 

「…大統領、残念ですが………」

 

「ベラスコ元帥。私は確かに命じたはずですね?プラタ国内の海外メディアの一切を追い出せと。」

 

「…………大統領………全力で」

 

()()などでは足りん!

 

 

 私は怒りのあまり手近にあったサイドテーブルをひっくり返す。

 普段は決してこんな事はしないし、こんなに声を荒げることもない。

 それほどにまで、私は理性を保つので精一杯だった。

 

 

「元帥!必ずこの2人組を始末しろ!どんな手段を用いても構わん!必ず殺せ!」

 

「は、はい、大統領閣下!」

 

 

 偵察機が捉えていたのは、重桜製と思わしきピックアップトラックと、カメラか何かを構える女性と思わしき人物、それにその女性に覆い被さろうとしている男性と思わしき人物だった。

 それが何を意味するか。

 私が周到に進めてきた作戦に大きな穴が空いたこと、更には、覆い被さろうとする男性の行動は偵察機の存在に気づいていることを意味している。

 つまりこの2人組が少しでもマトモな人間であるならば、今頃はもう逃げ出し始めているに違いない。

 そしてそれは、私の作戦に大きな穴を穿つどころか瓦解させかねない不安定因子だった。

 

 

 正直なところ、全てを放り投げタマンダーレに真実を打ち上げて泣きつきたい気分にもなる。

 だが私は"やり通す"と決めたのだ。

 もう後に引くには遅すぎる。

 彼女が真相に気づく前に、この2人組を殺すしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 アドリアンと別れた後、タマンダーレは夕食の下拵えをするためにキッチンへと向かう。

 しかし考え事をしていた彼女は、その場に誰かが待ち受けていたことに気づけていなかった。

 故にその"誰か"から話しかけられて初めて、ハッと我に帰る。

 

 

「…まさか、流石のアンタも大統領閣下(アドリアン)の言葉を鵜呑みにはしてないでしょう?」

 

 

 振り返ると、そこには腕を組んで壁にもたれかかるオイゲンと椅子に座って項垂れているボイシがいた。

 

 

「………どうして…」

 

「さあ、どうしてかしらね。ハンスから聞いたけど、今回の件はライリーから命令されたわけでもない。あの子が自分の意思でやったことよ。もし真実が公の目に触れたら、彼は後世の歴史家からの批判に晒されるわね。」

 

「………」

 

「…アドリアンも………ライリーみたいになっちゃうのかな?…ボイシは……ぐすっ…そんなの嫌。あの子にはあの子のままでいて欲しい。」

 

「………ええ…そうね。……私が…私がもう少ししっかりとしてればっ」

 

「いい加減に思い込みはやめたら、セントルイス?」

 

「思い込みなんかじゃないわ!私があの子を変えてしまった!少なくともライリーを手伝ってあの子を怪物にしてしまったのは私なの!」

 

「それじゃ、どうしたいわけ?…あの子と心中でもする?」

 

 

 オイゲンは冷たい目をタマンダーレに投げかけていたが、その言葉からは主張が充分に汲み取れる。

 例えライリーの"純粋培養"にどれだけタマンダーレが手を貸していたとして、それはもう過ぎ去った過去の話であり今更取り返す事はできない。

 今タマンダーレにできる事は、過去を嘆くのではなく、現状ででき得ることを考慮する事だろう。

 

 

「悲劇のヒロインをやりたいのなら、私たちが居なくなってからにしてくれる?…ボイシはどう思ってるかは知らないけれど、私はハンスをまだ死なせたくない。」

 

「…ごめんなさい、オイゲン。あなたの言う通りね。…………"例の"人物からの返答はまだきてないわ。もうそろそろ返信があっても良い頃だと思うけど…」

 

「少し焦り過ぎじゃないかしら。向こうの立場からすれば、あなたの事を信じるだけでも奇跡が必要よ。」

 

「そうかもしれないけど…時間はないわ。このままでは本当に、アドリアンは自分自身を"殺して"しまう。」

 

「…ねえ、セントルイス。アンタは本気でアドリアンを()()()()()と思ってるの?」

 

 

 オイゲンの問いに、タマンダーレ…セントルイスは少し言葉を詰まらせる。

 彼女の懸念も分からなくもない。

 彼女が心配して止まないアドリアンは、もうかつて牧場主を夢見ていた少年からは想像もつかないほど変わり果ててしまっていた。

 それでも…

 

 

「…私は…"やり通す"って決めたの。あの子がユニオンから押し付けられた役に縛られているのを見るのは…もう耐えられない!」

 

「………鉄血にはこんな言葉があるわ、セントルイス。"敵を破りたいのなら、まず敵を知れ"」

 

「…?」

 

「気づいてないのかも知れないけれど、私から見る限り…案外アドリアンも()()()()()()()()()と思うわよ?」

 

「?………それって………」

 

 

 オイゲンが意味ありげにそう言って、タマンダーレがその意図を汲み取りかけた時、タマンダーレのポケットに収まっていた衛星電話の着信音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

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