【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
USBメモリーの中に収められていたのは、彼の纏めたpdf形式の報告書。
それを開き、ざっと目を通した私は、額を抑える。
(やはり現状、μだけではメビウスの維持は難しいと言わざるを得ないわね)
ラガード狩り、デジヘッドへの洗脳。
それらを行ってなお、メビウスのリソースはデータの
理由は単純だ。
人の欲望というのは際限がないからだ。
その上、数多の人間が居れば願いが相反することもあるからだ。
現実ならばそれに折り合いをつけながら生きていく事になる。
しかし、このメビウスではそうであってはならない。妥協など許されない。
すべての願いが十全に叶わなくては、メビウスがメビウス足り得なくなってしまう。
それゆえに、メビウスを維持するためには莫大なエネルギーが必要なのだ。
そして、エネルギーを集めるためには、μを崇める信者が不可欠。人を集め、μに信頼と願いというエネルギーを与え続けなければ、メビウスは早晩に枯死するだろう。
人を集めねば滅び、人を集めすぎれば綻びが生まれる。
この世界は、つくづく不完全だ。
しかし、この世界を見捨てるつもりはない。
私にとって、この世界とμは現実以上に価値があるものなのだから。
(しかし、現状のままではジリ貧なのも事実、か)
本来ならば、それぞれの人間の願いを精査し、それにふさわしい環境を作り出してやれば無駄なくリソースを使える。私たちの手を焼かせる帰宅部のような
しかし、それはしない。できない。
この世界で願いを叶えるのは楽士ではなく、μでなくては意味がない。
とはいえここにも致命的な欠点がある。
μは、人間の感情に疎いのだ。
それは本質的に我々人類とバーチャドールが異なることを意味する。
女神とはそうあるべきなのかもしれないが、『願いを叶える』という行為を行う場合は致命的な欠点と言わざるを得ないだろう。彼女は勉強熱心で、より人々の願いを叶えるために人間の感情や想いを理解しようとしているが、正直それが実を結んでいるとは言い難い。
願いも、人の心も、知識として理解はしている。
しかし、その使い方を決定的に間違うことが少なくない。
だからこそ、彼女の欠落を補うために私がいる。楽士がいる。
――彼女の集めた楽士たちは、正直癖が強すぎて彼女に悪影響を与えかねないと危惧しているが……それはLucidや韋駄天がどうにか正してくれるだろう。
本当にあの二人は優秀だ。監視のために韋駄天に持たせた通信機器からはそれが十二分に伝わってくる。
Lucid。帰宅部を束ね、アリアの力を初めてその身に宿した存在。既に楽士二人を打倒したその実力は楽士としても遺憾なく発揮されている。
あのスイートPとstorkを指揮して戦えているだけでなく、韋駄天含め三人に楽士として溶け込んでいる。これから、楽士を結びつける役割を任せるのに相応しい。
DTMに触ったことがないというのは織り込み済みだった。だとしても、あの曲は、私も正直驚いた。あの衝撃は韋駄天の曲を聴いた時と同等だろう。
もし彼女が作曲を行うことができていたら、メビウス創設時に招きたいほどの強い欲望。
惜しむらくは最初に彼女を拾い上げたのが帰宅部だったというところだが……。
いや、最初に見つけたのは韋駄天、もとい棹人だったか。随分と運のよい男だ。
――いや、これは失言だった。本人の前では、口が裂けても言ってはなるまい。
ともかく、彼の能力は戦闘という行為でさえ発揮されている。バイタルデータを見る限り、十全とは決して言い難いのだが、これほどまでの活躍をするとは。
特に、一瞬で二人のラガードを下した時などは、注目に値するだろう。
才覚、と一言で片づける事程無礼なことはない、純然たる努力による力。あれは、執念と覚悟によって生まれてしまった超人のたぐいだろう。
ドールPとして活動する中でも、些か生きすぎてしまった人生の中でも、ああいう手合いは稀にいる。
しかし、彼に余り役目を与えすぎるのは得策とは言えない。
彼は、いずれ私と袂を分かつのだ。
楽士という組織が韋駄天に依存すれば、いずれ自壊する。
本人も恐らくそれを知っているのだろう。だからこそ人当たりよく各楽士に協力的な姿勢を見せている。実績も申し分ない。私自身が補佐として紹介したのも効いている。確実に、オスティナートの楽士の中心には韋駄天という存在が入り込み、居座っている。
だからこそ、Lucidは切り札として役に立つ。
Lucidの楽曲は確実にメビウスの人々の熱狂的な支持を受けることだろう。だが、功績自体は韋駄天の方が上。なれば、現在の私の任命に異を唱える者も居まい。
重要なメビウスの管理は韋駄天に。現場指揮はLucidに。この構図が、容易く成り立つ。
そして。
私の思惑を知るか知らぬかはどうでもいい。
そして、
最終的にLucidがどちらにつくかは予測できない。それを愉しんでいる自分もいる。だが、韋駄天の目論見は確実に明かされるだろう。
……本当ならば、彼自身の心変わりを願いたいものだが。
無理だろうな。わかっている。
僕と彼とでは、共通するところが余りにも多い。
だからこそ、絶対に譲れないものがあるというのならば、別れは必定。
しかし、韋駄天。
君も知っているはずだろう。μの存在を。その願いを。
ファイルの後半を埋め尽くす、メビウスの維持のためのプランニング。そのすべてが本気で考え抜かれたものであるからこそ、問いたい。
君は、μをどう思うのか。
人の望みを叶えたいというμの望みは、穢れなく無垢なものだ。
しかし、人間が抱く願いというのは必ずしもその清らかな想いに見合うほど高潔なものではない。
君は、μと仲がいいだろう。そのくらいはわかるさ。
僕と敵対するのは、仕方があるまい。
だが君は、μを裏切るというのか?
僕はそれだけが、ただ悲しい。
僕の願いは、μには実現できなかった。
それでも僕がメビウスにいるのは、彼女のためであり、確かに復讐のためでもある。
だが、ただそれだけ、とういうわけではない。
これは、いびつな形だ。いびつな欲望だ。
それでも、そんな僕の願いを掬い上げたμの願いを、僕も叶えたい。
そう願うようになった。
だから『あの曲』は、μに歌わせるわけにはいかない。
ここは『君』のいる世界だ。
しかしもう――僕だけの箱庭ではない。
「だからこそ、お前にこれ以上奪わせるものか。佐竹笙悟――」