KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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脱出計画

 

 

 

 

 

 

 プラタの第二都市は、インビエルノの首都やプラタの首都と比べても遜色のないくらいには貧富の差を直実に示していた。

 天をつかんと聳え立つ高層ビル、そこから見渡す限りのスラム街。

 ユニオンの裏庭として、伝統的にプランテーションと鉱物資源による輸出に依存した経済体制が続いた南方大陸の諸国家は概ねこんな景観をしている。

 インビエルノでは反共軍事政権が続いたため、また、プラタでは古臭った封建体制が19世紀から保たれてきたが故に、2つの国家はその典型と成り果てた。

 独裁政権にしろ絶対君主にしろ、一部の特権階級とその擁護者達は今の権力を手放そうとしない限り彼らの事など気にもかけない。

 

 ただし、インビエルノにおいては、アドリアン・セルバンデスが例外となった。

 彼はスラム街のことを気にかけはじめた…主に、反体制派の温床として。

 今ではひっきりなしに秘密警察が訪問にやってくるが、プラタの場合はまだそうではなかった。

 ありがたいことに連中はある2人組の捜索活動に躍起になっていて、共産主義者狩りなどという途方もない作業は後回しにされたからだ。

 だからこそ、アマンダはデュノア夫妻をここの隠れ家に連れてきた。

 

 

「まったく、正気とは思えんな。今にも秘密警察が飛び込んできそうだ。」

 

「安心しな。秘密警察も陸軍も皆んな出払ってるよ。ここに残ってる連中も、第二のインビエルノ・スタジアムを開く準備に忙しいのさ。それに…昔からよく言うだろ?灯台下くらしって。」

 

 

 心配するパスカルをよそに、アマンダは葉巻を咥えて火をつける。

 ようやく任務を終えた兵士が取る休憩としては一般的なものだろう。

 普通ならそれを咎める者は悪意を持たれるし、助けてもらった相手にそんな反応はしない。

 ところがどこにおいても例外というものがあり、この場合、それはアルジェリーだった。

 

 

「ちょっと!この子の前で吸わないで!」

 

 

 彼女はあの村で保護した少女を庇うようにして立ち、アマンダに向けて毅然と言い放った。

 パスカルはサァッと青ざめたが、アマンダは寧ろ吹き出して、葉巻の煙故にケホケホと咳き込みさえする。

 

 

「…ああ、悪いね。私は子供を持った事がないんだ…きっとこの先もね。…"爺さん"、その子を別の部屋に連れてってやって。」

 

「はぁ、まったく!相変わらず人遣いの荒い!ほれ、こっちに来なさい。」

 

 

 老人が少女を連れていき、これで免罪符を得たと言わんばかりにアマンダはタバコを吸い続ける。

 パスカルはアルジェリーのために喫煙習慣をやめただけあって、彼女のタバコ嫌いを知っていた。

 だからアルジェリーが不快そうな顔を崩そうともしない事に不安を感じたが、下手にこの手の会話を進展させるべきではないと判断する。

 ところがアルジェリーは恐ろしくブレなかった。

 

 

「タバコはあなたの寿命を縮めるのよ?」

 

「ははっ、安心しな。インビエルノの首都を落としたらすぐにやめるさ。あの独裁者さえどっかに行けば、すぐにでも。」

 

「なぁ、助けてもらったのは感謝するが、アンタ達にも目的があるはずだ。俺たちに、一体何を求めてる?」

 

 

 これ以上アルジェリーが喫煙関連の地雷を踏み続ける前に、パスカルは疑問をアマンダにぶつける事にした。

 とはいえこの疑問は真っ当なもので、現在プラタで秘密警察から追われている人間を助けるとなると途方もないリスクを背負う事になる。

 このゲリラの親玉がパスカル達に手を差し伸べたのは、決して気まぐれではないだろう。

 

 

「アンタ達の情報を教えてくれた協力者が言ってたんだ。アンタらが首都でとんでもないスクープを手入れたってね。」

 

「その協力者って、一体誰なんだ?」

 

「それは言えない。アンタだけじゃなく、私の仲間さえ知らないんだ。そこは我慢してくれ。」

 

「おいおい」

 

「信じてくれってのも無理かもしれないけど、私達が来なけりゃ、アンタらは今頃街灯にでも吊されてるよ。ここは今そういう状態さ。」

 

「それはわかるけれど…あなた達も、あのガスの事を知ってるのね?」

 

 

 パスカルに代わってアルジェリーが言葉を継ぐ。

 アマンダは薄ら笑いを浮かべて、肩をそびやかして見せた。

 

 

「知ってるも何も、その中心にいたんだよ。セルバンデスの宣伝なんて嘘っぱちもいいところさ。ピエールに毒ガスを持ち込む周到さがあったら、インビエルノが介入する隙さえ与えてなかったよ。」

 

「あなたは首都にいたのね?」

 

「ああ。何ならインタビューに答えても良いけど?…まっ、そんな事より。アンタ達の捉えた写真が無事にこの国を出れば、私達の活動も随分楽になる。つまりはそういう事。」

 

「水を差すようで悪いんだが、俺たちはセルバンデス政権の方便を聞いたわけじゃない。奴らは何て言ってる?」

 

「『共産主義ゲリラを語る暴徒が持ち込んだ毒ガスに流れ弾が当たった』…面白いだろ?」

 

「……嘘だろ?」

 

「感づいたようだね。…そうとも、西側諸国がこれを丸呑みにしてるなら、アイツらは揃いも揃って大間抜けさ。アイツらは真実に感づいてる。アンタらがアイリスに戻ってセルバンデス政権を批判したいなら、きっとその写真すらいらないだろうね。」

 

「…でも、各国が何の反応も示していないという事は…」

 

 

 アルジェリーは凄まじく胸糞が悪くなるのを感じる。

 西側諸国は…恐らく真相に感づいている。

 それでも緊張状態が続いている東煌に夢中で、この大陸の"些細な"出来事などにかまってはいられないのだろう。

 大国はこの大陸の事を誰かに押しつけて1正面に集中したいのだ…その誰かがアドリアン・セルバンデス。

 だから奴がガスを撒こうが何をしようが誰も咎めやしない。

 

 

「なら…どうしてあなた達は私達に手を貸すわけ?あなたの言う通りなら、新聞に写真を掲載しても意味はない。」

 

「いくらユニオンが東煌の問題を抱えていても、流石にガスをばら撒いたと一目で分かるような証拠を提示されたら表だった支援は出来ないさ。…それに、プラタのゲリラ組織は首都で全滅したわけじゃない。インビエルノの武装勢力も残存していて、まだ地下に潜伏してる連中もいる。セルバンデスは私達やアンタに夢中だけど、そのあまり彼らを見過ごしてる。問題は連中をどうやって奮起させるか、だけど…」

 

「私達の写真で、踏ん切りがつくかしら?その…こんな事を言うのもよくないけれど、今まで秘密警察から隠れてた人たちでしょう?」

 

「その写真が出回るってことは、アンタ達が秘密警察をだし抜いた事を意味する。現に連中は規模の割に担当範囲が広がりすぎてカツカツの状態さ。連中の弱体ぶりを見れば、きっと踏ん切りにはなってくれるだろう。…やってみないと分からないけどね。」

 

「とにかく、この国から出ない事には俺も君も生きてはいられない。彼女の言う通りにしよう、アルジェリー。」

 

 

 パスカルからそう言われて、アルジェリーは決意を固めた。

 効果のほどは期待よりも薄いかもしれないが、彼女の持つフィルムは極悪非道なセルバンデス政権に確かな一撃を与えるに違いない。

 

 

「問題はどうやってこの国から出るか、だな。何か手はあるのか?」

 

「空港は封鎖されて、秘密警察は小さな滑走路さえ見張ってる。国境は封鎖され通行不能…アンタ達徒歩で通過しようなんて正気じゃないよ。」

 

「なら、教えてちょうだい。あなた達は私達をどうやって出国させる気?」

 

「海から。」

 

 

 あっけらかんとした表情でそう答えたアマンダに、アルジェリーとパスカルは顔を覆う。

 海路?海路だって?

 それこそとんでもない。

 プラタ沿岸ではインビエルノ沿岸警備隊の艦艇が総出で文字通りの沿岸警備を行なっている。

 旧海軍の残存艦に加えてプラタ海軍からの鹵獲艦まで運用する彼らは、今や南方大陸いち強大な海軍組織に返り咲いていた。

 

 

「何も手漕ぎボートで出ろってんじゃないよ。プラタはロイヤルと戦争をおっぱじめる前にユニオンからKANSENを呼び寄せた。その艤装が保管してある場所を知ってる。」

 

「艤装だって?」

 

「ああ、プラタ海軍は軽巡級KANSENのための艤装を1セット、予備として取っておいた。…アンタ、元KANSENだろう?使いこなせないかい?」

 

「おいおいおいおい、軽巡級KANSEN用の艤装だって?冗談じゃない!」

 

 

 アルジェリーが応えるより先にパスカルが口を挟んだ。

 

 

「彼女の艦級は重巡洋艦だ!軽巡なんかよりよっぽど重い!重巡の言葉の意味分かるよな!重たい、巡洋艦なんだよ!軽巡級の艤装なんかじゃ到底彼女の重さには耐えられない!万が一装着できたとして、艤装が彼女の重さに耐えられるかは…」

 

パ ス カ ル ?

 

 

 パスカルはそこで初めてアルジェリーの地雷のど真ん中を踏み抜いた事を悟る。

 ああ、やっちまった。

 見ればにこやかな表情に青筋を浮かべるアルジェリーと、その奥で笑いを必死に堪えているアマンダが見える。

 

 

「あ…すいません………」

 

 

 夫がシュンとしたのを見てとったアルジェリーは、アマンダの方に振り返った。

 

 

「うまく使いこなせるかは分からないけど、きっと操作自体はできると思う。あとは敵の守りの薄いところを突く事ができれば…強行突破もできるかもしれない。」

 

「よし、それじゃ決まりだね。とりあえず今日はもう休みな。時期が来たら、作戦を実施する。」

 

 

 シュンとしている夫の耳たぶをつねりながら引っ張っていくアルジェリーの背中を見送りながら、アマンダはフフッと鼻で笑ってしまった。

 "あの人"が生きていたら、あんなやりとりをしていただろうか。

 答えは永遠に分からないままだが…何故かそんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

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