【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】   作:佐渡ヶシマシマ

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Another:Ⅰ 悲劇の誕生・前編

 相反する欲望が、日々心の内側を苛んでいた。

 

 もっと強い身体が欲しい。もっと頑丈な肉体が欲しい。無茶をしても壊れないような。

 その為に俺は筋トレをしていたし、学校終わりにはジムへ向かい、休日は日雇いのキツいバイトで体を酷使した。同世代の中ではそこそこ鍛えていると思う。

 ――ラグビーとかやってる連中みたいなゴリゴリムキムキ、ってわけじゃないけど。

 

 だが、走ることだけはずっと苦手だった。むしろ、走ることが何と無く嫌だった。

 学校でやる運動なんて大半は走ることに関わってくるせいで、俺の体育の成績はひどいものだったし、そもそもなぜか体育の授業には決まって教師がミスで俺を欠席扱いにしていて、そのせいで俺は誰もいない教室で自習をさせられた。

 

 走らない、というのは意外と難しい。

 例えば、点滅している青信号。ダメなことは承知でも、急いでいる時、渡ってしまえと囁く悪魔が体を勝手に駆け足にするだろう。

 例えば、遠くに知り合いの姿が見えたとき。少し急げば届く距離にいたならば、追いかけ会話をしたいと願うのは決して無理のある欲求ではないはずだ。

 

 いずれにせよ、これらを解消するためには走るという行為は必須である。というか上記のように意識せずとも、走ることは無意識的に行われることが大半だ。

 

 だが俺は、たびにこの不快感を味わう。

 走れ、と叫ぶ心と。気力のない動きしかしない体。その差異。

 意図と操作が合致しないこの感覚は、毛羽立ったタオルで体内を弱く撫でられるようで。

 

 眠りが浅い。というか、ここ最近は特に寝つきが悪い。

 自身の作曲もあまりうまくいっているとは言い難く、手の進みは遅れるばかり。

 

 日々の違和感はぐらぐらとこちらの調子を揺すぶってくる。気づけば人前でさえ思い悩む有様だ。

 

 流石にこれでは、世間話を稀に振ってくる程度の級友にさえも気を遣われるというもの。

 その結果、半ば強引に、という形で、俺が敬愛するDTMサウンドコンポーザーであり、オスティナートの楽士である『梔子』のライブに招かれたわけである。

 

 駅前の特設ステージには、本日出演する『梔子』だけでなく、『スイートP』の姿も見えた。どちらも最近精力的に活動しており、ファン層は違うが人気の二人だ。

 ライブは盛況。友人たちがステージにμが登場するや否や、他の観客を押しのけてでも前に行こうとする。

 

 頭上に餌を撒かれた鯉のような姿に、思わず苦笑いが漏れる。

 正直彼らの事は嫌いではない。だから、そんな姿を見続けるのがどことなく忍びなくて、すいと目線を泳がせた。

 

 その先に、映った数人の観客。

 崩れたジャージ姿、気色の悪いにやにや笑い。

 

 あれは、あれは、見覚えがある。

 

 悪意のある人間の笑い方だ。腹の底がむかつく、悪意を持った人間の顔だ。

 

 

 身体が勝手に動く、というのはこの時の事を言うに違いない。気づけば俺はその連中の群れをなぎ倒し、そのうちの一人をアスファルトの地面に組み伏せていた。

 

「オイッ、てめぇ何しやんがんだ、クソッ!」

 悪態をつく男を、締め上げる。

 口汚い言葉。反抗的な態度。自分が何をしようとしていたのか、傍からわからないとでも思っているのか?

 

 こいつは、ダメだ。

 反省もしないし、きっと同じことを続ける。そういう目をしている。

 そう、あの男のように。

 

 

 ――あの男って、誰だ?

 

 

 待て、というか俺はなぜこんなことをしている? そもそも走れていたじゃないか、今。

 俺は、何を思った。何を考えた。

 

 

 俺は、こいつを殺そうとしたのか?

 

 

 耳鳴り、眩暈。頭が割れんばかりに痛む。早回しにした映像が閉じた瞼の裏側ですっ飛んでいく。

 何があったのか。何故俺がこんな有様なのか。

 ホワイトノイズが鼓膜の中で反響する。薄く開いた視界にグリッジがかかる。肉体が自分のものでないかのように無機質に変わる錯覚。自分がまるでゲームのキャラになったようだ。

 

 情報が混線して濁流のようにあふれる中でも、理解する。理解できてしまう。

 

 ここが一体、『どこ』なのか。

 

「おい、おい! 大丈夫か?」

 クラスメイトの声が聞こえる。だが、単独の声にしてはどうにも喧しい。

 ハウリングしている上に適当なエフェクトをかけまくったような声。

 音が籠ってんだよ、編集に何使いやがった。

 不明瞭な思考が延々と渦を巻くような中で、顔を上げる。

 

 そこにあったのは、よく知った級友の顔ではなかった。

 肌を覆うような赤、青、緑のノイズ。無機質な眼光。級友だけではない、コンサートにいた人間に異様な変貌を遂げている。中には黒く刺々しい外皮を纏ったものまでいる。おおよそ、人間のフォルムとは言えない。

 これが、現実であるはずがあるか。

 

 俺は叫んだ。友人の伸ばした手を振り払い、必死に逃げる。

 先程のように一目散に走らなければならないのに、足は縺れる。腿には鉄芯が入ったかのようにぎこちなく、蹴りだす足は覚束ない。不格好なざまに普段感じる厭気さえ忘れ、逃げる、逃げる、逃げる。

 

 その日、これまで見てきた俺の世界が粉々に砕かれた。

 

 

 

 □ □ □

 

「梔子、梔子! 大丈夫!?」

「――平気だよ、μ。もう落ち着いた」

「んもう! 折角のコラボなのにしっちゃかめっちゃかね! 解散させるにも一苦労よ!」

「スイートP、ありがとう! でも、さっきの人、どうしちゃったんだろう?」

 

 

「あいつ、気付いてたよね」

「……そうねぇ。まあでも、そのうち再洗脳されるでしょお? 気にしなくてもいいんじゃない?」

「うん。そう、だよね」

 

 

「だけど、格好良かったね! ばしっ、しゅばって!」

「ほんとほんと、ああいう頼りがいありそうなのが楽士にも一人くらいいてもいいんじゃないかしら」

「えぇ~? シャドウナイフとか、イケPも頼りがいがあるよ?」

「あのへんは、ほら。なんかこう、違うじゃない?」

 

 

 

(気のせい、かな)

 

 

(誰かに、似ていた気がする)

 

 

 

 □ □ □

 

 どれほど走っただろう。

 額から滴り落ちる汗が、ぎとっとした重さを伴っている。足を止め、俯き、膝に手を置く。

 肺に酸素を送り込もうと全身を使って呼吸する度、喉が軋んだ。ここ最近で最も疲労困憊していると言っても過言ではい。

 

 だが、これで終わるとは思えない。

 どこかへ、一刻も早くどこかへ逃げなければ。

 

 違う。逃げるんじゃない。

 帰らなくては。早く、いや速く。

 

 ウェイトでぐるぐる巻きにされたような足を引き摺って、再び走ろうとしたその時だった。

 

「うぉっ!?」

 

 タイミング悪く、曲がり角から飛び出した何某かと接触する。そこまで強烈に当たったわけじゃないが、今の俺はバランスを保つことさえままならずに尻もちをつく。情けない。しかし同時に襲ってきたのは強烈な不安だ。

 

 こいつも、こいつも化け物なのでは。

 

「ったく、どこ見て歩いてんだよ……。ってなんだおい、大丈夫か?」

 後ろに逃げる準備をしながら、意を決して顔を上げる。

 そこに居たのは、まあ、随分と特徴的な髪形ではあったが。なんの変哲もない、人間の顔面だった。

 

「あ、あんたは、まともなのか?」

 

 思わず口をついて出たのは、余りにも不躾な台詞だった。もう少し外に言葉の選び用はあったはず。だが、そんな俺の言葉に、相対した男はどこか納得したように頷いた。

 

「なるほどな。そういうわけか」

 

 手が、差し出される。

 

「卒業おめでとさん。――ついて来な」

 

 

 ……怪しい髪形の男を信用するかはさておき、少なくとも顔面のテクスチャがバグった相手に比べれば幾分か信用できた。俺は彼の言うがままについていくことを選択する。

 人間だけではなく、世界そのものにさえガクついた不安定さが見える世界の中で、何も変わらない相手に少なからず安心を覚えたのも、原因の一つだろう。

 

 招かれたのは、音楽準備室。

 世間の流行りがDTMが主流になった上、学内の音楽の授業でさえこれまでほとんど使ったことがない。

 そういえばこの学校の吹奏楽部や軽音部も、ほとんど名前だけのものだ。

 

 そこを占拠して、彼らは活動しているらしい。

 既に先ほどの男以外にもある程度の人数が集合している。その中には、学園のマドンナと言われる人物の姿もあった。正直興味はなかったが、その姿や噂を知るだけに驚きは強い。

 

「改めて。俺は二年の佐竹(さたけ)笙悟(しょうご)。ここに集まってるのは、お前と同じ――この世界が現実じゃないって気づいた人間だ」

 

 彼の言葉を皮切りに、集まった其々が自己紹介をしていく。

 先ほども言った、学園のマドンナ。二年生の柏葉(かしわば)琴乃(ことの)

 彼らと同世代の大男、(ともえ)鼓太郎(こたろう)

 それから三年生の二人組、快活な印象の篠原(しのはら)美笛(みふえ)と、物静かな印象の神楽(かぐら)鈴奈(すずな)

 しかし、どうやらこの帰宅部におけるキャリアは学年とは異なるらしい。

 

 どういうことかと言えば、このメビウスは、その名の通り高校生活の三年間をループしているらしい。なので今年卒業する三年生の二人は、間もなく一年生になるのだという。聞いていると頭痛がするような話だ。

 

 兎も角、彼ら彼女らは、この世界……メビウスから逃れ、現実に戻るため、『帰宅部』という名で活動しているらしい。

 と、ここまで聞いておいてなんだが。そもそも今の俺には、先程の光景に上乗せで盛られる情報に理解が追い付いていなかった。

 

 当たり前だ。

 これまで過ごした世界が偽物で。

 脳裏で散々自身の存在を主張する生々しい悪夢が、現実だなんて。

 そして、そこから急に一緒に帰ろうなんて言いだされても、はいそうですかなどと頷けようはずもない。

 

 少し時間を置かせてくれ、そう言うしかできない俺にまず飛んできたのは、嘆息だった。

 

「ったくなんだよ、はっきりしねぇな」

 苛ついた感情を隠しもしないのは、大男の鼓太郎先輩。それに対してムッとした表情になるのは、三年生の篠原さん。

「ちょっと鼓太郎先輩、そんな言い方ないじゃないですか!」

 そんな彼女と鼓太郎先輩のムードの間に挟まれ、慌ただしく仲裁に入るのが神楽さん。

「混乱するのはわかるわ、私もそうだったもの」

 そんなやり取りを見やりつつ、こちらを慮るような台詞で纏めるのは柏葉先輩。そしてちらりと目線を佐竹先輩に向ける。

 

「――はあ、まあ仕方ないな。今日は解散だ」

 こんな雰囲気になるのは、一度や二度ではないことがこの一連のやりとりから察された。

 二年生組……いや、鼓太郎先輩を除くが。あの二人の空気から予想するのは容易い。

 

「待って、ください」

 確かに、一度日は改めたい。でも、その前に。

 やるべきことはやらねばならない。礼を失してはいけない。

 確かに混乱はしていたが、それでも彼らは、自分の味方になるかもしれない人たちなのだから。

 

 

 

「一年の、斑鳩(いかるが)棹人(たくと)、っす。皆さん、特に佐竹先輩。色々ありがとうございます」

 

 

 

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