KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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汚名の有効期限

 

 

 

 

 

 

 インビエルノ・ナショナルスタジアム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 囚人番号269番は驚いた。

 てっきり機関銃の前に並べられるものだと思っていたからだ。

 彼はもう既に"7代目の"269番であるのだが、秘密警察の看守達にここに連れて来られた時にはまもなく"8代目の"269番のために席を空けねばならないのだろうと思っていた。

 しかし実際には、彼は願ってもいなかった事態に直面している。

 柵越しとはいえ、彼の目の前には最愛の妻と娘がいるのだ。

 

 

「大統領夫人の命令により、貴様ら囚人には猶予が与えられることになった!将来における我が国の基幹を担う産業道路の工事促進の為、貴様らは銃殺刑から重労働刑に減刑される!」

 

 

 メガホンを持った秘密警察将校が囚人達にそう告げる。

 周りを見ると、269番と共に連れ出された囚人達の殆どが柵越しに家族の姿を認めて呆然としていた。

 

 

「安心して良い!大統領夫人の計らいにより、貴様らにはただ今より10分間の面会が許される!しかし、心せよ!もし貴様らが脱走・叛逆を持って大統領夫人の善意に仇を持って返すならば容赦はしない!」

 

 

 269番は秘密警察将校の言葉を半分流して聞いていた。

 妻とその娘はしっかりと生きている。

 若干痩せてはいるが、暴力には晒されていない様子だった。

 

 

「労働は過酷だが、就労を終えれば再び10分間の面会を許可する!更には、良き働きをした者の家族は待遇を改善される!各人は大統領夫人の寛大さに感謝し、就労に努めること!それでは現刻をもって会話を許可とする!」

 

 

 囚人番号269番は妻と娘の方へと駆け寄っていく。

 そうして行った最愛の人々とのあまりに短い面会を終える頃には、すっかり覚悟ができていた。

 秘密警察は何の罪状もなく彼らを収容所に放り込んだ。

 勿論復讐心は燃えたが、今はどうにかできる状態ではない。

 目下269番が目指すべき目標は、娘の口に一欠片でも多くのパンを入れるために全力を尽くすことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インビエルノ国内

 どこか

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで、アンタの言うガス工場ってのはそんなに防御の固いとこなのかい?」

 

『ええ。間違っても攻撃はしないで。あの子はこの工場を守るために最精鋭の機甲師団を当てている。あなた達に勝ち目はないわ。』

 

 

 アマンダは首都から遠く離れた密林の中で、電波状況と周囲の人影に注意しながら"協力者"との連絡を取っている。

 無事にアルジェリーを逃した彼女達だが、あの大スクープを持ってしても即座にセルバンデスが倒れると考えるほど軽率ではなかった。

 セルバンデスは大国の後ろ盾こそ失ったものの、ユニオン陸軍に倣って編成された強大な軍隊を持っている。

 ゲリラの装備はプラタの件でかなり増強されたが、それでもM48戦車の群れを正面切って撃破できるようなものではない。

 よって彼女達の取れる最善の策というのは決まっていた。

 

 

「きっと政権を倒すチャンスは一度しかない。それも、一気にやらないと。今まで通りのゲリラ戦でチマチマとやっていくのは私たちにとって不利でしかない。アドリアンの陸軍は機械化されている…そうだろう?それに、追い詰めることができたとしても、アドリアンがガスを使う可能性を排除できない。」

 

『………』

 

「…アンタだって内心では認めているんだ。とにかく、一つずつ潰していくよ。水面下で人手を集めて、訓練は国境地帯でやる。」

 

『分かったわ。小規模な装備集積所の位置を提供する。追加分の補充はそこでの調達で間に合うと思うけど…』

 

「準備が整い次第、全国規模で一斉に蜂起する。機甲師団を相手にはできないから、陸軍の対応能力を飽和させる方が得策だろうしね。」

 

 

 つまるところ、アマンダの作戦の肝はそれであった。

 インビエルノ陸軍の対応能力を大幅に上回るような一斉蜂起。

 今までアドリアン・セルバンデスの圧政ゆえに沈黙していた人々も、秘密警察の弱体化が顕著となった今では立ち上がることを期待できる。

 アマンダはちゃぶ台を返すつもりだったが、相手にその予兆を悟らせるつもりはない。

 ただし、一撃で強力な軍事独裁政権にカタをつけるには相応の準備が求められるだろう。

 だからこそ、独裁者の側近たるタマンダーレの情報提供以上にありがたいものはない。

 

 

『もしその時が来たら…』

 

「ああ。約束は守る。アンタが信用できる情報源だってのは、これまでで十分実証されたことだ。」

 

『………』

 

「…その通り、正直に言うとアンタの動機にはムカついてる。でもこっちにはアンタの協力が必要だ。だからそこは妥協できる。」

 

 

 アマンダがタマンダーレを情報源として使う時、彼女は大統領夫人の動機を確認せねばならなかった。

 ユニオンの"番犬"たる彼女が飼い主の手を噛むというのだから、手放しで信用するわけにはいかない。

 しかし、彼女の動機を聞いた時はアマンダですら激しい嫌悪感を感じた。

 

 なんて身勝手な奴らなんだろう。

 奴らは自分達の運命を変えるために、この国にいる何万人という国民やプラタの非武装民間人達を殺戮したというのだ。

 セルバンデスもこの大統領夫人も正気とは思えないが、しかしそれでもアマンダには大義のために目の前の惨劇から目を逸らせるだけの知恵と意志がある。

 どうせ、もはや何をしようとも奴らにツケは払えない。

 奴らは自分自身が払える以上のことをこの国にしてしまった。

 だからもう、アマンダは奴らによってもたらされた行為の償いを望んではいない。

 許しを与えるという意味ではないが、南方大陸初の"安定した"民主主義政権確立という大義を抱えるアマンダにとっては、独裁者を打ち倒すことが復讐よりも優先されるからだ。

 

 だからこそ、タマンダーレと取引できる。

 だからこそ、この身勝手な女の頼みにも応えられる。

 だからこそ、必要な条件を揃えることができる。

 

 

『そう…やはり、あなたで良かったわ。』

 

「それ以上は言わないで。私は合理的な判断を下したけど、感情が服従しきってるわけじゃない。」

 

『そうね、ごめんなさい。』

 

「それと、もう一つ確認しておきたいんだけど…最近、アンタが音頭をとって始めたあの建設事業はどういう意味があるの?」

 

『…………』

 

「はぁ…まったく!私との契約にはあんなもの入ったなかったはずでしょう!?一体なんのつもり!?罪滅ぼしでもしたいっていうの?」

 

『違うの…アレは…あなたとは違うヒトとの約束…』

 

 

 アマンダには訳がわからない。

 タマンダーレの道路建設はアマンダからの要求に沿って行われたものではなかった。

 道路工事はアドリアンが政権を握ってから中断されていたものだが、ここ最近になって大統領夫人命令によって急ピッチで作業が進められている。

 インビエルノ・スタジアムの収容者を使って過酷な重労働を基に行われているが…タマンダーレの意図が、アマンダにはよく分からなかった。

 

 

「あんな事をすれば私たちが喜ぶと思ったの?…それとも、国民の憎悪を和らげることができるとか?」

 

『いいえ!そうじゃないの!…私がいくら修正を加えたところで、アドリアンの評価は絶対に変わらない。彼はユニオンの傀儡として、相応しい行動を従順にこなし過ぎた。だからこの先何をしても国民には許されない。』

 

「そこまで分かっているのならなんで…」

 

『…ねえ、アマンダ。汚名には"有効期限"があるのよ?』

 

「は?………それって、一体どういう意味?」

 

『今は分からなくて大丈夫。…とにかく、道路工事はあなたの作戦の邪魔にはならないはずよ。』

 

「うん…まあ、分かった。こちらも元から道路に手出しするつもりはない。アンタの好きなようにやりな。」

 

『ええ、そうさせてもらうわ。さて、肝心の物資集積所だけれど…』

 

 

 アマンダはその後タマンダーレの情報に集中して、あの道路建設のことは忘れてしまった。

 彼女が大統領夫人の言葉を思い出し、そしてその意味を理解するのはまだ先の話である。

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