【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
「粗品ですが、こちらを」
韋駄天の渡してきた、簡素なパッケージの小箱。その中に入っていたのは、ハンカチだった。
肌触りがよくて、柔らかいタオルハンカチの二枚セット。どちらも白地のシンプルなものだけど、縁取りの色で分かれている。青い縁取りに燕子花の刺繍のもの。それから、薄いピンクの縁取りに、サイネリアの刺繍が入ったもの。
思わず、言葉を失った。
「あ、ありがとう。――とても、嬉しい」
そう、口にするのに時間がかかるくらいには、驚いてしまって。
「おやおやぁ? 韋駄天、もしや見かけによらずこういうのは得意なのかい?」
「はははstorkさん冗談はよしてください、顔蹴っ飛ばされたいのなら別ですが」
「君のそれは洒落にならないよねぇ!? そんなに怒る!?」
「人の誕生日会なのに騒がしすぎるのよ、黙りなさいstork!」
「え、怒られるの僕だけ!?」
漫才みたいなやり取りのさなかで、骸骨の透明人間なのに紅茶を飲んでるLucid。
とても、にぎやかな誕生日だ。
あの日以来、ここまで騒がしいのは初めてかもしれない。
だから、本当はここで帰ってもいい。そう言ってもよかったのに、つい、言い出すのが遅れて。
蝋燭を、見て。
しまった。
「梔子ちゃん!? 大丈夫!?」
「クソ、過呼吸か!」
「Lucid! 君も手を貸してくれ!」
□ □ □
「姉さん、それどうしたの?」
ある日、部屋にいる姉さんが嬉しそうに持っていた箱。その中には、かわいらしいハンカチが入っていた。私に訊かれると、それを待っていたかのように姉さんは話し出す。
「私の誕生日に、ってくれたの! かわいいよね!」
名前を出さずとも、誰の事かはすぐにわかった。
家は近かったけど、あんまり喋ったことのない、姉さんのクラスメイト。
ある日父さんが紹介してくれた。すごい頑張っているから、応援したいと思ったって。
私も姉さんから何度も聞いてた。走るのがものすごく速いクラスメイトがいるって。
私にとっては、よく知らない人でしかなかった。
でも、度々顔を合わせていくうちに、警戒心はすぐになくなった。尊敬と憧れが、代わりに私の中に芽吹いていった。
勉強も、運動も、毎日びっくりするぐらいに時間をかけている。
でも、私や姉さんが遊びに行くと、いつも「わかった」と言って、付き合ってくれる。
トランプとか心理戦はやたら強いのに、私や姉さんの出すクイズは全然だめで、いつもしかめっ面をして考え込む。それが、なんだか意外で。姉さんと二人で、ある時は母さんも交えて三人で、新しい問題を考えた。そしてよく、父さんを実験台にした。今では懐かしい思い出だ。
彼と、姉さんと、私。三人で遊んでいる時が、一番楽しかった。
姉さんと彼が高校生になって、私が中学生になっても、その関係は続いた。
私にとって、彼は兄のようなものだった。
優しくて、頼りになる。変なところで不器用な兄のような。
だから、そんな彼が姉にだけプレゼントをしたのが、少し羨ましくて。私は柄にもなく彼に言ったのだ。姉さんにだけずるい、と。
「誕生日プレゼントなんだから当たり前だろ」
と。淡々と言われてぐうの音も出なかった。でも、彼の誕生日に贈ったスニーカーは、二人で選んだのに。けどそれは秘密にしてたから言えなくて。どこか、胸の奥に靄がかかったような気がして。
でも、そんな私に呆れたような溜息をつきながら。彼は言った。
「――じゃあ、次の誕生日プレゼントは決まりだな」
「姉さんみたいに、かわいいのにしてね」
「期待はするなよ」
そう言って、彼は、ほんの僅かに微笑んだ。
けど。
その約束は、果たされなかった。
□ □ □
「今日はありがとう、お陰で楽しい時間を過ごすことができた」
私が倒れたことで誕生日会なんて空気じゃなくなった。最後まで残ったのは、Lucidと韋駄天。
心配するμを窘めながらも、楽しかったのならばよかったと頷くLucid。彼、なのか彼女、なのかはわからないが、とにかく私と韋駄天とを交互に見ると、そのままμを連れて去っていった。
無口だけど、時折予想だにしないことをする楽士。
まだ信用してるわけじゃないけど、でも嫌な感じはしない。
空気を読んだのかはわからないけど、でも先に席を外してくれたのは有難いと思った。
「……では、自分もこれで」
「待って」
Lucidに続いて足早にその場からは離れようとする韋駄天を呼び止める。
まだ、聞きたいことがあった。
振り返るのっぺりとしたフルフェイスヘルメット。黒い光沢の中に、自分が映る。
どんな表情をしているんだろう。興奮か、それとも困惑か。今の自分にはわからない。
ただ、折角収まった過呼吸がぶり返しそうになるほどに、乾いた喉が張り付くほど緊張していた。自分の口から、喋るわけでもないのに。
「どうして、誕生日プレゼントにハンカチを選んだの?」
ハンカチは「
もし。もし。彼なら。
「ああいえ、その、お恥ずかしながら友人に助力を乞いまして。食べ物は好みが分かれる、身に着けるものは流石に重すぎる、ならハンカチくらいがちょうどいいだろう、と」
返ってきたのは、当たり障りのないものだった。
そうだ。そんなわけない。
彼は、強い人だ。
メビウスに助けを求めるなんてこと、ないだろう。
「もしや、お気に召しませんでしたか? そうでしたら、適当に処分していただいても」
焦ったような動き。正面に電光掲示板みたいに浮かびあがる顔文字。
まるで、おどけたような動き。そうだ。目の前の人は、彼ではないんだ。
「ううん、そういうわけじゃないんだ。ありがとう、使わせてもらう」
そう言うと、韋駄天はほっとしたように胸を撫でおろした。
「――友人にも、うまくいったと伝えておきます」
「うん。そうして」
……そう。彼なわけ、ないんだ。