KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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バーナムの森

 

 

 

 

 

 アマンダは行動を起こす頃合いだと確信した。

 いや、確信までは至っていないかもしれない。

 何よりも躊躇がある。

 何故なら、まだ少し時期が早いのではないかと悩む気持ちがあったからだ。

 

 それは時間との戦いであった。

 たしかにゲリラ側の準備は整っている。

 されど、まだまだ拡大の余地はあったし、今ここで更なるチカラの集積を行えばより確実に独裁政権の打倒に取り組めるかもしれない。

 しかし彼女にはタイムリミットも迫っていた。

 タマンダーレからの情報によれば、セルバンデスとその取り巻き達はプラタで何十万もの死者を出した毒ガスの生産施設を未だに稼働させている。

 奴の狂犬、ウゴ・オンディビエラの計画ではその毒ガスがインビエルノの至るところに配備される事になっていた。

 その上、更なる懸念事項がある。

 

 

 タマンダーレによれば、彼女はウゴからの信用を失ったという。

 そればかりではない。

 ウゴが信用しなくなったのは…というよりかは制御できないと判断した人物のリストに、アドリアン・セルバンデスの名前が入った可能性が高いというのだ。

 これが意味するのは、アマンダがコレ以降毒ガスに関して精度の高い情報を期待できないということ。

 毒ガス作戦を立案した秘密警察長官は、もう大統領に正確な情報を報告するとは考えにくい。

 あの狂った男にとって、もはや大統領に忠誠を示すことなどなんらの意味もないからだ。

 恐らくはあの男の頭脳の中にあるのは報復だけ。

 自分が破滅を迎えるのなら、周りの全てを道連れにしてもおかしくない…いや、絶対にそうする事だろう。

 アマンダ自身も密林で奴と戦っていた時、今とは違い報復に駆られていた。

 奴の考えなど手に取るように分かるが、しかしどうやれば防げるかは分からない。

 それだけでも歯がゆいが、それが決起の時間的余裕を奪っているのだから尚更タチが悪かった。

 

 やがて衛星電話の呼び出し音が鳴り響き、アマンダは机の上にあったそれを引ったくるように手に取る。

 

 

「タマンダーレ!?」

 

『…アマンダ。あなたに伝えなければいけないことがあるわ。』

 

「ええ、そうでしょうね!毒ガスの情報のカケラでもなんでもいい!アンタに教えてもらわないといけない情報は山ほど…」

 

『…アドリアンが……"受け入れた"わ。』

 

 

 まるで急速冷凍でもされたかのように、アマンダがその場で凍りつく。

 まさか。

 まさかあのアドリアン・セルバンデスが?

 

 たしかに、アマンダはタマンダーレから彼女自身の腹積りを聞かされていた。

 感情的には到底理解できない事だったが、理性がそれを理解しなければならないと彼女に警告したのを覚えている。

 そうすればアマンダ達の犠牲はずっと少なくて済むし、政権の打倒という彼女の目標はずっと容易く達成されるはず。

 しかしその難しさから、アマンダはタマンダーレの計画を半分は夢物語だろうと踏んでいた。

 

 アドリアン・セルバンデスが権力を手放す?

 何を馬鹿げたことを。

 奴は骨の髄までユニオンの傀儡だし、きっとアマンダが政権を打倒するに十分な軍隊を揃えたところで、例え彼女自身の手で額に9mm弾を撃ち込まれることになろうとその瞬間までユニオンのために働くことだろう。

 あの男は途中で物事を投げ出すような類の人種ではない。

 

 ところがタマンダーレは説得できると強弁した。

 だからアマンダは一応の作戦だけは練っておいた。

 見込みの薄い作戦を立てるのは気の進まない作業だったが、しかし手を抜かなかったことに彼女は助けられることになる。

 タマンダーレが宣言通りにアドリアンを屈服させたのだ。

 これで、見込みが薄く捨てられるはずだった作戦がダイヤモンドのように輝き始める。

 

 

「なら…私はすぐにでも行動を起こした方が良さそうね。」

 

『ええ。でも、悪い知らせもある。沿岸警備隊が新しい情報を持ってきたの。陸軍はアドリアンの承認なしにガスの配備を始めてしまっている。』

 

「!?」

 

 

 予想はしていたことだが、アマンダは驚かざるを得なかった。

 その行動自体には今更驚くことなど何もないのだが、その速さには流石の彼女も度肝を抜かれる。

 アドリアンを裏切ったのはウゴだけではない。

 あの男の恣意はあるにしろ、ベラスコの陸軍もアドリアンを無視した…つまり裏切ったというのだ。

 陸軍のこの行動の速さはアマンダの予想を遥かに上回っていた。

 連中は彼女が悩む暇さえ与えずに、強力な殺戮兵器を国中にセットしてしまったのだから。

 

 

『まだ諦めないで、アマンダ。沿岸警備隊は陸軍の輸送隊が複数箇所で動いているのを確認している。けれど、陸軍精鋭部隊と元帥はガス生産施設の警戒を解いていないわ。』

 

「…なるほど!つまりはその生産設備が司令塔だね!?」

 

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。この計画は元々ウゴ・オンディビエラが立てたもの。』

 

「奴なら…この作戦は自分自身で手を下したいでしょうね。」

 

『生産施設の警戒状況はブラフかもしれないし、こちらとの連絡を絶っている秘密警察本部の保険かもしれない。残念だけど、私たちには真実を見抜く手立ては残されていないわ。』

 

「…つまり……そういうことかい…」

 

 

 アマンダは電話を持つ反対の手で目頭を抑える。

 オンディビエラのガス散布計画の司令塔を押さえれば、それが麻痺している間にインビエルノ国内に潜伏しているゲリラ仲間や地下抵抗組織が一斉に展開して陸軍の対応を飽和させることができるだろう。

 この短期間でアマンダは多くの人材を獲得し、また失われた連絡網の大部分を復旧できたから、彼女には大いに勝算がある。

 

 陸軍連中の大部分は家族を養ったり守ったりするために入隊した者が占めていた。

 しかし軍の昇任は独裁者への忠誠で決まり、その独裁者はパラノイアを患っていて家族を守れると言い切れるわけではない。

 そしてなによりも、奴らは自分達の部隊より大規模な反乱を前にしても忠誠心を保てるようには訓練されていなかった。

 現に陸軍から脱走してアマンダの側に加わっている陸軍兵士が多数いることが、その現実を直実に物語っている。

 

 

 ここでの問題は、その司令塔が二つの内のどちらなのか、決定的な根拠を得られない事にある。

 もし片方ずつ叩くような愚を犯せば、たちまち配備されたガスが国中に散布される事になるだろう。

 つまりは、アマンダは戦力を分割するか、或いは迅速に連続攻撃を行う手立てを考えなければならない。

 

 しかし、現状ではアマンダの手にそういった問題は余ってしまう。

 短期間で再集結したゲリラや地下抵抗組織の大半は、初めて敵を撃つような素人集団だった。

 大多数の陸軍部隊の注意を引くことはできても、とても秘密警察本部や陸軍の精鋭部隊を相手にできる組織ではない。

 アマンダが直接率いている組織はプラタでの苛烈な実戦経験があるが、その部隊だけで秘密警察本部と陸軍精鋭部隊の両方を叩くのは無理な話だった。

 それも、この二つの敵のそれぞれが連絡を取れないようにしなければならないというのだから…尚更、現実的とは言えない。

 

 

 悩むアマンダに、またしてもタマンダーレが語りかける。

 彼女にはこの状況を打破するための策があるのだ。

 

 

『……ねえ、アマンダ。あなたはどうか秘密警察本部を叩いて。』

 

「何故?」

 

『陸軍が守るガス生産施設は沿岸沿いにある。アドリアンは秘密警察と陸軍を掌握できていないけど、ルートヴィヒ長官の沿岸警備隊を動かすだけのチカラは残っているわ。』

 

「待って。沿岸警備隊の陸上戦闘部隊だけで陸軍の精鋭機甲師団が倒せるとは思えないんだけど?」

 

『ええ、もちろんそうでしょう。だから…私達はこの戦いに、とっておきの切り札を投入する。』

 

「まさか…!」

 

『…彼女も同意の上よ。』

 

「アンタ、信じられないよ!アルジェリーの時、あの子が震えているのが遠目からでもわかった!だってのに」

 

『他に手立てはないの!』

 

 

 タマンダーレの言う通りだと、アマンダは悟った。

 ベラスコとガス生産施設を守る機甲師団は沿岸も警戒し、あの忌々しい175ミリ砲も配置しているはずだろう。

 そんな部隊に正面からぶつかれば、いかに経験を積んだアマンダの組織でもどうなるかは目に見えている。

 アマンダ自身だって、あのエメラルドの髪をした少女の心配をしている場合じゃない。

 

 しかし………

 いや、諦める他ない。

 他に有望な手立てが見つからない以上、あの娘にはやってもらわねばならない。

 

 

「…分かった。陸軍の方は彼女に任せるわ。私達は私達の目標に専念する。」

 

『アドリアンの命令で首都の防衛部隊の殆どをガス生産施設に向かわせてるから、あなた達の方に送る増援は存在しないわ。…どうか幸運を。』

 

「こちらも準備が整い次第、またアンタに連絡するよ。…そうだね、作戦開始の合図は………」

 

 

 

 アマンダは目を瞑り、かつて夫がよく読んでいたある有名な悲劇の一説を思い出す。

 小心なスコットランド王に、三人の魔女がもたらした予言を。

 あの魔女達は、彼にこう言って安心させた。

 曰く、『バーナムの森が向かってこない限りは安心して良い。』

 だがスコットランド王は後日驚く事になる。

『バーナムの森』は、本当に"進撃して"きたのだ。

 

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