8人ほどの男たちがサブマシンガンやアサルトライフルを持って立っていた。
彼らはユニオン製大型トラックとジープを囲むように立ち、仲間たちが最後の積荷を積み込むのを待っているところだ。
積荷は古い小火器で、インビエルノ陸軍の分遣隊はこの装備を破棄するための輸送に従事させられていた。
この分隊を率いる軍曹ははなからこの任務に乗り気ではなかったが、積荷のことを知ってからは更に気が進まなくなっている。
これではゲリラ共に「どうぞ襲ってください」と言っているような物だろう。
陸軍はそのリソースの大部分を、細長いインビエルノ国土に散らばる哨戒基地への警護に充てていた。
インビエルノ陸軍の機械化を担保にして、輸送隊に何か起きたら迅速に駆けつけて対処するというのがそのお題目だ。
しかしながら、実際にその"餌"にされているとなると、気分の良い物ではないだろう。
恐らくは陸軍の司令官連中は、ゲリラを誘い込むためにこう言った罠を仕掛けているに違いなかった。
見るからに脆弱な輸送隊を叩きにきたゲリラたちを一網打尽にする腹つもりなのだ。
たしかに一見有効な手立てには見えるものの、それは軍曹の分隊のような兵力を犠牲にする前提のように思える。
現に分隊は軍の規律に抵触してしまった"訳あり"によって臨時編成されていた。
餌として使うなら申し分のない連中ばかり。
それだけに、軍曹の気分は落ち込むばかりだった。
最後の2人が倉庫から木箱を運んできて、大型トラックの後部に乗せる。
8人から10人になった分隊は、彼らよりよほど装備も士気も充実している行き先の物資集積所に無線連絡をとった。
「こちらM11からM15へ。積荷を積んだ。これより出発する。」
物資集積所…つまるところの"M15"の連絡対応をしていた人間は軍曹から見ても高慢ちきな野郎だった。
言葉の節々から、軍曹たちが何かやらかしたのだろうと小馬鹿にしているような感じが聞き取れる物言いで、軍曹が通信するたびに即座に早口で言い返してくるのだ。
アドリアン・セルバンデスが父親の跡を継いでから、陸軍という組織は腐り始めていた。
ベラスコが独裁者の期待を背負って元帥杖を持つに至った結果、軍の昇任は年功序列でも個人の能力でもなく、独裁政権への忠誠によって決まるようになっていったのだ。
あの若造は独裁者を言葉巧みに誉めそやして昇進し、愚痴を吐いた軍曹は現職務に留まることになってしまった。
軍曹はもう今の職場にはうんざりしている。
無論、あの若造の声を聞くのにも。
だがしかし、この時は無線機からムカつく若造の早口言葉が聞こえないことに不信感を覚えた。
「M15?M15?…おい、応答しろ」
無線機からは雑音が聞こえるのみで、軍曹は不信感を強めていく。
そこで軍曹は何があったのか突き止めるためにも部下を大型トラックとジープに分乗させて物資集積所に向かう。
だが集積所に辿り着いた軍曹は想像もしていなかった光景に出会した。
集積所は既に何者かの襲撃を受けた後だったのだ。
「……こ、これは…」
ジープから降りて立ち尽くすばかりだった軍曹の後方で、カチリという独特な金属音がする。
軍曹の知る限り、それはサブマシンガンの槓桿が引かれた音だった。
「手を挙げな。妙な真似をしたら撃ち殺すよ?」
凛とした女の声を背後に聞きながら、軍曹は手に持つM3サブマシンガンを放り投げる。
ただし、次に放った言葉は銃を突きつけるアマンダにとっても驚くべき言葉だった。
「…妙な真似はしないが、妙なことは言うかもな。ずっとアンタらを探してた…もし迷惑でなければ、俺も参加させてくれ。」
…………………………………
大統領宮殿
いくら野球好きでもコールド負けしそうな試合をしたいとは思うまい。
私はまさに今そんな気分だった。
ベラスコ元帥は青ざめていたが、そんなことはもうどうだっていい。
ついこの前まで、この男は意味のなくなる勲章を追い求める愚か者だと思っていた。
だが今となっては、"狂っている"と見做した方が適切なのだろうと思う。
元帥は現実を見たくないのだ。
我々の戦力がゲリラ共にジリジリと溶かされていき、その反面ユニオンがもう損失を穴埋めしてくれないという現実を。
率直に我が軍勢の実態を記そう。
全土に散らばっているゲリラを力づくで抑えるなら、陸軍は遅かれ早かれスタミナ切れになる。
しかし何もしなければジワジワと戦力を削られる。
一大攻勢を仕掛けて連中を全滅させたいのは山々だが、残念なことにその場合は目標がはっきりしない。
反政府ゲリラはその拠点を国中に分散させていた。
あちらでゲリラを叩けばこちらでゲリラが反撃する。
その上、陸軍からもゲリラに迎合する脱走兵が出始めていた。
連中は小規模な物資集積所への襲撃を繰り返しながら、経験豊富な現役兵を取り入れていることになる。
高度な訓練を受けた兵士の損失は馬鹿にならない。
「ま、誠に、誠に遺憾でありますが」
「元帥、もうその件はどうにもなりません。あなたは私の"消耗を抑えろ"という命令に従わなかった。結果として輸送隊を出汁にしたつもりが、連中に丸々鹵獲された。」
「………」
「ご心配なく、あなたからその杖を取り上げるつもりはありません。ですが、次から指示に従っていただけますね?」
「…….はい」
「では。機甲師団の一つを分解して、各輸送隊の護衛をさせてください。車列は短く、前後の連絡が容易になるようにすること。」
「御言葉ですが、それでは連中に決定打は」
「決定打などはなから期待していません。私がやりたいのは現状の温存ですよ。」
「………」
「元帥、あなたの陸軍にはゲリラの殲滅ではなくガスの確実な調達を期待しています。その後は私に任せてくださればよろしい。」
「………大統領」
「何も、何も心配はいりません。ガスが手に入れば全て良くなりますよ。」
元帥はもちろん、私だってこんな仮説なんか信じちゃいない。
決戦兵器などというのは戦況を変え得る兵器などではなく、最後の悪あがきの修飾詞に過ぎないのだ。
軍の最高司令官がその現実逃避策に溺れてしまうのは通常許し難い行為だが、今のところ、私は彼にそれを求めている。
この男が現実を見たくないなら、見なくともよろしい。
目の前にあるガスを最後の希望だと信じて、私の手元に託してくれればいいのだから。
「…かしこまりました。陸軍はガスの確保に専念し、以降は現状の維持に努めます。」
「よろしくお願いします。」
M48戦車のキューポラから身を乗り出して攻撃を指揮し、敵の成形炸薬弾に粉微塵にされればどれほど気が楽だろうか?
そんな夢のない妄想に耽りそうになる。
しかし、私の中の何かがそれを赦そうとはしなかった。
ユニオンが私に与えた使命を果たさなければ、タマンダーレやボイシはこの国で陰惨な最期を迎える。
そしてその使命は、南方大陸最悪の独裁者の異名を確たることにするまでは果たされたと言えないだろう。
…ゲリラ共め、私を倒せばこの国がユニオンから放たれるとでも思うのか?
倒されるにしたって、最後の最後まで存分に足掻いてやろう。
そんな事を考えていたせいか、元帥と入れ替わりにやってきた鉄血の新婚夫婦に気づいていなかった。
ルートヴィヒ長官はちょっと引いたような顔をしていたが、その妻はよほど命が惜しくないらしく私にこう言って退ける。
「腐ったじゃがいもみたいな顔して、どうしたの?」
「オ、オイゲン!?…すいません、閣下!」
「いや、いいんです。きっと、無自覚に怖い顔になっていたんでしょう。最近は悩みも多いですから。」
私は平静を取り繕うのに精一杯だった。
「…それで、長官。どんなご用件でしょう?」
「いえ、特に…その…」
長官も長官でまごついた様子を見せていた。
何事だろう?
妻が独裁者相手にとんでもない態度を示したことに動揺しているのだろうか?
だがオイゲンが口を開いた時、私の方が動揺せざるを得なくなった。
「…大戦の最後の年、例の独裁者がキールに来たことがあるわ。」
「………」
「私も遠目にその顔を見ていた。相当やつれていたわ。……アンタも、同じような顔をしている。」
「…私が"666号"を出すように見えるのかい?」
「少なくとも、同じような事を考えてるのはわかる。…私の目から見てもね。」
「………」
「アンタは一つ勘違いをしてる。アンタがこの国のインフラ全てを破壊したところで、結局は連中の思う壺になるわ。」
「…なんだと?」
「私達を見れば分かるでしょう?…ライリーが何を得た?アンタは?アズールレーンの連中は?」
「………」
「………ただ、それを伝えたかったの。」
「大統領、オイゲンも本心じゃありません。ただ私は諫言を…大統領?」
オイゲンの言葉は、私を茫然とさせるのに十分な威力を持っていた。
思えば、私は何のために、こんな、こんな事をしていたのだろう?
父の跡を継いだにしても、ユニオンの教育を受けたにしても、何にしても…私はどうして…
何かが何かを開けようとして、それをまた何かが阻んでいるような気持ちだった。
うまく言い表せないが、一つ言えることがあるとすれば、頗る胸糞が悪い。
ダメだ、認めるわけにはいかない。
私はそのために国民共を"数字"として認識していた。
謝るには遅すぎる、悔いるにも遅すぎる。
この、くそったれ、この妊婦め。
なんてものを、なんてものを開けようとしてくれやがる。
自然と手が腰に伸びて、ホルスターを開き、拳銃のグリップを握る。
何かを言うこともなく、身体が欲するままにしていると、私の手は拳銃をホルスターから抜き出そうとしていた。
しかし、それは…毎度のことながらある人物に止められる。
それは愛しいタマンダーレで、彼女は私の腕を抑えながら、いつのまにか額に大粒の脂汗を浮かべていた私に語りかけてきた。
「あら、アドリアン。少し気分が悪いみたいね。私と一緒に、お散歩でもしましょう。」
気づけばオイゲンもルートヴィヒも去っていて、私はタマンダーレに連れられて執務室の外に出る。
まだやるべきことは残っていたが、タマンダーレは私の腕を引き、そしてその力加減には若干の強制力が感じられた。
「ねえ、アドリアン。あなたは…あまり、市街に出ることがなかったでしょう?」
「………」
「少し、見回って見ましょう。きっと……気分も良くなるわ。」
タマンダーレの声音は存分に嘘の気配を含んでいたし、まもなく私はそれが嘘である事を悟ることになった。