KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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提督の息子達

 

 

 

 

 

 

 

 175ミリ砲の対砲レーダーは迅速に待ち伏せ陣地に降り注いだ砲弾の発砲源を特定した。

 かつて戦艦コクレーンに引導を渡し、旧ヴィシア所属KANSENアルジェリーを追い詰めた4門の重カノン砲は薬室に砲弾を込め、その矛先を海へと向ける。

 照準手がレーダーからの情報に基づいて正確に照準を合わせると、砲長の合図のもと一斉砲撃を開始した。

 轟音と共に砲口から175ミリの榴弾が飛び出していき、それはあっという間に沿岸に展開した観測手の頭上を超えてボイシのいた場所に着弾する。

 あまりに強力な榴弾がド派手な水柱を上げたせいで、観測手はしばらく敵艦の姿を見失った。

 

 

「着弾近し!着弾近し!」

 

『目標は撃破したか!?』

 

「水柱が激しく視界不良、戦果未確認、報告を待て!」

 

 

 インビエルノ陸軍の観測手は楽観的な観測をしていた。

 4発の砲弾はあのエメラルドの髪の毛のKANSENが立っていた場所に正確に着弾したのだ。

 あの様子ではどれだけ当たりどころが良かろうと轟沈しているに違いない。

 しかしやがて大きな水柱が収まっていくと、観測手は驚きのあまり自身の目を疑った。

 

 

『観測手、戦果確認を報告せよ』

 

「………あれは…」

 

『どうした観測手、応答せよ』

 

「…観測から砲塁へ。敵KANSENは消えた。繰り返す、敵KANSENは消えた。」

 

『消えた?』

 

 

 苛立たしげな疑問系が返ってくるのは分かっていたが、観測手はそれ以上に正確な事は一つも言えなかった。

 観測眼鏡上に捉えていたKANSENは水柱と共に姿を消した。

 文字通り、火炎や爆煙すら残さず綺麗に消え去ったのだ。

 

 

 

 

 

 ボイシは水面下でどうにか175ミリ砲の直撃を免れたが、あの巨大な砲弾の至近弾による衝撃波は彼女の艤装の一部を変形させた。

 

 彼女にとって、元々潜るのは趣味でしかなかった。

 艤装は長時間の潜航に適するようにはなっていないし、水中での戦いができるわけでもない。

 それでも、ボイシにとって静かな海の中は1人心を落ち着けられる良い空間だった。

 

 驚くべきことに、ボイシは自ら進んでこの趣味を今回の作戦に転用することを進言した。

 ルートヴィヒは驚いた顔をしたが、しかし同時に彼女に感謝しているようだった。

 175ミリ砲はボイシにとってのみの脅威ではなく、それは沿岸警備隊地上部隊にとっては尚更に大きな脅威だったからだ。

 彼女は潜水という特技を用いて175ミリ砲の目を欺きながら注意を引きつけ、その間にルートヴィヒの小規模な機甲部隊が175ミリ砲の位置を特定する。

 ボイシの艤装には対砲レーダーが装着されていないから、これにはルートヴィヒの活躍が不可欠だ。

 その上、ルートヴィヒには時間的制約もある。

 ボイシは確かに潜れるがそう長い時間は潜れないし、175ミリ砲弾の威力は想像以上に強力で、潜航可能な回数は当初よりも減っていくだろう。

 

 

『ボイシ!ボイシ!』

 

「聞こえてるよ!」

 

『175ミリの着弾が見えた!大丈夫か!?』

 

「うん!今のところは…でも艤装の一部がダメージを受けてる……思った以上は耐えられないかも…」

 

『!………分かった、あらゆる手を使って175ミリの場所を特定する!それまでどうにか凌いでくれ!』

 

 

 ルートヴィヒの声を聞きながらも、ボイシは海面目指して浮上を始めていた。

 彼女のマスクはシュノーケル程度の機能しか持ち合わせていないからだ。

 つまりは今頃は頭を傾げながら必死に海面を探している砲兵観測手の目前に飛び出ることになる。

 できる限り静かに浮上するつもりだし、その瞬間を観測手に直視されないように祈ってはいるが、祈りは所詮祈りでしかない。

 故に、いつまでも長続きしない事は彼女自身わかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルートヴィヒは本格的にボイシの心配をしている場合じゃないように思えてきた。

 陸軍の精鋭機甲部隊は待ち伏せ陣地などただのハリボテだと言わんばかりに進出してきて、このガス生産施設一帯を見渡せる小高い丘への唯一の経路に向かう沿岸警備隊陸上部隊を阻害している。

 M48戦車の105ミリ砲は確実にこちらのM47戦車を吹き飛ばせるが、こちらのM47戦車のステレオ式測距機は発砲の都度再調整をしなければならない代物だ。

 奇襲的行動であったのにも関わらず、陸軍機甲部隊は実によく対応して、沿岸警備隊は早くも守勢に回されていた。

 

 

「クソ!このままじゃ埒が開かない!」

 

 

 至近弾が近づくに連れて、ルートヴィヒの搭乗する装甲車も揺れの激しさを増している。

 当初の計画ではボイシの効力射によって待ち伏せ陣地を潰し、混乱に乗じて丘を確保、175ミリ砲の位置をボイシに伝えて排除する予定だった。

 あのカノン砲さえ排除できれば、この地域一帯は強大な戦闘力を持つKANSENの独断場になる。

 しかし、現実にはルートヴィヒは追い込まれているのだ。

 

 

 3両目のM47が105ミリ砲弾の直撃で吹き飛ばされた時、ルートヴィヒの装甲車に乗っていた彼の副官がとんでもない事を言い始めた。

 

 

「大将、このままじゃジリ貧です!ウチの戦車は全部中古だし、数も多くない!丘に辿り着くまでに全滅してしまう!」

 

「ああ!だがなんとかして…」

 

「ボイシの嬢ちゃんはカノン砲の観測手に見られてる間は砲撃支援なんてできやしない!」

 

「………」

 

「だから、あのお嬢ちゃんを頼るには誰か1人でもいいからあの丘に登ってカノン砲を見つけた方がいい!」

 

「…ああ、だから」

 

「まだ分かんねえんですか、大将!?アンタ1人でもあの丘に登れば、陸軍連中の馬鹿でかいカノン砲なんてすぐに見つかるんですよ!」

 

 

 ルートヴィヒはようやく副官の言いたい事を理解した。

 確かに、陸軍の精鋭連中といえど目の前に戦車を引き連れた脅威がいるのを放置しておく事はできない。

 当然連中は戦闘に集中するし、かかりきりになる。

 つまりその戦いの真っ只中から1人だけこっそり抜け出して丘に駆け上がるのまでは…見ていられないだろう。

 

 勿論こんな戦闘の只中に突っ込んでいくのは危険だが、それはルートヴィヒがこの案を躊躇する理由にはならない。

 しかしながら彼が躊躇しなければならなかった理由は他方面にある。

 

 

「…部下をおいてはいけない!」

 

「なんすか、その…俺たちが死ぬ前提みたいな話し方………」

 

「そうする気なんだろう?」

 

「なんの話だが…」

 

「この装甲車は指揮専用車両だ。敵の真前に出ていけば否応なく目立つ。お前らはそうやって、この装甲車を囮にして私を行かせる気だろう?」

 

 

 "図星"。

 ルートヴィヒの思った通りの顔を、彼の副官がする。

 しかしその次の瞬間に起きた事は、流石のルートヴィヒと想像だにしていなかった。

 副官は腰のホルスターからハイパワー拳銃を抜いてルートヴィヒに突きつけたのだ。

 

 

「さっさと降りてください、大将!」

 

「な、なんのつもりだ!?」

 

「見ての通り造反ですよ。はやくこの装甲車から降りてください。」

 

「………ふざけるな!お前達、英雄にでもなるつもりなのか!?」

 

「ええ、その通りです。」

 

 

 ルートヴィヒとこの副官の付き合いは決して長いものではなかったが、しかしここまで真剣な様子のな彼を見るのは初めてだった。

 周りの連中も、今日に限っていつにもなく真剣な表情をしている。

 副官は自動拳銃を銃口を向けながらその理由を話し始めた。

 

 

「…俺は将校になる前、ウガルテの親爺さんがやらかしてくれたせいでオンディビエラの秘密警察に抽出処刑される予定だった。その人事をこっそり取り消してくれたのはアンタだ。」

 

「………」

 

「陸軍連中は未だに夢を見てやがる。だけど俺たちはこの戦いが何の戦いなのかを知っている…やつらの言うように反乱軍と政府軍の戦いでもなけりゃ、ゲリラ連中の言うような暴君と民衆の戦争でもねえ。」

 

「………」

 

「…こいつは、言うなりゃ大統領閣下の"ケツまくり"だ。俺たちはアンタのおかげでずっと"夢の外側"にいられたから分かるんだ。」

 

「なら…どうしてここまで着いて来たんだ?」

 

「この戦争の理由はクソムカつく。それは変わらねえ。でも、大切なのはあのアマンダって女がセルバンデスの政権軍を倒す事だ。それでようやっと…ウガルテの親爺さんも報われる。親爺さんは頑固過ぎたんだ。でもあの女は違う。うまくやっていける。戦争の原因に心底ムカついても、俺たちと同じ選択をできるタマがある。」

 

「…………」

 

「…だからよ、大将。アンタには行ってもらわなきゃならねえんだ。今ここでアンタがボイシの嬢ちゃんに座標を送らなきゃ、あの女のゲリラ共は未来永劫セルバンデスを倒すことができなくなる。」

 

「…しかし………」

 

「いいんだ、行ってくれ。」

 

 

 

 ルートヴィヒは装甲車を飛び降りて、副官からカービン銃と無線機を受け取った。

 彼を乗せていたM113装甲車は敵の装甲部隊に向けて走り始める。

 

 沿岸警備隊は、旧海軍の人員を基に再編が進められた。

 アドリアン・セルバンデスは将校を全員処刑し、下士卒の抽出処刑を命じたが、新たに沿岸警備隊を再編することになったハンス・ルートヴィヒはアドリアンに内緒で下士卒の大幅な助命行為を行っていたのだ。

 だから沿岸警備隊は人材に困らなかった。

 規模こそ小さくなったものの、経験豊富な下士官を将校に、兵卒を下士官にすることができたからだ。

 

 その流れの中で、かつて祖国を植民地支配から救おうとした提督の意志が受け継がれていたに違いない。

 セルバンデスもオンディビエラも、結局は"ウガルテの親爺さん"の因子を根絶やしにはできていなかったのだ。

 だからアルジェリーが脱出を試みていた時も、沿岸警備隊の艦艇はわざと微妙に航路を逸らして警戒に当たっていた。

 確かにルートヴィヒはそのために多大な苦労を払っていたが、戦友会との接触を完全に覆い隠せたのは彼の意図せぬところでの協力が得られていたからでもある。

 

 "親爺さん"の意思を受け継いだ男達は、陸軍とは違って日陰者であり続けた。

 だからこそベラスコのように夢の世界に入り浸ることもなかったのだろう。

 実際彼はこの戦いの本質を見事に見抜いていたのだから。

 そしてその男達は今、鉄血からやってきた余所者に全てを託して死地に向かって行った。

 

 そうなればルートヴィヒのやるべき事はただ1つ。

 彼は早くも丘へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボイシは限界を迎える前にカノン砲の座標を受け取って、その忌々しい存在を無力化した。

 同時に陸軍精鋭機甲部隊に対して、その主砲の射程圏外から一方的な遠距離砲撃を喰らわせる。

 陸軍は一気に優位性を失い、やがて残された守備部隊はKANSENのチカラに怯えて投降し始めた。

 その後ガス生産施設では、残りの沿岸警備隊陸上部隊がちっぽけな拳銃を咥えて引き金を引いた元帥以外の死者を出さずに制圧を行った。

 こうして無事にガス生産施設は制圧されたが…一つ問題がある。

 どうやらこの施設はウゴ・オンディビエラの作戦司令塔ではなかったようだった。

 


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