【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
あたしは、正直あの人の事苦手だった。
初対面の印象は堅物で真面目。話が通じないっていうか、頭が固いっていうか。
パピコでスイートP、もとい二条院静華の事をgossiperで呟こうとしたときのことだって、ひどいと思った。人のスマホを取り上げるのも大概だけど、勝手にデータを消しちゃうんだもん! ありえなくない?!
そういう苛立ちをgossiperで呟けば、きっとみんな私の味方をしてくれる。
でも、あたしはあの言葉を聞いて以来、どうしてもそれをgossiperで言う気になれなかった。
「自分の言葉に責任を持たないような馬鹿どものせいで、親父は……」
その時のあの人の顔は、あたしに何言われてもあんまり変わらない表情が、すごく歪んでた。
怒ってるのか、悲しんでるのかわかんないくらい。多分、両方だと思う。
だからあたしは調べた。アリアの力で現実の情報を知れるようになったあたしのスマホで。
『斑鳩棹人』、名前で調べただけで、無数の記事が出てきた。そんな有名人だったんだ、って驚きはすごかったよ。それからこれは特ダネだ、っていう喜びもあった。
そしてそれに目を通したあたしは、すぐに後悔した。
でも、読み進めてしまった。全て、最初から、最後まで。
その日からだ。あたしが生配信を休み初めて、gossiperに写真を投稿できなくなったのは。
知ってしまったことを、あたしは口にできない。
きっとそれをすれば、もうあたしは帰宅部にはいられない。
あの人はあたしが全てを知っているとは知らずに、色々話しかけてくる。パピコではあんな強引な手段で二条院静華の写真をあたしが広めるの妨害してきたのに、それ以外のことでは全然普通。
むしろなんか、最初と違って気さくな感じだった。
最近の楽士の事情とか、どうしてそんなこと気にするんだろうって思ったら、帰宅部に入ってもがっちがちのμフリークだった。そりゃスイートPのあんな姿広めたくないわ、って納得した。
スイートPの曲も全部聞いてるとか全然イメージ違うんだもん、ギャップすごって口に出ちゃったもん。
でも。
そうやって、仲良くすればするほどに、あたしの胸の中で黒くて重たいものが膨らんでいった。
あたしが全部知ってるってわかったら、どうするだろう。
あたしの事を知ったら、この人はどうするだろう。
怖かった。あの日の言葉がずっと頭の中で渦を巻いて、携帯に触っている時間が短くなる。
怖かった。きっと、帰宅部の皆はあたしじゃなくてあの人の味方になる。
また、一人ぼっちになる。だから、この秘密は、絶対に言っちゃいけないと思った。
〇 - 〇 〇 - 〇 〇 - 〇
宮比温泉物語。
ずーっと前から、話題のスポットだって話を聞いて行ってみたかった。きっとここでの写真とか、絶対バズるって思ってたから。でも、暫くgossiperから離れてたから、第一声はすごい綺麗、だった。
押しも押されぬ人気生主で有名gossiperユーザーのあたしからしたら、やきが回った、って感じはしたよね、あはは。
途中途中で、いろんなことは確かにあった。
流れてる曲が、雰囲気と合ってないラブソングで、あたしもなんだかなーって思ったり。
重曹泉にスイートPがいるか調査するために、部長や帰宅部の皆と温泉に入ったり。
そこで、変態の覗き楽士を見つけたり。
あと、同級生の彩声ちゃんが帰宅部に加入することになったり。
――あの人が、カタルシスエフェクトに目覚めるのを見たり。
「クソが」
それは本当に、唐突だった。
storkが姿を隠して、帰宅部の皆を覗いていた。実況みたいにして感想を言ってくるのはすっごく、きもちわるーって思った。でもあたしたちはあいつを全然見つけられなくて。
そんな中で、あの人は急にそう言った。
独り言みたいな感じだったんだろうし、というか本当に独り言のつもりだったんだと思う。
「クソが、クソが、クソが」
柱を蹴りつけるたびに、木がみしみし言って、割れて、制服に木の欠片がついたり、刺さってたりした。絶対痛いと思って、鈴奈ちゃんや部長も止めたけど。やめなくて。
「逃げ果せられるなんて思うな、罪を置き去りにできると思うな」
どす黒くって、ぼやけた力が、体から溢れ出て。
「必ず、必ず、俺の前に引き摺り出す、お前も、必ず――!」
「棹人、もうちょっとそのまま! GoLiiiiiiive!!」
鎧みたいな、足。
体を覆うみたいなやつで、鼓太郎先輩のに似てるけど、少し違う。
でっかくて、なんていうか、こう、力強い感じじゃない。
ごつごつしてるんだけど生きものっぽくて、鋭くて、切り裂くような。
捕まえて逃がさない、鶏のかぎ爪みたいな足だった。
そこから、あの人がstorkの隠れてるものを全部バシバシ見つけていった。
「俺は、HSPってやつだそうです。昔医者に言われました。他人の感情の機微を読んだり共感したり、五感も含めて感覚が鋭い。その分気疲れも多いんだとか……ともかく、集中して、気分の悪い視線や感情を感じ取ることで、相手を見抜くことができてます」
聞いたことがなくて、すぐに調べた。ちょっと怖かったけど。
自己肯定感が低い。熟考してしまう。うつ病になりやすい。とかとか。そういうことが書いてあった。
でも、あの人は当然のようにstorkを見つけては、蹴っ飛ばしていった。
見ていて気持ちよくなるくらい、すぱっと見つけて、蹴っ飛ばしていったんだ。
あの人は、本当に頼もしかった。
任せていれば、きっとどうにかなる。そう思ったら、なんだか気が抜けちゃって。
それで改めて内装をばーっと見てたの。
あたしはまだカタルシスエフェクト、どうせ使えないし。
本当に綺麗だった。神社とかみたいな赤い漆喰で、変わった形をした日本風の街並みとか。温泉の香りがする中で、縁日の屋台や提灯が並んでる姿とか。
普段だったら、そんな感想をゆっくり考えてる暇なんてなくて、一言コメントと一緒にgossiperに張り付けて見返すこともないと思う。すごいフォロワーが増えたとか、リゴシップされたとかじゃない限り。
こんな気持ちになるのが久々で。
だからどうしても一枚だけ、写真が撮りたくなった。そうして一枚撮ったら、なんだか前みたいな気持ちになって、気付いたらものすごく熱が入っちゃって。職業病ってやつ? なんちって。
けどまあ、そうやって撮ってたら、偶然通りがかった男子が映り込んじゃって。
「なんだよ、何撮ってんだお前」
もっのすごいテンプレみたいな絡みをされたんだけど、その時の私は熱くなっちゃってたからつい言っちゃったわけ。人が写真撮ってるところに割り込んでこないでよ、って。
まあ、そりゃ怒るよね。あたしでも、言った後に「やばっ」て思ったもん。
なんか本当にインネン着けてきてさ。携帯奪おうとしてくるわけ。
だから助けて、ってみんなに言おうとしたんだけど。あたしがボーっとしている間に、みんなもう先に行っちゃってて。
そりゃそっか、って感じだよね。だって今楽士を追いかけて、μを見つけて、現実に帰ろうって時だもんね。空気読めてないよ、あたし。
ああ、また、あたし一人になっちゃったんだ。
そう思ってたらさ。
「すいません、友人がご迷惑をお掛けしたようで」
気付いたら、あたしとその男子たちの間に割り込んでたの。本当に一瞬で。あたしびっくりしちゃって。
「な、なんだてめぇ、こいつのツレか? だったら」
「いやあ、集中すると周りが見えなくなってしまうようで。もし映り込んでしまったようならその写真は消してもらいますし、口が過ぎたようでしたら俺から謝らせていただきますので」
いや、文字に起こすとなんかすごいへりくだってるように聞こえるじゃん?
本当に言葉は丁寧で、へりくだってるのにさ。目が全然笑ってないの。
ちなみに、そいつらはすぐ逃げた。
まあ、鼓太郎先輩くらい大きい男の人に、腕がっちり掴まれながらあんな顔で見られたら、そりゃね。
でも、驚いたのはそこじゃなくて。
「なんで、あたしを?」
そこだった。
部長とか、彩声ちゃんとかが助けに来てくれるならわかる。命の恩人だよありがとー、って言ってたと思う。
でも。でもこの人は、あたしのこと、嫌いだったんじゃないのかって。
「――前のことは、すいません。流石に言い過ぎたし、やりすぎました」
言葉にした質問には答えずに、私の心の中の方の疑問に答えられた。一足飛びに帰ってきた欲しい答え。必然的に、その先も気になってしまったあたしに――棹人くんは、また同じように答えたんだ。
「戻りながら話します」
〇 - 〇 〇 - 〇 〇 - 〇
「親父は根も葉もないガセネタで非難を受け、それが原因で、倒れました。医者には心労だと言われて」
戻ってきた棹人くんに、彩声ちゃんが電気ビリビリしようとするのをどうにか止めて、帰宅部の皆が前を行くその後ろから、二人で歩きながら話してくれた。
当然だけど、あたしは知ってる。でも本人の口からきいたことで、調べた話がまぎれもない真実だと確定してしまって。あたしは、相槌さえできなくて。
「インターネットを筆頭にそういう洒落にならないことがあったから、過敏に反応してしまいました。ですが携帯奪い取るのは本当にやりすぎだと、間接的な攻撃を止めるために、人に直接暴力を振るったら意味がないというのに」
「……ううん、あたしこそごめん」
絞り出すように、そう答えるしかできない。
だって。だって、あたしは。
「二条院静華の存在は事実です。でも、醜聞はネットで広まったらそれをタテに悪意ある情報の使い方をする人間がいる。嘘か真かさえ関係ない。そもそも太ってることに、別に罪はないはずだというのに。そんでより輪をかけて忌々しいのは、連中が咎められたら今度は一転して、情報の発信者が叩かれる。火を広げたのは自分たちだというのに」
そっか。
平然と話しているけれど、言葉の端々にトゲトゲしくて荒っぽい語気が混ざってる。きっと、そういう相手のことが大嫌いなんだ。
そう、あたしみたいな。
「――ですから、その。心配なんです、守田さんが」
「え?」
よくわからなかった。
今の話から、あたしの心配に繋がること、あった?
「情報を発信するのが悪いだなんて言えません。ですが、画面の向こうにも人間がいる。人の口にしたことを曲解して過激な行動に走ったり、捻じ曲げて悪事の言い訳にする人間もいる。何の気ないことで自分が責められることもある。だから、つい気になってしまって」
インターネットが、悪意に満ちているなんて。そんなのはあたしだって知っている。誰もかれもがいい人じゃない。いや、悪いひとの方がきっと多い。
知ってる。わかってる。
わかって……るのかな、本当に。
もしあたしが、二条院静華の現実を拡散してたら、どうなってたんだろう。
ガセネタを流すなって逆上したデジヘッドに襲われてたかな。でも、みんなと一緒に居たら簡単に倒してくれるよね。でも、その時みんなはどう思うのかな。
鼓太郎先輩の言葉を思い出す。部長といたときに、前に上げた鼓太郎先輩の写真のことで文句を言われた時の事。
そのときは頭に血が上ったけど。
でも、鼓太郎先輩はなんにも間違ってなかったのかな。
『画面の向こうにいるのが人間だって証明できんのか? 証拠を見せろよ、証拠を!』
もし二条院静華のことで、ううん、それ以外の事でも。
あたしがあたしの言葉のしっぺ返しをくらったら、きっとあたしは言うだろう。あたしのフォロワーはNPCもいっぱいいるはずだから、あたしは悪くないって。
『顔も突き合せねーで偉そうに上から目線で他人貶したり煽ったり、笑いものにしたり、評論家気取りで批評したりよ、何様なんだよ! お前そんなに偉いのか!?』
わかんない。もしかして、あたし、わかった気になってただけなのかな。
「着いたみたいです。行きましょう、守田さん」
そう言い、部長に呼ばれて走っていく棹人くん。
遠くなっていく背中を見て、あたしはただ胸の奥がズキズキした。
誠に勝手ながら、Lucid兄貴姉貴の人気度がやばすぎてそれ以外が横並び気味だったのでアンケートを更新しました。ご迷惑をお掛けします、何卒宜しくお願いします。
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