KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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パペットと原罪

 

 

 

 

 "トリガー"破壊から2週間後

 

 

 

 

 インビエルノ

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2週間の間、タマンダーレはずっと私の隣にいてくれた。

 おかげで私はどうにかギリギリの所で留まっていられる。

 つらかったのは、風呂に入る時と用を足している時。

 彼女から少しだけ…そう、ほんの少し離れただけで恐怖に襲われる。

 まるで子供のようだった。

 心底恐ろしいパニック映画を見たかのよう。

 でも本当に恐ろしいのは、私自身がそういったパニック映画のような芸当を、自らの手でやってしまったということ。

 

 

 あの日からずっと考えている。

 なぜ自分があんな事に手を染めたのか。

 仲睦まじい家族を引き裂いて、隣人たちを密告者同士にさせ、自分自身にとって大切だったはずの場所さえ血で染め上げた。

 私は、家族と、あの市場で…少年時代に幸福を感じていたはずなのだ。

 それは私が…私があの場所で抱いた感情を忘れてしまっていたのだろうか?

 忘れるはずじゃなかった。

 ブルックリンの牧場でシチューを食べた時もそうだ。

 私は本当に大切なものを火に焚べていた。

 どのタイミングでそんなことをやり始めたのか、もう思い出すこともできない。

 

 

 この2週間、私の顔色はずっと悪いままだった。

 それはタマンダーレにもありありと見てとれた事だろう。

 私の傍に座る彼女は、そっと首の後ろから肩を回して抱き寄せてくれる。

 彼女の温もりが、冷え切った私の心に…それが凍りつく前にいくらか解きほぐしてくれる。

 

 

 

「アドリアン……過去はもう、変えることはできないの。」

 

「………」

 

「あなたはこれだけの事をしてしまったけれど、それを償うことも…今となってはもうできない。」

 

「…なら……なら、なんで私にこんなことをしたんだ!?」

 

「アドリアン…」

 

「こんな、こんな事に向き合うなら…いっそユニオンの傀儡として死んだ方が良かった!ゲリラに捕らえられ、全国中継の只中にズドンとやられた方がいい!」

 

「それは違うわ、アドリアン。あなたは自分がやったことと向き合わないといけない。」

 

「何故だ?…何故なんだ?………どうしてそんな無駄な真似をさせる?」

 

「無駄なことなんかじゃないの!…ねえ、アドリアン。あなたは今きっと、自分の罪に苦しんでいる。それは疑うまでもない。けれど…その苦しみから逃げないで!」

 

「………」

 

「ライリーは自分の罪から逃げ出してしまった!あの人はそれでずっと苦しんでいる!…あの人は本当はルルの下に行きたいのよ。」

 

「なら、何故そうしないんだ?」

 

「きっと…できないからね。………あなたにはそうなって欲しくないの。だから、逃げてはダメ。」

 

 

 タマンダーレの言う事は分からないことも多かった。

 だが、彼女に訴えられる私の内心には動揺が走っている。

 きっと彼女はこう言いたいのだろう。

 

 自分が犯した罪に払える物にも限度がある。

 私はそれを大幅に超過した。

 到底許されるような行いではなく、例え私が民衆の手で文字通り引きちぎられたとしてもきっと誰も同情しない。

 それは分かっている。

 だからもしそれを選択しても、私はきっと救われはしないのだ。

 ライリーはその先駆を走ってしまったのだろう。

 奴が何をしたにせよ、今でもその対価を払っているしこれからも払い続けることになる。

 きっとタマンダーレはそれを知っているからこそ、私を引き止めるのだ。

 

 

「本当は、私もそうなのよ…アドリアン。」

 

「タマンダーレ?」

 

「私は…私は…………」

 

 

 タマンダーレが涙を流しているのを見るのはコレが初めてではなかったが、今回はその光景が嫌に脳裏に焼きついた。

 その表情から読み取れるのは、後悔の念。

 私が自分のしてきた事を悔いているように、タマンダーレもまた自らの行いを悔いているのだと、恥ずかしいことに今更気がつく。

 

 

「…あなたのお母さんとは、彼女が亡くなる2年前に初めて会ったわ。とても素敵な人だった。私達はすぐに仲良くなって…でも…彼女はきっと自分の運命を知っていたんだわ。」

 

「…………」

 

「ごめんなさい…本当にごめんなさい、アドリアン!私がっ…私がもう少ししっかりとしていれば」

 

「タマンダーレ、君のせいじゃない。」

 

「彼女は知っていたのよ、アドリアン!…今だから分かる。彼女はライリーがどうして私をインビエルノに送り込んだのかも、ライリーの手先が誰なのかも全て知っていた。だから私にあんな事を言ったのよ!」

 

「…あんな事?」

 

「ええ……"アドリアンをお願い"って………その2ヶ月後に彼女は交通事故に遭って、私があなたのお世話をすることになった。」

 

 

 "オクロジャック(ライリーの内通者)"はウゴで間違いない。

 私はこの瞬間に「限りなく確信に近い疑い」を「確信」に変える。

 ウゴ・オンディビエラは秘密警察長官として、アルバロ・セルバンデスとのその家族の警護も請け負っていた。

 つまり彼は私の母が通る道を知っていたし、インビエルノのスラム街には端金で人殺しを行うような人間がごまんといる。

 それに、きっと父の暗殺のためにゲリラ組織に情報を流したのも奴だろう。

 タマンダーレのおかげでパラノイアが完治したのかどうかは分からないが、この疑いは決して思い過ごしではないと考える事ができる。

 

 胃をムカつかせるような怒りが、悲しみと後悔を一時的に和らげた。

 あたかもアドレナリンが痛みを和らげるかのように。

 

 

「ウゴだ…奴を殺そう。」

 

「!…ダメよ、アドリアン!もうやめて!」

 

「どうせ償いきれない罪を背負ってる!あと1人付け加えたくらいで」

 

「自棄にならないで、アドリアン!」

 

 

 タマンダーレが私を改めて抱擁する。

 

 

「あの男はいずれ相応しい形で罪を償うことになるはずよ!…あんな人間のために、自分を蔑ろにしないで!」

 

「………なら、私は一体…どうすればいい?罪と向き合うにしろ…どうすれば」

 

「私もライリーに手を貸した。それに…あなたと自分のために、私も手を血に染めているの。だから………」

 

 

 彼女が私を包み込んだまま、耳元でそっと囁いた。

 いや、囁きと言うにしては少々長かったかもしれない。

 やがて彼女がそれを終えた時、私は驚きのあまり言葉も発せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘密警察本部

 

 

 

 

 

 

 一本の電話が来るのを、"オクロジャック"は今か今かと待っている。

 もうここまで来ると、さすがの秘密警察長官もタマンダーレに敗北した事を認めざるを得なかった。

 あのアマはウゴが自身のドス黒い復讐劇を完全にダメにしてしまったのだ。

 たしかに途中までは上手くいっていた。

 あの忌々しいアイリス人さえ殺せていたら、こうはならなかっただろう。

 ウゴとその配下の部下達は引き続き"狩り"を楽しめていたはずだ。

 

 しかしそうはならなかったし、今やウゴの方が窮地に追い込まれている。

 それも大変な窮地に。

 ウゴは今ではゲリラ共と連絡を取っているのはタマンダーレだと確信を持っていた。

 ユニオン…つまり本来はウゴにインビエルノ国民への苛烈な弾圧を求めていた団体から派遣されたはずの彼女が何故こんな真似をするのかは理解し難い。

 タマンダーレのせいでユニオンは南方大陸のイニシアチブさえ失いかねないのだから。

 あのクソアマはきっと前々から周到に準備していたし、彼女の計画は即製の類のものでもない。

 

 

 深まるばかりの謎を探ったところで、もうどうにもならない事をウゴは悟っている。

 遅かれ早かれセルバンデスの独裁政権は崩壊することだろう。

 ゲリラは脱走者などによって力を蓄えているし、襲撃が物資関連の物に集中し始めた事がその証左だ。

 陸軍元帥殿は現実を直視できていないが、ウゴの見る限りインビエルノの軍隊は外からの衝撃には強くとも内側からの侵食には弱い、そういう作りになっている。

 

 

 普通なら、自分のような立場の人間はどうするだろう?

 逃げ出すだろうか?

 それとも口に拳銃を突っ込んで引き金を引くだろうか?

 ゲリラの優勢は現実だし、勝ち目もない。

 しかし、だからこそウゴ・オンディビエラは最後まで"仕事をこなす"つもりだった。

 

 

 やがて電話が鳴り、彼が散々に脅しつけた陸軍元帥が弱々しい言葉でウゴに準備ができた事を伝える。

 

 

『ガスの配備は完了した…だがしかし…本当に大統領に伝えずに…』

 

「構わん!今のアイツはユニオン女の人形だし、ユニオンは俺たち全員の首をすげ替える気でいやがるんだ!元帥杖を手放したくないなら俺の言う通りにしろ!」

 

 

 もう、物腰の柔らかな男を演じる余裕も、そのつもりもない。

 半世紀かけて構築した間接統治システムをユニオンがどうしたいと思っているにしろ、ウゴ・オンディビエラはこの国を元の状態でゲリラに渡すつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 

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