カルマの精算
現在
ユニオン
某総合病院
「実は何となくだけど、想像はついてたの。」
大きな2つのメロンを両手に持って、オイゲンがため息混じりにそう言った。
対して傍から着いてくるヨアヒムはあっけらかんとした様子だ。
「本気で言ってるの、母さん?」
「それ市長にも言われたわ。まさかあの人も"グル"だったなんて…」
「僕は最初から、皆分かってくれてるんだと思ってたよ。退役したKANSENが日常生活に溶け込むことは少なくないし。」
「はぁぁぁ…大恥かいちゃったじゃない」
……………………………………
彼女とその息子は"マーガレット"を射殺した後、OX社を川から脱出し、沖合で待機していたティルピッツに護衛されながら安全地帯まで引き返した。
ミッションは無事達成、しかしそれでめでたしとはいかない。
無事にマーティンを救い出したものの、オイゲンはもうあの町に居座る事はできないと考えていた。
酒屋の女主人が傭兵組織から少年を奪回する?
アクション映画じゃあるまいし、いくらなんでも怪しすぎる。
そこで誰かがプラチナ・ブロンドの赤メッシュ美女を調べる、あら不思議!
なんと彼女は旧鉄血公国海軍のプリンツ・オイゲンではありませんか!
…こうなると、もう町にはいられない。
これまで何度か、彼女は正体を隠せるように引っ越しを繰り返していた。
『戦友会』に相談して、住所を決めて、一定期間経ったら別の場所に移る。
だから、別に今住んでいる町も、いずれは出て行く予定ではあったのだ。
…まあオイゲン当人は、ヨアヒムとエミリーの恋が無事に帰着するまでは居座る気でいたのだが。
ところがOX社からの帰りがけ、オイゲンが引っ越しの相談をすると、ティルピッツはため息混じりにこう言ったのだ。
「まさか、
ティルピッツはそれ以上話す事はなく、オイゲンは悶々としたままヨアヒムやマーティンと共に帰路に着いたのだが。
町に帰ると…何と言う事だろう。
大通りにいたのは『ありがとう、プリンツ・オイゲン』の横断幕と町の住民達。
突然の英雄扱いにキョトンとするばかりのオイゲンに、その様子を見て取った市長が彼女に話しかける。
「おいおい、まさかオイゲン君。バレてないとでも思ってたのかい?現役時代と同じ髪型や顔をしてるのに?…私や警察署長をからかっとるのかね?」
「え?…いやだって…え?…つまり、アンタ達…」
「たぶん、以前の住人達も君を歓迎してたと思うぞ?…たしかに昔ユニオンと鉄血は敵同士だったが、今はもう違う。君はこの町の大切な住民の1人だ…この町に来た瞬間からな。」
「………」
「それに、君は幼いマーティン君を救助してくれた。警察署長は手間取ったが、今頃OX社の捜査をしておるはずだ。彼も感謝しとるよ。」
「でも………でも、私は」
「不安は分かる。"私もかつてはそうだった"からね」
「………え?」
市長はそこまで言って、そっと腕時計を外してその裏を見せた。
オイゲンにとっては見慣れた、『戦友会』の紋章がそこにある。
「まさか…アンタも?」
「誰がこの町に君らを手引きしたと思っとるのかね、がははははは!」
…………………………………
ヨアヒム・ルートヴィヒはエレベーターの中で母親から目を逸らして笑いを堪えていた。
なんたって、オイゲンの抱える"メロン"がどう見ても四つに見える。
バッグか何かに入れて持って来れば良かったのに、2つともそのまま手に持って抱えるもんだから面白い。
オイゲンがそんなヨアヒムに肘打ちをする。
「エミリーちゃんに殺されるわよ?」
「ごめんよ、母さん。気を悪くしないで。」
「はぁぁぁ…とんだ子に育ったわね。」
エレベーターはまもなく、彼女達の目的の階にたどり着く。
受付でこれから訪問する人物の部屋を聞いた2人は、真っ直ぐその病室に向かっていった。
その病室には、現在2人の患者がいた。
その内1人は少年で、彼の区画のカーテンは開いている。
少年はしばらく大戦時の本を読んでいたが、オイゲンを見るなり目を丸くした。
ヨアヒムはその理由が十分に分かる。
"母さん、頼むから、そのメロンを、どうにかしてくれ"
「………っ、お、オイゲンさん!」
「ふふっ、良い子にしてたかしら?」
「え、ええ、はい、オカゲサマデ…じゃなくて、ええと」
「あらもう!うふふ!可愛らしいわね?少しは落ち着きなさい。」
"落ち着かせたいなら、そのメロンを、どうにか、してくれ"
「ぇぇ、えっと、助けてくれて、ありがとうございました!」
「あら?どこを見てるのかしら?…ふふっ、イケナイ子ね」
"そのメロンを、どうにか、するんだ、母さん!"
ヨアヒムの念が通じたのかどうかは知らないが、オイゲンはようやっとメロンを手近のサイドテーブルに置く。
そうして、普段の彼女からはとても想像もつかない母性溢れる笑顔でマーティン少年との会話を始めた。
ようやく"メロン"から目が離れた少年も、嬉しそうにオイゲンと話し始める。
その微笑ましい光景をヨアヒムはいつまでも眺めていたかったが、やがては彼自身が訪ねたかった患者の方へと歩みを向けた。
その患者の区画のカーテンを開けると、果たしてそこに目的の人物がいた。
ベッドに寝かしつけられて人工呼吸器に繋がれた老人は、もう先が長くないように思える。
老人は目を閉じていたが、カーテンが開けられた事に気がついて、じきに目を開けた。
「………ああ……君か…」
「…アンタはとんだ食わせ者だな、ライリー。不本意ながら…"いい意味で"」
「………」
「中央情報局の資料をもう一度よく調べたよ。今度は調査対象をアンタに変えた。…アンタは自分の頭に拳銃をぶっ放したが死ねなかった。その後神経がおかしくなったのか…或いは…正常になったのか。職務に戻ったアンタは………」
「………」
「はぁ………ヴァルターやティルピッツと連絡して、父さんと母さんのユニオン亡命を支援してたのはアンタなんだな、ライリー?」
老人はしばらく何の反応もしなかったが、やがて表情を崩して軽く笑って見せた。
もうあのカフェのような反応こそできなかったが、しかし掠れるような声で会話を試みる。
「………そうか…余計なことを調べたもんだ……君の母さんには言うなよ?」
「それだけじゃない。アンタが中央情報局の記録を弄ったおかげで、ルートヴィヒ夫妻の動向は分からなくなっている。そして夫妻が経歴を変えてユニオンに到着した時、『戦友会』の手が届かないところをアンタが補完した。………どういうつもりだったんだ?…罪滅ぼしか?」
「ふはははッ…ゲホゲホゲホッ…そんなのじゃない。…私は…あのマーガレットに……唆された。そうして楽しんだ。楽しんで…忘れようとした。………ルルのことを。…私のつまらぬミスのせいで喪った、最愛の人のことを。」
「………」
「だが……悪魔と取引したならば、魂で精算をしなきゃならん…何事にも代償はつきものだ…そこで、私の魂は……あの悪魔共に取り上げられた。………つまりは、死を…魂の"期限"を…奴らに差し出さねばならなかった」
「アンタが自殺を図ったのは責任を感じたからなんかじゃない。喪った妻との再会を果たしたかったからだ。」
「…そうだ……プラタの件が片付いた後…私の役目は終わったと思った。…だが……そんなに甘くはなかった。」
「それと、アンタの気まぐれな善行とは何の関係がある?」
「………拳銃で頭を撃った時…ルルに会ったんだ。…彼女は………怒ってた。悲しんでもいた。それで、私に言ったんだ。……"ジャック、あなたはまだ精算を終えていない。終わるまでは、こっちには来させない。"と。」
「…僕があのカフェでアンタの頭を撃ち抜けば、"精算"の足しになるとでも?」
「ああ………浅はかだったがね……同僚達は私のしたことを知っていた。彼らでさえ、君のような人材に私の"精算"を手伝わせるのはおこがましいと感じていたんだろう。…ゲホッ!ゲホゲホゲホッ!……だが…君のおかげで助かった。そんなことをさせてたら、"精算"の足しになったどころか…」
「債務が増えただけだったろうな。…なぁ、教えてくれ。最近のアンタの通話記録を調べたんだが…中東への着信が一件ある。…相手は"マーガレット"か?」
「…………君はあの女が"死んだ"と思ってるんだろうが、彼女はきっと死んでない。一時的に姿を消しただけだ。…だがこれで………"君達の件"はひと段落がついた。ルルもようやく許してくれる気になったんだろう。…だが、まだ最後に払わなきゃならん物が残ってる。」
「アンタ相当な債務者だな。」
「ふはははっ……ゲホゲホッ…はぁ、その通りだ。」
「それで?その最後の支払いってのは?」
「……まあそう急かすな。まずは、老人の思い出話でも聞いてくれ。」