KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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晴れ渡る空の下

 

 

 

 

 

 沿岸沿いのガス生産施設

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インビエルノ陸軍は旧海軍との戦いで沿岸沿いの航空基地を失った。

 彼らが稼働できる航空発進基地はそれでたったの一つになったわけだが、航空隊司令官達はユニオンの支援による装備強化がその欠陥を補備したと考えていた。

 実際に、インビエルノ陸軍航空隊の機材更新はあまりにも急速に進んだ。

 レシプロ戦闘機用の作られた格納庫はF4、F5ジェット戦闘機のために稼働するようになり、部品調達すら苦労していたB10爆撃機の代わりに高速なA26攻撃機を取得した。

 コレら新式機材の導入が、陸軍航空隊に国土全域への速やかな航空機の派遣能力を約束していたのだ。

 

 これらの装備はインビエルノ陸軍航空隊を確かに増強したものの、しかし、それは同時に別方面での弱体化を招いてしまう。

 

 

 インビエルノの限られた経済力では、航空隊と同じように増強される機甲部隊と同時に必要量全ての最新鋭兵器を運用することは不可能であったのだ。

 確かにインビエルノ陸軍航空隊の戦力の数は、実用的な必要数を確保していた。

 しかしそれはかつてのプラタ空軍のような混乱状態にある敵国空軍や、無防備に近い貧弱な対空兵器しか持たない都市部への攻撃に限ればの話である。

 もしも…そう、もしもインビエルノの細長い国土全体で反乱が起きるようなことがあれば、陸軍航空隊の戦力はあっという間に飽和するのは誰の目にも明らかだった。

 

 しかし、インビエルノ陸軍航空隊の上層部にに真っ当な軍人が1人でもいれば誰かがその致命的欠陥に気づいたことだろう。

 何故今現在その状態のままかと言えばコレも簡単で、忠誠心による昇任が当たり前となっていたインビエルノ陸軍に、"真っ当な軍人"がいなかったのが原因である。

 彼らはパラノイアを患う大統領の猜疑心に引っかからないように、或いはご機嫌取りに最大の注意を払っていた。

 あくまで彼らにとっての最大の関心ごとは保身であったのである。

 そんな人間がパラノイアの独裁者を刺激しかねないような…例えば国内一斉蜂起のような異常事態に対する不備などと言うようなことを指摘したがるだろうか?

 無論、そんな話はあり得ない。

 

 更に言えば、司令官達は国内での蜂起など、まさに"異常事態"だと考えていた。

 反乱など、ここまで苛烈に抑えつけられた国民が行えるとは思えない。

 仮に行うにしても限定的な物だろうし、機械化の進んだ機甲部隊の敵ではないだろう。

 司令官達はそれ以上、深く考えることもなかったのだ。

 

 人事システムの麻痺と明らかに考慮の不足したドクトリン、それに過信と慢心。

 これらの要素はアマンダと呼ばれるゲリラの頭目が国内で一斉反乱を指揮した時、その"効果"を発揮した。

 あらゆる地点から飛び込んでくる航空支援要請に、大統領へのおべっかによって就任した航空隊司令官は数ある選択肢の中で最も最悪な物を選択したのだ。

 …それは現状維持と待機、つまりは、インビエルノ陸軍の地上部隊は有力な航空支援を失った。

 

 

 

 

「おのれ!私の命令が聞けんと抜かすのか、中佐!?」

 

『航空隊基地の直近でも蜂起の動きがみられます!現地点を死守する方が先決です!』

 

「そちらの蜂起などただの見せかけに過ぎん!わからんか、この愚か者が!」

 

『確実な情報がない以上は動くに動けません、ご理解ください!』

 

 

 確かに有能過ぎる部下は有害だが、無能すぎる部下はそれよりも遥かに有害だということをよく考慮しておくべきだった。

 元帥という軍最高の階級に上り詰めはしたものの、その保持のためには自分の首を狙えるような人間は最初から排除しておかなければならない。

 ベラスコはその点、自分より秀でているライバル達を排除する才能があった。

 彼は1人、また1人とライバルを蹴落としていき、パラノイアに取り憑かれている独裁者に取り立てられて以来その地位を守っていたのだ。

 しかしこの行動が彼にとって優位であるのは、外敵の脅威がない時であることを彼は十分に認識できていなかった。

 アマンダのような人間が大規模な組織的反乱を生じさせるという事態を、ベラスコは備えるどころか考慮すらしなかったのだ。

 

 結果として、愚鈍な彼の部下のうちの1人は航空機の出撃を拒否した。

 とはいえ本当のところを言えばあの中佐の言い分は分からなくもない。

 全国規模で不意急襲的に始まった武装蜂起は陸軍の対応能力を空地問わず飽和させた。

 恐らくは中佐の下に来ているような支援要請は情報の正確さや敵の状況、時間的制約などの面において錯乱したように纏まりのないものだろう。

 そんな中途半端な情報では航空支援をしたくともできないし、インビエルノ陸軍のような硬直した軍隊では尚更無理な話なのだ。

 

 

「クソッタレ!航空支援は期待できん!大佐、君の機甲部隊を戦闘配置につかせろ。それから沿岸砲にも連絡を!」

 

「はっ!」

 

 

 大佐はその階級章をつけるために何度も同じ言葉を繰り返してきた。

「はっ!」

 ベラスコのイエスマンが回れ右をして言われた通りのことをやり始める前に、伝令が無線機を持って元帥の元までやってきた。

 伝令の報告などまたなくとも何事かはわかる。

 既に腹を括っていた元帥は無線機を耳に押し当てた。

 

 

「ベラスコ」

 

『………元帥』

 

「………大統領閣下、作戦は間違いなく遂行致します。どうかご安心を。」

 

『その必要はありません。大統領命令により、現時点であなたの指揮を解きます。お疲れ様でした…事後は沿岸警備隊に引き継いで下さい。』

 

「…申し訳ありませんが、そのご命令には従えません。オンディビエラ長官の仰る通り、あなたはご婦人に惑わされていらっしゃる。」

 

『…………』

 

「ルートヴィヒ長官にはこうお伝えください。"指揮権が欲しいなら、力づくで取りに来い"」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生産設備から北に十数キロ

 

 

 

 

 

 

 沿岸警備隊陸上部隊はM47戦車を先頭に陸軍の守備する生産設備への進軍をすすめている。

 その車列の後方にいるルートヴィヒは、M113指揮装甲車の中から大統領の指令を受け取っていた。

 

 

『ルートヴィヒ長官、ベラスコ元帥は指揮権の引き渡しを拒否しました。これは造反です。よって…私はあなたにインビエルノ全軍の総指揮権を与えます。』

 

「ご安心を、大統領。我々は小規模ですが統制は取れております。」

 

『………申し訳ありません、あなたには…ご婦人のことがあるに』

 

「今は"大統領"でいて下さい。こんな事は言いたくありませんが、大統領ご自身にもご自覚があるはずです。何があったとしても、大統領なんて職は今日明日で放り投げられる物ではありませんよ」

 

『……ええ、そうですね。』

 

「それに…あなたは今、"指揮官"です。タマンダーレ夫人やユニオンの機関、それに旧海軍でも学んだはずですよ?…特定の部下ばかり気にかけていてもなりません。」

 

『…………』

 

「ご配慮には感謝します。…どうかご安心を。我々は必ず陸軍を制圧します。」

 

『どうかご武運を。』

 

「ええ…大統領も。」

 

 

 アドリアン・セルバンデス…自分よりも年下の大統領の幼少期を直接見たわけではないが、アレが彼の本来の姿である気がする。

 オイゲンがあんなことを面と向かって言い放った時は肝を冷やしたが、タマンダーレに連れ添われた外出から帰ってきた後に大統領が放った言葉には内心ホッとした。

「…オイゲンの出撃を禁じます。」

 それが粛清を意味していないことを、ルートヴィヒは確かに感じとった。

 

 あの大統領は本当はそういう人間なのだろう。

 どんな魔法をユニオンが使ったかは知らないが、鉄の仮面を被って殺戮を繰り返していた男も結局はただの人間だったわけだ。

 しかしルートヴィヒは驚きはしない。

 かつて祖国が戦火に包まれていた時、そういった類の人間を大勢見ている。

 ただし、認めなければならないのは…そういった人間が途中で"役割"を放り投げて、我に返る様を見た事はあまりない。

 大抵の人間は、例え途中で我に返ったとしても返っていないフリをする。

 そうでないと耐えられないからだ。

 だがタマンダーレはそれを許さないし、同時にその身を持って全力で支えようとしている。

 故にルートヴィヒとしては、できる限りタマンダーレの力になると決めていた。

 何より、彼の命を救ってオイゲンとの"今"をくれたのもタマンダーレだからだ。

 

 とはいえ、ルートヴィヒも進んでオイゲンを未亡人にしたいわけじゃない。

 だからできることなら、大統領の最初の案がつつがなく達成されることを祈っていた。

 しかし残念ながら、ベラスコは未だに夢から覚めていないらしい。

 それなら叩き起こすしかないし、そのために沿岸警備隊陸上部隊は目標へと向かっている。

 

 

 

 不意に車列の前方の方で爆発音が聞こえる。

 ルートヴィヒは装甲車のハッチから身を乗り出し、前方を双眼鏡で覗き込んだ。

 M47戦車が停止し、その車体前方から黒煙を上げている。

 

 

「何が起きた!?」

 

『陸軍の待ち伏せ攻撃です!90ミリとM48の対戦車陣地です!』

 

 

 ヒュッという音がして、装甲車の少し後方で派手に土煙が上がる。

 それは紛れもなく至近弾で、敵の砲兵が戦車兵はルートヴィヒの装甲車を標準線内に捉えている証拠だった。

 ルートヴィヒは無線機の周波数を変え、海上にいる味方に連絡を取る。

 

 

「ボイシ!ボイシ!こちらルートヴィヒだ!思った通り、連中は待ち伏せている!今から言う場所に砲弾を叩き込んでくれ!」

 

『分かった!』

 

 

 アマンダの同志達が蜂起によって陸軍航空隊基地に圧力を加えてくれたお陰で、ルートヴィヒとボイシは制空権を気にする必要がなくなった。

 座標を送って数秒後には多数の榴弾が敵の待ち伏せ陣地に降り注ぎ、その大半を削り取る。

 とりあえず最初の段階はこちらの勝利に終わったらしい。

 砲撃の戦果のほどを確認したルートヴィヒは再びボイシに連絡する。

 

 

「よくやった、ボイシ!これで進撃路が開ける!」

 

『気をつけて!』

 

「いいや、気をつけるのは君の方だ。今の砲撃で175ミリ砲は君の位置を把握したことだろう。敵の反撃が来る。こちらも進出してくる敵機甲部隊への防戦に手一杯になるから…いいかい、ボイシ。これだけは肝に銘じておいてくれ。絶対に、沈むんじゃないぞ?」


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