KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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外道の命日

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 ユニオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"同志アマンダ"は成功させるべくして革命を成功させた。あの女には結局のところ、中央情報局(ユニオン側)国家保安委員会(北方連合側)もまんまとだし抜かれたというわけだ。」

 

「アンタにとっては大誤算だな。」

 

「その通り…ゲホッ、ゲッホ………アマンダが勢力を拡大する一方、アドリアンは判断能力を失っていった。彼はセントルイスにコントロールされ…そして、破滅を迎える。」

 

「"破滅"…まぁ、アンタにとってはそうかもね。」

 

 

 病床のライリーの傍に立つ人物に、マーティンを寝かしつけたオイゲンが加わった。 

 ライリーは彼女の方を見て少しニヤけたような顔をする。

 

 

「…それにしても…君らも君らで意地が悪い。」

 

「意地が悪いのはアンタの方でしょう?…アドリアンは冷蔵庫の中身をユニオンの物で埋め尽くしていたけど、それは富の顕示でも何でもなかった。アンタはあの子の食事を"トリガー"にしていた。」

 

「………ああ、その通りだ。我々はアドリアンを純粋培養する上で、一般の国民から分離する必要があった。彼の生まれ育った国から分離しなければ、我々の要求に100%従順な手駒を作ることはできなかっただろう。」

 

「それに、アンタはあんな真似をしながらも…きっと心の底に良心を一欠片残してたのね。」

 

 

 ライリーがニヤつくのをやめて表情を固める。

 何よりも驚いたのはヨアヒムで、彼は母親の顔を覗き込んだ。

 正直、母親がライリーを刺し殺しはしないかと心配はしていたが、まさかこんな事を言い出すとは思っていなかったのだ。

 

 

「…だから、アンタはセントルイスを選んだのよ。彼女をアドリアンの下に送ったのは、彼女が妹を失い、アンタにはホノルルの件があったからじゃない。自分がこれからやる事を理解していたからこそ、セイレーンに操作されていたアンタの最後の良心が彼女を選んだのでしょうね。」

 

「………」

 

「アンタは極々限られた選択肢の中から自分なりの"最良"を選び抜いた。傀儡国家に送りつけることができる艦級で、セイレーンの計画に綻びを施すことのできるKANSENを。任務となればブルックリンはあまりに完璧にやり過ぎただろうし、ボイシにはこの任務はあまりにも酷過ぎた。フェニックスは任務から逸脱したでしょう。だからこそセントルイスを選んだ…そして、その選択は正しかった。」

 

「…セイレーンはあの地域の安定化を望んだ。2つの超大国以外に大量破壊兵器が拡散される事を望んでいなかった。だから恒久的な…形はどうであれ盤石な体制を望んだのだろう。」

 

「でもセイレーンは過ちを犯していた。いくら力づくでも、大衆の怒りをいつまでも押さえつけておくことは出来ない。」

 

「故にアマンダが成功した時、奴らは彼女に"乗った"んだ。奴らは大量破壊兵器の拡散を力づくで抑えるよりも良い方法を見出した。それでアドリアンは…私と同じように用済みになるはずだった。」

 

「アンタはアドリアンの運命まで見通してた。」

 

「見通した?…バカを言うな!ゲホッ!ゲホゲホゲホッ!……ちがう、そんなのじゃない、私は奴らの言うように楽しんでた。知っているだろう?」

 

「最後の最期まで負けを認めないつもり?ホノルルがアンタのことを呼んでるのが分からないの?…つまらない意地を張らないで。」

 

 

 しばらくの沈黙の後、ライリーはオイゲンの方から顔を背けた。

 そんな老人を見下すように立つオイゲンの顔はこう言っている。

 "つまらないやつ"

 ただしそれは悪意よりも、どちらかというと哀れみのような感情を含んでいることにヨアヒムは気がついた。

 

 

「アンタは失敗した。それは確かよ。マーガレットに唆されたけれど、たしかにそれ以上の悪行も重ねている。でもそんな時でも残っていたアンタの良心を裏切るつもり?」

 

「良心など…」

 

「…そうね、良心とは言えないかもしれない。でも…こんな言い方は変だけど…少なくとも無意識のうちにアンタはアドリアンを助けようとしてた。だからセントルイスだったの。彼女なら純粋培養の過程の中に、いくつか細工をすると"信じていたから"。」

 

 

 いつもなら、この老人は例によってあの皮肉めいたニヤけ面をオイゲンに向けていたことだろう。

 だが、今日に限って彼はそうしなかった…いいや、できなかった。

 今ではオイゲンはこの男についての真相を掴んだという自信を持っている。

 この、どうしようもなくクズで悪辣で…そして哀れな男の真意を。

 

 

「アドリアンの前に、まずはアンタについて話しましょうか。アンタにとっては自分のドッペルゲンガーが"トリガー"だった。『セイレーンに乗せられてまんまと操られているクソ野郎』…それがアンタにとって、精神防御を作動させるための"トリガー"だったのよ。」

 

「……」

 

「アンタは心の底では分かってた。自分がセントルイスを責める立場にないことを。でも愚かなアンタは現実に耐えきれず、その上マーガレットが耳元で誘惑した。そこで、ドッペルゲンガーが生まれたのね。そうして自分の顔に別の皮を貼り付けることで、ホノルルの事を忘れられるような仕事に没頭することができた。」

 

「…だが忘れられなかった。私の脳裏には…いつも彼女がいた。」

 

「そう。だからアンタはドッペルゲンガーとしても中途半端な位置に留まり続けた。アドリアンのプロポーズの時毒を盛ったのはマーガレットだったし、"不倫電話"の一部始終を聞き直しても大した手を打たなかった。それはアンタが無能だったからじゃない。…アンタの脳裏にいるホノルルが、そうさせた。」

 

 

おそらくオイゲンは、ヨアヒムが夜な夜な調べ上げたライリーの資料を元に自分の考えを修正した。

 だからライリーに今までとは違う解釈を見出したのだろう。

 結局のところ、この男は意志の脆弱な人間に過ぎなかったのだ。

 セイレーンの誘惑を撥ねつけることもできず、しかし屈しきることもできなかった。

 おまけにこの期に及んでまだ皮を被っているつもりなのだからタチが悪い。

 しかし彼の内心には効果があったようで、老人はポツリポツリと語り始める。

 

 

 

「……セントルイスはボイシと協力して、我々の"トリガー"に細工をした。アプリコットジャムをアップルジャムに変え、オイスター料理をサーモンステーキに変えたのは気紛れなんかじゃない。私がセントルイスにアドリアンの食事を用意させていたのは、ユニオン市民に近い生活様式を取らせることで帰属意識を操作するためだった。…一種のマインドコントロールだ。」

 

「そのとおり。そして、アンタの片棒を担がされていたセントルイスは、今度はあの子の食事から"トリガー"を排除していった。本人には気づかれないように。アップルジャムのリンゴも、ステーキにされたサーモンも、全てユニオンの物じゃなかった。」

 

「ああ、だから完全無欠の傀儡マシーンに綻びが生じたんだ。…君がアドリアンに面と向かって真実の端を突きつけた時、彼は抵抗できなかった。本来その時に機能するはずの"トリガー"は既に封じられていたのだろう。」

 

「アドリアンにとって食事は自分を国民と強制的に乖離させる"トリガー"だった。アンタやセイレーンはそうやって、アドリアンに感情の防御壁を作らせた。まぁ、アンタにとってのドッペルゲンガーね。でも知らぬ間に防御壁が崩れた後に現実と向き合った結果、あの独裁者は己のしてきたことを本当の意味で理解した。」

 

「……ははは…君は…やはり意地が悪い……」

 

「そうするしかなかったのよ。アンタだって分かってるはず…なんてったって、アンタが仕込んだんだから。」

 

「そうだな。…今更、何を言ったって……私は…赦しを乞うに値しないだろう。」

 

 

 ヨアヒムはしばらくライリーと母親のやりとりを見守っていたが、唐突にその鼓膜が何か甲高い音を捉えたことに気がついた。

 音の方向を見るとそこには心音計があり、その画面に映る波形はライリーがようやく"赦し"を得んとしていることを意味している。

 オイゲンから顔を背けていたライリーが、再びそれを直してまっすぐ天井の方を向く。

 ヨアヒムは慌ててナースコールのボタンを押したが、オイゲンがそれよりも早くライリーの方へ身を乗り出した。

 

 

「ねえ!まだ死なれたら困るのよ!あの子とセントルイスがどうなったか、どれだけ調べても出てこない!真実を知っているのはもうアンタしか…」

 

「………そこまで……気になるかね?」

 

「ええ!」

 

「……君は…何か根本的に取り違えているようだ………そもそも………君らを連れ出すにしろ………それは…私だけの意思ではどうにも………」

 

「ちょっと!しっかりして!勝手に死なないで!」

 

「心配………する…必要はない…………私などいなくとも……"これ"を取り仕切ったのは私じゃ……ないんだ………」

 

「………!」

 

「………あぁ……ルル………」

 

 

 心音計が一定の真っ直ぐな線となり、甲高い音が連続するようになって初めて病室に医師や看護師たちが殺到してくる。

 看護師のうちの1人が、心肺停止に陥った患者の見舞い人たちを病室の外へ追い出した。

 医師たちは躍起になって蘇生を試みようとしているが、今となってはヨアヒムから見てもそれが残酷な仕打ちのように思えている。

 

 

 ジャック・ライリーが己の原罪に相応しい代償を支払いきったのか、今となっては分からない。

 ただヨアヒムは奴のような男でさえ、最愛の存在との再会を果たせるようにと祈っている自分に驚かざるを得なかった。

 しかし、それ以上に驚いたことがある。

 病室から追い出されたヨアヒムが母親の顔を見ると、そこには長年の疑問の解決策を手に入れたかのような凛とした表情があったのだ。

 

 

「……そうか…ようやく分かったわ。」

 

「"分かった"って、何が?」

 

()()()()()()()()()()()()のよ。セイレーンに惑わされていることを自覚していた人間は他にもいた。だからライリーはあんなことをした後でも私たち相手にあんな真似ができた。」

 

「母さんもしかして、亡命にライリーが絡んでいたことを」

 

「今はどうでもいいわ」

 

「どうでもいいって…」

 

「中央情報局の資料室にはなんてあった?…インビエルノ独裁政権が倒れた後、あの独裁者はどうなった?」

 

「それが…前にも言ったろ、母さん。明確な資料はない。でも、情報局は南方大陸から逃亡を試みる途中で遭難したと結論を下してる。」

 

「大統領よ」

 

「は?」

 

「その結論を下したのは大統領!…あの男が最初から全ての中心よ!」

 

 

 ヨアヒムは未だに何が何やらの状態だったが、どうやら彼の母親の方は何かしらの欲していたものを手に入れたようだった。

 後日彼はなぜ母親がここまで独裁者の末路に躍起になっていたかを知り、そして驚くことになる。

 それはジャック・ライリーの命日より、それほどの時を必要とはしなかった。

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