KAN-SENは歳を取らない   作:ペニーボイス

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アマンダの献身

 

 

 

 

 一斉蜂起から10日後

 

 

 

 インビエルノ

 大統領宮殿

 

 

 

 

 

 

 

 

 革命政権の成立に、インビエルノの首都の住人達は馬鹿騒ぎをしている。

 大統領執務室にいる、白い海軍用制服に身を包んだ女性は部屋の奥にまで響く歓声に深いため息を漏らした。

 "アマンダ万歳!"

 "同志アマンダ万歳!"

 これから彼女がやろうとしてることを知ったら、今それを言っている人間のほとんどが真逆のことを言うかもしれない。

 

 

「そんなにため息をつかないで、指揮官?皆んなあなたを受け入れているんだから。」

 

 

 ため息混じりに葉巻を吸うアマンダの背後から、1人の少女が声をかけた。

 アマンダは吐いていたため息を更に深くして、それよりも深く葉巻の煙を吸い込んだ。

 

 

「…今はそうかもしれないけど、どうせ離反されるさ。」

 

「うん。何人かは離反するかもしれない。けれど、多くの人は理解をしてくれると思うよ?…あなたは、これまでの政権とは違うから。」

 

「私が何をしようとしてるのかは、知ってるのかい?」

 

「…そうだね。」

 

「この先どんなに頑張ったって、後世の私の評価なんて…"賛否両論"ぐらいが関の山だろう。」

 

「指揮官…それを理解した上で取り組むんだから………」

 

「ああ、わかってる。少しキザな物言いになっちまったね。………ところで…」

 

 

 アマンダは葉巻を灰皿に置いて振り返る。

 エメラルドの髪をした少女のあどけなさの残る顔を覗き込みながら、彼女に疑問をぶつけてみた。

 

 

「アンタは本当にいいのかい?…他の連中は皆んな逃げ出した。アンタがユニオンに帰ったって、私は怒らないし、追いかけも、後ろから撃ったりもしない。」

 

「うふふ!…うん、ボイシのことは大丈夫。あなたはボイシを必要としてくれているし、ボイシはボイシを必要としてくれる人の下にいたい。…あなたにはボイシが必要…違う?」

 

「…アンタの言う通りさ。……その…ありがとう。」

 

「ううん、ボイシこそお礼を言わないと。あなたのおかげで、ブルックリンもこっちに来られる。だからボイシも寂しくないし…本当に、ありがとう」

 

 

 インビエルノ全国のゲリラ組織を取りまとめてセルバンデス政権を打ち倒したアマンダが、新たな国の指導者に選ばれるのは自然な事の成り行きであろう。

 アマンダ自身もその事は自覚していて、だからこそ事前に粗方のことは決めてしまっていた。

 

 

 

 いつかの共産主義グループとは異なり、アマンダはユニオン資本の企業を力づくで奪おうとはしなかった。

 2度目の革命政権…それも今度は軍事力で政権を奪取した…に対して、当初は怯えていたユニオン企業だが、アマンダが思っていたよりかはずっと理性的な判断をしたために合意に至る機会が生まれたのだ。

 

 アマンダはインビエルノにあるユニオン資本の鉱業会社を買い取りたいと申し出た。

 アドリアン・セルバンデスは口座を閉鎖する事なく大統領宮殿に置いていったし、スプルースが折れかけていた政治生命を完全に叩き折り、アマンダにユニオン国立銀行からの融資を行う旨を通知したことで、この計画は現実味を帯びる。

 結局はインビエルノ国民が将来的に負担を担う事に変わりはないが、ユニオンが中小国家に行う支援としては桁違いに待遇の良い内容だったし、何より頭金をセルバンデスの口座から用意できたお陰で買収は速やかに合意された。

 

 

 スタジアムの収容者を用いた道路建設は、一斉蜂起のあたりには殆ど完成間近の状態にあった。

 急ピッチな工事のおかげで数百人という死者を出しつつも、この長大な道路は出来上がっていたのだ。

 道路の両脇には工業地帯が建設される予定で、不毛な南方大陸にアイリスや鉄血の資本家達が投資を行う素地となる。

 エウロパ大陸ではかつてセルバンデス政権の悪虐な行いを暴いたジャーナリストが、革命後のインビエルノへの投資を呼びかけていた。

 新政権がユニオン鉱業会社の買収に合意したという事実は、アイリスや鉄血の資本家達にアマンダが良識ある人物であるという好印象を与えていたのである。

 加えてアマンダは13家族から農地を取り上げるような事もしなかった。

 たしかに13家族は多少の打撃は被ったものの、軍事力を背景とする勢力との交渉に限定すれば驚くべきほど知性的な取引によって上流階級の暮らしを継続することができたのだ。

 かつての失敗を繰り返さない予防策を進めた事で、資本家達はインビエルノの政情不安は急速に収束するだろうと期待できたし、これまでユニオン資本に押されていたエウロパ大陸の列強国は新たな市場と労働力を求めて南方大陸に向かい始めた。

 

 

 鉱業会社の買収に代表されるように、彼女はユニオンとの対決を放棄した。

 彼女はユニオンとは"相関関係を多少改善しつつも"良好な外交を望んでいたし、13家族のようなノウハウのある階級を尊重し、ユニオン資本にはキチンと金を払う約束までしている。

 こうなってくると問題は、一見して今までと変わりのないように見える彼女の政策に反発する勢力が現れてもおかしく無い事だろう。

 

 

「私が革命の後処刑したのは、秘密警察の連中と陸軍の少数の将校だけ。国民は私に不満を抱くだろうね。」

 

「………」

 

「何せ、肝心の"真打ち"を取り逃したんだ。『セルバンデスは海路脱出したが、途中でゲリラの哨戒艇と交戦、遭難した』なんて結末じゃ誰も喜ばない。」

 

「…アドリアンは………うん…あなたにとってはそうかもしれない。でも…その…裏切らないでくれて、ありがとう」

 

「裏切るにも裏切れないさ。アンタの義理の妹はここから逃げる直前までセルバンデスの口座の鍵を握ってた。もし万が一裏切りでもしたら、私はユニオンの資本家連中とあそこまで円満な取引を出来なかっただろうね。」

 

「………」

 

「それに、正直感謝してる部分も多い。彼女はこの大陸始まって以来の悪政の評判を利用してある程度のことを推し進めておいてくれた。」

 

 

 タマンダーレがやっていた"下準備"があったからこそ、アマンダは政権を奪取して僅か10日でここまでの判断を下すことができた。

 特に産業道路はその象徴である。

 結果的に多数の死者を出したアドリアン・セルバンデス大統領夫人の命令は、民衆にとっては許し難いものだろう。

 しかし、もしタマンダーレがやらなければ、アマンダが汚名を被ってやらせるか、或いはより莫大な費用と時間をかけてやるしかなかったのだから。

 まさに彼女の言う通り。

 "汚名には有効期限がある"

 

 

「とにかく…何にせよ、私はしばらく()()()()()()()()()をしなくちゃいけない。それが一番気が滅入るよ。」

 

「…どうして…民主選挙に移行できないの?」

 

「この国の国民は、長引く独裁政権のせいでまともな教育も受けていない。彼らはこの国を大陸最大の国家にするポテンシャルを秘めてはいるけど、今ここで奔放にしたところであの共産政権を繰り返すだけさ。」

 

「なるほど…だから、国民が自分の将来を決めるのに必要なチカラを持つまでは…あなたが率いていくんだね?」

 

「大統領のご夫人が教育機関の再整備までしてたから、新しい教育体制はすぐにでも稼働できる。………長くても10年。その時が来たら、私は大人しくこの宮殿を去るよ。」

 

 

 アマンダはそう言って再び葉巻の煙を深く吸い込んだ。

 まったく、なんてこった。

 夫のための復讐を諦めただけでは足りないと言うのだから、なんと残酷な仕打ちだろう。

 だがしかし彼女はやり遂げるつもりでいる。

 陸軍の大部分はそのままの戦力を保持しているし、沿岸警備隊の長官夫妻は逃げても艦艇は失っていない。

 それに、今彼女の背後にいるKANSENと、ユニオンと新しく結んだ"友好条約"によって送られるもう1人のKANSENが彼女の手元にはある。

 

 もしかすると…そう、もしかすると、これらの戦力を誰かに向けて使う事はないかもしれない。

 そうならないことを祈っているし、望んでいる。

 でも、もしもの時の備えは賢者の常である以上、アマンダは"もしも"の時の覚悟を決めておかねばならない。

 

 

「………ねえ、ボイシ。お願いがあるの。」

 

「なに、指揮官?」

 

「アマンダって呼んでちょうだい」

 

「あっ…ごめんなさい、アマンダ。それが…あなたのお願い?」

 

「ううん、それは別。…いい?ボイシ?…"もしも"…"もしも私が感情に負けてセルバンデスのようになったら"…後頭部に銃を向けて、引き金を引く準備をしておいて。

 

「なっ」

 

「あははっ!安心しな。私だってアンタに撃たれて死にたいわけじゃ無い。けれど、これから私がやることは多くの人間の反感を買いかねない。もちろん、セルバンデスのような弾圧を加えるつもりも、報道の自由を奪うつもりはないけれど…もしかすると、私は感情に負けて禁忌に手を出すかもしれない。だから、()()()()()()()()()()()()()()()…最後はアンタに任せたいの。」

 

「…うん、わかった、アマンダ。でも、それは杞憂だと思うよ?」

 

「どうして?」

 

「だって…………」

 

 

 

 ボイシは未だに歓声が聞こえてくる窓の外を指差した。

 これまでの10日間で、アマンダがユニオンや特権階級との妥協を重ねているにも関わらず、アマンダ万歳の声は鳴り止まない。

 

 ボイシはこの国の人々に期待していた。

 彼らが新しい指導者の弱腰を見ても離反していないのは、民衆が彼女を信頼し、その意図を汲んでいるからだと。

 ボイシ自身も民衆の間では『セルバンデスを裏切り、インビエルノ国民に味方した英雄』として扱われているが、この先も英雄にふさわしい立場を考慮していてもアマンダを撃つことにはならないと確信していた。

 

 

 

 

 

 ボイシの予測は間違っていなかった。

 "独裁者"アマンダは当初の宣言より3年もはやくその座を自ら降りることになった。

 勿論、反対勢力は皆無ではなかったし、インビエルノの復興には大きな困難が伴った。

 それでもアマンダの頭が白髪で埋まる頃には、インビエルノは南方大陸初の本格的な民主主義国家としてスタートを切っていた。

 ボイシも、その後からやってきたブルックリンもアマンダに銃を向ける事は結局無く。

 アマンダはこの日と同じように歓声と共に宮殿から送り出されることになる。

 

 

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