KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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ソレントの男達

 

 

 

 

 

 海魔(セイレーン)の歌声を聞いた時、船乗りはどんな気分だったのだろう?

 彼は広い広い海の上を、たった1人で行かなければならなかった。

 共に進むべき伴侶には先立たれ、周囲の人々は彼自身が遠ざけたのだから。

 ただただ自責の念に駆られ、後悔に苛まれていた船乗りはきっと孤独だった。

 孤独な彼は果てしなく続いて見える海の上に一筋の光を欲したに違いない。

 …それがどんなに歪な光であっても、海魔(セイレーン)の歌声は船乗りの求めていたモノに合致してしまった。

 

 船乗りは海魔(セイレーン)の歌声に誘われ、船先をそちらへと向けてしまったんだ。

 過去がどれだけ警告したとしても孤独に蝕まれた彼が耳を貸すわけもない。

 だから船乗りは、その先に待ち受けるのが途方もなく高額な代償を伴うものだと承知の上で進んで行った。

 もう耐えられなかった、もうやめたかった。

 そうして船乗りは、2度と帰って来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 

 

 

 

 ユニオン

 OX社近辺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ…いや、アンタ達はジャック・ライリーを利用した。ホノルルを喪って失意の底にいた彼を惑わして、あの男のドッペルゲンガーを表面化させたわけ。」

 

「酷い言いようだけれど、アレがあの男の本性よ。私はちょっと入れ知恵をしただけ。…現に楽しんでたわ、彼。」

 

 

 目の前の女に弾丸を叩き込みたい気分でいっぱいだったが、何故か9mm弾を叩き込んでも無駄な事だと直感できた。

 オイゲンはそれでもMP5の銃口を"マーガレット"に向け続ける。

 

 

「私にやった事もアイツの本性だってわけ?」

 

「うふふふ!…ねえ、感謝してほしいくらいよ?私たちのお陰で、あなたは息子を未だに見守れるんだし。」

 

「…ッ………言わせておけば…」

 

「まあ、そうカッカしないでちょうだい。…その様子だと、私たちの正体には気づいているようね。」

 

「……ええ。だけど、アンタらの目的がわからないの。一体何が目的なの?」

 

「焦らないの、まだ時間はあるわ。…そうねぇ、どこから話すべきかしら?」

 

「アンタ達はアズールレーンとレッドアクシズが戦争状態に入ってから、出現頻度を減らし始めた。大戦の決着がつく頃には、アンタらの脅威なんて表面化してしまったわけだけど…その時にはもう、大国の中枢に入り組んでいたわけね。」

 

 

 "マーガレット"は少々驚いた顔をして、両手でわざとらしく口元を覆って見せる。

 その様はまるで教師が教え子に「よくできました」とでも言っているかのよう。

 オイゲンは余計に苛立ったが、傍に抱えるマーティンの為にも無駄な戦闘は避けねばならない。

 精一杯の自制心を働かせるオイゲンに対して、"マーガレット"は尚も挑発的な態度をとり続けていた。

 

 

「あらぁ!よくそこまで辿り着けたわね!…その通り。私達は"やり方"を変える必要があった。」

 

「アンタ達でも手に負えないこともあるのね。」

 

「いいえ、それは違う。あのまま直接的な介入を行うのは、私達の本来の目的を阻害しかねないと判断したからよ。」

 

「結局アンタらは何を考えてたわけ?何を目的に、何を成そうとしていたの?」

 

「…人類やあなた達は思っていたより面白い結果をもたらしてくれたわ。でもその反面、彼らは自分自身すら滅ぼしかねないチカラを手にしてしまった。」

 

「………核兵器、ね?」

 

「ええ、そう。あなた達の"活躍"で、私達も無視できない損害を受けた。だから、あの存在は少々厄介だったの。私達が本来の目的を達成するためには、最小限のチカラでバランス・オブ・パワーに介入する必要が生まれた。」

 

「…アンタ達の望む目的は、人類自身の滅亡なんかじゃなかった。」

 

「ええ、その通り。私たちの介入がなければ、きっと人類は核戦争を始めていたでしょう。…そんな事をしたら…ふふふ!()()()()()()()()()じゃない!」

 

 

 腑が煮えくりかえるほど胸糞が悪いのは確かだが、オイゲンはこの女の"功績"を認めざるを得なかった。

 確かに、"こいつら"は人類の指導者達や彼女自身のようなKANSENが成し得ないことを、歴史の裏側で繰り返していたに違いない。

 

 大戦末期の鉄血公国、内乱が勃発したプラタ、更には東西陣営をほぼ全員巻き込みかねなかった東煌での軍事的緊張。

 冷静に考えてみれば、これらの不安定な条件下で核兵器が作動しなかったことは…まさしく奇跡としか言いようがない。

 "こいつら"は誰にも存在を悟られる事なく介入をこなして、人類が直面する最悪の事態を先んじて排除していたのだ。

 

 

「あなた達だって薄々感づいてはいたでしょうに。ティルピッツやヴェネトも私たちの存在を…確信まではいかないにしろ、感知すらできないほど無能なわけじゃない。」

 

「………」

 

「それでも、彼女達は冷戦が終結するまで私たちを追おうとはしなかった。勿論、同胞達の救助に全力を傾けていたのも事実でしょうけれど。」

 

「…確かに、ここ数日で調べ上げたにしては情報があまりに詳細だったわね。ティルピッツはあなた達の存在に感づいていながら、今の今まで行動を起こさなかった。それはアンタ達がティルピッツやヴェネトでさえ手に負えない物事を扱っていたから…冷戦という特殊な状況下の中、国境やイデオロギーの壁を無視できるアンタ達ほど貴重な存在はない。」

 

「私達は"透明人間"、だからここまで最小限のチカラで人類の破滅を防いできた。あなた達がどう思うと、私達にはその自負があるわ。」

 

「………」

 

「気に入らないというような顔をしてるけど、事実としてあなた達に何ができたのかしら?」

 

「アンタ達は大勢を手にかけたも同然よ!」

 

「ええ。けれど、核戦争が起きればより多くの人間が死んだでしょう。人類は文明を保てなくなり、この世界は闇に包まれる。何度も言うけれど、私達はそれを防いであげたの。犠牲になった彼らは可哀想だけど、あなたはこの意味を理解できるでしょう?」

 

 

 ハンスの前では常に飄々とした態度を崩さなかったオイゲンも、この女を前にしては表情を崩さずにはいられなかった。

 理性はその正しさを理解している。

 大戦末期に、或いはハンスと再会したあの頃に核兵器が使用されていれば、きっと彼女は今頃酒店なんて開けていない。

 けれどもオイゲンは、その為に犠牲を払った人々を知ってしまっている。

 牧場主を夢見ていたのに虐殺者になってしまった男や、妹を喪った喪失感を利用されたKANSEN。

 彼女の夫はまんまと騙されて20年も逃げ回る羽目になり、彼女自身も長年監禁されて拷問を受けた。

 プラタでは毒ガス爆弾に大勢が殺されて、インビエルノのスタジアム跡からは未だに多くの人骨が発見されている。

 

 彼女は目の前の仇敵に怒りを覚えると同時に、自分自身へのやるせなさにも気付かざるを得なかった。

 この女を手にかけたいが、その資格がないことは自覚せざるを得ない。

 人類は結局冷戦が終結した後も互いにいがみあって争う事をやめようとはしなかった…それは寧ろ激しさを増している。

 

 超大国の睨み合いが終わり、不安定要素はなくなるどころか増え続けている。

 いわゆる多極化は幾ばくかに自由をもたらしはしたが、その倍の諍いを産んでしまった。

 今や世界の至る所が戦争の火種に塗れて、拡散した大量破壊兵器はより一層の懸念事項と成り果てているのに、指導者達にはそれは食い止める術がない。

 

 

 オイゲンは項垂れるように、徐々にMP5の銃口を下ろしていく。

 "マーガレット"はその様子を見て、さぞ満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

「…そう、その通りよ。世界はまだまだ私達の介入を必要としている。あなたや彼ら自身が背負うには重すぎるもの。」

 

「………」

 

「わざわざあなたに会ったのはこのためよ?…警告をするため。私達の邪魔だてをするのなら、人類は自滅を覚悟する事になるでしょう。…分かったのならティルピッツにも」

 

 

 

 バスッというくぐもった銃声が響いて、"マーガレット"は言葉を断つ。

 突然の出来事に訳もわからずオイゲンが顔を上げると、そこにはあろうことかM700ライフルを高く構えるヨアヒムがいた。

 ライフルの銃口からは青い煙が立ち上り、倒れ込んだ"マーガレット"の額からは赤い液体がこぼれ落ちている。

 

 

「…マーティン君が寝てて良かった。行こう、母さん。」

 

「なっ、ちょっ、よ、ヨアヒム!?」

 

 

 オイゲンは驚きのあまり動揺を隠す事もできなかった。

 だが彼女の息子は断固とした態度を示す。

 

 

「…人類は確かに愚かだ。いつの日にか自分自身を滅ぼすかもしれない。けど、だからといっていつまでも"誰かの監視下"にあって良いわけじゃない。」

 

「ヨアヒム…」

 

「そうならないように舵取りをしなければならない、それがこれからの世代を担う者の義務さ。こいつらの世話になるわけにはいかない。」

 

「アンタも…こいつらの正体を知ってたわけ?」

 

「ティルピッツは案外隠し事が下手だな。向こうが情報局をどれだけ調べてたかは分からないけど、情報局には戦友会の資料が山ほどあった。…だから、僕にも分かったんだ。こいつらがかつて母さんと戦っていた、『セイレーン』だってね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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