KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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インプリンティング

 

 

 

 

 

 

 

 インビエルノ南端

 沿岸警備隊基地近郊

 

 

 

 

 

 

 

「ふはぁぁぁ…」

 

 

 オイゲンは深い深いため息を、暖房のかかった車の中で吐く。

 この時期になるとインビエルノの冬は骨に響かんというくらいにまで冷える。

 だから身重のオイゲンとしては早く宮殿に帰りたかったのだが、夫の仕事が終わるまでは待っていようと決めていた。

 夫は今副官と共に外で何かの作業を監督しているところで、この寒空の下目一杯頑張る夫を尻目に去れるほどオイゲンは薄情でもない。

 

 

「…奥様、ご気分は問題ありませんか?」

 

「ええ、ロドリゲス。私の心配はしなくて大丈夫よ。…それと、その"奥様"っていうのはやめて。」

 

「そうは行きませんよ、奥様。こう見えても自分は司令から奥様の安全を任されているんですから。」

 

 

 鉄血時代からそうだったが、ハンス・ルートヴィヒにはヒトを惹きつけてやまない謎の魅力があった。

 正確にはそれは"海の男"に限られた話だが。

 オイゲンが乗る海軍高官用車両の運転手は"海の男"だったらしく、彼は間違いなくハンス・ルートヴィヒに惹かれていた。

 

 

「申し訳ありませんが、暖房はこれ以上暖かくなりません。…先に戻られますか?」

 

「気遣いは嬉しいけど、ハンスを置いていきたくないわ。」

 

「そうですか、司令も良い奥様に恵まれたんですね。ウチのカミさんなら間違いなく俺を海に突き落として」

 

「ねえ、ひとつ聞いてもいい?」

 

「なんでしょう?」

 

「ハンスとあの副官はこんなところで何をしてるわけ?」

 

「…申し訳ありません、奥様。自分もよくは知らないんですよ。なんでも地元漁業組合の養殖事業に協力してるそうで。」

 

「養殖?」

 

「ええ、沿岸警備隊の大将が出てくるような話じゃないとは思うんですがね。どうも自分の聞くには」

 

「遅くなってすまない、ロドリゲス。」

 

 

 運転手の話を遮って、ハンス・ルートヴィヒが後部座席に滑り込んでくる。

 彼の副官は司令官が乗り込んでるのを確認すると、助手席に回った。

 

 

「ハンス、散々待たせたあなたの"奥様"には何もないわけ?」

 

「ああ、オイゲン。すまなかった。…だが、彼らも勤務時間外の任務に付き合ってくれている。先に彼らに謝らせてくれてもいいだろう?」

 

「自分はかまいませんよ、司令。中尉と違って暖かい暖房を浴びながら別嬪な奥様とお待ちしていれば良いだけですから。」

 

「おいロドリゲス!失礼がすぎるぞ!」

 

「あら、怒らなくてもいいのよ、中尉さん。運転手はとてもお世辞が上手いし…正直ハンスにも見習って欲しいわね。」

 

「ははは、参ったな。…ロドリゲス、いつもの店には時間通りに着けるかな?」

 

「あと1時間ですね。雪道で、夜遅くて、妊娠中の奥様にご乗車いただいておりますが…まあ大丈夫、楽勝ですとも。」

 

「あはは!本当に面白い運転手ね!」

 

 

 オイゲンはそう言って笑ったが、皮肉ではない。

 鉄血時代にも海軍の高級車に何度も乗ったが、こんなに愛想の良い運転手はいなかった。

 だからこそハンスは彼を運転手にしたのだろう。

 

 それはそうと、オイゲンにはハンスに聞いておかなければならない事がある。

 

 

「ところで、ハンス。アンタがこんな夜中にあの港で何をしてたのか、教えてもらえないかしら?」

 

「ああ、アレかい?アレは…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーモンステーキは実に見事な出来栄えで、ボイシが手がけるものの例に倣って私をその虜にした。

 ただし、食卓で同じ料理を食べているタマンダーレとボイシが、最初少しばかり不安げな表情を隠そうとしていたのが気にはなる。

 私の政策が上手くいっていないせいで彼女達にも不安を与えてしまっていることに、私は自分自身を罰したくなった。

 それでも、食事が進むとこの2人の表情は次第に安堵のそれに戻っていく。

 ようやっと初めて彼女達の不安の理由に気づいた私は二重に自分を罰したくなる。

 彼女達のそれは"不安"ではなく、きっと"疲れ"の現れだったのだ。

 

 

「すまない、タマンダーレ、ボイシ。君達には…苦労をかけてしまってる。本来なら私が全て掌握しなければならないのに。」

 

「いいえ、アドリアン。あなたがゲリラの対応に追われているのは、私たちも知っているわ。あなたはどうかそちらに集中して。」

 

「…ありがとう、タマンダーレ。ボイシも。…2人とも本当にありがとう。」

 

「それで…少し相談があるのだけれど…軍に建設資材の管理を任せたそうね?」

 

「ああ、交通省の人間から聞いたんだな。道路の補修工事なら後回しでいい。ゲリラ共に利用されるよりは…」

 

「ねえ、アドリアン。道路の有用性を馬鹿にしてはダメよ?あなたの軍隊はユニオン陸軍に倣って高度に機械化されているでしょう?…ちゃんと道路が整備されていないと、部隊の迅速な展開に支障をきたしてしまうわ。」

 

「………」

 

「そうなっては、せっかくの機械化も無駄になる」

 

「…分かった。だが全てを交通省に回すわけにもいかない。そもそも彼らには補修規模に見合った資材を渡しているはずだ。」

 

「補修だけでは不十分よ、アドリアン。共産政権時代に建設が始まった産業道路の本線だけでも、建設を促進させておくべきよ。」

 

 

 緊張した空気がボイシにすら伝わったらしい。

 彼女はナイフとフォークを食べかけのサーモンステーキの左右に置いた。

 私といえば敵が勢いを得た今になって、道路を作るなんていうこと自体が信じられない。

 

 産業道路はタマンダーレの言う通り、共産主義者が国内の工業化を進めるために用地を確保していた。

 ゆくゆくはその道路を主軸に、まずは消費材を中心とした工業地帯を作るつもりだったのだ。

 あの弁護士連中が倒された後、父がこの道路に少なからぬ関心を持ち、共産主義者が中途で終えていた用地買収を完遂した。

 そこから大統領専用車両がパンツァーファウストに吹き飛ばされるまで、建設自体は細々とは続いていたのだが。

 

 私は大統領就任後、ウゴの進言を受け入れて建設を取りやめていた。

 必要ないと思ったからだ。

 いや、違う。

 インビエルノという国にとっては、それはそれは必要なものかもしれない。

 だが私にはユニオンの代理としてこの国を管理している自負があった。

 ユニオン企業はそんな道路を求めていない。

 彼らが求めるのは、バナナやコーヒー畑、或いは鉱山から港に伸びる道路の確実な整備と管理なのだから。

 私が交通省に求めたのはそういう仕事だ。

 タマンダーレの進言はそれと大きく食い違う。

 

 

「…タマンダーレ、私はもう君を疑うつもりはないんだが…教えてほしい。私にはどうもゲリラ対策との接点は見出せないんだ。」

 

「産業道路は直線を多用した設計よ。鉄血では緊急時の戦闘機の離着陸に利用できるように設計された高速道路網が使われているわ。」

 

「ゲリラがそんな対空兵器を持てると思うのかい?」

 

「ユニオンはあなたに携帯式地対空ミサイルを供与したわね?」

 

「トップクラスの警備をつけている。奪われることはまず有り得ない。」

 

「有り得ない、なんて…そんなものは机上の空論に過ぎないわ。ゲリラ戦では何が起こるか誰も分からない。……それに、道路の建設を進めても、あなたの政策に大した影響があるようには思えないけれど?」

 

「なっ…そんな馬鹿な!だいたい、道路を作るのにどれだけの人員を割かなければならないと思ってるんだ?徴兵適齢期の国民は遅かれ早かれ徴収しなければならない。子供と老人に土木建設は荷が重すぎるし、ならいったいどこから」

 

「"囚人"…あなたがスタジアムに捕らえている人々を働かせればいい。」

 

 

 タマンダーレの提案に度肝を抜かれる。

 スタジアムの"政治犯"共か!?

 ダメだ、アイツらは処刑しなきゃいけない。

 

 

「あなたは、きっと今こう思っている。スタジアムの人間は"計画的"に処刑を進めないといけないって。」

 

「…そうだ、そうだ、タマンダーレ。そこまで分かってるなら何故」

 

「でも!…あなたは忘れてしまっているわ。そもそも、何故彼らを処刑しなければならないの?」

 

「国民共を抑圧しておくためだ!」

 

「アドリアン、あなたもユニオンで散々教育をされたでしょうけど…物事には優先順位があるはずよ?」

 

「………政治犯処刑の優先順位が低いと思ってるのか、タマンダーレ?」

 

「処刑は手段だったはずよ、アドリアン。あなたが国民の統制をするために利用したいち手段。目的を思い出して。」

 

「………」

 

「確かに、ゲリラが対空ミサイルを鹵獲するなんていうのは突拍子が過ぎるかもしれないけれど…それでも、政治犯をただただ処刑していくよりは有用な時間と労働力の使い方になるはず。」

 

「…ゲリラに触発されて反乱を起こすかもしれん。」

 

「勿論秘密警察の監視は必要かもしれないけど、あなたは家族単位であのスタジアムに政治犯達を収容したでしょう?…家族は彼らの弱点になる。例えゲリラが煽っても、彼らは反乱を起こすわけにはいかないわ。」

 

「………分かった、そこまで言うなら君の案を進めよう。ベラスコに電話を掛けて、資材を交通省に届けさせる。」

 

「ありがとう、アドリアン。」

 

 

 タマンダーレはやっと安心したようになって、笑顔を私に向けた。

 私は彼女の表情から"安堵"を読み取ったのだ。

 後になって知ったが、この時彼女の"安堵"には二重の意味があったのだった。

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