KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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遅まきの種

 

 

 

 

 

 

 

 

「御言葉ですが、大統領夫人」

 

「タマンダーレでいいわ」

 

「…では、タマンダーレさん。大統領閣下があなたの提案を認可するとは思えません。少なくとも…私はこの案に賛成しかねます。」

 

「確かにまだ認可はもらっていないけれど、あなたにはどうか準備だけでも進めておいてもらいたいの。」

 

「……率直に言って、こんなモノで国民を引き止めることが出来るとは」

 

「いいえ、この案の目的はあくまで国民の教育推進よ。アドリアンの政治には無関係。彼はあのニュースの対応で忙しいから…誰かが代わりにこの方面の問題に取り組まないと。」

 

 

 タマンダーレは年老いたインビエルノ文部大臣相手に話し込んでいる。

 内容は国内の教育に関するもので、アドリアン・セルバンデスがこれまで微塵も気にかけてこなかったものだ。

 だから文部大臣は困惑した。

 今まで自分のポストはその職務の如何ではなく、大統領への忠誠により与えられたモノだと思っていたからだ。

 

 平たく言ってしまうと、文部大臣には国民の教育レベルなど大した話ではなかったのだ。

 彼は陸軍省の出身であり、彼が大臣になれたのはアドリアン・セルバンデスが父親の跡を継いだ時その場所にいたからに他ならない。

 もっと遡れば、それは陸軍と海軍の派閥争いの賜物で、当時主導権を握っていた海軍が陸軍を宥めるために仕方なく用意した程度のものである。

 

 先のアルバロ時代に、あの独裁者が突然教育に興味を示した事はあったのだが…しかし、それは始まりと同じくらい突然に終焉を迎えた。

 故にインビエルノの"平均的な"国民の教育水準など、誰も気に留めなかったのだ。

 勿論、義務教育程度のものは揃っていたが、せいぜいその程度でしかない。

 進学しようにも高校の教育費用は全額自費負担であり、ゆえに高等教育を受けられるのは13家族や軍高官の庶子ぐらいなものだった。

 アルバロの教育熱が急に覚めたのは、恐らく特権を手放したくない階層から介入を受けたためだろう。

 このご婦人の教育熱もどうせ同じようなモノに違いないし、そのために自身の首を危険に晒すわけにはいかない。

 

 

「…しかし……」

 

「いいから、言った通りにやってちょうだい。それがあなたの仕事のはずよ。…それでもやらないと言うのなら……こんな事は言いたくないけれど…」

 

 

 ユニオンからやってきたファーストレディは実際にはそれ以上言わなかったが、それでもその意図は文部大臣に十分伝わった。

 彼女は今大統領閣下が最も信頼を置く"部下"でもある。

 そんな人間に逆らえばどんな密告をされるかわかったもんじゃない。

 このご婦人がどうして急にこんな案を出したのかは知らないが、もし大統領に問われたら彼女の命令だと言う事実を述べれば良いし、文部大臣の見る限りこのファーストレディはそれを覆したりしそうにはなかった。

 

 

「…かしこまりました。高等教育のための人材を確保しておきましょう。オンディビエラ長官にお話しして、秘密警察のリストから除外するようにも要求します。それから…」

 

「ええ、情報産業を担えそうな人材を最優先で見つけてちょうだい。きっとその手に明るい人材は秘密警察にいるでしょうから、大統領命令を使って、私の直接傘下に組み入れておいて。アドリアンからはその権限も委任されているわ。」

 

「承知しました。ではまた。」

 

 

 

 

 文部大臣と分かれた後、タマンダーレは別の人物を訪ねに行く。

 今度は財務大臣で、親子二代の独裁政権が好き勝手に軍や秘密警察を動かすのに必要な資金を供給しなければならなかったこのポストにいる人間は、少なくとも文部大臣よりかはタマンダーレに好意的だった。

 

 

「ああ!タマンダーレさん!これはどうも!」

 

「ええ。頼んでいた事は、進めてくれているかしら?」

 

「はい、貴女に大統領権限の一部が移ったおかげで大助かりですよ!」

 

「こほん…あまりそういうことは大声で言わないで。それに、私はあくまでアドリアンに仕えているわ。それを忘れない事。」

 

「こ、これはすいません。…ご依頼を受けていた件ですが、重桜の団体は契約を継続してくれるようです。」

 

「そう…ミカサのおかげね。あのニュースの後で1番嬉しい知らせだわ。」

 

「私にとってもそうですよ。もしこの事業が成功すれば、ゆくゆくは小さくない資金源になるはずですから。…はぁ、軍資金の足しにはなりますよ。」

 

「うぅん…でも、やはり別のことも進めないとダメね。この国の財政状況はユニオンの市場に頼り過ぎている…多角化の方の進捗はどうかしら?」

 

「残念ながら、正直うまくいってません。13家族はこういうことに神経を尖らせていますから。あまり派手に動くと警戒され、妨害される。」

 

 

 かつてこの国に変革をもたらさんとした共産政権がどうなったかを、タマンダーレも知っていた。

 彼らは性急のあまり、この国の数少ない産業を牛耳る階層の人間へなんらの配慮も配ることがなかったのだ。

 その結果は各界有力者からの拒絶と政権の自滅であり、タマンダーレにそれを繰り返すつもりはない。

 

 

「…それは仕方ないわ、多角化の件は慎重に進めましょう。統合の進む大陸方面や高度経済成長の伸びる重桜には、ユニオンに匹敵する需要があるはず。水面下での打診は続けておいて。」

 

「かしこまりました。それと、交通省の主席補佐官が貴女をお探しでしたよ?」

 

「ああ…きっと"あの件"ね」

 

 

 タマンダーレは財務大臣とのやりとりを終えて、またもや別の人物に会いに行く。

 大統領宮殿は数々の省庁の中枢が集うインビエルノの心臓部であり、彼女なりの考えから内政の改善を模索するタマンダーレには休まる時がない。

 

 "オクロジャック"…つまりウゴは勝手な判断をした結果事態の収拾に失敗してアドリアンの不興を買った。

 アドリアンはタマンダーレの狙い通りウゴに烙印を押しつけたが、それによってようやく彼女は自身の新しい計画の別の方面を進めることができるようになったのだ。

 そのうちの幾つかは、以前から少しずつ準備していた。

 彼女がアドリアンを"自由"にしようと決めたその日から。

 ただし、物事が一気に進捗するようになったのはここ最近の話。

 それまではアドリアンの目をそちらに向けないようにする必要があり、それ以上に正体不明の"オクロジャック"の存在がこの上なく邪魔で仕方なかったのだ。

 秘密警察が大統領衛兵隊から一切排除されたおかげで、タマンダーレはようやく"オクロジャック"の目を気にすることなく行動できる。

 未だ気は抜けないものの精神的にようやく安定したアドリアンが、内陸のゲリラに集中しているおかげでタマンダーレはより自由に動けるようになった。

 

 そんなタマンダーレは大統領宮殿内を探し回って、ようやく交通省の主席補佐官に出会う。

 

 

「タマンダーレさん!探しましたよ!」

 

「ええ、私もよ。道路の件はうまく行きそう?」

 

「今のところはうまくいっていますが、いずれ資材の調達が難しくなるかと。」

 

「どうして?」

 

「大統領命令で、軍が建設資材の統括を担うことになりました。今現在、ゲリラの襲撃に備えて軍は各箇所の防御施設建設を急いでいますから…」

 

「…はぁ……それはどうにもならないわね。ごめんなさい、私からもアドリアンに働きかけてみるから…どうかお願い。」

 

 

 方々を回って必要な調整をしている間に、日はすっかりと暮れてしまった。

 今しがた季節は冬で、インビエルノの冬はかなり冷え込むにも関わらず彼女はじわりと汗をかいている。

 広い宮殿の中をひたすらに歩き回るのは楽なことではない。

 

 最後に彼女は厨房を訪ねて、ボイシがアドリアンのための料理を作っているところにどうにか間に合った。

 

 

「お疲れ様、セントルイス。料理はボイシがするから、どうかセントルイスは休んでいて?」

 

「…ごめんなさい、ボイシ。あなたには苦労をかけてしまって。」

 

「うぅん。これもあの子のためなんだから。…けれど……その……ボイシがこんなことを言う資格はないと思うけど…」

 

「………」

 

「…セントルイスのやってることに、意味があるとは思えない。あの子は…アドリアンが今何をしても、国民があの子を愛するようになるとは…思えないよ。」

 

「………確かに、そうかもしれないわね。」

 

「なら、どうして…セントルイスがここまでするのには、他に理由があるの?」

 

「……実を言うとね、これは一つの契約なの」

 

「契約?」

 

「ええ。まだ今はあなたにも話すことはできないけれど…いずれにしても、アドリアンには必要なことよ。」

 

 

 タマンダーレはそこまで言うと、ボイシが作り終えたサーモンステーキの乗る皿を手に取った。

 アップルバターソースの香る逸品をアドリアンの下に運ぼうとする彼女に、背後からボイシが話しかける。

 

 

「アドリアンは…"気づく"かな?」

 

「…いいえ。気づかないし、気づかせない。このサーモンを否定されたら、私たちの苦労はここまで。インビエルノに未来はないわ。…とにかく…一緒に行きましょう、ボイシ?」

 

 

 

 

 

 

 

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