KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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最後の騙し合い

 

 

 

 

 

 アルジェリー逃走の2週間後

 

 

 インビエルノ

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルジェリーが優秀な記者である事は認めざるを得ない。

 彼女は東煌の緊張緩和が世論に"雪解けムード"を大いに盛り込むことを予見していた。

 だからこそ帰国後すぐに記事を掲載せず、東煌の件が片付くのを待ったのだろう。

 

 東煌における歴史的融和の報道が落ち着いた頃、ある独裁者の軍隊が非武装民間人に対して毒ガスを使用したという写真付きの見出しが、アイリス最大手の新聞に掲載された。

 このスクープをすっぱ抜いた記者は勇敢にも難民の保護までも行っており、その難民の証言からインビエルノ陸軍及び秘密警察が行った数々の人権侵害が明らかになったのだ。

 そうなるとユニオン国内でさえ、自国政府に対する非難デモが巻き起こることは容易に想像できることだろう。

 

 

 私は再び記者会見を行い、アイリス人記者の報道を否定しにかかったが…何をやっても無駄だった。

 少なくとも、かつては味方だった西側諸国の大手メディアは東煌の件が片付いて以来新しいネタに飢えていたのだ。

 彼らは当然のように私を裏切って、センセーショナルと思われるようなスクープの方を優先した。

 私と秘密警察は未だにインビエルノとプラタにおける報道を規制し、これがまた私への非難を増加させたが…こうなるともう、私は態度を硬化せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 この日、私は精神的に幾分疲れたまま1人で電話会談の席に座っている。

 会談の相手はスプルース大統領。

 言われる事は分かっている。

 私は援護を断ち切られるのだろう。

 そうならないことを祈っていたが、いざ会談が始まると、残念なことに私の推測は正しかった。

 

 

『…すまない、もう我々は君を支援できない。』

 

「いえ…私こそすいません。我々の下手のせいで」

 

『………』

 

「どうなされましたか?」

 

『なぁ、"アドリアン"。()()()()()()()()?』

 

 

 あまりに意外な質問を、ユニオン大統領からされる。

 彼が私の名前をファーストネームで呼ぶこと自体が意外なのだが。

 それ以上に、なぜ私が怒らなければならないのかを理解できない。

 

 

「何故怒る必要があるのですか?…寧ろ私は、大統領からご叱責を賜っても何らの不服もございません。しくじったのは私の方なのですから。」

 

『………なっ……君は………すまない。…だが、私には君を叱責する権利はない。君にそちらのことを全て押し付けてしまったのだから。』

 

「ご期待に沿えず、誠に申し訳ありません。ゲリラ共を抑える事は…叶わないでしょう。東煌が融和し、世間に私の所業が知れ渡った今…奴らはかつてないチカラを手にしましたから。」

 

 

 大統領は渋い顔をする。

 私は嘘をつかなかった。

「ご安心ください、必ずや暴動を抑えます」

「共産主義者は根絶やしにします」

「ユニオンの利益を害する者は、死を持って償う事になるでしょう」

 そんな言葉を吐けばユニオンの大統領が安心するだなんて安い打算には何の魅力も感じない。

 私はユニオンの利益を守るために、まさにありのままを伝える必要があった。

 大統領はどちらかと言うと、そんな私に困惑すらしているように思える。

 

 普通の独裁者ならこういう時は保身に走るものなのだろう。

 だが、不思議なことに私自身にはそんな気が起きない。

 どのみち、もう終わりだ。

 共産ゲリラが増長していく一方、ユニオンは私の援護を断ち切らざるを得ないのだから。

 形勢は徐々に不利になり、最後には、私は追い込まれる。

 ここまでの道筋は明確に見えているから、私はもはや取り乱すこともできなかった。

 

 ただし、まだ一つやらなければならないことがある。

 私はユニオン大統領に、その極めて生意気なのを承知でお願い事をしなければならない。

 

 

「………大統領、お願いがあります。私はでき得る限りを尽くしますが、きっとこの政権は倒れます。私は処刑され、晒し者にされるでしょう。」

 

『………』

 

「ですが…タマンダーレ……セントルイスまでその憂き目に遭うことを私は望みません。彼女は先の大戦を戦い抜いた英雄だ。私のような男の巻き添えを食らうべきじゃない。」

 

『君は…君は何も分かってないんだな!』

 

 

 ユニオン大統領は私の失態には何の叱責もしなかったのに、ここに来て初めて怒鳴り声を張り上げる。

 

 

『セントルイスは君の身を何より案じてる!もう君は…彼女にとっても掛け替えのない存在なんだ!だというのに君は彼女の気持ちも知りもせず』

 

「彼女が私のことを想ってくれているのは重々承知しています。ですが、ゲリラ共は彼女をユニオンから派遣された帝国主義の尖兵と見ているんです。私が敵に倒された時、彼女が側にいては………陵辱され、拷問され、きっと恥辱の果てに殺される!断じて…断じて大戦の英雄が迎えて良い最後ではありません!」

 

『………』

 

「大統領、どうか彼女やボイシをユニオンに帰還させるご許可を…せめて、緊急脱出手段のご検討をお願いします。」

 

 

 長い沈黙があった。

 勿論私は最後の最後まで足掻くつもりだが、今度の失敗が崩壊を招くのは朝日が昇るのと同じくらい確実なのだ。

 迫り来る破滅に、私1人が犠牲となるなら耐えてみせよう。

 当人達には悪いが、ユニオンへの帰還は望めないルートヴィヒ夫妻には最後まで協力してもらう。

 だがそこに、愛するタマンダーレや帰還が見込めるボイシがいてはならない。

 犠牲になるのは最小限でいいからだ。

 

 

 大統領は、果たして私の意図を理解してくれた。

 いや、"きっと"理解してくれた。

 さまざまな可能性を考えたに違いないが、大統領閣下はつい先ほど私に絶縁宣言をなされたばかりなのだ。

 それが私に何をもたらすか理解した上で、タマンダーレやボイシを見捨てるというなれば、この男はとんでもない悪魔だろう。

 幸いにも大統領は、やはり悪魔などではなかった。

 

 

『わかった、アドリアン。私の方で中央情報局に手を回しておく。セントルイスやボイシは…緊急時にはユニオンに帰還させよう。』

 

「ご配慮に感謝します、大統領」

 

 

 一等こそ取れなかったが、二等は無事に確保した。

 最悪の場合にも彼女達が敵の陵辱を受ける事はない。

 だがそれでも大統領は未だに躊躇を捨てきれないようだった。

 

 

『アドリアン、君をユニオンに亡命させてもいい。…私が言えた口ではないが、どこかに逃げる事も考えるべきだろう。』

 

「大統領、私の亡命を受け入れればユニオンは世界中のマスメディアから攻撃されるでしょう。私はここで死ぬべきです。」

 

『しかし…』

 

「首都にガスをばら撒いた独裁者を受け入れる国なんてありませんよ。…それに、私は多くに血と苦痛を強いた独裁者です。この罪は清算されなければならない。」

 

『………分かった、確かに君のいう通りだろう。ただしアドリアン、ひとつ言わせてくれ。もし自らの死でその罪が清算されると思っているのなら、それはとんでもない思い違いだ。私はそんな勘違いをして、()()()()()()()()()()()鹿()()()1()()()()()()()。』

 

「………」

 

『…本当にすまない、健闘を祈っている』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 大統領との電話の後、私はそのまま電話を別の番号へと回した。

 かけた相手はベラスコ元帥で、彼には重大な任務を与えている。

 元帥は案外早く出て、そしてハッキリとした口調で応対した。

 ウゴが左遷に近い扱いを受けたので、元帥は更なる昇進を重ねるチャンスが巡ってきたと思っているのだろう。

 勿論元帥がそれを望み、そのために一層の努力をするのであれば欲する物はくれてやるつもりだが。

 しかし残念ながら元帥は、もうまもなくその勲章の価値が微塵もなくなるということを理解できていない。

 私にとっては好都合ゆえに、何も言うつもりはないにしろ。

 

 

「元帥、私です。"例の件"は順調ですか?」

 

『はい大統領閣下。軍は工場をしっかりと警備しております。』

 

「よろしい。ウゴの作戦は現在タマンダーレにも精査してもらっていますが…私の見たところ、それなりの効果は期待できるように思えます。工場さえしっかりと稼働すれば、ですが。」

 

『その点については抜かりありません、どうかご安心を。』

 

「では、しっかりと頼みますよ。」

 

 

 私が電話を切った時、書類の精査を終えたタマンダーレが執務室に入ってくる。

 最近は彼女の悲しげな顔しか見ていない。

 私にとっては残念だが、そのためにこの類いの作戦を中断するわけにもいかなかった。

 

 

「…また……あのガスを使う気なのね、アドリアン?」

 

「アルジェリーの"おかげで"あのガスが私たちのモノだと世界中に知れ渡った。…今更隠す必要もない。」

 

「………ターゲットは人口密集地帯…首都もその範囲に入ってる。」

 

「心配するのは分かるが…一応、それは奥の手なんだ。その時には、私達は専用の防護器材に身を包んで地下壕に退避する。くたばるのは首都に雪崩れ込んだゲリラ共と"可哀想な"市民だけだ。…何の心配もいらない。」

 

「………」

 

「…わかってる、わかってるよ、タマンダーレ。でもさっきも言った通りこれは最終手段だ。それまでにゲリラの件が片付くなら使うつもりは毛頭ない。」

 

「ねえ、アドリアン。…やっぱり亡命も考えるべきよ。今ならまだ間に合うかもしれない。」

 

「私の悪行は世界に広まってしまった。…今更どこに行けばいい?」

 

「それは」

 

「大丈夫だ、タマンダーレ。心配はいらない。こんな事はじきにカタがつく。ただ、今は少し…"時間稼ぎ"が必要になる。」

 

 

 

 タマンダーレはそれきり黙り込んだが、その悲しげな瞳から、彼女の内心を読み解くのは困難だった。

 

 彼女は私の嘘に気がついただろうか?

 もう既に何度か彼女を騙すことには失敗しているが、今度ばかりは騙されてもらわねば困るのだ。

 

 私が"最終手段"を発動した時、彼女達は防護器材こそ装着するが地下壕には向かわない。

 こんな事はすぐにはカタはつかないが、彼女達のここでの活動にはカタがつく。

 私は自身の心配を、あと幾ばくかはする事になるが、彼女達はそんな心配事とは無縁の生活に戻るはずである。

 

 

 必要ならば、私は彼女に拳銃を突きつけてでもコレを達成するつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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